安彦裕介「長時間労働等によりうつ病を発病したスーパー店員氏の和解成立」

職場におけるメンタルヘルス不全の問題が深刻です。今回、長時間労働等によりうつ病を発病した事件を担当した安彦裕介弁護士から、事件の概略と訴訟の和解成立に関する報告を寄稿いただきました。どうぞお読みください。

 

 

1 はじめに

道内のスーパーマーケットの店員として働いていたBさんは、発病前月の月100時間を超える時間外労働、及び半年間で計3度に及ぶ13日間の連続勤務を行った結果、平成23年1月にうつ病を発病しました。

そのため、Bさんは、令和元年8月、会社に対して、労働契約上の安全配慮義務に違反したことを理由として、損害賠償金の支払いを求める訴訟を起こしました。

本件訴訟は、途中のコロナ禍による延期もあり、約3年の時間を要しましたが、札幌地方裁判所における勝訴判決を経て、令和4年8月、札幌高等裁判所において、会社からの約4800万円の和解金の支払いとBさんの合意退職を内容とする、訴訟上の和解が成立しました(代理人弁護士は、当職と大賀浩一弁護士)。

 

2 訴訟に至る経緯

上述のとおり、Bさんは、平成23年1月にうつ病を発病しました。

管轄の労働基準監督署長は、Bさんのうつ病が会社の業務(長時間労働及び連続勤務)に起因するものであることを認め、労災と認定しました。

しかし、Bさんは、会社を休職して療養に努めてきたものの、思うように病状が回復せず、社会に復帰することができない状態が長く続いていました。

こうした状況を踏まえて、Bさんは、以前から相談に乗っていた当職らを代理人として、令和元年8月、札幌地方裁判所に、会社に対して損害賠償金の支払いを求める訴訟を起こしました。

 

3 札幌地方裁判所における勝訴判決

Bさんからの損害賠償請求に対して、会社は、長時間労働はBさんの手際の悪さが招いたものであり、うつ病を発病したこともBさん固有の脆弱性によるものである等と主張して、自身の責任を全面的に否定してきました。

そのため、当方は、労働基準監督署の作成した調査復命書等を証拠として提出し、会社がBさんの長時間労働や連続勤務を把握しながら適切な対応をとらなかったことや、Bさんにうつ病発病の原因となり得る素因や過失がなかったこと等を、最高裁判所の判例を示しつつ、詳細かつ具体的に主張しました。また、法廷においても、Bさん及び店長(当時)の尋問を行い、会社の安全配慮義務違反を裏付けることに注力しました。

これらの訴訟活動の結果、Bさんは、令和4年2月、札幌地方裁判所から、Bさんの主張をほぼ全面的に認める内容の勝訴判決を受けることができました。

 

4 札幌高等裁判所における和解成立

会社は、札幌地方裁判所の判決を不服として、札幌高等裁判所に控訴しました。

これに対して、札幌高等裁判所は、会社が求めていたBさんに対する鑑定の実施を認めずに結審し、判決の言渡し期日を令和4年9月に指定しました。これらのことから、札幌高等裁判所も、札幌地方裁判所の判決(一審判決)と同様の判断を行う可能性が高いと考えられました。

こうした状況から、今般の和解では、一審判決が認めた賠償金額の全額を支払うことで、会社と合意することができました。のみならず、重要であるのは、Bさんが退職することを交渉の材料として、一審判決から金額をさらに増額させることができたことです。

 

5 退職を決める前の注意事項

従業員がうつ病などの精神障害を発病してしまった場合、復職の目処が立たないために退職してしまうケースが多く見られます。しかし、使用者は、従業員が業務上の負傷や疾病のために休業する期間においては、通常の解雇の要件を満たした上で、さらに平均賃金の1200日分の打切補償を支払わなければ、当該従業員を解雇することができません(労基法19条1項)。

このことから、休業中であっても、会社に在籍している従業員は、会社に損害賠償請求等を行うに際して、退職や打切補償の金額を交渉の武器として用いることができます。たとえ復職の目処が立たなくとも、退職するか否かは慎重に検討する必要があります。

なお、最も注意すべきであるのは、会社との間に、退職についての合意書を作成しようとする場合です。退職に当たって、退職金等の内容を明確にするために作成されることがありますが、多くの場合、このような合意書には清算条項(当事者間に、当該合意書に定める以外の債権債務がないことを確認する条項)が盛り込まれています。清算条項付きの合意書を作成した場合には、その後、会社に対して損害賠償請求等を行うことができなくなってしまうおそれが生じますので、安易な署名押印は禁物であると言えます。

 

6 おわりに

本件訴訟は、高等裁判所の判決を待たずに、和解によって終結させることができました。判決による終結の場合には、退職を交渉材料に用いるような柔軟な解決手法はとれません。今般の和解では、来たる判決への有利な形勢を背景に、会社との協議を重ねることによって、Bさんにとってより良い解決を実現することができたと考えています。

Bさんも、いずれうつ病の治療が終了し、社会に復帰する時がやって来ると思います。今般の和解が、Bさんの将来を後押しする力になることを願ってやみません。

以上

 

 

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