安彦裕介「業務中に脳出血を発症したバス運転手氏の和解成立」

過重な労働の継続を原因とする脳・心臓疾患、いわゆる過労死の多くみられる職種の代表が自動車運転職です(厚生労働省「令和3年度「過労死等の労災補償状況」を公表します」2022年6月24日を参照)。タイトルのとおり、業務中に脳出血を発症したバス運転手氏の事件を担当した安彦裕介弁護士から、事件の概略ならびに訴訟の和解成立の報告を寄稿いただきました。どうぞお読みください。

 

 

1 はじめに

 

札幌市内のバス会社でバス運転手として働いていたAさん(当時55歳)は、平成27年8月、業務中に脳出血を発症し、後遺障害等級1級に該当する重篤な後遺障害(左上下肢麻痺、構音障害、及び高次脳機能障害)を負いました。

そのため、Aさんは、同社での過重労働によって脳出血を発症したとして、札幌地方裁判所に、同社に対して損害賠償金の支払いを求める訴訟を起こしました。後述するとおり、Aさんは訴訟中に亡くなってしまわれましたが、本年5月、同裁判所において、同社がご遺族に和解金を支払うことによる和解が成立しました(代理人弁護士は、当職、長野順一弁護士、佐々木潤弁護士)。

 

2 訴訟に至る経緯

 

本件では、訴訟提起の前に、当職らが代理人となって労災請求を行っており、労働基準監督署長から労災の認定を得ていました。

認定の理由は、①発症前6か月間において、1か月平均76時間強の時間外労働時間が認められたこと、②12日間にわたる連続勤務が2回あったこと、③1か月の拘束時間が最大294時間に達し、拘束時間の長さによる負荷が強かったこと、④乗客の生命や安全を預かることから、精神的緊張の高い業務と判断されたこと、にあります。

本件訴訟は、このような労災の認定を受けて、同社の不法行為責任及び安全配慮義務違反に基づく損害賠償を請求したものです。

 

3 訴訟の経過と和解成立

 

訴訟において、同社は、Aさんの脳出血の原因が業務にあることを全面的に争ってきました。Aさんには、もともと脳梗塞の病歴があったことや、脳出血の危険因子である高血圧症を患っていながら通院治療を中断していたこと等の不利な事情もあり、同社は自身の責任を認めようとしませんでした。

これに対して、当方は、Aさんの勤務の実態を明らかにした上で、使用者側の責任を認めた過去の裁判例との比較や、弁護士の個人的な繋がりから専門医に意見書を作成してもらうこと等によって、同社に責任のあることを詳細に主張しました。その結果、裁判所から、同社の責任が、Aさんの病歴等の事情を上回るとする内容での和解案を得ることができました。

ところが、まさに和解に向けた協議の最中に、Aさんが亡くなってしまわれました。訴訟自体はご遺族が受け継ぎ、再協議の上で冒頭の和解が成立したのですが、Aさんが和解を目前にお亡くなりになったことは、本当に残念でなりません。ご遺族のお手元に和解金が渡ることをもって、Aさんのご冥福をお祈りしたいと思います。

 

4 おわりに

 

バス、タクシー、トラック等の自動車運転者の労働環境には、多くの問題が山積しています。

日頃の血圧が正常範囲にあっても、運転中は10~20mmHg上昇し、走行速度を上げるとさらに上昇すると言われています。業種別の脳・心臓疾患による過労死の発生率を見ても、運輸業の発生率は、他の業種に比して突出して高い状況です。

今般の訴訟を含む私たちの働きが、同社をはじめとする運輸業界の意識に一石を投じるものになることを強く願っています。

 

以上

 

 

 

 

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