川村雅則「労働者が主役の時代へ──カギは「無期雇用の実現」、「団結」にあり」(下)

川村雅則「労働者が主役の時代へ──カギは「無期雇用の実現」、「団結」にあり」(上)の続きです。どうぞお読みください。

〔PDF版のダウンロードは、こちらより(2023年6月15日追記)。〕

 

2023年権利討論集会(民主法律協会ウェブサイトより転載)

 

 

Ⅱ.非正規公務員問題

民間職場を中心にお話ししてきましたが、公務の世界にも共通する問題があります。自治体労組の方には釈迦に説法ですが、本日ご参加の民間労組の方には、非正規公務員の問題も知っていただくことで、運動の拡大を提起したい。

2020年度から導入されている新たな非正規公務員制度、つまり、会計年度任用職員の制度は、就業の実態から乖離した本当におかしな制度で、授業で扱っても、学生に理解してもらうのは非常に難しいです。というのも、一般的には、新しい制度や制度の改定は、改善を意味すると思われていますが、実際は、そうではありません。この非正規公務員問題や新制度の導入で何が起きたのかについては、現在は立教大学特任教授である上林さんが以下で整理されており、必読です。

 

■上林陽治「会計年度任用職員白書 2020」『自治総研』通巻514号(2021年8月号)

http://jichisoken.jp/publication/monthly/JILGO/2021/08/ykanbayashi2108.pdf

 

○民間非正規と公務非正規の制度設計の違い

 

画像Ⅱ-1 同じ非正規でも民間と公務とで異なる扱い

出所:川村雅則「なくそう!有期雇用、つくろう!雇用安定社会(無期雇用転換パンフレット)ver1.0」2017年10月発行。

 

この画像は、同じ非正規でも、無期転換について、民間労働者と公務員とでは状況が異なることを示しました。

民間の非正規(有期)雇用者は、5年を意味する5段のはしごを登り切れば無期転換が実現するのに対して、非正規の公務員には、はしごがかかっていない、つまり、無期転換制度がそもそもない。公務員は労働契約法の適用除外ということで、ずっと有期雇用のままです。

 

画像Ⅱ-2 公務と民間の非正規制度の比較

注1:公務におけるaの墨塗箇所は、条件付採用期間(試用期間)。
注2:bの点線は勤務実績に基づく能力実証が認められた箇所。
注3:cの実線は、公募制による能力実証が必要とされる箇所。
出所:筆者作成。

 

しかも、有期がずっと「更新」されるというのでもなくて、そもそも、毎年の雇用は、新たな仕事に就く、と解される制度設計がされていますので、試用期間が毎年設けられることになります。

その上に、その労働者がその仕事に就くにふさわしいかどうかの能力実証は、一定期間ごとに公募で行うべきだと総務省から助言されています。勤務実績に基づく能力実証だけでは好ましくないとされ、多くの自治体はそれに従っているのです。

企業に置き換えて考えてみてください。ある会社に1年の有期雇用で入りました。1年経っても雇用更新ではなく、同じ仕事なのに新たな職に就いたと解され、初年度と同じく試用期間が設けられる。そして、ずっと働けると思うのは誤りで、3年経ったら、新規で応募してくる人たちと同じ条件で公募を受けて、試験に受からなければ働き続けられない──こうした雇い方をする企業はブラック企業と非難されるのではないでしょうか。それを多くの自治体が行っているのが現状です。

なお、実際には3年より前に──例えば毎年、公募を行っている自治体もあることも、後でみていきたいと思います。

 

 

○拡大/基幹労働力化する非正規公務員

 

画像Ⅱ-3 地方公共団体における正職員数及び非正規職員数の推移

注1:各年4月1日現在。
注2:非正規職員は、臨時・非常勤職員。任用期間が6か月以上、かつ1週間当たりの勤務時間が19時間25分(常勤職員の半分)以上の職員が対象(色の薄い棒)。2020年度調査では短期間・短時間勤務者も別枠でカウントされている(色の濃い棒)。
出所:総務省「2020年地方公共団体定員管理調査結果の概要」及び各年度の「地方公務員の臨時・非常勤職員に関する実態調査」より作成。

 

公務と民間の非正規雇用制度の比較から話を始めましたが、人数規模の大きさを確認しましょう。

非正規公務員の人数規模は、全国で100万人を超えます。短期間・短時間勤務者を除いても69.4万人です。

この非正規公務員問題は各自治体で起きているわけですから、大阪では大阪の取り組みがなければいけないし、北海道では北海道の取り組みが必要で、それを進めるためには、基礎データの整理が必要です。総務省が全国の自治体に照会をかけているデータを使って幾つかの作業を試みました。

 

■川村雅則「道内の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員の任用実態──総務省2020年調査の集計結果に基づき」『北海道自治研究』第626号(2021年3月号)

https://roudou-navi.org/2021/06/05/20210315_kawamuramasanori/

■川村雅則「会計年度任用職員制度の公募制問題と、総務省調査にみる北海道及び道内35市の公募制導入状況」(反貧困ネット北海道連続学習会報告・2022年11月21日開催)

https://roudou-navi.org/2022/11/23/20221121_hanhinkonnethokkaido/

 

画像Ⅱ-4 北海道及び道内市町村における非正規職員割合

注:非正規職員割合Aは、短期間・短時間勤務者を除く数値。割合Bは全ての非正規職員を対象として算出。
出所:川村雅則「道内の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員の任用実態──総務省2020年調査の集計結果に基づき」『北海道自治研究』第626号(2021年3月号)

 

まずこちらの画像は、北海道と道内市町村の合計である180自治体の非正規職員割合をみたものです。短期間・短時間勤務者を除く数値(A)と含む数値(B)とでみてみました。

非正規職員割合の平均値は、前者で34.0%、後者では42.6%に及ぶ。後者の数値でみると、「40%台」以上が自治体全体の6割以上です。

非正規公務員が基幹労働力として働いている。しかも、補助的な仕事ではなく、専門的な仕事に従事している非正規公務員が少なくありません。

なお、非正規公務員で事業を行っていたところを、民営化や民間委託など民間化を進めれば、その分だけ非正規公務員は減って、非正規公務員割合も当然下がることになります。数値をみる際には注意が必要です。

 

 

○公募制の導入状況

 

画像Ⅱ-5 北海道及び35市における公募制の導入状況

出所:川村雅則「会計年度任用職員制度の公募制問題と、総務省調査にみる北海道及び道内35市の公募制導入状況」(2022年度反貧困ネット北海道連続学習会・11月21日開催)

 

画像は、先述の2本の拙稿のうちの後者からの転載です。ご覧のとおり、公募を行わない回数等の基準を設けている自治体が多い。しかも、毎回公募を行っている自治体も6市ある。

ただ一方で、公募を導入していない自治体が4市あることにもご注目いただきたい。言い換えれば、毎年度の再度の任用という仕組みは、法律を変えない限り撤回させられませんが、公募制は、入れさせないことができます。それはまさに労働組合の取り組みにかかっていると言えるでしょう。

この点に関連して、会計年度任用職員制度をめぐる問題は、総務省の作成した制度に規定される部分が多いとはいえ、自治体ごとの差もみられるわけです。

お手本にすべき事例もあれば、逆に、ひどい事例もあります。ですから、この問題を取り上げる際には、全体だけでなく、個々の自治体ごとの状況を取り上げる必要があると思います。A市ではどうなのか? B市はどうなのか? C市は? という具合に、です。そして、首長・行政の姿勢や議員・議会の姿勢を自治体ごとに問うていくことが必要です。

北海道では、各自治体の議員や労働組合の方から、自らのマチの状況についてご報告をいただくなどしていますのでご覧ください。

 

■川村雅則「札幌市の会計年度任用職員制度の現状を調べてまとめました」『NPO法人官製ワーキングプア研究会Report(レポート)』第37号(2022年2月号)

https://roudou-navi.org/2022/01/29/20220129_kawamuramasanori/

■神代知花子「石狩市の非正規公務員問題と問題解決に向けた議員活動」(反貧困ネット北海道連続学習会報告・2022年7月7日開催)

https://roudou-navi.org/2022/07/31/20220707_hanhinkonnethokkaido-2/

■坂本勇治「根室市の会計年度任用職員制度と労働組合の取り組み」(反貧困ネット北海道連続学習会報告・2022年11月21日開催)

https://roudou-navi.org/2022/11/26/20221121_hanhinkonnethokkaido-2/

 

○当事者・現場の声を集める

こうした基礎データや、労組・議員の報告のほか、やはり当事者の声を集める取り組みが必要です。繰り返しになりますが、それは、労働組合にとって組織化の契機にもつながるでしょう。

私自身も、労働組合のご協力の下で、会計年度任用職員の声を集めました。今回ご紹介するのは、624人の会計年度任用職員の声(2022年度北海道・非正規公務員調査)をまとめた中間報告です。時間の都合で、結果の一部の紹介にとどめます。

 

■川村雅則「北海道及び道内市町村で働く624人の会計年度任用職員の声(2022年度 北海道・非正規公務員調査 中間報告)」『NAVI』2023年1月5日配信

https://roudou-navi.org/2023/01/05/20220105_kawamuramasanori/

 

・雇い止めに対する不安

画像Ⅱ-6 雇い止めに対する不安及び無期雇用への転換希望

単位:人、%

出所:川村雅則『2022年度 北海道・非正規公務員調査 中間報告』より。

 

民間の無期転換制度に対して、そもそも非正規公務員には無期転換制度がない。しかも、雇用更新ではなく再度の任用、そして公募制が一定期間ごとに設けられています。

ですから、「雇い止めの不安がありますか」と尋ねれば、「非常に不安がある」という回答だけで3割で、「不安がある」まで入れるとおよそ7割近くが不安をもって働いている事情もさほど驚きはない。

また、「無期転換制度があれば希望しますか?」と問うと、「希望する」が65.1%です。「なぜ希望しないか」という質問に対して、無期になると辞められなくなるなど書かれていること(誤解)を考えると、この「希望する」の割合はもっと多くなると予想されます。こういう雇い止め不安の中で、会計年度任用職員の方々は働いている。

自由記述をご紹介しましょう。

「制度が変わっても書面を渡されるだけで常に不安がつきまとう。こんなところに10年以上も勤務したことに後悔しています」「公募により継続できる可能性もあるが、確定ではないため、本人も周囲も不安定さを感じている」「給与が安いため、今年中に辞めて来年から転職することにしました」「毎年毎年、再度の任用ということでやっていますが、毎回採用されるという保証はあるのですか?」「病気になった時は不安。病休を使って治らなければ、辞めるしかなくなる」「経験年数が上がり、賞与など支払う金額が増えた人から削減されていくのであれば、この先、勤続が長くなれば不利になるのではないか」等々の声がよせられています。

 

・低い賃金水準

画像Ⅱ-7 毎月の平均的な手取りの額及び今年(2022年)の年収の見込み額

単位:人、%

出所:画像Ⅱ-6に同じ。

 

収入は、4分の3が年収250万円未満に収まります。4割は200万円未満です。

会計年度任用職員制度という新たな非正規公務員制度では、期末手当の支給が可能になることが売りでした。しかし、いざ始まってみると、普段の給料から期末手当の原資を捻出する自治体もありました。つまり、収入が変わらないという状況です。道内でもそのような対応がされた自治体がありました。

ところで、非正規雇用者は扶養されているのだから収入は低くてもよいのでは、という見解が聞かれます。

そう主張する人には、賃金の決定基準というのは、当該労働者が世帯内で置かれた位置によって決まるとお考えなのか、と聞きたい。ならばシングルマザーの賃金は最も高くなければおかしいでしょう──そう言いたいのをあえて横においておき、そもそも、扶養されているからうんぬんというのは事実なのか。以下の画像をご覧ください。

 

画像Ⅱ-8 世帯収入に占める自分の就労収入の割合及び暮らしの状況

単位:人、%

出所:画像Ⅱ-6に同じ。

 

自分の給料が世帯収入の中でどのくらいの位置を占めますかと尋ねると、10割という回答が全体の3割を占めます。「4,5割」まで範囲を広げると、全体の5割を占めます。つまり、そもそも、本人収入だけで生計を維持しているケースや、配偶者とセットで世帯収入を構成しているとしても、本人収入がなければ大きなダメージが及ぶケースが少なくないのです。

自由記述を紹介すると、「元々正職員がしていた仕事内容を、非正規が行う事で、労働に見合わない賃金が支払われている」「息子を大学に行かせることができず、貧困の連鎖を懸念する」「基本給を下げ、その下げた分を手当に回し、実際の年収はほとんど変わらない茶番なことをしている」「毎日サービス残業しないと仕事は終わらない」「夫婦共稼ぎ。手取りが14万4千円」「会計年度任用職員になってから、確かにお給料は上がりましたが、責任や仕事内容も多くなり、お給料に見合わない仕事内容になっている」等々──こういう状況を可視化していく必要があります。

 

・新制度の評価

 

画像Ⅱ-9 新制度導入による状況の変化(回答者の評価)

単位:人、%

出所:画像Ⅱ-6に同じ。

 

新制度導入による状況の変化をどう認識しているか尋ねましたところ、項目ごとの詳細分析は元データをご覧いただくとして、総じて、回答者の多くは、とくに「変わらない」と回答しています。

今回の調査は年末に行った限定的な取り組みです。今後、統一地方選挙もありますから、個々の自治体ごとに状況を整理して、公共サービスの担い手の状態がこれでよいのかと首長候補者や議員候補者に問うていくことが必要ではないでしょうか。

 

・非正規公務員の現状を伝えていく

余談ですが、私が勤めている北海学園大学は、公務員試験に強い大学ということで、公務員への就職を希望する学生が多く入学します。公務員は安定しているというイメージは根強く存在します。

しかし、報告してきたとおり、同じ公務員でも、非正規の場合には、真逆です。こんな状況があるのですか? と学生たちも驚いてくれます。それは嬉しい反応です。ですから私は、公務員となって地域住民のために頑張りたいというのはもちろんよいことだけれども、その前に、あなたの隣で働く非正規公務員のためにあなたがすべきこともあるんだよ、労働組合活動も忘れずに、と話すようにしています。

昨今では、労働組合に入らないようすすめる公務員予備校もあるやに聞いていますので、そういう意味では、まっとうな授業をしている我々北海学園大学をどうぞよろしくお願いします。

ちょっと悪乗りしましたが、ともあれ、非正規公務員のおかれた状況を、制度はもちろんのこと、当事者の声も含めて知らせていくことが大事であることを強調します。

 

 

○大量離職通知書の活用

ところで、この会計年度任用職員制度。雇用更新ではなく、毎年、新たな職に就くと解されていることを話しました。つまり、厳密に言えば、毎年雇い止めにあっていることになります。

ここから逆に、厚生労働省の「大量離職通知書」という制度が活用できるという提起がされています。つまり、総務省が言うように、毎年、毎年、雇用の更新ではなく、再度の任用を行っているのであれば、その雇い止めに対して、「大量離職通知書」を自治体が事前に作成した上で、ハローワークに届出をし、再就職支援を行うことが必要になる。民間で行っている手続きを自治体が回避しているのはおかしい、というわけです。

詳しくは、東京都杉並区で官製ワーキングプア問題に取り組む安田真幸さん(連帯労働者組合・杉並執行委員)による配信記事をご覧ください。厚生労働省からのヒアリングが整理されています。

 

■安田真幸「(緊急レポート:第2弾)会計年度任用職員全員が対象!!-ほとんどの自治体に「大量離職通知書」の提出義務!」『NAVI』2023年2月11日配信。

https://roudou-navi.org/2023/02/11/20230211_yasudamasaki/

 

これ自体に雇い止めを撤回させる効力は、ありません。ただ、なんら胸を痛めることなく雇い止めをしたり、実際に離職者を発生させている自治体に対して、最低限の手続きを求めることによって、やはりこの会計年度任用職員制度には欠陥があるのだということを、社会的にも周知させることになると思います。

 

〔付記:この後、厚生労働省の見解は残念ながら後退し、制度の対象となる範囲が狭まっていきます。もっとも、それでも使える制度です。安田さんによる緊急レポートは、現在第4弾まで配信されています。ご参照ください。〕

■安田真幸「(緊急レポート:第3弾)厚労省が見解を変更!? ─「会計年度任用職員全員が対象人数 ⇒ 公募の対象となる人数」!?」『NAVI』

https://roudou-navi.org/2023/03/07/20230307_yasudamasaki/

■安田真幸「(緊急レポート:第4弾)厚労省との第2回懇談会報告とその後の厚労省見解の再変更 「会計年度任用職員全員が対象人数 ⇒ 公募の対象となる人数」 ⇒「会計年度任用職員の本当に離職する人(「離職確定者」)が対象」!?」『NAVI』2023年4月13日配信

https://roudou-navi.org/2023/04/13/20230413_yasudamasaki/

 

 

○無期転換逃れ阻止の運動を地域で

以上のとおり、民間職場からも公務職場からも、雇い止め・無期転換逃れ問題をなくす取り組みが必要です。各地でその取り組みを進めていきましょう。私たちも、年度末のちょうど今、札幌地域労組と札幌地区労連という地域の労働組合関係者で一緒に企画を準備しているところです。

 

画像Ⅱ-10 無期転換逃れ阻止プロジェクト主催のシンポジウムチラシ

出所:桃井希生さん(札幌地域労組)による作品。

https://muki-muki.net/

 

企画の秀逸なチラシを紹介させてください。

このイラストのもつ意味を私なりに解釈、説明しますと、このムキッとした腕はまさに無期転換にかけているわけです。働く人には雇用安定・無期転換が絶対に必要だという思いが「ムキムキ」の腕に示されました。

力こぶが3つあるのは、すでに皆さまにはお分かりのことと存じますが、画像Ⅰ-2で示した2023年度末の3つの課題を指しています。1つは大学・研究機関での10年雇い止め問題。もう1つは、非正規公務員・会計年度任用職員の3年公募制問題。そして最後に、5年雇い止めの問題が定着しつつあるという問題──これら3つの、雇い止め、無期転換逃れに対応していくことが提起されています。

大阪でもこうした取り組みを展開していただきたい。公務と民間の双方で雇い止め、雇用不安が生じているわけです。5年雇い止めの掘り起こしをしながら、今まさに雇い止めをされようとしている10年雇い止めと公募制問題を阻止する。今年1年でだめなら問題が解決するまで続ける──そのような取り組み、運動の盛り上がりの先に、法制度の改定がみえてくるのではないでしょうか。

民間と公務との制度の違いを意識しつつ、一緒に取り組むことで大きな力になるのではないでしょうか。

 

〔付記:民法協の権利討論集会を終えた後の3月7日に、無期転換逃れ阻止プロジェクト(略称、ムキプロ)主催、日本労働弁護団北海道ブロック共催で、「非正規/働き続けたいシンポジウム」を開催。全ての報告者の報告記録をNAVIに掲載しています。以下から各報告をご参照ください。〕

■川村雅則「3つの雇い止め・無期転換逃れ問題の整理と、雇用安定社会の実現に向けて」(シンポジウム報告・2023年3月7日開催)

https://roudou-navi.org/2023/03/21/20230307_minnamuki-4/

 

 

 

Ⅲ.公共民間労働の問題

ここまでは、直接雇用された労働者の雇用安定の課題をお話ししてきました。

ここで、自治体が発注する仕事で働く民間労働者の雇用問題にも目を配りたいと思います。過度な競争入札制度の下で、自治体発注の仕事で働く労働者の賃金・労働条件が劣化しているという問題です。

 

○公共民間という領域で働く人たち

 

画像Ⅲ-1 公共サービスの提供主体からみた分類

出所:上林陽治「非正規公務員問題-研究と運動の到達点と課題」『北海道自治研究』第548号(2014年9月号)より。

http://www.hokkaido-jichiken.jp/pdf/jichikenkyu_web/2014/14.09/14.09_kanbayashi.pdf

 

この画像は、上林さんが整理された公共サービスの提供主体からみた分類です。

公共サービスを提供しているのは公務員だけでなく、建設工事、業務委託、指定管理、物品調達といった分野では民間労働者が働いて、私たちの日々の生活を支えています。

民間委託の分野では、例えば、コロナ下で注目を集めた、家庭ごみの収集。家庭ごみの収集事業は、完全に民間委託かほとんどを民間委託している自治体が多いのではないでしょうか。札幌市の場合には、収集車の8割が委託とのことです(「コロナ禍家庭の排出量増加/ごみ収集作業員悲鳴/賃金は低水準」『北海道新聞』朝刊2022年6月7日付)。

あるいは、このエル・大阪という会場は、指定管理による運営かと思います。建物は自治体の所有であっても、運営は営利/非営利を問わず民間事業者が行っているケースは少なくありません。札幌市ではその数は400を超えます。そのうちの100超は、児童会館です。授業では、学生たちが知っている、あるいは、使用経験があるかもしれない施設の名前もあげながら、私たちの暮らしを支える公共サービスは公務員だけが担っているわけではないことをまずは意識してもらいます。

 

 

○北海道・札幌市の公契約条例の取り組み

自治体発注の仕事で働く労働者の賃金・労働条件を改善するのに期待されているのが、公契約を適正化する条例、すなわち、公契約条例です。

札幌市では、2012年に、当時の市長によって公契約条例案が札幌市議会に上程されました。それに呼応するかたちで、労働組合や弁護士、研究者らで構成された「札幌市公契約条例の制定を求める会(代表 弁護士・伊藤誠一)」(以下、「求める会」)を立ち上げて活動を始めました。残念ながら条例案は翌年に否決されてしまうのですが、会の活動は継続。かれこれ10年以上が経過したことになります。

NAVIには、「求める会」の取り組みや「求める会」関係者の投稿を整理しています。ご笑覧ください。

〔付記:権利討論集会の後の統一地方選挙=札幌市長選挙や札幌市議会選挙では、候補者に対して、公契約条例に関する公開質問に取り組みました。その結果も掲載しています。〕

 

■「札幌市公契約条例の制定を求める会(代表 弁護士・伊藤誠一)」

https://roudou-navi.org/author/koukeiyaku/

 

画像Ⅲ-2 公契約条例制定に向けた署名活動・街頭宣伝(2013年8月)

 

「求める会」は、以下のとおり、様々な団体で構成されていますが、とりわけ、地域の連合組織と全労連組織が一緒に活動しているのがユニークな点でしょうか。

 

■「求める会」の構成団体:反貧困ネット北海道/特定非営利活動法人建設政策研究所/日本労働弁護団北海道ブロック/非正規労働者の権利実現全国会議・札幌集会実行委員会/連合北海道札幌地区連合会/全建総連北海道建設労働組合連合会/全建総連札幌建設労働組合/札幌地区労働組合総連合

 

余談になりますが、「求める会」の活動をかれこれ10年以上積み重ねてきたことが、「なくそう!官製ワーキングプア集会」など別の集会企画を一緒に開催するチカラにもなっているのではないかと思います。

さて、契約の一方当事者が国や自治体である「公の契約」を適正化する公契約条例には、労働者の最低限の賃金を保障する賃金保障型と、労働者の状態などに配慮することをうたった理念型とに分かれます。北海道は、理念型条例を旭川市で2016年に制定することに成功しましたが、条例はまだこの一つだけにとどまっています。

なお、条例制定後の旭川市の状況などは、市当局からヒアリングを行っており、「旭川市における公契約条例の経験──聞き取り調査等に基づき」と題して、NPO法人建設政策研究所で発行する『建設政策』第199号~第201号に3回に分けて整理していますので、ご参照ください。

理念条例とはいえ、文字どおり、公契約に関する理念がせっかく条例化されたのですから、それがさらに発展されるよう、民間人として汗を流したいと思っています。

 

画像Ⅲ-3 公共工事設計労務単価を下回る、旭川市発注工事で働く建設労働者の賃金

資料:旭川市2020年度賃金等調査結果より筆者作成。
出所:川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(1)聞き取り調査等に基づき」『建設政策』第199号(2021年9月号)より。

 

■川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(3)聞き取り調査等に基づき」雑誌『建設政策』第201号(2022年1月号)

https://roudou-navi.org/2022/01/05/20220115_kawamuramasanori/

 

 

○札幌市における公共民間の規模

公契約運動に取り組むにあたり、どこでどの位の公共民間労働者が働いているかを示すことができたらよいのですが、非正規公務員の人数がきちんと把握され始めたのに対して、公共民間のほうではそうした作業がなされていません。代替策として、金額を代わりに整理しました。詳細は『建設政策』第202号から第205号で連載した拙稿「札幌市の公共調達等に関するデータ」をご参照ください。

 

■川村雅則「札幌市の公共調達等に関するデータ(4)」『建設政策』第205号(2022年9月号)

https://roudou-navi.org/2022/08/31/20220915_kawamuramasanori/

 

画像Ⅲ-4 非正規公務員、公共民間労働の規模──札幌市を例に

Ⅰ.非正規公務員の人数(2021年4月1日時点)

  • 臨時職員:516人
  • 特別職非常勤職員:141人
  • 会計年度任用職員:4008人

※正規公務員数22868人(一般行政7396人、教育10160人)

Ⅱ.公共民間労働者(2020年度。但し指定管理の導入された施設数は2022年3月18日現在)※公共民間労働者数は基本的に不明

  • 建設工事:1347件・1044億円
  • 工事関連業務:774件・46億円
  • 役務:2185件・461億円
  • 指定管理:427施設・259億円
  • 物品調達1833件・87億円
  • 補助金事業不明

 

出所:川村雅則「札幌市の公共調達等に関するデータ(1)」『建設政策』第202号(2022年3月号)より。

 

4千人を超える非正規公務員に対して、公共民間労働者は、建設工事が1,347件で1,044億円、業務委託(役務)が2,185件で461億円、指定管理が427施設で259億円、物品調達が1,833件で87億円にもなります。

建設工事の場合は建設資材の金額が多いですが、業務委託や指定管理は多くが人件費として使われています。

なお、指定管理に関しては、別途、雇用や賃金が調べられているのでそのデータも紹介しております(「札幌市の公共調達等に関するデータ(3)」)。

2020年度(基準日は4月1日)の数値でみると、3962人の職員のうち、非正規雇用者が2476人で、賞与や諸手当を除くいわゆる基本給を基礎に算出した「時間当たり平均賃金」は1191円で、正規雇用者に限定しても1480円にとどまります。

 

 

○行財政改革で削られるのは何か

授業では、昨今の行財政改革の話を先に学生たちにします。「自治体は今、行財政改革を進めています。行財政改革で民間委託を進め、行政をスリム化し、何億円浮かせました」という自治体が発行したパンフレットを見せます。学生たちはそれに対して疑問はとくにもちません。改革に対してむしろ親和的かもしれません。

しかし、そこで削られたものは何だろうか。削られたのはそこで働いている人たちの労働条件じゃないのだろうか──そのような問題提起をしながら、この間我々が実施してきた調査・研究結果に基づきながら、公共民間の現場で起きている問題を伝え、行財政改革の内実を考えてもらいます。

以下で紹介するのは、調査結果ではなく、「求める会」が2021年度に行った連続学習会の記録です。余談ですが、学習会は、記録化し、広く配信することも、運動を広げる上で大事だと考えています。

 

■三苫文靖「ALTの現場で何が起きているか」(第2回学習会報告・2021年4月16日開催)

https://roudou-navi.org/2021/10/18/20210416_koukeiyaku/

■宇夫佳代子「学童保育指導員の働き方と労働の実態」(第3回学習会報告・2021年5月27日開催)

https://roudou-navi.org/2021/11/15/20210527_koukeiyaku/

■林亜紀子「民間共同学童保育と自治体の役割」(第3回学習会報告・2021年5月27日開催)

https://roudou-navi.org/2021/12/23/20210527_koukeiyaku-2/

■境君枝「コロナ禍から見えてきた、様々な制度上の問題点」(第4回学習会報告・2021年6月28日開催)

https://roudou-navi.org/2021/12/16/20210628_koukeiyaku/

 

記録から一例をご紹介します。「ALT(Assistant Language Teacher)の現場で何が起きているか」。公立学校で行われているネイティブの外国人教員による教育。札幌の場合は民間委託のかたちが採用されています。直営の自治体の場合には、非正規公務員というかたちになると思います。

報告者(三苫氏)によれば、その労働条件たるや、賃金は年収で230万円前後と低く、学校の授業が少なくなる3月や4月には、勤務日数の減少で月収は6万円~8万円ほどになるそうです。札幌市の仕様書により、社会保険に加入できるのは88名中、わずか18名のみ。離職率も高いようで、教育の質が懸念されています。こうした労働条件は発注条件によって規定されているわけですが、発注者である札幌市が労働組合との交渉に応じることはありません。

ところで、この学習会の記録に関わって、ひとつ問題提起したいことがあります。事業の運営形態にかかわらず、公共サービスを大事にする視点です。

学習会では、学童保育を2回取り上げています。1回は、補助金事業として行われている民間共同学童保育(宇夫報告、林報告)、もう1回は、指定管理で行われている学童保育(境報告)です。

ある事業がどのような運営形態になっているかは自治体によって様々だと思います。補助金事業として行われていたり、指定管理や委託で行われていたり、あるいは、直営、つまり、非正規公務員によって行われていたりするかと思います。

そういう意味では、公共サービスの運営形態が「公設公営」であっても「公設民営」であっても「民設民営」であっても、その担い手の状態に関心を持つことは等しく必要ではないでしょうか。例にあげた学童保育で言えば、子どもたちの暮らしを守り、親の就労を支援するという点では同じなのですから。

ともすれば、民間化への反対には大きな力を注ぐけれども、民間化されるとそこで関わりをやめてしまうことが労働界では少なくないとも聞きます。それは克服されるべき課題であると考えます。

なお、委託事業や指定管理などの予定価格を積算する際に、非正規公務員の職種別賃金が使われるなど、両者の間に直接的な関係があるという点でも、非正規公務員問題と公共民間労働問題とには一体的に取り組む必要があると考えています。

 

 

○公契約運動を通じた公共の再生を

大阪は、あまり来る機会はないのですが、好きな土地柄です。

ただ、ふと思うのは、大阪は「維新政治」の地であることです。公務・公共サービスの問題にこうして関わっている身としては、なぜ維新政治がチカラをもったのかということはしっかり考えなければならない課題です。維新が伸長した初期の頃に言われていた、格差・貧困にあえぐ層が維新を支持している、という構図ではなく、新自由主義に親和的な層が維新のコア層であることが指摘されています。

私が読んだのは冨田宏治氏(関西学院大学法学部教授)の著書です。公共の削減を志向する維新政治に対して、公共の再生を目指す人たちがどうカウンターとして手をつないでいくか、考えなければなりません。

 

■冨田宏治「維新政治の本質──その支持層についての一考察」『住民と自治』第667号(2018年11月号)

https://www.jichiken.jp/article/0097/

 

改革で何が起きているのか。提供される公共のサービスの質の点から入っていくのもありでしょうけれども、私自身はやはり、担い手の雇用・労働条件問題を具体的な課題の1つとして取り組むことが、公共の再生にとって不可欠なことではないかと思っています。

 

画像Ⅲ-5 公契約領域で起きている問題・悪循環と、公契約条例の制定で期待される好循環

出所:連合「(パンフレット)公契約条例で地域の活性化」2016年2月発行より。

 

そう考えると、公契約運動とは、地方政府を変える、地方から政治を変える、という奥行きのある取り組みではないでしょうか。

首長・行政が推進し、議会も追認している行財政改革という名の行政リストラの道を転換することです。

あるいは、自治体もまた、行財政改革の進捗を国から競わされている状況があることを考えると、公契約運動とは、その改革圧力を食い止めることにもなります。

議員・議会には本来、行政の監視機能に加えて、政策立案の機能などが求められています。議会不信や議会不要論の声が市民の間には広く見られる一方で、「議会基本条例」を制定するなど、議会改革に取り組んでいる/取り組もうとしている関係者も少なくない。公契約を軸に、党派を超えて、そうした動きと連携していくことが求められているのではないでしょうか。

加えて公契約運動は、政治参加、住民自治への新たな形にもつながるのではないか、と考えます。自治体発注の仕事で起きている諸問題を、地域の業界労使団体の参加も得ながら解決していくわけですから。公契約条例が制定された自治体では、審議会が設けられて、この審議会に労働組合や使用者団体が参加しています。形骸化しているところもありますが、一方で、建設的な協議が行われている自治体もあり、我々が目指す道ではないでしょうか。

我々も試行錯誤しながらの歩みですが、以上のように、公契約運動の奥行きの深さなどを、下記にまとめましたのでご笑覧ください。

 

■川村雅則「公契約条例の制定で自治体を変える」『建設政策』第207号(2023年1月号)

https://roudou-navi.org/2022/12/22/20230115_kawamuramasanori/

 

 

 

Ⅳ.ワークルール教育のすすめ

ワークルール教育に取り組んでいる会員の方がおられると事務局から事前に伺っていました。私自身も、大学で様々な取り組みをし、共著で本を書いたり論文を配信したりしています。

若者は、アルバイトで仕事の世界に早い時点から入っているにもかかわらず、ワークルールを学ぶ機会がほとんどありません。学校で組織的に行われることなく、熱心な先生・個人任せになっているのではないでしょうか。ワークルール教育推進法制定の気運が再び高まることを願い、拙い実践をご紹介します。

教員や弁護士の皆さん向けの話に思われるかもしれませんが、若者の今を知る上で労働組合の皆さんにも聞いていただけると幸いです。

 

○ワークルール教育の現状

ワークルール教育と一口に言っても、ワークルール情報の提供というレベルから、ワークルールを使って権利行使することを意識した実践向けのレベルまで、問題意識や教育内容、教育方法などは様々かと思います。そもそもワークルール教育という名称ではなく、労働者の権利教育とうたっている場合もあろうかと思います。ただ、どのような名称・教育内容であっても、いわゆるブラック企業問題などのことを考えると、ワークルール教育の必要性については広く合意ができるのではないかと思います。

ただそれでも、実際の学校現場では、ワークルール教育より就活支援のほうに力が入れられているのが実態ではないかと思います。

もちろん、就職は大事です。ただ、日本の労働者の働かされ方や扱われ方、労働法規制の弱さなどを批判的に考えることなく、早い時期からの適職さがし、面接やエントリーシートの書き方のトレーニングなどが急かされることには違和感があります。

ましてや、「面接時には賃金や労働条件については聞かないこと」という指導までされたり、就活の成否について自己責任を強化するような流れには、危機感をもっています。

こうした状況に対してワークルール教育、権利教育の構想があらためて求められているのではないでしょうか。現行のキャリア教育を組み替えていくのが現実的かなと思っています。

ワークルール教育推進法については、法案提出の動きがみられるなど、たしか2018年がピークだったかと記憶していますが、現在は、棚上げ状態と認識しています。学校現場での取り組みを進める中で、あらためて機運を盛り上げられないものかと思っています。

 

■川村雅則「労働組合を教えない学校の現状と労働組合への期待」『建設労働のひろば』第124号(2022年10月号)

https://roudou-navi.org/2022/10/26/20221025_kawamuramasanori/

■川村雅則「学校で労働法・労働組合を学ぶ2015:学生アルバイト調査と団結〝剣〟学習の実践から」『クレスコ』第170号(2015年5月号)

https://roudou-navi.org/2021/04/01/201505_kawamuramasanori/

■児美川孝一郎「若者の「自己責任」への呪縛と企業社会への馴化──ビジネスに翻弄される就活を通じて」『月刊全労連』第274号(2019年12月号)pp.1-8

https://www.zenroren.gr.jp/jp/koukoku/2019/data/274_01.pdf

 

 

○学生アルバイト調査を通じた取り組み

ゼミの学生たちと一緒に取り組んでいる学生アルバイトの調査・研究活動を通じた取り組みをご紹介します。

2011年から毎年、学生のアルバイトに関しての調査を行い、結果を『アルバイト白書』に取りまとめています。

名称こそアルバイト白書ですが、学費問題や奨学金問題も調査の対象に含めています。コロナ下では、対面授業からオンライン授業への切り替えなど学生生活全般を調べました。こうした実態把握の活動そのものに学生が主体的に取り組み、その過程でワークルールや学費問題などを深く学び、さらには、どうすれば問題を解決できるか考えています。

 

画像Ⅳ-1 コロナ下の『アルバイト白書』には「アマビエ」も登場──ゼミナールで取り組んでいるアルバイト調査・白書づくり

 

ポイントの第一は、彼らの現実から出発することです。彼らのほとんどがアルバイトをしています。遊興費を得ることが目的の学生がいる一方で、学費や生活費を得るために少なからぬ時間をアルバイトにさかなければならない学生もいます。奨学金という名の多額の借金を負って卒業していく学生の姿は日常風景です。この現実を出発点にすることです。

第二には、リアル重視です。アルバイトに限定してお話ししますと、語弊があるかもしれませんが、学生たちのアルバイトは、問題の宝庫です。今はもう驚かなくなりましたが、賃金不払いやミスに対する弁償から、各種のハラスメント(パワハラ、セクハラ、カスハラ)まで、様々な問題が生じています。コロナ前は、シフトを勝手に増やされるという相談が多く、コロナ下では逆に、シフトカットと休業手当の不払いの相談が多くありました。こうした具体的な問題を扱います。

第三に、問題の解決方法もリアルに学生に考えてもらいます。これも語弊があるかもしれませんが、労働法を教えただけでは、ではそれを使って状況を改善しようとは、なかなかならない。そもそも、問題解決に足踏みあるいは尻込みする現実があります。私の取り組みでは、労働法と労働組合をセットで教えています。また、問題を解決したいという学生には最後まで付き合って支援をしています。

以下はコロナ3年間の調査結果の要約版ですが、学生がどんな状況におかれているか、知っていただくのにご覧ください。

 

■川村雅則ゼミナール「コロナ下3年目における学生アルバイト等」『北海学園大学経済学部 地域研修報告書2022』2023年3月発行

https://roudou-navi.org/2023/04/05/20230331_kawamuramasanori/

■川村雅則ゼミナール「新型コロナウイルス禍の下での学生アルバイト等」『北海学園大学経済学部 地域研修報告書2021』2022年3月発行

https://roudou-navi.org/2022/04/03/202203_kawamuramasanori/

■川村雅則ゼミナール「新型コロナウイルス禍の学生生活等をめぐる問題」『北海学園大学経済学部 地域研修報告書2020』2021年3月発行

https://roudou-navi.org/2023/04/05/20210331_kawamuramasanori/

 

 

○深く学び、考え、取り組ませる

 

画像Ⅳ-2 有給休暇制度に関する調査結果:条件を満たせば、学生アルバイトでも有給休暇を使うことができるか知っているか(上段)と、現在のアルバイト先で学生アルバイトが有休休暇を使うことはできるか(下段)

出所:川村ゼミ『2021白書』より。

 

さて、アルバイト調査の結果を少しご紹介します。

例えば、こんな質問をしてみました。条件を満たせば学生アルバイトでも有給休暇を使えることを知っているかを尋ねたら(上段)、約4分の3は「知っている」と答えました。

では、自分のアルバイト先で有給を使えるかを聞くと(下段)、「できる」は4割にまで下がります。代わりに、「できない」が2割、そして、「わからない」が36.1%。上段でみた「知っている」という回答と整合しませんね。

なんとなく聞いたことはある、なんとなく情報として知っている、でも、自分自身が使えるかどうかまで確信をもっては分からない、というわけです。そもそも就業規則をみたことのある学生はわずかですから、有給休暇がアルバイト先の就業規則にどう書いているかを確認させたり、きちんと、店長に確認をさせるところまでが次の課題になるかと思います。

 

画像Ⅳ-3 アルバイト先での賃金(時間外労働、残業)の支払い単位は何分か

出所:川村ゼミ『2022白書』より。

 

もう一つ。こちらは最近、巨額の不払いが大きな話題にもなっていた「何分単位で残業代は支払われていますか?」という質問への回答です。

「1分単位」は4割いましたが、それ以外は5分、10分、15分が多く、30分単位と答えた学生もいました。

30分単位と回答した学生に、なぜそんなところでバイトをしているのか尋ねると、30分単位の支払いにはもちろん不満はあるけれども、スタッフ間の人間関係はよくて、お客さんのいないときには休憩していてもよいなど、お店の管理がギチギチでないところがよいから、といったニュアンスの回答が返ってきます。

先生はそれでちゃんと労働法を教えているんですか? と思われるかもしれませんが、しかしながらこうした学生の回答は、問題解決を容易には解決することができない学生のリアルな姿だと思うのです。不満はあっても色々と折り合いをつけながら働き続ける学生もいます。とりわけコロナ下で、別のバイト先を探して、イチから仕事を覚えて、人間関係を作って、というのはそれなりに大変ですから。それに、よく聞けばこのケースでは、学生は、納得ができずに不満を店側に伝えもしているんですね。ただ、なんやかんやともっともらしい理屈をこねられ引き下がらざるを得なかったという経緯があるのです。

そもそも、店長自身もばたばたと仕事に追われているわけですから、その店長に対して、何か尋ねたりもの申したりするというのは、それだけでハードルが高いことです。ましてや、なされた説明に対して反論するということは非常に困難であることを考慮する必要がある。「強い個人(労働者)」を想定した授業実践は、現実離れしていると思います。

 

 

○労働法と労働組合をセットで教える

さて、ではどうすればよいか。彼らの主体性を伸ばすにはどんな授業内容が求められるか。今回の講演のサブタイトルでもある「団結権」の登場です。労働法と労働組合はセットで教える、ということを心がけています。

労働条件の決定は労使対等の立場で行うという状況を作るには、労働者が団結して、つまり労働組合を作って、労使間のパワーバランスを対等に近づけていくしかない、といった話をしていくわけですが、その際に、外部の方々──具体的には地域の労働組合のご協力を借りるわけです。様々な労働相談の解決事例などに基づき話をしていただけば、なるほど、問題のこのような解決方法があるのか、と知ることができるでしょう。

それで学生が労働組合を結成して自分たちの問題の解決に乗り出すかどうかはここでは問いません。

大事なのは、問題を解決した具体的な事実、問題を解決できる具体的な手法が実際に存在するのだ、ということを知ること、つまり、問題は解決できるのだと腑に落ちる理解を体験させることが大事だということです。

私が住む札幌には、全国の3大オルガナイザーの一人と言われている方がおられます。札幌地域労組の専従職員である鈴木一さんという方です。鈴木さんには、「団結剣」という武器を使った数々のお話しを学生にしていただきました。

宣伝になりますが、鈴木さんは、2022年に『小さな労働組合 勝つためのコツ』という本を寿郎社という地元の小さな出版社から出されています。労働組合の皆さんにとってはもちろんですが、弁護士の方々にも色々な意味で非常に勉強になる本です。ご一読をおすすめします。https://www.ju-rousha.com/

 

画像Ⅳ-4 団結「剣」の行使で労使対等の実現を

注:団結「剣」は鈴木一さんの造語。右の写真は鈴木さんの新著。

 

また、ナショナルセンター「全労連」のローカルセンターである「道労連」と加盟産別の皆さんには、夏休みに学生をインターンシップで受け入れていただいていました。

労働組合の専従職員になることを前提にした受け入れではありません。加盟産別の皆さんの職場・労働実態を知ってもらいながら、なおかつ、労働組合が職場にあることがどのような意味をもつのか、リアルに知ってもらうインターンシップです。座学のほか、病院、保育所、介護事業所、印刷工場、ハローワークなど、たくさんの現場で受け入れていただき、労働組合から、あるいは、労使双方から話を聞きました。さらには、学生のアルバイト問題を題材にして、模擬団交まで経験しました。

 

画像Ⅳ-5 労働組合による充実したインターンシップ

注:左は病院で医療職場の話を聴講しているところ。右は模擬団交を実施しているところ(不慣れな労働組合=学生側に対して、労働組合のプロが悪徳経営者役!)

 

インターンシップが学生の早期の囲い込みの場になったり「企業説明会」とほとんど変わらぬものが多い中で──しかも、期間は半日ないし1日という短期が多い中で──仕事の社会的意義とその一方でのしんどい職場の現実を学んだ上で、その克服を目指す労働組合の意義・効果などを学ぶことができる貴重な機会です。

労働組合という組織や労働組合を通じた問題解決手法は、若い世代になればなるほどイメージしづらいのが現状です。そのことを前提にしたアプローチが色々試みられてしかるべきではないでしょうか。

例えば、労働組合という組織に労働相談をすると問題はどう解決されるのか、といったことが「教材」として配信されているとよいですよね。同じことは、市民にとってはなお敷居の高い弁護士への労働相談の場合でも同じではないでしょうか。

NAVIには次のような、労働相談・労働問題解決に関する教材も収録しています。ご覧ください。

 

■川村雅則「あなたの近くの労働組合──仕事で困ったときには気軽に相談を」『NAVI』2022年3月18日配信

https://roudou-navi.org/2022/03/18/20220318_kawamuramasanori/

■竹信航介(日本労働弁護団北海道ブロック団員)「労働者のための労働法トラブルの解決方法」『NAVI』2022年9月27日配信

https://roudou-navi.org/2022/09/27/20220927_roubenhokkaido/

 

 

○取り上げるべきテーマ・題材は学校現場にもある

学校で教員がこうした実践をするにあたり、何も全て自分で行う必要はありません。労働組合や弁護士あるいは大学の研究者など、このテーマにあかるい外部の方々を頼られるとよいと思います。

さらに言えば、ちょっと矛盾するかもしれませんが、労働問題やワークルール、労働者の権利をテーマ・教材にしなくても、できる教育実践・取り組みがあります。いわゆるブラック校則の問題など、学校現場に巣くう理不尽な現状を取り扱うのです。

このブラック校則問題は、ブラック企業問題と構図が似ていると感じています。それに慣れてしまうのは危険です。ブラック校則→ブラックバイト→ブラック企業と若者が馴致していくことを危惧しています。

なお、極端にひどい校則に関心が集まっていますが、校則そのものがもつ問題性──法的根拠がない、教育目的という観点から考えても合理的ではない、生徒からの批判や変更要求が認められない、一方的に従わざるを得ない、変更の仕組み・手続きがない、などなど──も考える必要があると思っています。

 

画像Ⅳ-6 理不尽な状況にどう立ち向かうか──出前講義で使うシートの一枚

出所:筆者作成。

 

今の話と少し関係しますが、こちらの画像をご覧ください。

高校からの要請で労働問題やワークルールなど教えに行くことがあります。「出前講義」です。

一通りのことを教えた上で、今日は皆さんを帰しません、と突如、宣言する。当然のことながら生徒はキョトンとします。さあ、どうしますかと尋ね、「帰る」という生徒には、「ダメ、帰さない」と返す。そういうやりとりが続くわけです。元気のいい学生からは、「先生に椅子をぶん投げて、その間に逃げる」といった意見が出され、「それって、逆に傷害罪でキミが捕まるのでは?」と突っ込みを入れる。そして、そのうちに「教育委員会に電話する」とか「みんなで抗議する」といった意見が出されてくる。

要するに、問題を解決してくれそうなところに電話をしたり、一人ではなくみんなで対応することが大事であることが分かってくる。そこで話を戻して、労働基準監督署や労働組合の話をするわけです。

申し上げたいのは、無理に労働組合の話を扱う必要はなくて、学校現場における理不尽な問題を題材にして、教師と生徒の不均衡なパワーバランスを意識しながら、生徒間はもちろんのこと、教師と生徒の間で議論をしながら、問題を民主的に解決させることなど体験させていただければ、素晴らしい権利教育になるのではないかと思うのです。

あまり整理されていませんし、私自身はそういった内容での教育実践はできておりませんので、あくまでに参考として以上のことを申し添えたいと思います。近年、校則問題をめぐる様々な本が出版されていますので、それらも参考になさってください。

 

 

 

まとめに代えて

あちこちに話が飛びました。

本日は、いただいた演題に沿って、無期雇用・雇用安定の実現を軸にお話しをさせていただきました。雇用安定の実現は、民間職場だけでなく、公務職場でも求められています。そして、雇用安定の道か無期転換逃れの道か、今は岐路にあります。無期雇用が特権であるかのような社会であってはならないと思います。

公務職場の問題として、非正規公務員だけでなく、公共民間の問題も取り上げました。地方政府、すなわち、首長・行政やその監視機関で本来あるはずの議会を変えていく取り組みにつなげられると思います。公共の再生を目指しましょう。

働く人たちのエンパワーメントにつながるワークルール教育実践についても最後に話をしました。

ICT・オンラインも活用しながら、これまで以上に意識をして、お互いの実践を交流していきましょう。北海道と大阪の交流が進むことを祈念しています。

拙い話でしたが、ご清聴どうもありがとうございました。

 

 

 

 

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