川村雅則「公契約条例制定の全国的な推進に向けて」『社会主義』第736号(2023年10月号)pp.28-35
社会主義協会から発行されている『社会主義』第736号(2023年10月号)に掲載された原稿の転載です。
タイトルどおり、公契約条例を全国に広げていきましょう。どうぞお読みください。
「【教材庫】公契約条例・公契約運動(2023年8月25日)」もご活用を。
公契約条例制定の全国的な推進に向けて
川村雅則(北海学園大学)
1.はじめに
本稿タイトルでの執筆を本誌編集部からご依頼いただいた。
北海道に住む筆者は、政令市である札幌市と人口30万超の旭川市で、公契約条例の制定、公契約の適正化を目指して、労働組合や弁護士の皆さんと調査・研究あるいは運動に従事している(以下、公契約運動)。
とはいえその札幌では、2012年に当時の市長によって条例案が議会に上程されたものの、業界団体とその意向をうけた会派からの激しい反対にあって継続審議扱いとなり、翌年に条例案は否決されている。また旭川では、札幌での経験も活かして条例の制定に16年12月に成功したものの、いわゆる理念型条例にとどまる。北海道ではいまだ旭川のこの1本しか公契約条例は制定されていない。
以上のような実績しかないが、条例の基本や条例制定自治体の経験のほか、我々の運動の悪戦苦闘などまとめ、ご依頼にこたえたい。公契約運動に取り組まれようとしている労働組合や自治体議員を読み手に想定する。
なお、第一に、幸い、公契約条例・運動に関してまとめられた書籍・論文や現場からの報告は数多い。関心をもたれそうな論文についてタイトルだけ並べると、「公契約条例に関わる法的論点の検討」、「公契約条例をめぐる多面的検討~諸論点の体系的考察~」、「広がる公契約条例 地域の運動のポイントは?」などなどあげれば切りが無い。いずれも、インターネット上で読むことのできるもので、筆者らの運営するサイト(北海道労働情報NAVI。以下、NAVI https://roudou-navi.org/ )で整理をしている。問題関心に沿ってご覧いただきたい。
第二に、公契約運動が進まぬ理由は、端的には、その必要性に反して、実際に取り組んでいる主体が少ないことによるのではないか、と感じている。労働組合、とりわけ自治体労組に期待している。その上で、筆者が最も強調したいことは最後に述べた。
2.今なぜ公契約条例か
1)公契約条例とは何か
自治体が提供する公共の仕事は、正規の公務員に限らず多様な労働者によって担われている。非正規の公務員、そして、本稿のテーマに関わる民間労働者である。その公共民間労働者の賃金・労働条件が悪化している。
公契約条例とは、建設工事・委託業務・指定管理・物品調達など、契約の一方当事者が自治体である「公契約」を適正化することによって、そこで働く人たちの賃金・労働条件の改善を図る条例である。条例であるから議会で可決される必要がある。
「賃金・労働条件の改善」に実効性をもたせるために、受託者から労働者に支払われる賃金の下限額(以下、労働報酬下限額)を設定して、それが必ず支給されることを目指す、賃金保障型と呼ばれる条例がとくに関心事であるだろう。千葉県野田市で2009年に初めて制定された。
公契約条例に期待が集まった背景には、国からの強い圧力の下で進められる地方行政改革や過度な競争入札制度改革で進むダンピングなど、工事・サービス受託者の経営ひいては労働者の賃金・労働条件が悪化する状況を食い止めなければ、という問題意識があった。
例えば当時、建設現場での支給賃金が反映される「公共工事設計労務単価」は1997年度に19121円だったのが連続的に引き下げられ、2012年度には13072円にまで低下。およそ3割の削減である。民間ノウハウで住民の多様なニーズにこたえると評され急速に広がる指定管理者制度が、実際にはコストカットのツールとされていることに当時の総務大臣から懸念が表明された。2011年のことである。ことは公共工事・サービスの担い手である労働者の賃金・労働条件の悪化だけに収まらず、工事・サービスの受益者であるはずの住民にも被害が及ぶ。2006年に発生したふじみ野市のプール事故はそのことを象徴するものであった。公契約条例が求められる背景には以上のような事態があった。
なお、前記の賃金保障型の公契約条例に対して、賃金を規制する規定はないが、労働者の賃金・労働条件に対する配慮をうたったのが冒頭で示した理念型条例である。理念型だからといって軽んじられるべきものではなく、理念型から賃金保障型に発展させたケースもある(高知市)。旭川の運動もそれを目指している。
2)制度設計のポイント
公契約条例を設計する際のポイントとしては、(1)公契約条例が適用される事業や労働者の範囲、(2)労働報酬下限額、(3)条例の実効性を担保するための各種の仕組みなどがあげられる。
(1)では、自治体が行う全ての事業が条例の適用対象になればよいが、運営実務との関係でも、現実的にはどこかで線を引くことになるだろう(「○億円以上の工事」など)。小さく産んで大きく育てればよい。
労働者の範囲に関してはとくに建設工事で大事なポイントがある。一人親方を含めること、下請け労働者を含めることである。非雇用化や下請けへの丸投げによって元請けが責任を逃れる道を絶つためである。逆に言えば、公契約条例によって、ムダな重層下請構造の是正が期待される。
(2)では、建設工事に関しては、国が定めた公共工事設計労務単価が使えるが、業務委託や指定管理などでは、そもそも予定価格の積算で使われている賃金の算出根拠自体に問題がある(この点は後述)。支払いを義務づける最低限の賃金の算出根拠をどのように考えいくらの金額を設定するのか、またそれをどこで誰が決めるのかがポイントになる。
なお、「どこで誰が」に関わって、条例が制定された自治体では、公労使からなる「審議会」が設けられ、そこでこのことが審議されている。この審議会が有効活用されること──協議事項を労働報酬下限額だけにとどめず、入札・契約制度や当該地域産業の現状・課題などを公労使で共有していくことがポイントではないかと考えている(労働報酬専門部会が別に設けられている世田谷区などは要注目)。
(3)では、公契約条例を当該事業で働く労働者にどう周知していくか、支払い賃金をどう確認するか、条例・報酬下限額が仮に遵守されていない場合にはどう対応するか、などを、行政・職員の負担の問題もあわせて設計していくことが課題である。
3)条例制定による効果
市場価格と乖離した予定価格の積算→過度な競争を背景とした安値での契約→受託者の経営の困難→賃金・労働条件の悪化、工事・サービスの品質低下→税収の低下、住民福祉の低下という「悪循環」の現状を、適正な価格での契約を起点に「好循環」にしていく──公契約運動を推進する側はそのように主張してきた。では公契約条例の制定による実際の効果はどうなのだろうか。訪問して話を聞けた自治体等の数は少ないが、次のようなことは言えるだろう。
まず、言うまでも無く、労働報酬下限額の分だけ当該労働者の賃金は引き上げられることである(それ以上の賃金がすでに支払われている場合には別であるが)。また、当該自治体で働く非正規公務員の賃金の底上げにもつながる。公共の仕事に従事する労働者の最低限の賃金として互いに良い意味でけん制し合うことになるのだろう。ちなみに、世田谷区の2023年度の労働報酬下限額は1230円、会計年度任用職員の賃金は1234円だそうである。
提示される賃金額が改善されたことで求人への応募状況が改善されたという話も、(受託者から聞いた話として)自治体から聞いた。
では、同一職種の労働者(条例適用事業以外で働く同一職種の労働者)への波及効果・賃上げ状況はどうだろうか。運動の側はこれを期待しているところでもあるが、実現はするのだろうか。筆者が聞いた限りでは、あるともないとも言える。あるの例としては、(1)他の労働者の賃上げにも踏み切ったという事業者(業務委託等)、(2)報酬下限額を目標にして地域・当該産業の賃上げを実現したという労働組合、などの話を聞いている。
ただ(1)も(2)も、公契約条例による直接的な効果というよりは、労使双方の主体的な取り組みによるものといえよう。また(1)では、事業者に無理は強いられない。むしろ、報酬下限額の分を従業員全員で等分できるのであれば条例にも賛成なのだが、という声も事業者から聞かれるのだから。逆に(2)では、公契約条例と地域の賃上げを結びつける/好循環を生み出す労働組合の実践であり、大いに期待される。この点はさらに情報収集に努めたい。
ところで、賃上げとは異なるが、公契約条例への対応として、より腕のある職人を条例適用工事にまわし、結果的に品質が格段に向上した、という評価はよく聞かれる。
なお、第一に、地域の労働市場や地域経済への波及効果も聞かれるところであるが、そもそも、こうした多面にわたる効果の把握・計測方法を開発し効果を可視化することで、条例への賛同を広げていくことも今後の課題になるであろう。
第二に、建設工事では、労働報酬下限額のベースに使われている「公共工事設計労務単価」の大幅な引き上げ──2013年度から11年連続の引き上げ、全国全職種の加重平均値で22,227円(国土交通省2023年2月発表)──に対して、賃金が適切に支払われていないという、現場調査の結果に基づく労働組合側の指摘が聞かれることには留意したい。
3.運動を前進させるために
ここまでの記述の限りでは、公契約条例の制定に特段の反対はなさそうである。しかし、条例が広がらない。一般社団法人 地方自治研究機構の調べによれば(2023年9月1日時点)、現在の条例制定数は84で、内訳は、賃金保障型が27、理念型が57である。条例制定は東京圏で進み、東京地方労働組合評議会のレポート(「全都に広がる公契約条例 23区は過半数に」)によれば、条例案等を公表した台東区と墨田区が加われば、公契約条例の下で暮らす区部人口は過半数を超える(約52%)とのことである。
関係者によるこうした成果を最大限評価しつつも、条例は84ないし27になおとどまる、という問題意識を筆者も持つ。何が課題だろうか。どうしたらよいか。
1)発注者と受託者・事業者の理解を得る
冒頭で述べたとおり、札幌では業界団体等の強い反対で条例案が否決されている。条例案がなぜ否決されたかは様々な立場から検証される必要があるだろう(当時の札幌市議会議員からの貴重な論考がNAVIで配信)。
筆者が当時思ったのは、第一に、行政側の(控えめに言っても)準備不足である。意図せざるを得ぬ結果かもしれないが、入札制度改革によって個々の事業者・業界が疲弊してきた経緯を考えれば、公契約条例に対する事業者からの疑問や批判はまっとうであった。当時、筆者らが調査で明らかにした指定管理者制度の下での労働者状態の悪化(市の進めた行財政改革による結果)と公契約条例の提案とは整合性がとれていなかった。本来公契約条例とは、それまでの入札・契約行政の検証を行政自身に迫るものであるべきだったと思う。
むろんその自覚の薄さは、「当時」の「札幌市」に限ったことではない。最少の経費で最大の効果をあげることが求められ(しかも行財政リストラを迫られ)ている行政にとっては、むしろ公契約条例の発想に違和感をもっても不思議ではない。公共サービスの産業化、自治体DXが進む今日、ますます困難であるかもしれないが、発注者の理解を得る必要がある。その第一歩として、実勢価格や現場実態を的確に反映した適正な予定価格の設定が可能となるような基礎データの整備・充実を求めていこう。
第二に、受託者である事業者・業界団体の理解を得ることが鍵である。条例に対する種々の疑問や批判、そしてそれへの回答は先に示した論文を参照していただきたいが、例えば、条例適用事業で働くことで生じる同一事業者内での賃金格差にどう対応すべきかなどは、労働組合の課題(均等待遇)でもある。疑問や批判に真摯に向き合いつつ、ダンピングや丸投げを防止し適正な価格で仕事を受注し、もって労働者の暮らしを守り・技能を育成すること、そうしなければ、工事・サービスの品質が維持できないことに対する理解を得る必要がある。公契約条例の制定を掲げる中小企業家団体もみられるし、とくに重層的下請構造で下の階層ほど賃金が低く抑えられ、担い手確保が死活問題化している建設業では、専門工事事業者を中心に理解は得られるという感触をもっている。
なお、第一に、運動に取り組む側も、全てを公契約条例に背負わせる/公契約条例万能論に立つのではなく、入札制度の改善や中小企業振興条例などの政策課題を事業者側と共同で求めていく必要があるだろう。
第二に、公契約条例による賃金の適正化は地方自治の枠組みで捉えるべきものであって、労使間の分配で実現する賃上げや労働規制政策とは異なる。現行の入札・契約制度下では労働ダンピングや重層的な下請構造のために実現されぬ適正な価格での受発注を契約を通じて実現させ、もって、予定されていた賃金を末端にまで行き渡らせるのが公契約条例の基本設計である。実現した労働報酬下限額を同一職種や地域の労働者に広げていくことは、別途、労働組合による取り組みが必要になる。
2)なぜ条例が必要かの発掘作業を進める
ここで、公契約運動を前進させるための基礎的な取り組みとして、当該自治体での以下の調査を提起したい。(1)建設工事・委託業務・指定管理・物品調達の入札・契約に関する基礎データ、(2)予定価格において、当該事業で働く労働者に支払いが予定されている賃金(・労働条件)データ、(3)現場で実際に支給されている賃金(・労働条件)データなどである。
第一に、いずれも、我々がアプローチしたい労働者がそもそもどこにどのぐらい存在して、どのような条件で働いているかを可視化する作業である。条例の必要性を市民の間にも広げていく上で必要な作業ではないか。公共工事・サービスの担い手は市民に日常的に意識されているわけではない。また労働組合にとってこの作業は、未組織労働者へのアプローチ・組織化の契機とも位置づけられるだろうし、そうすべきである。
第二に、そもそも(3)の前に(2)をきちんと調べることが肝要である。先にも述べた公共工事設計労務単価や、同じく国が定める「建築保全業務労務単価」が使われているケースはそれなりの合理性があると言えるが、自治体職員(ここではとくに非正規職員)の賃金が使われていたり、事業の金額が相見積もりで算出されているために賃金額までは不明なケースもみられる。何を使うかは各課任せになっているケースが多いようである。
関連して言えば、中澤秀一さん(静岡県立大学短期大学部)たちの調査によれば、単身世帯で普通の暮らしをしていく上でどこの地域でも時給1500円は必要であるという。(2)の時点で、つまり実際の支払い賃金の前の段階で、上記金額を大幅に割り込んでいるものが使われている点はもっと問題視されてよいのではないか。
第三に、(3)は省略するが、建設工事・委託業務・指定管理の分野で労働組合や筆者らが行ってきた各種の調査レポートを参照されたい。ここが肝である。
2点だけ補足する。第一に、資金も人手もない中で自前で調査を行うのは至難の業である。小規模でもインパクトのある調査を行って議会経由で行政を動かす(行政自身に調査を行わせる)ことも有益である。労働組合と議員の連携が期待される。
第二に、公契約運動の射程を広げる必要性である。例えば、補助金事業の担い手は視野に入れなくてよいか。学童保育に関する我々の調査では、コロナ下での指導員の苦闘は、委託でも指定管理でも補助金事業でもみな一緒であった。補助金事業も含んだILO勧告第84号(公契約における労働条項勧告に関する勧告)にみるとおり、以上はさほど不自然な発想ではあるまい。
3)議会は機能しているか
1)では、自治体・地方政府のうち「行政」の問題を取り上げた。では、行政の監視機関である「議会」は機能しているか。議会への不信を運動の中で感じることが多い。
そもそも本稿で取り上げてきたような問題はどこまで把握されているだろうか。議会の役割や機能等を定めた議会基本条例が各地で制定されているのも、議会不信の払拭を意識したものと思われるが、条例に掲げられた、行政に対する監視機能や政策立案機能は果たしてどこまで強化されているだろうか。
言うまでもなく筆者は、議会不要論に立つものではない。むしろ、議会改革も射程に入る奥行きの広さを意識しながら公契約運動を進める必要があると指摘したい。逆に、運動の側は、公契約条例、言い換えれば、公共工事・サービスの担い手問題という自治体の本丸テーマ・課題を議会に持ち込めているか。そのことも自戒しながら、会派を超えた「議員相互の討議」を要請していこう。
4.まとめに代えて──非正規公務員問題という課題を視野に入れて
非正規公務員問題という課題に違和感、唐突感をもたれるかもしれない。
しかし、非正規公務員の賃金は、業務委託や指定管理など民間発注の際の賃金算出根拠にも使われている、という意味で、両者は文字どおりの地続きである。実際、担い手の非正規公務員化を経て民間化されたケースでは、そのようなケースが多いようである(実際の支払い賃金は、管理費などを必要とする分だけ、より安くなる)。
何より、当該事業が直営であろうが民間によるものであろうが、我々の関心は、公共工事・サービスの担い手の状態にあるのではないか。そう考えたとき、いまや全国で100万人を超え、基幹労働力化して久しい非正規公務員の存在は視野に入らないだろうか。
「改革政党」の伸長にも示されるとおり、やせ細らされてきた公共が今後自動的に拡充していくことは、この非正規公務員の現状を踏まえても、あり得ないだろう。質量含めて公共のあり方は政治の分野でも争点化するだろうし、むしろそうすべきだろう。自治体から政治を変える契機にもなる。ナショナルセンターや政党・会派の垣根をこえ、各地の運動や経験交流などを進めるときではないか。
(参考情報)
川村雅則「【教材庫】公契約条例・公契約運動(2023年8月25日)」