川村雅則「公契約条例の制定で自治体を変える」

川村雅則「公契約条例の制定で自治体を変える」『建設政策』第207号(2023年1月号)pp.40-43

 

NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第207号(2023年1月号)掲載予定の拙稿です〔掲載されました2023年1月5日〕。2023年の統一地方選挙を前に、取り組みが急がれることから、先行して配信します。どうぞお読みください。

 

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連合「公契約条例をつくろうパンフレット」2012年2月発行より。

 

働きがいのある仕事づくり、働き続けられるまちづくり

一般財団法人地方自治研究機構の調べによれば、全国における公契約条例の制定自治体数は、2022年10月12日時点で78件とカウントされている。公契約条例は、労働者の賃金条項まで定めた賃金保障型条例と、理念を掲げるにとどまる理念型条例とに区分されるのが一般的であるが、78件のうち前者は27件である。首都圏での条例制定が続いているが、筆者の住む北海道では、旭川市の理念型条例1件にとどまる。条例制定間近などの情報もとくに聞かない。

そのような情勢であるが、公契約条例の制定を通じて、働きがいのある人間らしい仕事をつくり、市民が安心して働き続けられるまちをつくる──その気概をもって取り組みを進めている。

公契約条例の制定に取り組むことは、公共サービス・工事の担い手[1]の賃金・労働条件問題を起点として、提供される公共サービス・工事の質・内容や地域の経済・産業に関心をもつ契機となる、と同時に、それらを規定する地方行政や地方議会のあり方を検証し、かつ、政労使が共同で地域の課題に取り組む契機となる──風呂敷を広げすぎだと言われるかもしれないが、そう考えている。近づきつつある統一地方選を前に、「札幌市公契約条例の制定を求める会(代表:伊藤誠一・弁護士)」の取り組みなどを振り返りながら、私見を提起してみたい[2]

 

公契約(条例)を軸につながる諸課題

言うまでもなく、公契約条例は万能ではない。地域の疲弊が国の政治に規定されている以上、多岐・多次元にわたる政策や取り組みが必要であることは言うまでもない。

ただ、我々のこの10余年の取り組み・関心の広がりがそうであったように、公契約条例の制定に取り組むことは、公契約の周辺・関連領域に目を向ける契機にもなるだろう。一例をあげれば、自治体における入札・契約制度のほか、地域の建設産業政策、中小企業振興条例、NPM(New Public Management)、最低賃金などの学習につとめてきたほか、地方行政や地方議会、すなわち自治体の統治機構そのものへの関心である。

もちろん、取り組みや関心のこうした広がりは、取り組むべき課題をあいまいにすることとは違う。全体を俯瞰しながらも、公共サービス・工事の担い手の状態から出発すること、公契約条例を軸に据えることでさしあたりよいと思う[3]

そもそも、低賃金労働者の蔓延は、日本経済の成長の桎梏となっている。人件費コストが削減されてきたことが、長期に及ぶ日本経済の停滞をもたらし、経済の停滞は、企業のコスト削減(とりわけ人件費コスト削減)志向をさらに強めるという悪循環が続いてきた。賃金・労働条件の悪化を理由に労働者の入職・定着が困難な状況が広がり、担い手の確保が各地で喫緊の課題になっている。経済界への賃上げ要請や労働条件の改善を目指す政策が政府内からも聞かれるのは、こうした状況の克服を目指してのことである。働く人の状態改善は奥行きの広いテーマである。

 

地方政府と地方議会を変える

地域で暮らし働き続ける条件づくりのために、公契約条例の制定を含め、地方自治体には果たすべき役割があり、またその効果は大きい。自治体には、雇用主としての顔、発注者としての顔、各種の政策(経済・産業・労働政策)主体としての顔がある。

例えば、札幌市では、公共民間分野に限定しても、建設工事・業務委託・指定管理・物品調達などに1700~1900億円近くの予算を投じていた。このお金で地域の良質の公共サービス・工事を生み出し、またその担い手(受託者、労働者)の経営・就業環境を整備し、経済の好循環を作り出すこと──広義のまちづくりが我々の目指すところである。

公契約条例の成果は、ダンピング受注の防止・適正な利益の確保や労働者の賃金改善など、労使双方にとっての直接的な利益にとどまるものではない。公共サービス・工事の質の改善や地域経済への波及効果がもたらされるほか、広く行政事務の検証・改善にもつながるものである。

工事を例に考えると、公契約の領域において発注者である自治体には、事業の企画に始まり、設計・積算、予定価格の設定、入札・落札・契約、施工、中間検査、完工の各段階において責任がある。

公契約条例が今広く必要とされているのは、以上のいずれかの段階で克服されるべき問題が生じていることの証左ではないか。

 

図表 国土交通省「新・担い手3法(品確法と建設業法・入契法の一体的改正)について

出所:国土交通省サイト(「新・担い手3法(品確法と建設業法・入契法の一体的改正)について」ページ)より。

 

例えば、労働者の賃金支払いを適正化するには、設計・積算段階や予定価格の設定段階での事務が適正化される必要があるだろう。

公共工事設計労務単価の引き上げに始まり、いわゆる「担い手三法(公共工事品質確保推進法、建設業法、入札契約適正化法)」の制定・改定でうたわれた内容や法の理念を、自治体の施策に落とし込んでいく具体的な作業が必要である。価格一辺倒に傾斜した入札制度の見直しや多様化(価格入札から政策入札へ)の動き、あるいは、適正な積算根拠に基づく予定価格の算出が市の責務として公契約条例に掲げられていることなどはそのあらわれだろう。こうした動きをさらに前に進める必要がある。

一方で、多くの自治体が、発注後の現場の実状、働く人たちの賃金・労働条件などを詳細に把握しているとはいえない現状がある。その必要性を認識していない自治体も残念ながらまだ少なくないように感じる。自治体と民間事業者・労働者とで、公共サービス・工事を協働で担う姿勢として適切ではあるまい。現場の実状を明らかにして、問題を提起していくことが運動の側に求められている。

付け加えると、それは議員・議会の役割でもある。議会活動の理念や原則がうたわれた議会基本条例を定める議会が増えている。首長による行政事務の執行に対する監視・評価はもちろんのことであるが、議会もまた、市政の課題に対する調査・研究や政策立案・提言を行うことなどが自らの課題として意識されている。

では、その取り組みの実際はどうだろうか。議会基本条例の理念や原則は、果たして体現されているか。公共サービスの担い手問題に限らず、市政の諸課題は把握されているだろうか。住民の声は聞かれているだろうか。公契約運動に取り組む中でそのことを具体的に問うていこう。そして、問題に取り組む議員と、より意識的・積極的に連携していこう[4]

 

地方自治の強化と、地方自治への「参加」の新たなかたち

問題解決には国の役割が不可欠であるものの、自治体もまた先導して取り組む必要がある──これは、公契約条例を全国で初めて制定した千葉県野田市の条例前文に示された、地方自治の姿勢である。条例前文は次のとおりいう。

「地方公共団体の入札は、一般競争入札の拡大や総合評価方式の採用などの改革が進められてきたが、一方で低入札価格の問題によって下請の事業者や業務に従事する労働者にしわ寄せがされ、労働者の賃金の低下を招く状況になってきている。

このような状況を改善し、公平かつ適正な入札を通じて豊かな地域社会の実現と労働者の適正な労働条件が確保されることは、ひとつの自治体で解決できるものではなく、国が公契約に関する法律の整備の重要性を認識し、速やかに必要な措置を講ずることが不可欠である。

本市は、このような状況をただ見過ごすことなく先導的にこの問題に取り組んでいくことで、地方公共団体の締結する契約が豊かで安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することができるよう貢献したいと思う。」

もっとも、条例が制定されてもそれで万全ではない。政(公)労使で構成された委員会・審議会が設けられ、この分野の様々な問題・課題が委員によって持ち込まれる必要があり、フラットな関係の下で忌憚のない議論が行われる必要があるだろう。こうしたある種のプラットフォームの設置と関係者による協議、不断の取り組みが公契約条例の魅力である[5]

条例の「仕組み」と「運用」に工夫をこらし、地方自治への「参加」の新たなかたちを切り開きたい。

 

おわりに──取り組みを始めよう

 

北海道中小企業家同友会との意見交換会(2022年7月25日)

札幌市議会各会派への要請(2022年12月13日)

 

国がこの間進めてきた地方行政改革による自治体の変質や今後進められようとしている「自治体戦略2040構想」の危険性を考えると楽観はできないものの、一方で、「公共の再生」が掲げられた取り組みが各地で広がりを見せ、なおかつ、「再公営化」を実現する世界の潮流を思うと、公契約運動は時代を先んじていたのかとさえ思えてくる。我々も、公契約の適正化・公契約条例の制定運動に取り組む中で、関連する様々な課題を知る機会や関係者との交流の機会[6]に恵まれ、なおかつ、これら一つ一つの課題の掘り下げた理解につとめてきたつもりである。

地域を変え、地域から変える取り組みを各地で始めよう。

 

(かわむらまさのり 北海学園大学教授)

 

[1] 公共民間の労働問題だけでなく、直営のとりわけ非正規公務員まで視野に入れるべきではないか、という点はすでに述べてきたとおりである。総務省の助言に従った、いわゆる3年公募制問題の発生が目前(2022年度末)である。公契約の適正化に取り組みながら、公募制問題に象徴される非正規公務員へのぞんざいな扱いに目をつぶるのは矛盾していないだろうか。

[2] 本誌第202号~第205号(4回)にわたって連載した拙稿「札幌市の公共調達等に関するデータ」も参照。

[3] 公共サービスの担い手をテーマに、2021年度には主催団体として4回、22年度は後援団体として現時点で4回の連続学習会を開催し記録を配信している。北海道労働情報NAVIを参照。https://roudou-navi.org/ あわせてこの問題を前進させるための調査活動の重要性について、拙稿「公務非正規運動の前進のための労働者調査活動」『住民と自治』通巻第704号(2021年12月号)を参照。

[4] 注釈3で示した2022年度学習会ではそのことを意識している。また、NPO法人官製ワーキングプア研究会が『研究会レポート』第39号(2022年9月号)にまとめた「首長の皆さん、議員の皆さん、『非正規公務員の処遇改善・公契約条例の制定・”公共”の復権』を政治公約(選挙公約)にしてがんばってください!」も参照。

[5] 条例が制定された自治体の運用は様々であり、審議会についても、なかには、形式的な運用にとどまるところもあるだろう。我々の把握は十分ではないが、注目をしている一つが世田谷区の公契約条例である。同区では、公契約条例制定前の準備段階において、自治体自らによる発注・契約行政の検証作業が行われたほか、条例制定後には、公契約適正化委員会のほかに、労働報酬専門部会が委員会内に設けられ、専門的な議論が関係者内で行われている。世田谷区の公益委員である永山利和元日本大学教授を講師にした学習会の記録である永山(2020)など参照。

[6] この半年ほどでも、一般社団法人 北海道中小企業家同友会との意見交換(2022年7月25日)、札幌市経済観光局産業振興部経済企画課職員を講師とした中小企業振興条例・振興施策に関する学習会(9月13日)、札幌商工会議所との意見交換(11月25日)などを実施。

 

 

主要な参考文献

篠田徹、上林陽治編著『格差に挑む自治体労働政策──就労支援、地域雇用、公契約、公共調達』日本評論社、2022年

永山利和「公契約条例制定と運用手法の特性」『北海道自治研究』第622号(2020年11月号)pp.2-9

永山利和「公契約条例と最低賃金制度改革の論点」『北海道自治研究』第624号(2021年1月号)pp.27-33

永山利和・中村重美『公契約条例がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社、2019年

 

 

(関連記事)

伊藤誠一「10年目を迎える『求める会』の取り組み」『NAVI』2021年10月1日配信

伊藤誠一・渡辺達生「[寄稿]札幌市公契約条例の制定を求める取り組みのご報告(2014年2月)」

川村雅則「札幌市の公契約条例の制定をめぐって(2012年)」『建設労働のひろば』第84号(2012年10月号)

 

 

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