佐藤誠一「なぜ 新人SEは過労死したのか?──Aさんの労災認定と民事裁判解決のたたかい」

働くもののいのちと健康を守る全国センターが発行する『働くもののいのちと健康』第55号(2014年春期号)に掲載された論文に加筆修正を行ったものです。IT産業で働くシステムエンジニア(SE)は過労死の多い職種の一つと指摘されています(厚生労働省『2018年版過労死等防止対策白書』の「第4章 過労死等をめぐる調査・分析結果」「1 重点業種・職種の調査・分析結果」でも取り上げられています)。SEの過酷な労働が知られ、対策が進むことを願います。どうぞお読みください。

 

 

道内の大学を卒業したAさん(23歳・男)は流通情報・事務機器の大手B社(本社:東京)に入社しました。同期入社は80人で、Aさんは8ヶ月の研修を経て、本社のSE職として配属されました。翌年(2010年)5月、Aさん(息子)からプレゼントを受け取った母親は、喜びにあふれていましたが、直後に息子の自死を知らされ茫然自失に陥りました。「なぜ、どうして、これを解明しない限り、一歩も前にすすめない・・・」と真相解明に動き出しました。

 

会社の対応と独自の調査

 

ご両親は会社に勤務内容と本人の状況を教えてほしいと何度もお願いしましたが、あいまいで抽象的な返事しかありません。Aさんの携帯メールから職場の同期や友人から証言を得ようとしましたが思うように進みません。しかし、本人の日記やメモ、携帯の記録などから過重な業務に追われていたことはわかってきました。自死の原因が「うつ病」によるものではないかと考えた両親はいの健道センターのすすめで精神科医師と面談しました。その後、医師から過重業務による「うつ病」との意見書を受け取りました。

この頃母親は、Aさんが使っていたパソコンからデータを得ようと、不知のパスワードを明かすことに挑戦していましたが、偶然パスワードを見つけ、データを得ることが出来ました。しかし、SEの専門用語で内容が分かりません。いの健東京センターでSEの過労死問題に取り組んでいる元SEに札幌に来てもらい「解析」してもらいました。その結果Aさんは新人なのに大きな案件を上司から「丸投げ」されていたことが判明しました。経験を積まなければできない「要件定義」を任され、顧客(発注者)や関連会社との折衝まで任されていました。時間外労働は2月77時間、3月80時間、4月123時間、5月は連休も休めず7日までに44時間の時間外労働を余儀なくされ、連休明けの8日早朝自死したのでした。

会社は当時Aさんの上司を他の案件に就かせていて、Aさんの過重労働への対応を放置していました。

 

労災申請と認定結果

 

2012年1月、「申立書」と友人、医師、弁護士、元SEの意見書を添えて東京品川労基署に労災申請を行いました。そして、9月に労災認定されました。

両親は労基署に対して「仕事内容、仕事量の大きさ」「ノルマの未達成」「複数名で行う業務を一人で担当」「80時間以上の時間外」があると指摘しましたが、労基署は時間外が100時間を超えていることで「強」とし、労災を認定しました。「認定」は当然ですが、新人SEに対する過重な勤務、その全体に対する評価はせず、業務の「丸投げ」など、管理責任についても不問です。SEの過労死問題は厚労省でも問題視してその対応を検討しているのに、その課題に迫る様子は希薄でした。事件の背景や会社の対応について深く検討し、痛苦の事件を過労死根絶への教訓に生かせるよう改善が必要です。

 

会社への謝罪要請と対応

 

労災認定を受けて両親は会社に対して、①新人に業務を「丸投げ」し支援もなかったことに対する真摯な謝罪、②新人に困難な「要件定義」をなぜ担当させたのか、③SEの業務ストレスに対処する職場での対応などを求めました。

会社からの回答は「新人SEでも対応できる」「先輩SEが常時サポートできる」体制だったと事実と異なるものでした。

代理人弁護士はAさんのパソコンに遺されていた膨大な資料を駆使して、会社の主張に反論しました。会社側との粘り強いやり取りを通じて会社は、①完全配慮義務違反を認め、②謝罪し、③再発防止の努力を払い、④損害賠償を払う事を示し、裁判に至る前に「和解」が成立しました。Aさんが亡くなって2年7ケ月が経過していました。

 

急がれるSE労働者の過労死対策

 

Aさんの過労死問題は結着しましたが、SE労働者のメンタルヘルス疾患などの健康被害や過労死は後を絶ちません。IT化が進み、情報システムが無くては社会生活が成り立たない状況の中、その一翼を担うSE労働者の安全・健康の確保、ストレスが少なく生きいきと働き続けることが出来るようにすることは引き続き大きな課題です。

今回の事例では会社が社内調査を行い、原因と教訓、今後の対策を明らかにして社内に通知することは不可欠ですが、その組織的対応がされたか否か不明のままです。

会社、企業に対しては将来に向けての有能な社員への研修・育成に向けて、この悲痛な過労死に向き合い、その根絶に向けた取り組み強化を求めます。

 

 

 

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