過労死(過労自殺を含む)という悲劇が相次いで発生しています。過労死遺族らを中心とした取り組みで「過労死等防止対策推進法」が2014年に制定、施行されています。また、この法律に基づき、政府は、過労死等の防止のための対策を効果的に推進することを目的に、「過労死等の防止のための対策に関する大綱」が定められています(旧大綱は平2015年7月24日閣議決定、現大綱は2018年7月24日閣議決定)。その2回目となる改訂作業が、現在進められています。
「過労死等防止対策推進法」の制定時にも指摘していたとおり、過労死をなくすためには、日本の労働法制の根本的な見直しが不可欠です。働くもののいのちと健康を守る全国センターでは、過労死ゼロを一刻も早く実現するため、「過労死等防止対策推進法」及び「大綱」について、以下の点を政府に対して要望しました(2021年5月21日)。どうぞお読みください。
Ⅰ.改訂にあたっての前提
(1)「過労死を生まない社会」の実現は、人間らしく働き、生活できる社会を実現することである。家事労働(ケア労働)を含む家庭的責任を果たすことはもちろん、地域生活・社会生活を営むことのできる働き方でなければならない。ディーセント・ワーク、ディーセントライフの実現が図られなければならない。
(2)「過労死等防止対策推進法」について、法本来の目的が、「過労死等防止対策の前進」にあることをより鮮明にするために、過労死防止法の「目的」「基本理念」に「過労死等に関する調査・研究」とともに「実効ある防止対策の推進」を明記すること。
(3)過労死防止対策を考える前提として、脳・心臓疾患・精神障害の労災認定基準を労災保険法の目的・趣旨に沿った改訂を行うこと。
仕事に起因する脳・心臓疾患や精神障害の発症は労災認定者だけでなく、労災申請さえしていない人が多く存在している。「大綱」でも、就業者の脳・心臓疾患による死亡者は2万7000人(平成27年)とされていることに対し、脳・心臓疾患の労災認定の死亡者は約100件を超える程度となっている。
勤務問題が原因とされる自殺者は約1900人であるが、精神障害の労災認定数は約500件程度で推移している。認定基準のハードルの高さが申請を拒んでいる。さらに、精神障害の労災認定については、パワーハラスメントを受けた労働者が3人に1人と増加しているなど職場環境の変化にもかかわらず、請求件数増に比して認定数が変わっていない。過労死防止対策を進める上で、脳・心臓疾患、精神障害による労災認定が正しく行われることが必要である。
脳・心臓疾患の労災認定基準は専門検討会において検討が進められているが、長期間の時間外の評価について「1か月45時間」とすること、「交替制勤務・深夜勤務」「精神的緊張」について、時間外労働時間数と同様に大きな負荷があるものと評価することを求める。
また、精神障害の労災認定基準については今年度検討会が設置されるが、心理的負荷を「強」とする時間数を下げること、「中」程度の負荷が複数ある場合の評価を明確にすること、発症後強いストレスを受けて増悪した場合の評価を認めることを求める。
Ⅱ.大綱改定への意見―基本姿勢
1.過労死ゼロへの決意表明をあらためてすること
・過労死等防止対策推進法(「法」)制定から6年たった。法に基づき様々な取り組みが行われているが過労死は減っていない。特に精神障害の労災認定は毎年増加している。傷病手当金の30%以上が、精神障害による休業者で占めているなど、働くひとたちの過重労働・ハラスメントなど過労死につながる職場環境の改善が求められているのが実態である。
・特に、新型コロナ感染の拡大と長期化は、中小企業の倒産や不安定雇用の労働者の解雇など深刻な経済困難に陥る人を生む一方、医療・介護労働者、流通関係など生活に欠かすことのできない仕事は過重労働が続くという状況を生んでいる。コロナ感染症による「働き方」の変化について、正面からとらえ、対策を実施する必要性を打ち出すことが重要である。
・特に女性や学生、障害者に、理不尽な解雇や配置転換、シフトカットによる経済的困窮と同時に精神を病む状況があることをとらえた対策が必要である。また、ダブルワーク、トリプルワーク、深夜勤務などより厳しい働き方をせざるをえない状況が生まれている。
・「働き方改革」が叫ばれ、過労死ラインの時間外労働時間規制が法制化された。そのこと自体が許されることではないが、その規制さえ「適用除外」とされた職種(医師・建設労働者・自動車運転従事者)は、過労死の多い職種である。国は、それを認識しながら事実上放置している。医師においては、都立駒込病院でコロナ患者の治療にあたる医師が4ヵ月で1180時間の時間外労働、最も多い月は327時間という報道もされている。
また、教職員の多くは公務員である。その教員の働き方は、小学校で3割、中学校で6割が過労死ラインを超える時間外労働をしている。その解決策として今年より「1年単位の変形労働時間制」が導入されたが、この制度は、1日・1週間単位の労働時間規制の原則を崩すものであり、教員の長時間労働の解決にも役だたないといわれている。過労死防止を進める国・自治体が事業主として、直ちに実効ある措置を講じるべきである。
6年間で、過労死の労災認定の多い職種についての「調査・分析」が行われているが、その成果をどう生かしていくのかを明確してことが必要である。
2.「新しい働き方」への対応について明確に示すこと
・テレワーク・リモートワークは、使用者による労務管理、特に労働時間管理をあいまいにし、長時間労働を生みやすい。また、上司とコミュニケーションをとりづらい、労働者の心身の変調に気づきにくいことなどが指摘されている。また、自宅では作業環境が整っていないことも多く、肩こり・腰痛などの筋骨格系の不調を訴える人が増えている。運動不足による体重増加も問題になってきている。
昨年の新型コロナ感染症の第1回緊急事態宣言により、丁寧な合意形成をする間もなく、急速に導入されたテレワークであるが、政府の後押しもあり、そのまま推進しようとする企業も多い。しかし、労務管理・労働時間管理、かかる費用の在り方、評価制度の在り方など課題は多く、執拗な仕事の進捗状況のチェック、適切な指導・教育のない叱責など「リモートハラスメント」という状況が指摘されている。
・「副業・兼業」については、割増賃金の算定として労働時間を通算すること、労災認定について「複数の就業先の負荷を総合的に判断する」ということが「副業・兼業ガイドライン」(平成2年9月改定)に記載された。しかし、そもそも労働時間については労働者の「申告」により把握する、「(健康管理については)健康保持のために自己管理を行うよう指示し、心身の不調があれば都度相談を受けることを伝える」など、副業・兼業を行う労働者の自己責任とされている点は事業主の安全配慮義務を曖昧にするものあり、深刻な危惧を持つ。特に、正業による収入では生計がたたず、生活破壊か過労死かを迫られている「働かざるを得ない」副業・兼業(=ダブルワーク・トリプルワーク)の人にとって、時間管理・健康管理を実質的に強いられる状況にあることを踏まえた対策をとるべきである。「労働時間管理は事業主の責任である」という労働者保護の基本構造をあいまいにすることがあってはならない。
・「雇用によらない働き方」は、「一人親方」「個人請負」などのかたちで、今後も拡大傾向にある。雇用形態によらず、実質は事業主の指示のもとでの労働でありながら、労働者保護の対象とならず、労災保険にさえ加入していない場合が多い。
2021年4月から、労災保険の特別加入の対象者が拡大された。このことは、危険の多い仕事に従事していたにも関わらず、労災適用されなかった芸能関係者などの長年の努力によるものである。しかし、「特別加入」は任意加入であり、事業主負担がない保険料は、低額の保険料での加入者を多くうみだしている。その場合、補償額も少なくなる。「柔軟な働き方」を政府が推進するもとで、実質的に指示命令のもとで働く「雇用類似の働き方」の人たちへの労災補償制度の在り方を検討すべきである。
「新しい働き方」は従来より、政府が進めてきた政策だが、コロナ禍を根拠に乱暴に進められようとしている。「大綱」は過労死防止を国、地方自治体、企業の責務としている。「新しい働き方」への十分な対策を行うことが今後の対策の重点になる。
3.ジェンダーの視点を「大綱」に取り込むこと
コロナ禍は、日本のジャンダー問題を急激に顕在化させた。コロナ対策の最前線で働いている医療・福祉従事者の7割が女性である。また、働く女性の多くが低賃金・不安定な非正規労働者で、コロナ禍による経済的危機のもとで、真っ先に切り捨ての対象となっている。このままでは、エッセンシャルワーカー・教員など「成り手」が激減し、ますますの人手不足を招くという悪循環に陥いる。昨年は11年ぶりに自殺者が増加し、中でも女性の自殺者の増加が顕著になっている。ジェンダー格差に目を向けた対策が急務となっている。
日本の過労死防止対策は男性の正社員が主たる生計者をモデルとし、ジェンダーギャップがないことを前提としたものとなっている。しかし、日本のジェンダーギャップが世界156ヶ国中120位ということにあらわされているように、女性が大きなハンディキャップを担わされているのが現実である。多くの女性が、家事育児労働(ケア労働)を担い、その結果、疲労回復に必要な睡眠時間や自由時間が男性に比べて短くなっていることは、国やNHKが実施した生活時間調査等で示されている。こうした、ジェンダーギャップの実態を直視した過労死防止対策が必要である。 教員の働き方・生活時間の調査によると、過労死ラインを超える働き方が指摘されるとともに、女性教師の睡眠時間の短さが報告されている。在校時間は短いことから、家庭責任を事実上多く行っていることがわかる。女性教員の過労死事件において、労働時間+持ち帰り残業の評価の際家事労働、睡眠時間の不足を考慮した事案もあった。ジェンダー格差の解消を、より女性に「家事労働」(ケア動労)の負担を強いてきた日本社会の在り方から問うことが必要である。
4.過労死ゼロへ。企業の取り組みの強化と労働行政の抜本的な拡充を
4-(1) 事業主の責任を果たさせること
過労死が減らすためには、事業主の本格的に原因となる過重労働など働き方を改める本格的な取り組みが必要である。
・特に、過労死を出した企業、過重労働について度重なる是正勧告を受けた企業は、過労死予防に真摯に取り組むべきである。しかし、残念なことに過労死を出した企業に、反省、謝罪はなく、繰り返す企業さえある。過労死を出した企業名、過労死に至らしめた経過、法違反の状況を公表すべきである。さらに、公共事業等を請け負った事業主が過労死を発生させた場合、指名停止措置をとることが必要と考える。
・過労死を出した企業は、まず遺族の声を聞くべきである。全国で行われる「過労死防止シンポ」に企業トップの参加を義務付けることを最低限行うこと。
・より根本的には、労働基準法に定められている労働時間など過重労働にかかわる法違反について、厳しい罰則・罰金規定を設けるべきである。
4―(2)労働行政を抜本的に強化すること
・過労死を出した企業が是正勧告を受けていても結果的に是正されず、過労死を繰り返している実態がある。
・全労働が労働基準監督官を対象に行った調査によると、過重労働の解消などについて「今後重視・拡充すべき有効な行政手法」を尋ねたところ「臨検監督」「司法処分(司法警察権の行使)」が上位であげられている。
・労働基準監督官による臨検監督における労働基準法などの違反率は60%を超える状況が続き、そのうち「労働時間に関する違反」は18%となっている。労働災害の原因究明、災害防止対策の確立などの実施のためには、労働行政の体制拡充が必須となっている。
5.若者・学生に「権利」としてのワークルールを
・企業の取り組みの強化と並行して、労働者自身が労働者としての権利を身に着けることが過労死防止の重要なポイントである。そのためにも、学校教育におけるワークルールの学習は知識の普及と同時に権利を持つ主体者を育てる観点での取り組みが必要である。コロナ禍でますます重要になっている課題であり、実施されているかの点検を行うくらいの構えが必要である。
6.今後に向けて
・冒頭に述べたように「過労死ゼロ」の実現のためには「過労死等防止対策推進法」の改定が必要であり、さらには労働基準法の抜本的な改正が求められている。第19回過労死等防止推進協議会の資料として提出された「過労死等防止推進協議会委員7人の連名の意見書」(「意見書」)における「新たな立法措置の検討」と趣旨を同じくする。「意見書」では、「新しい抜本的な労働基準法の制定を実現すること」として、15点にわたる柱を示している。過労死をなくし、さらにディーセントワーク実現のために、賛同し、積極的に検討することを求める。
「過労死ゼロ」実現のためのあらゆる課題について、改善方向および到達目標を示したロードマップを明らかにすることを求めたい。
Ⅲ.過労死等防止協議会に提案された「素案」の該当項目への意見
1.「はじめに」
・取り組むべき具体的な課題として、「感情労働」の問題を追加すること。
2.過労死の問題のための対策の基本的な考え方
1)調査研究等の基本的な考え方
・職場におけるハラスメントの実態調査と発生要因の分析を深めること
2)啓発の基本的な考え方
①ハラスメントの防止に向けた研修と啓発活動をこれまで以上に取り組むこと
②過労死・過労自死を出してしまった企業についての研修と人事労務対策の点検と見直しを義務付け、その結果を報告すること。
3.国が取り組む重点対策
2)-2 疫学調査
①脳・心臓疾患と業務との関連性についての疫学調査の充実
②脳・心臓疾患、精神障害以外の疾患と業務との関連性についての疫学調査の推進
3)過労死等での労働・社会分野の調査・分析
①2015年から義務化されたストレスチェック制度について、過労死防止との関係での検証・評価。コロナ禍においての有効性についての検証をすること。特にエッセンシャルワーカーなど小規模事業所についての検証をすること。
②働く世代における傷病手当金と業務との関係の調査(特に精神疾患)
③自殺について実態を正確に把握する調査。特に「原因・動機」について過労死防止の視点での調査。また、死因不明の「異常死」について死因を特定すること
④ダブルワークでの労働時間、休憩時間の調査
⑤テレワークの実態と労働時間、労働時間管理の調査
⑥勤務間インターバルについての実態調査
⑦コロナ禍での医療・介護労働者、公務員、教職員の労働時間等についての実態調査
4,国以外の主体が取り組む重点対策
2)事業主の取り組むこと
①過労死・過労自死の裁判例では、法人の役員、管理職、上司にも個人的責任も認定されていることも認識すること
②過労死が発生した場合、発生に至った経緯や労働時間等について遺族に対して誠実に説明し、原因究明、再発防止対策について徹底して取り組むこと。
以上。
第19回協議会に出された「7人の意見書」=新労働基準法の柱となる15項目
①法定労働時間は8時間・40時間ではなく、より少ない時間(当面は7時間・35時間)を設定する。労使協定(36協定)による時間外労働は、当面月45時間を絶対的上限とする。いわゆる特別条項は廃止する。
②深夜業・交替制勤務に対する法的規制を明確にし、例えば、夜10時~朝5時までの労働時間は日中の1.5倍ないし2倍として計算し、時間規制する。
③工場外、オフィス外、店舗外の労働時間規制について、有効な基準を法律で定める。すなわち、労働時間の概念を労働者保護の立場から法定化する。
➃週の法定休日を最低2日とし、近い将来3日とするなど、日常的な休日の確保を拡大する。また、祝祭日休暇、正月休暇、夏休暇の確保、有給日数の向上等によって、年間を通じての休日数の増加を図る。
⑤有給休暇の実質的な拡大をはかるために、有給取得に関する経営者に対する義務付けを抜本的に強化し、法定化する。
⑥勤務間インターバル規制を法律上義務化する。当面11時間とし、将来12時間以上とする。休日や時間外における業務上の諸連絡を規制し、いわゆるオンとオフの区別を徹底できるよう、規制を法定化する、
⑦休憩時間の自由利用の原則を明確にし、また、社屋内の休憩室・宿泊施設等の環境整備を強化する。
⑧パソコン等のIT関連労働疲労、グローバル経済化による時差疲労、出張疲労、航空産業等における「空の労働」など、新しい労働形態によって発生している健康被害を防止する観点から、法的にその基準を定める。
⑨いわゆる感情労働における顧客等との関係において生じる労働条件の悪化やストレスの増大を防止するために必要な基準を定める。
⑩様々な自然環境・変化(高温・低温・気圧の変化・地震・津波・台風等)を考慮し、危険な労働環境下での労働をなくすため基準を提示する。
⑪使用者のハラスメント防止義務を明文化し、ハラスメント規制を法制化する。
⑫複数の職場で働く労働者の長時間労働を規制するために、使用者の義務を明確にする。
⑬産業医体制の抜本的な改善(経済的な自立、産業医選出への労働者の関与等)を含め、健康診断の実施、その他健康管理体制の改革を法定化する。
⑭労働者の概念を広げ、実質的に会社に従属して働く人々に対し、労働基準法等の労働者保護法の適用を可能とする。
⑮労働基準監督署の権限を強化し、監督官の人員を増加させる。また、刑事罰法定刑を視野にいれることが必要である。
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