安彦裕介「脳・心臓疾患の労災認定基準の改正について」

本年、脳・心臓疾患の労災認定基準が、約20年ぶりに改正されました。安彦裕介弁護士に解説を寄稿いただきましたので、お読みください。

 

本年9月、厚生労働省は、約20年ぶりに、脳・心臓疾患の労災認定基準(以下「認定基準」といいます。)を改正しました。

今回の改正のポイントは、大きく3点あります。

① いわゆる「過労死ライン」(脳・心臓疾患の発症前1か月間に100時間、または発症前2~6か月間平均で月80時間を超える時間外労働という基準)が維持された点。

② 一方で、労働時間が「過労死ライン」を超えない場合でも、これに近い時間外労働と、一定の労働時間以外の負荷が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされた点。

③ 労働時間以外の負荷について、これまで認められていた負荷要因に加えて、新たな負荷要因(勤務間インターバルが短い勤務や、身体的負荷を伴う業務)が追加された点。

の3点です。

 

まず、いわゆる「過労死ライン」については、過労死問題に取り組む弁護士の団体である過労死弁護団等が、月65時間程度に引き下げるべきであると提言していたのですが、今回の改正では、これまでの基準が維持されてしまいました。

ただ、この「過労死ライン」は、先般の働き方改革による労働時間の上限規制と同じ時間設定になっています。つまり、働き方改革では、臨時的な特別な事情がある場合(特別条項)には、時間外労働と休日労働の合計が月100時間未満、あるいは2~6か月平均で月80時間以内であれば許容されることとされています。ですので、「過労死ライン」を引き下げると、働き方改革(労働基準法)が、過労死相当の時間外労働を認めているという事態が生じます。今回の改正との関連は不明ですが、このラインを動かすことは難しいと予想していた関係者は多かったと思います。

 

その一方で、労働時間が「過労死ライン」を超えない場合であっても、これに近い時間外労働と、一定の労働時間以外の負荷が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できることとされました。

改正前の認定基準においても、労働時間以外の負荷要因も検討することとされてはいたのですが、実際には労働時間の長さが極めて重視されており、「過労死ライン」以下の労働時間では、なかなか労災とは認められてきませんでした。

新しい認定基準が、労働時間以外の負荷にも目を向けるよう強調したことは、これまでの状況に対する問題意識の表れであり、大きなポイントであると思います。

 

そのため、労働時間以外の負荷とは何か、ということが問題になるわけですが、今回の改正では、新たな負荷要因が追加されました。

改正前の認定基準では、労働時間以外に検討されるべき負荷要因として、不規則な勤務、拘束時間の長い勤務、出張の多い業務、交代制勤務・深夜勤務、温度環境や騒音などの作業環境、精神的緊張を伴う業務が定められていました。また、休日のない連続勤務についても、長く続くほど発症との関連性を強めると明記されていました。

今回の改正では、これらの負荷要因の他に、勤務間インターバルが短い勤務と、身体的負荷を伴う業務が追加されました。

勤務間インターバルとは、前日の終業から翌日の始業までの時間のことです。これが11時間未満になった場合、労災手続の中で問題になってくることになります。

また、身体的負荷を伴う業務が追加されたことによって、重量物の運搬作業や、人力での掘削作業など、身体的負荷の大きい作業に従事していることが、労災認定にプラスの方向で考慮されることになりました。

 

以上のとおり、約20年ぶりに認定基準が改正されたわけですが、「過労死ライン」の変更はありませんでしたので、今後の実務にどれだけの変化が生じるかは、個々の事案について、労働時間以外の負荷をどのように評価するかという、労働基準監督署の運用によるところが大きいと思われます。新しい認定基準が、改正の趣旨に沿って適切に運用されているかどうかを、これまで以上に注視していく必要があると考えます。

 

 

 

(参考)

厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました」2021年9月14日発表

 

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