川村雅則「交通事故根絶めざす交通労働運動(2002年)」

本稿は、筆者が大学院生のときに書いた原稿です。労働者(自動車運転労働者)、事業者(運送事業者)、そして、交通事故被害者・遺族に起きていることを調べ、問題解決のための共同の可能性を検討した短文です。お読みください。

 

川村雅則「交通事故根絶めざす交通労働運動」『労働運動』第454号(2002年6月号)pp.126-132

 

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はじめに

 

「病院の集中治療室に入ると、父の足元に二人の医師が立っていまして私にすぐにいいました。『手を尽くしましたが残念です・・・・・・』。母は泣きながら父の口から流れ出る血をぬぐいました・・・・・・朝、元気でいた父です。午前中に近所の方は元気な父と言葉をかわしていました。母も午前中に元気な父と会話をかわしていました。まったく思いもかけない父の姿、突然の死でした」

昨年〔二〇〇一年〕一一月、北海道で、北海道交通事故被害者の会[1]主催による、「事業用自動車の事故ゼロのために」という題のフォーラムが開催された。壇上には、交通事故で家族を失った者(以下、遺族と略)、トラック労組(全日本建設交運一般労働組合)及び連合系バス労組、北海道運輸局そして筆者が上がり、それぞれ発言・報告をした。冒頭は、横断歩道を青信号で渡っていた父親を、交差点を徐行もせずに強引に右折してきたトラックに轢(ひ)かれて殺された遺族の、発言の一部である。

今日、不況や規制緩和を背景として、運輸労働者の状態の一層の悪化が現場から報告されている。本稿はトラックを対象にしたものだが、運転手のそうした状態悪化の背景には、

不況による貨物輸送需要の停滞・減少や、九○年の「物流二法」施行を端緒とする事業者の顕著な増加[2]にともなう、荷主からのコスト削減要請及びそのなかでの事業者間の過当競争という事態がある(昨年末に提出された政府懇談会による報告書[3]でも、運賃競争が激化するなかで「重大事故の多発、過労運転や社会保険・労働保険の未加入など労働災害に結びつくような労働条件の悪化、社会的ルールを無視した競争につながっている面がある」ことが認められている)。またそういうなかでトラックを第一当事者とする事故件数(総数及び一〇〇〇台当たり)が、建前上は社会的規制が「強化」されているはずにもかかわらず、増加していることが確認される[4]

本稿は、こうした事態を受けて開催された昨年のフォーラムでの筆者の提言の要旨を、最近実施した調査の結果もまじえてまとめたものである。すなわち第一に過重労働と疲労蓄積に焦点をあてたトラック運転手の状態悪化とその背景にあるトラック運送業者の経営の困難を明らかにして両者の対話と共同の可能性が拡大していることを示し、第二に毎日のように伝えられる交通死亡事故の報道の陰にある、遺された者の癒されぬ悲しみや苦しみについてふれ[5]、そして最後に、そうした交通事故被害者・遺族(以下、被害者と総称)の実態を共感的に理解し交通事故による悲惨の根絶という目的で一致した、ナショナルセンターの枠を超えた交通運輸労組の運動・安全闘争の一層の拡大と強化を提起するものである。

 

 

一 広範にみられる運転手の過重労働、疲労の蓄積及び運転中の眠気の発生

まずは、昨年一一月に実施した同乗調査結果の一例を示し、トラック運転手の働き方や睡眠に関する特徴・問題点を具体的に指摘したい。

 

図1 2㌧トラック運転手の同乗調査日の運行状況

 

図1は、二トン車で小売店への雑貨(食品)配送を行っている二一歳の運転手の同乗調査日の運行状況をまとめたものである。

当日は、五時半に起床して六時にはすでに自宅を出発している(前日からの睡眠時間六・五時間)。当日の拘束時間(営業所に到着してから、すべての作業を終え営業所を退出するまで)は一三時間にも及んでいる(通勤時間を入れると一四時間)。

作業の流れをみると、早朝から九時頃までは一便で配達する荷物の積み込みを荷主倉庫で行い、終了後は配達作業を開始して九つの店舗で荷物を下ろしていき、一便の配達作業が終わったのはおよそ一二時半である。その後車内で昼食をとり約三〇分の仮眠をとった後、高速道路を使用して荷主倉庫へ戻る。

倉庫到着後には二便の荷物を積み、終了後はそく出発。二便では高速道路を使用しながら二店舗への配達を行い、すべての荷下ろし作業を終えたのは一七時頃で、その後は荷主倉庫に戻り他車の荷物(翌日配達分)の積み込み作業を行った。

同日の拘束時間のうち、約半分は運転作業によって占められており(六時間二一分、四八・八%)、さらにそのうち高速道路上での運転作業時間は二時間三二分だった。また運転以外には、荷扱い作業四時間四六分、付帯作業四五分、その他一時間八分となっており、一三時間中約一二時間とそのほとんどが作業時間に費やされていた。

こうした長時間過密労働や不十分な睡眠時間を背景として、外界からの情報量(刺激)の少ない高速道路を運転している最中には、あくびが頻発し眠気が訴えられていた(なお、休日は週に一日〈ただし月に一回は休日出勤〉。賃金は手取りで二〇万円/月。疲れを感じることも少なからずあり、休みの日は一〇時、一一時まで寝ている。しかし以前に勤めていた運送会社の勤務に比べると「いまは楽」であるという)。

さて、こうしたトラック運転手の具体的な働き方を念頭におきながら昨年一〇、一一月に実施した健康アンケート調査(事業者ルート及び建交労ルートで二〇六人分回収)の結果の一部をみると、運転職は過労が厳禁である職種であるにもかかわらず、実際には「いつも疲労がたまっている」と「前日の疲れがとれないことがよくある」という疲労の蓄積の高い者はあわせて、もっとも少ない二〇歳代でも三〇%、その他の年齢層では四〇%前後にも及んでおり[6]、またそうした疲労高蓄積群はとりわけ普段の睡眠に問題を感じている者ほど多かった。

すなわち過重労働や休養・睡眠の不足が疲労の蓄積を招いていることが示唆される。

また運転中の眠気の頻度は、「一日に一回以上」という最も頻度の高い回答が三三・二%となっており、かつこうした眠気の頻度は、疲労の蓄積の度合いが高いと訴えている者ほど高い結果がみられた。交通事故は、運転手、車両、道路・交通環境、運行管理など種々の要因が複雑に重なり合って発生するものだが、運転手のこうした疲労蓄積状態の蔓延(まんえん)は、事故の発生の可能性を拡大しているものといえよう。

 

 

二 荷主による運賃の一方的な買い叩きと不公正な取引のもとでの過当競争

次いで、こうした運転手の状態悪化をもたらしている、不況や規制緩和のもとでの中小トラック業者の事業経営の困難を、まずは事例でみよう。事業年数が四〇年以上になるある業者(資本金二〇〇〇万円)。年間五億円を超えていた売上がここ四、五年で二割強滅少するなかで、資産の売却や役員報酬の廃止はむろんのこと、退職にともなう運転職の補充の中止、また労働密度の増大(休憩・手待ちの減少)や賃金水準の削減・手当の廃止などの対応をとってきたが、売上のこうした大幅な減少の背景には、荷主からの際限なき物流コストの削滅要請があるという。

 

「今年も七月から、三%の引き下げかな。ばつーんとね。有無をいわさずで。お客さんのほうで、ようは物流コストを削滅したいと。具体的な中身がどうこうなんてないですよ。ただもう、どこもやってもらっているからっていうことで。そういうもんですよ」

 

今年の一、二月に実施した事業経営に関するアンケート調査(道内の五〇〇の事業者にたいして調査票を郵送。有効回答一〇九社)でも、ここ二、三年での運賃水準の変化をみると、運賃が下がったという業者は七四・八%を占め、その低下の割合は平均で十数パーセントに及ぶ(大手・上位荷主一三・八%、その他の荷主一一・八%)。

また荷主とのこうした取引関係・状況を「公正・対等ではない」と感じている運送業者は半数を超えている(五五・〇%)。

その内容(自由記述)の一部を紹介すると、「実際に仕事が終了してからの値引き。見積もり段階と仕事が始まってからの段取りの違いが多すぎる」「『車はどこにでもある』の一言で終わってしまう」「荷主のほうで決定した事項を強制。するかしないかの二者選択」「取引では、荷主が使ってやっているとの考えで、何かあるといつでも取引をやめるとの態度を見せる」というように、公正な取引とはほど遠い実態が示されていた。

 

図2 トラック事業者の要望

 

図2はこうしたなかでの事業者の要望をまとめたものである。

もちろん、この数値をこのままに評価することはできないが、労働組合の要求と一致する部分は少なくない。「強く望む」という回答に限定しても、たとえば、自動車関連諸税の引き下げは当然のこととして、聞き取りでも感じられたことだが、輸送の実態を無視して際限なくコスト削減要請を行う荷主や各種法律を無視してそれに応じる運送業者[7]、さらに

そういう事態を監督指導しない行政(とりわけ運輸行政[8])という三者の姿勢にたいする批判が強まっていると考えられる。

むろん上の事例でも示したように、厳しい経営状況を運転手にたいする犠牲の転嫁で乗り切ろうとする側面は運送業者にはある。しかしながら、荷主から収奪されているという運送業者のもう一方の側面は、労使の共同の可能性をますます高めていることが本調査結果からも確認できる。

 

 

三 交通事故遺族のおかれた状況

さて以上のような事態が放置されるならば、それは、交通事故というかたちで国民にも犠牲が転嫁されることにもなるだろう。

そうした犠牲を社会的な費用としてやむなしとする見解[9]は、犠牲の深刻さを共感的に理解しようとする立場に立つならば、容認されるものでは決してない。ここでは精神的な被害だけに限定するが、大災害や凶悪犯罪の発生を契機として広く知られるようになってきた被害(災)者の精神的被害の深刻さは、交通事故で家族を突然に奪われた者においてもまた同様にみられ、その無念さ・悔しさ・怒り・悲しみ・無力感・罪責感などは、第三者が考えるような、容易に解消され得るものでは決してない(むしろ、そう考える不用意さが遺族の心情をさらに傷つけている)。

 

「病院で、目の前で苦しんでいるのに、親として助けてあげられなかった無念さっていうのが、どうしても残っているんですよ。自分の無力さとかね。自分の命捨てても子どもを助けてあげたいっていう・・・・・・それができなかった無念さっていうか悔しさっていうか、すごい自分を責める材料にもなっているし・・・・・・」(居眠り運転の車の衝突により息子を失った父親)。

 

しかも、こうした交通事故による死を「事故」ゆえに不当に軽んじる周囲・関係者の対応や法律・制度が悲嘆の渦中にある遺族に追い討ちをかけている。いくつか記すと、事故捜査が十分に行われないことから始まり、刑事司法においては被害者の関与が原則として認められていないこと(法的地位がないこと)とそこから生じる被害者にたいする関係機関の対応上の問題、加害行為にたいする刑事罰の著しい軽さ、また家族の命を機械的に金銭で代えることを強いる損害賠償制度等など、こうした法律・制度のなかで、遺族は上記のような精神的な被害や社会への不信感を増大させられているという実態がある。

 

「娘っていう一番大事なものをそうやって理不尽に奪われてさ、ひどい目に遭わされて、そのことがなんか、なんか重要視されていない、事態のなかで、一体俺に何をすれっていうのか」(高校生の娘を失った父親)。

 

われわれには、交通事故被害者のおかれたこうした状況を共感的に理解しようとつとめることがまず求められているのではないだろうか。

 

 

結びに代えて──交通事故被害の実態を共感的に理解した労働組合運動──

 

今回のフォーラムで感じられたことのひとつは、全労連系労組(建交労、全運輸)と連合系労組(バス、タクシー)両者の参加と報告・発言があったことにみられるように、規制緩和が推し進められ、安全の破綻の象徴である事故や、運転手の疲労の蓄積といった潜在的な危険要因の増大という深刻労働な事態が生じているその一方で、こうした事態を打開しようとする労働組合運動の共闘と広範な安全闘争の展開の可能性が一層高まっていることで、いまひとつは、そうした、労働者状態の改善と国民・利用者の利益とを目的意識的にあわせて追求する運動のあり方が国民・利用者の共感を強く得られるだろうことである。

もちろんそのためには、自動車事故の根絶のための種々のレベルでの課題に労働組合が積極的に取り組む姿勢を国民・利用者により一層見えるかたちで示していくことが必要になるだろう。それは職場における運行管理体制の確立はむろんのこと、事後チェックに比重をおき規制緩和をあくまでも推進する立場にある運輸・労働行政や効率と安全を二律背反的にとらえ効率を優先する道路行政などを労働者・国民本意のものとすること、モータリゼーションを前提とした交通政策の根本からの問い直し、そして、こうした具体的な活動の出発点となるべき、交通事故による国民・利用者そして運輸労働者自身の犠牲・被害の実態にたいする共感的な理解ではないだろうか。

北海道をはじめとする全国各地で、交通事故被害者自身が、互いの支援と事故根絶のための具体的な活動に取り組んでいる。それは文字通り悲しみや苦しみを抱えながらの活動だと思われる。北海道では、被害者のこうした活動にたいして、裁判傍聴や署名活動への協力など目に見えるかたちで労働組合による支援が進展されつつある。全国においても、労働組合がこうした運動をどうとらえ具体的にどう対応するかが問われている。

 

 

 

[1] 北海道交通事故被害者の会では、悲惨な交通事故で最愛の家族を失った遺族や心身に深い傷を負わされた被害者自身が、互いの支援活動と交通事故の撲滅という活動に取り組んでいる。会のホームページにはフォーラムの要旨も掲載されているので、参照されたい。〔現在のURLは https://hk-higaisha.net/ 〕。

[2] 国土交通省「陸運統計要覧」によると、全国のトラック事業者の数は四万七二(平成二年度末)→五万四〇一九(一一年度末)、輸送トン数は二四億二八〇〇万トン(二年度)→二八億七四〇〇万トン(一一年度)。また北海道運輸局「北海道運輸要覧(陸運編)」によると、道内の事業者数は二四三七(二年度末)→三四三五(一二年度末)、輸送トン数(但し特種・殊車及び軽自動車を除く)は二億九九〇〇万トン(二年度)→三億二〇〇〇万トン(一一年度)。

[3] 貨物自動車運送事業及び貨物運送取扱事業の在り方に関する懇談会「今後のトラック事業及び貨物運送取扱事業の在り方について」平成一三年一二月一三日。

[4] いずれも平成二年→平成一一年の数値でみると、営業用と自家用をあわせたトラック全体の事故件数は九万六九七五件→一一万一五件と約一・一三倍であるのにたいして、営業用のそれは二万三九六八件→二万九七二一件と一・二四倍。一〇〇〇台当たり事故件数はトラック全体では一〇・九件→一三・一件、営業用のそれは二六・七件→二七・三件(前掲「陸運統計要覧」)。なお次は最近の北海道のトラック事故状況を報じたもの。「『トラック・バスの事故増加』道警交通部によると、七月末現在の道内のトラック事故は前年比八〇件増の七九九件。死者数も六人増の二〇人」(「毎日」二〇〇一年九月七日付)。

[5] 紙幅の都合上、被害者本人(負傷者)の抱える困難については別の機会に論じたい。

[6] 高疲労蓄積群の内訳は、二〇代(七・五%、二二・五%)、三〇代(一七・九%、二八・六%)、四〇代(一四・八%、二九・六%)、五〇代(一三・〇%、二七・八%)。

[7] 北海道では、先日、不正軽油を製造・販売した石油販売会社と顧客である運送会社の経営者が逮捕された(「北海道新聞」二〇〇二年一月二八日付夕刊)が、こうして摘発されるのは氷山の一角であると関係者はいう。

[8] たとえば道運輸局資料の「保安関係監査実施状況」から「監査実施事業者数」をみると(平成一一年度)、トラック事業者はわずか三六に過ぎない。また道労働局資料によると「定期監督等実施事業場数」は(平成一二年)、「運輸交通業」全体で二七六事業者である。注(3)の「報告書」では事後チェック体制の強化がうたわれているが、現下の監査体制で果たしてそれは可能なのか。人員の増加などの措置が求められる。

[9] 内閣府「交通安全白書平成一二年版」三六ページには、こう書かれている。「社会として自動車交通の便益を享受している以上、自動車交通社会の便益の裏返しとしての社会的費用である交通事故の被害を最小化するとともに、その負担を個人の苦しみとしては可能な限り軽減するため、社会全体がバランスよく負担していく方向で関連する施策を強化していくことが必要である」(傍線、筆者)。こうした考え方を「人命軽視」であると鋭く批判したのも「被害者の会」だった。

 

 

 

(関連記事)

川村雅則(2022)「『職業運転手の労働条件、労働実態を考える』講演報告(クルマ社会を問い直す会主催)」『クルマ社会を問い直す』第109号(2022年9月号)pp.17-26

川村雅則(2023)「2024年問題とトラック運転者の労働時間規制・法制度をめぐる問題」『都市問題』第114巻第10号(2023年10月号)pp.11-16 ※本文の閲覧はできません

 

 

 

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