川村雅則「過労死等防止に関する啓発授業の実践報告(2024年1月)」

 本稿は、過労死等防止対策推進全国センター[1]が発行するニュース第15号(2024年1月発行)への投稿に大幅に加筆したものです。過労死をなくすための厚生労働省による取り組み(事業)の説明と、同事業の活用を呼びかける内容になっています。どうぞお読みください。

 

厚生労働省「(リーフレット)学校への講師派遣支援事業」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04730.html

 

 

「過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業」[2]が厚生労働省によって実施されています。この事業のねらいや、この事業によって学校で行われる授業(以下、啓発授業)は、厚生労働省の説明によれば、以下のとおりです。

 

 本事業は、生徒・学生等に対して、労働問題や労働条件の改善等について理解を深めてもらえるよう、啓発授業を行うものです。

昨今、「過労死」をはじめとした労働条件などに関する問題が大きく取り上げられ、社会問題となっています。過労死等防止対策推進法(平成26〔2014〕年法律第100号)に基づき策定した「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(令和3〔2021〕年7月30日閣議決定)においては、「過労死等の防止のためには、若い頃から労働条件をはじめ、労働関係法令に関する理解を深めることも重要」とされています。

このことから、生徒・学生等に対して、労働問題や労働条件の改善等について理解を深めてもらえるよう、労働問題に関する有識者及び過労死のご遺族を講師として学校に派遣し、啓発授業を実施する本事業を平成28年度から実施しています。

過労で命を落としたり健康を損なうことは、ご本人はもとより、そのご家族やご友人にとって計り知れない苦痛であるとともに、社会にとっても大きな損失であり、こうした事態を何としても防いでいかなければなりません。これから社会に出て行く生徒・学生がこの問題について理解を深め、自分を守るための知識をつけられるよう、本授業を是非ご利用ください。

 

北海道では、弁護士の佐々木潤氏(札幌弁護士会所属)と筆者が共同代表をつとめる過労死等防止対策推進北海道センター(以下、道センター)[3]がこの事業の受託団体となり、道センターの幹事・会員であるご遺族や弁護士らを中心に講師が各学校に派遣されています。2023年度の派遣件数は現時点で27件です(4件の予定を含む)。

筆者は大学で、働く人が直面する諸問題を学生たちに教えています。授業科目名は「労働経済論」です。そして、1回限りですが、毎年、厚生労働省のこの事業を使って、ご遺族のご協力の下で啓発授業を行っています。

小文は、当該授業に関する筆者の拙い実践や経験などを紹介して、学校関係者に対して、同事業の活用(講師の受諾を含む)を提起するものです。

 

2023年11月1日、啓発授業のようす

北海道過労死を考える家族の会世話人代表 村山百合子さん

             

ご遺族を講師にして過労死問題を学ぶ意義はどのようなところにあるでしょうか。それはまず何よりも、過労死という問題を正しく知ることにあると考えます。また、正しく知ることで共感的な理解が深まるのではないかと考えています。

言うまでもなく過労死は自然死ではありません。仕事を原因とする死です。それは防ぎ得た死であるし、防がなければならなかった死です。しかしながら、日本では、過労死という言葉が説明抜きで使われるほどによく知られたものになっているのは周知のとおりです。

一方で、では本当にこの過労死の問題性は正しく知られているでしょうか。とくに、就職前の学生・若者たちの理解の度合いはどうでしょうか。あるいは、この問題は私たちの社会において、厚生労働省が言うように、「計り知れない苦痛」として受け止められているでしょうか。

もちろん、多くの死がそうであるように、身近な者の死でないと、自分事として受け止めるのは難しいことかもしれません。ゆえに、ご遺族の語りや経験に接することで過労死という問題を正しく知ってもらうことがまずは必要であって、そして、ご遺族の語りや経験には、この問題に学生たちを向き合わせる力があると経験的に感じています。

ともすれば学生たちは、被災者はなぜ死に至るまで働いたのだろうか、仕事を辞めればよかったのに、と漠然と考えがちです。たしかに離職という選択肢は労働者の側にあります。しかしながら、仕事が実際にもつ強い拘束力や労働者側の責任感などは、それを容易には許しません。過労が続けば正常な判断ができなくなってしまうという生理的なメカニズムの問題もあります。そもそも学生たちを社会に送り出す我々教育機関の側も、就労意識・意欲の喚起には力を入れていても、身の守り方を彼らに教えることや労働者の権利教育には熱心ではありません。むしろ、就職活動を妨げるものとして忌避する傾向にさえあるのではないでしょうか。

あるいは学生たちは、不幸にして労働者が仕事で死に至った場合には国が何らかの救済をしてくれるような漠然としたイメージをもっています。しかし、過労死ご遺族の経験はそのようなイメージを打ち消します。たおれた家族が被災前に果たして何時間働いていたのか、職場でどのような支援を受けることができていたのか/いなかったのか。それさえ知るのができぬことは珍しくないという事実や、そのことに象徴されるような労災認定の厚い壁──例えば、この数年間でも、労災の認定率は30%台(一度は30%割れ)で推移してきた[4]こと──も学生たちは知りません。愛する家族の死の原因が仕事にあったその事実だけでもせめて認めて欲しいという血のにじむような取り組みによって、過労死という言葉が人口に膾炙するに至った歴史的な経緯をそこで学生たちは学ぶことになります。

その上で、では、「こうした事態を何としても防いでい」(傍点、筆者)くためには、どのような学びが学生たちにさらに必要になるでしょうか。いわゆるブラック企業を見抜く力の習得が一般的には指摘されるところですが、果たしてそれで十分でしょうか。ブラック企業の存在が許される土壌、すなわち、労働条件の切り下げ競争が日常化した産業秩序やそれを容認してしまっている日本の労働法規制の脆弱さなどを批判的に学び、その変革の力を身につけていくことも必要になってくるのではないでしょうか。それは、主権者教育、シティズンシップ教育からの要請にこたえることでもあると思います。私たちの社会の働き方をどうするのか──そのような学びを駆動するきっかけにすべく、ご遺族のご協力の下で啓発授業を試行錯誤しながら実践しています。

 

※     ※     ※

 

なお、言うまでもなく以上の授業実践は、大学生を対象にした、しかも筆者自身の授業(「労働経済論」)と連動させた、一つの試みに過ぎません。「労働問題や労働条件の改善等について理解を深め」るための様々な啓発授業の実践、経験交流を広く学校関係者に提起する次第です[5]

 

 

 

 

[1] 過労死等防止対策推進全国センター

https://karoshi-boushi.net/

[2] 厚生労働省「過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_04730.html

[3] 過労死等防止対策推進北海道センター

https://hokkaido-karoshi.localinfo.jp/

[4] 認定率は、労災の「支給決定件数」を「決定件数」で除した値。厚生労働省「令和4年度「過労死等の労災補償状況」を公表します」(2023年6月30日発表)から、過去5年分(2018年度~2022年度)の一覧データが確認できます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_33879.html

[5] あわせて、こうした啓発授業を含む、労働問題や労働法等に関する教育が推進される環境の整備が必要であり、日本労働弁護団が中心に取り組まれている「ワークルール教育推進法」の条例版の制定ができないか、と考えています。この点は機会をあらためて報告します。

https://roudou-bengodan.org/info/work_rule/#rules

 

 

より深く学ぶために(学生の皆さんへ)

上畑鉄之丞(2007)『過労死サバイバル──仕事ストレスが心身を蝕む前に』中央法規出版

川人博(2014)『過労自殺 第2版(岩波新書 新赤版1494)』岩波書店

川人博、高橋幸美(2022)『過労死・ハラスメントのない社会を──電通高橋事件と現在』日本評論社

過労死弁護団全国連絡会議(2022)『過労死──過重労働・ハラスメントによる人間破壊』旬報社

熊沢誠(2018)『過労死・過労自殺の現代史──働きすぎに斃れる人たち(岩波現代文庫 G396)』岩波書店

森岡孝二、大阪過労死問題連絡会(2019)『過労死110番──働かせ方を問い続けて30年(岩波ブックレット No.1009)』岩波書店

 

 

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