川村雅則「『職業運転手の労働条件、労働実態を考える』講演報告(クルマ社会を問い直す会主催)」

川村雅則「『職業運転手の労働条件、労働実態を考える』講演報告」『クルマ社会を問い直す会報』第109号(2022年9月号)pp.17-26

 

2022年7月9日、クルマ社会を問い直す会主催のオンライン企画で、「職業運転手の労働条件、労働実態を考える」ための話題提供をしました。当日の報告をベースに加筆修正したものが『会報』第109号に掲載予定ですが、世話人会の了解を得て、先行して配信します。どうぞお読みください。また、これを機に当会への入会もご検討いただけると幸いです。

付記:第109号は2022年9月30日に発行されました。

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クルマ社会を問い直す会ウェブサイトより。

 

1.はじめに

クルマ社会を問い直す会(以下、当会)主催のオンライン企画で話題提供をしました(2022年7月9日)。本稿は、当日の報告をベースに加筆修正を行ったものです。

世話人会からいただいた報告タイトルは、「安全と人権にかかわる大問題 職業運転手の労働条件、労働実態を考える」です。本稿では、職業運転手を自動車運転労働者と呼んでいます。政府統計を使う際には当該統計で使われている呼称をそのまま使っています。

当日の報告では、自動車運転労働者の労働条件・労働実態と、その背景にある法制度をめぐる問題や構造的な問題を知っていただき、もって、当会の今後の活動を考える材料にしていただくことを心がけました。

あらかじめ言えば、日本は、働く人を守る規制(労働規制)が弱い国です。それは法制度による規制についても、労働組合による規制についても、同様です。とはいえそのままでは、公道で仕事を行う自動車運転労働者の場合には、自らだけでなく、他の車両や歩行者、利用者の安全や生命にも危険を及ぼしかねないため、「労働時間等の改善のための基準を定めることにより、自動車運転者の労働時間等の労働条件の向上を図ることを目的」に、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」(平成元年二月九日労働省告示第七号。以下、改善基準告示と呼ぶ)が、1989年に定められ、彼らの働き方や休息期間についての規制を行っています。

 

図表1-1 「改善基準告示」の主な内容

注:特例の規定は省略。
出所:労働調査会出版局編(2013)から主な項目を整理。

 

しかし図表1-1のとおり、その水準があまりに低く、「労働条件の向上を図る」ことにはなっておらず、低位に押し止めることにさえなっている、という問題があります。そのことをあらかじめ述べておきます。後半でも言及しますが、当会の『会報』に書いた拙稿[1]も参照してください。

なお、第一に、本稿では、雇用された運転者を念頭においていますが、あとでみるとおり、自営業の労働者(例えば、ダンプ事業者、軽貨物事業者、個人タクシーなど)も、雇用運転者と共通する問題を抱えています。但し、非雇用者には労働法や改善基準告示が適用されないという問題があります。

第二に、本稿の元データなどは、筆者らで運営している労働情報サイト(「北海道労働情報NAVI」)に掲載しています。近年は交通労働の調査・研究に時間を費やすことができておらず、多くが研究上の課題になっています。本稿でその都度言及し、今後取り組んでいきたいと思います。

なお、紙幅の都合で、「2.自動車運転労働者の労働実態、労働負担」の1)2)と5)の文章(図表や注釈を含む)は割愛し、見出しのみ掲載します。上記のウェブサイト上には〔本サイトを指します〕全文を掲載していますので、関心ある方はご確認をください。

 

2.自動車運転労働者の労働実態、労働負担

1)研究の紹介

(1)長距離トラック運転労働の調査

かれこれ四半世紀も前になりますが、そして、お粗末な内容ではありますが、長距離トラック運転者の労働や生活をテ─マにした卒業論文を作成することから調査・研究への道を歩み始めました[2]

トラック運転者の中でも、労働がより過酷だと言われていた長距離トラック運転者はどう働いているのか、運行時間内の睡眠や食事はどうしているのか、などを車両に同乗してつぶさに観察、記録するという手法を採用しました。いわゆる参与観察という研究手法です。

最初に同乗したのが、東京の築地の市場までの往復という4泊5日運行のトラックでした。初日は、札幌近郊にある石狩市のターミナルで荷物を積んで、夕方に函館へ。函館から八戸まではフェリーです。フェリーを下りたらまだ3時半ですが、ハンドルを握り東京へ向かいます。途中途中で荷物を下ろしながら進みますが、荷主の都合で荷下ろしを待機しなければならない時間(荷待ち時間)が発生します。そういうときに仮眠が取られています。こうした働き方や、その働き方に規定された睡眠や食事の問題などを明らかにしました。

以後、道内で、宅配便の都市間輸送部門を担当するトラックに乗ったり、野菜や魚介類を道内各地へ輸送するトラックに乗ったり。その後は骨材輸送に従事するダンプに乗ったり、さらには、旅客にもウイングを広げて、バス、タクシーの労働を扱うことになりました。

 

(2)先行研究にみる自動車運転労働

こうした自動車運転労働をめぐる問題については、当然のことながら先行研究がありました。労働科学研究所に集う研究者たちによって取りまとめられた、タイトルもずばり『自動車運転労働』という大著です。1980年の出版です。そこから遡ること数年前、日本産業衛生学会(運転労働安全委員会)による「運転労働における労働衛生施策に関する意見書」が1974年に出されています。つまり、労働科学や労働衛生の分野では、自動車運転労働とは解決すべき多くの問題をもつ労働として認識されていたのです。

事務職の仕事と比較すると分かりやすいと思いますが、運転労働は高い精神的な負担を伴います。他の車両や歩行者も移動する、公道という空間で仕事をします。車両に乗って自らもまた移動しながら、外界の情報を取り入れ、適切な判断にもとづき、手足を動かして車両を操作します。「自動運転」の開発が進んでいますが、「自動車」はそもそも自動ではなく、人間が動かすものです。一瞬の気の緩みも許されぬ連続的な動作を要求されるのが自動車の運転労働です。

運転労働のこうした特徴に加えて、公共性の観点から、あるいは、経済合理性の観点から、深夜時間帯の労働も余儀なくされるほか、ジャスト・イン・タイムな輸送が求められますから、需要に応じて、勤務は必然的に深夜時間帯を含む不規則な勤務になります。また、車両とともに自らも移動することになりますから、とりわけ長距離トラックでは、生活や健康を維持するのが非常に難しくなります。

過労死研究の第一人者である上畑鉄之丞先生は、過重な労働負担の持続が健康を直接害するほか、生活習慣の破綻を介して健康を害するということを指摘されていました。私もまた、長距離トラック運転労働者の労働負担や睡眠、食事をつぶさに明らかにしたいと考えたわけです[3]

 

2)軽貨物と乗合バスの労働実態

当会の『会報』にも、いろいろと原稿を書かせていただきました。古いデータですが、その中から、今日的でもある課題を2点ご紹介します。一つ目は、雇用によらない働き方をめぐる問題です。もう20年ほど前に当時私が取り上げたのは、大手宅配便の仕事の末端を担う軽貨物自営業者です。この問題は、フリーランス、ギグワーカーと呼ばれる労働者がコロナ下で急増する中で、対応が求められています[4]

 

(1)雇用によらない軽貨物自営業者の就業[5]

経験が約20年になる40歳代(当時)の女性(aさん)の就業は文字通り過酷でした。彼女は、全国大手の運送業者(A社)の宅配業務を、別の運送業者を介して、請け負っていました。A社は、軽貨物事業者と直接の契約関係をもつことを回避していたのでしょう。

aさんの荷扱い場所はA社の配送センター・営業所で、仕事に関する一切の情報はA社から伝達。また毎日A社の管理職から、A社で雇用されている運転手と同様に点呼を受けてもいました。さらには、A社以外での就業を禁止されてもいました。運賃は配達を終えた荷物の個数に応じた出来高払い制(荷物の重量も関係ない)です。

A社では企業を対象とした「宅配便」と一般消費者を対象にした「宅配便」を扱っていますが、aさんたち軽貨物事業者が請け負っていたのは、再配達の確率が高く効率のよくない後者です。aさんの一週間の就業状況に関するデータの一部を転載します(図表2-1)。

 

図表2-1 軽貨物自営業者aさんの一週間の就業状況等/単位:上段は時分、下段は時間

11日 12日 13日 14日 15日 16日 17日 18日 平均
起床時刻 5:30 5:20 5:25 5:35 5:30 5:25 5:30 5:30 5:27
出宅時刻(X) 6:10 6:05 6:00 6:05 6:02 6:02 6:10 6:05 6:04
最終的な自宅到着時刻(Y) 21:00 21:32 21:36 21:48 23:33 22:35 21:43 20:32 21:54
就寝時刻 23:15 23:50 0:10 23:40 0:40 0:20 0:00 23:00 23:57
(X)から(Y)までの時間(Z) 14:50 15:27 15:36 15:43 17:31 16:33 15:33 14:27 15:50
その他時間 1:41 1:37 1:35 0:21 0:44 3:45 4:27 2:01
(Z)マイナス「その他時間」 13:46 13:59 14:08 17:10 15:49 11:48 10:00 13:48

出所:拙稿(2003)から一部転載。

 

お歳暮の時期に、一週間ほど調査に入ったのですが、朝の6時に自宅を出ます。途中で自宅休憩をはさむこともあったとはいえ、最終的に仕事を終えて家に到着するのは、早い日で20時半。多いのは21時過ぎ、22時近くで、一番遅い日には23時半です。休憩などを除くと、一日の就業時間は、短くて10時間、長い日で17時間、平均で14時間近くです。

aさんたちがもしも運送会社に雇われた労働者であれば、会社には安全配慮義務もありますから、このような長時間労働を継続させることはできないでしょう。しかしaさんたちは自営業者です。事故を起こしても労働災害保険も適用されません。冒頭に述べたとおり、「改善基準告」は非雇用の運転者には適用されません。過酷な就業であっても、このような問題があります。

ちなみに、aさんたちが自営業扱いされていることは妥当だったのでしょうか。こうした働かせ方が今日拡大していますが、労働者性を就業実態に基づいて争う余地もあります[6]。いずれにせよ、安全という観点からも何らかの保護が必要ではないでしょうか。

なお、関連して、自転車を使ったフードデリバリー配達員による人身事故が増えています。追加報酬を獲得しようと無理をした運転による歩行者の死亡事故も報道されていました(「(核心)ウーバー自転車事故に「業務上過失」 危険運転防止 会社の責任は」『東京新聞』朝刊2022年1月28日付)。

配達員と雇用関係にないことを主張するプラットフォーマーが何らの責任をとろうとしないという問題に加えて、彼ら配達員は、自転車による配達であるために、公道で仕事をしていながら、貨物自動車運送事業法が適用されないという問題があります。安全上から問題視していく必要があるかと思います。

 

(2)不規則な勤務が規則的に配置された乗合バス労働

次に私たちが普段使う乗合バスをめぐる問題です。

乗合バス運転者の勤務は、朝と夕・夜の通勤・通学時間帯に配置されて非常に不規則であることと、拘束時間の長い勤務の多いことが特徴です。

以前、過労死をされた乗合バス運転者の勤務状況を分析して労働負担に関する意見書を書いたことがあります[7]。そのときにまとめた図表をご覧いただければ、先に述べた特徴は一目瞭然かと思います。しかしながら過労死の認定の場面では、こうした不規則性や長い拘束時間が必ずしも適切に評価されていないようです。勤務の不規則性は、労働者が事前に理解しているから負担にはならないと国(労働基準監督署)側の裁判資料には書かれていました。つまり、突発的な勤務増などで不規則になるのと違って、規則性をもった不規則な勤務は、負担であると評価されていないように感じました。この点は、次の項であらためて触れます。

もう一つ『会報』に書いたのは、バス運転者189人のご協力で実施した、一週間にわたる勤務・睡眠に関する記録調査と、いわゆるアンケート調査の結果です[8]。勤務日の睡眠時間の短さと休日の睡眠時間の長さが明確に示されていました。いわゆる睡眠負債の解消が休日に行われていることが示唆されます。

もっとも、休日のそのような行動でも、彼らが疲労回復に至っていないことは、睡眠や疲労に関する訴えの割合の高さからも明らかです。ここでは、幾つかの自由記述をご紹介します。

 

とにかく“睡眠時間”が少ないです。翌朝疲れが取れません。慢性的な寝不足で、乗務中に眠気と闘うこともしばしばです。それでいて、業務の性格上“休みたい時間に休む”事が出来ず、ヒヤッとする事は日常茶飯事です。〔略〕とにかく‘ゆっくり寝る時間’が欲しいです。

睡眠時間が少ないので困っている。平均が4~5時間なのでもっととれるようになってほしい。

拘束時間が長すぎる。在宅時間が8時間以上とあるが、実際は勤務明けから翌勤までであり、帰宅し、風呂に入り、食事を取って睡眠をとる時間は、5時間程度の時もある。

拘束時間が長く在宅時間が8時間ぎりぎりの時は、睡眠時間が5から6時間しか取れていないので在宅10時間、睡眠は8時間ほしい。人員不足の為週休2日が取れず、勤務発表段階で休みが買い上げられているので適正人員がほしい。

拘束時間の長い勤務が多い為、在宅時間が少ない、会社に通勤しているのか、自宅に通勤しているのかわからない仕事です。

 

3)過労死データにみる自動車運転労働者

図表2-2 全体及び「自動車運転従事者」、「道路貨物運送業」における脳・心臓疾患の労災請求・支給決定状況/単位:件、%

2010年度 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 合計(2010~20年度)
全体 請求件数 802 898 842 784 763 795 825 840 877 936 784 9146
支給決定件数 285 310 338 306 277 251 260 253 238 216 194 2928
支給決定割合 35.5 34.5 40.1 39.0 36.3 31.6 31.5 30.1 27.1 23.1 24.7 32.0
自動車運転従事者(職種) 請求件数 139 166 152 159 143 153 178 164 170 177 137 1738
支給決定件数 65 85 83 93 85 87 89 89 85 67 58 886
支給決定割合 46.8 51.2 54.6 58.5 59.4 56.9 50.0 54.3 50.0 37.9 42.3 51.0
道路貨物運送業(業種) 請求件数 108 123 127 124 120 133 145 145 145 144 118 1432
支給決定件数 57 75 71 94 77 82 89 85 83 61 55 829
支給決定割合 52.8 61.0 55.9 75.8 64.2 61.7 61.4 58.6 57.2 42.4 46.6 57.9

注1:支給決定件数は、当該年度以前に請求があったものを含む。
注2:支給決定割合は、請求件数と支給決定件数から算出。本来は決定件数を分母にすべきだが、職種と業種に関してはそのデータが公開されていないので、便宜的に、請求件数を母数に使う。
出所:厚生労働省「脳・心臓疾患の労災補償状況(各年度)」より作成。

 

ここで、いわゆる過労死(脳・心臓疾患)の労災補償状況に関するデータをみていきましょう。図表2-2は、厚生労働省の発表する資料を整理したものです。

過労死認定の請求件数は、職種別(中分類)でみると、「自動車運転従事者」が最も多く、業種別(中分類)でみると「道路貨物運送業」が最多になっています(「道路旅客運送業」のデータは後述します)。「道路貨物運送業」の請求件数は、全体の15%ほどを示しています。全産業の雇用者5973万人に対して道路貨物運送業のそれは188万人、割合にして3%程度に過ぎません(総務省「労働力調査」による2021年平均。なお、道路旅客運送業は39万人)。にもかかわらず、過労死の規模はかくも大きいのです。

 

図表2-3 「道路旅客運送業」における脳・心臓疾患の労災請求・支給決定状況/単位:件、%

2010年度 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 合計(2010~19年度)
請求件数 47 43 34 42 33 30 43 24 30 29 20 355
支給決定件数 17 14 15 9 12 8 7 10 9 5 106
支給決定割合 36.2 32.6 44.1 21.4 36.4 26.7 16.3 41.7 30.0 17.2 29.9

注1:上位15業種に入っていなかかっため、2020年度の道路旅客運送業のデータは公表されていなかった。厚生労働省(労働基準局 補償課 職業病認定対策室)に照会したところ、公表はできぬとの回答であった(2022年7月11日13時)。ゼロかどうかも不明である(回答されなかった)。
注2:合計は2010~2019年度のデータである。
出所:図表2-2に同じ。

 

ここで、バスやタクシーなど「道路旅客運送業」での過労死の請求・支給状況をみてみましょう(図表2-3)。注目すべきは、年によるばらつきもありますが、合計でみると、支給決定の割合が全体よりも低いことです。バス運転者の労働負担について先ほど言及しましたが、不規則な勤務や拘束時間の長さが適切に評価されていないのではないか、という疑問があります。

なお、このことに関わって、脳・心臓疾患の労災認定基準が昨年度(2021年9月)に改定されました。

新しい認定基準では、従来の認定基準のほか、労働時間と労働時間以外の負荷要因が総合的に評価されることや、バス運転者の勤務の特徴にも通ずる、勤務間インターバルが短い勤務などが評価対象として追加される、といった改善がみられました。新認定基準がどう運用されていくのか、注視していく必要があります[9]

 

4)政府統計にみる自動車運転労働者の賃金・労働条件

政府統計で彼らの賃金・労働条件をみていきましょう。

使うのは、厚生労働省による「賃金構造基本統計調査」(以下、「賃構」)と総務省による「労働力調査」(以下、「労調」)です。前者は、トラック(大型、その他)、タクシー、バスなど、モード別に賃金・労働条件が把握されています。但し、事業者が回答しているので労働時間は正確ではありません。その点は、労働者が回答をしている「労調」が実態に近いと言われています。但し「労調」は「道路貨物運送業」と「道路旅客運送業」という把握・整理になります。

また、どちらの調査からも貴重なデータが得られますが、拘束時間の長さや、勤務の時間帯や不規則性など、自動車運転労働者に共通してみられる点は把握されていませんから、政府統計とは別に独自で調査を行う必要性や意義がある──そのことを強調しておきたいと思います。

 

図表2-4 「賃構」にみる自動車運転労働者の賃金・労働時間等

年齢 勤続年数 所定内実労働時間数 超過実労働時間数 きまって支給する現金給与額 年間賞与その他特別給与額 年間労働時間及び年収(試算) 全産業との差
所定内給与額
時間 時間 千円 千円 千円 時間 万円 時間 万円
全産業 43.8 13.8  162  16 374.9 338.0 1110.9 2136 561
営業用大型貨物自動車運転者 48.6 11.3  177  38 353.6 287.3 330.9 2580 457 444 ▲ 104
営業用普通・小型貨物自動車運転者 46.6 10.7  172  36 317.9 257.9 411.5 2496 423 360 ▲ 138
タクシー運転者 60.0 10.6  173  22 284.0 241.6 195.8 2340 360 204 ▲ 201
営業用バス運転者 50.8 11.7  162  41 332.6 251.2 688.2 2436 468 300 ▲ 93

注:対象は男性。
出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査(2019年)」より作成。

 

「賃構」のデータを図表2-4にまとめました。2020年から職種の変更がされている[10]ので、2019年の値を使います。年間の労働時間と年収は試算です。大型トラックやバスでも全産業と比べて年収100万円近くの差がありタクシーでは200万円の差が生じています。しかしながら、労働時間は逆に長く、トラックでは400時間超もの差が生じています。

 

図表2-5 「労調」にみる、道路貨物・旅客運送業における週60時間以上就業者の人数規模及び割合の推移

注:対象は男性・雇用者、15~64歳。
出所:総務省「労働力調査(基本集計 第II-3表 産業・職業,月末1週間の就業時間・従業上の地位別就業者数)」より作成。

 

この長時間労働問題について、実態により近い「労調」データをまとめてみたのが図表2-5です。15~64歳の男性雇用者に対象を限定して、週60時間以上働く者の人数と割合を示したものです。週60時間労働とは、いわゆる過労死認定基準で使われている月80時間の時間外労働に相当する長さです。つまり、そのような長時間労働が続くと過労死してしまうおそれがある、と言い換えることができる水準です。

年々減少(改善)がみられるとはいえ、コロナ以前(2019年値)、道路貨物でも道路旅客でも、4人に1人が過労死ラインに達しています。コロナ下で貸切バスやタクシー事業は利用が大きく減少していますが、巣ごもり需要が発生している物流(トラック)は今後どうなっていくか、予断を許せません。

なお、パンデミックによって長時間労働の「是正」が図られるとは、平時の我々の社会・経済システムがいかに異常であるかを感じます。

 

図表2-6 「賃構」にみる年収試算の推移

注1:対象は男性。
注2:変化を分かりやすくするために最小値はゼロではない点に注意。
出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」各年版より作成。

 

さて、「賃構」に戻りまして、年収の推移をみてみます。注に書いたとおり、変化を分かりやすくするために最小値はゼロではない点に注意してください。

かつてバスの運転者の年収は全産業平均を上回っていましたが、輸送需要は1970年代の100億人超をピークに一貫して減少し、収支が悪化する中で、バス部門の鉄道会社からの切り離しをはじめとするリストラが行われ、さらに、貸切バス業界の規制緩和が追い打ちをかけるなどして、彼らの年収は大きく減少しています(規制緩和は次の項で扱います)。

タクシーは不況と規制緩和によって、一時は300万円を下回る時期もありました。コロナ前には、再規制の影響で若干の回復をみせていますが、コロナで大きく減少しています。図表には掲載していませんが、2021年の試算では再び300万を割っています。

 

5)規制緩和をめぐる問題

自動車運転労働者の状態をみる際、背景にある、交通分野における規制緩和政策という問題をとらえる必要があります。ここでいう規制とは、新規参入や増車など需給調整に関する規制と、運賃・料金など価格に関する規制です。

詳細は拙稿[11]を参照いただくとして簡単に整理しますと、規制緩和政策の推進を主張する側は、規制を緩和することで、事業者間の競争が促進されて業界が活性化する、と主張していました。規制があるから競争が起きずに価格も高止まりなのだ、と。ゆえに、経済的規制は原則自由化(廃止)し、社会的規制は必要最小限とすること(しかも、社会的規制が実質的に経済的規制の機能を果たすことを考えると、後者も極力限定的にすること)が望ましいと主張されました。

そのことを「理論」的に証明した研究にも後押しされ、規制緩和は推進されてきました。図表2-7は自動車運送業における規制緩和の内容をまとめたものです。

 

図表2-7 自動車運送業における規制緩和の内容

出所:国土交通省自動車交通局「自動車交通局の主な政策課題について」2010年4月より。

 

しかし結果は、新規参入や増車によって供給量こそ増えましたが、需要はそこまで伸びず、運賃・料金を引き下げることで限られた需要を奪い合う自体が生じました。自発的な運賃・料金の引き下げもあれば、荷主(トラック)や旅行業者(貸切バス)との間の価格交渉力が低下した結果、引き下げを余儀なくされた場合もあります。トラックにせよ貸切バスやタクシーにせよ、中小企業がほとんどで、典型的な労働集約型の産業です。

労働時間や賃金など労働分野の規制がしっかりしていれば、加熱する事業者間競争の歯止めになったかもしれませんが、そもそも日本の労働法制度は規制水準が低いですし、労働組合も企業別に組織されていて、中小企業では1%にも満たない組織率です。さらには、後述するとおり、自動車運転労働者を守ることが期待されている規制(改善基準告示)も脆弱なものでした。結果、競争は、労働者の賃金や労働時間にまで侵食していったのです。

 

関連して、悪質な行為・事業者は市場から自動的に退出させられる(淘汰される)、という言説がフィクションであったことにも言及しておきたいと思います。事故のたびに、事業者数に対する監査業務にあたる職員数の少なさが報じられます(注釈11の拙稿のとおり、軽井沢のスキーバス事故当時、トラック・バス・タクシー(個タクを含む)合計で12万を超える事業者に対し、監査にあたる職員はわずか365人)。しかも仮に行政処分という不利益な処分を運送事業者に課すからには、訴訟等にも耐えうるような根拠が必要となります。少ない人数でその作業を遂行するのは容易ではないと思います。

 

図表2-8 業態別にみた監督実施事業場数及び労働基準関係法令違反・改善基準告示違反事業場数等/単位:件、%

トラック バス ハイタク
監督実施事業場数 31,400 2,988 3,932
労働基準関係法令違反事業場数 26,116 2,390 3,430
違反事業場割合 83.2 80.0 87.2
主な違反事項 労働時間 18,098 1,399 1,829
割増賃金 6,893 659 1,196
休日 1,584 152 180
改善基準告示違反事業場数 20,493 1,668 1,571
違反事業場割合 65.3 55.8 40.0
主な違反事項 最大拘束時間 15,968 1,131 1,202
総拘束時間 13,050 901 857
休息期間 12,080 559 354
連続運転時間 9,955 479 3
最大運転時間 6,195 255

注1:2012~2020年の合計値。
注2:違反事項が2つ以上ある場合は、各々に計上しているので、各違反事項の件数の合計と違反事業場数とは一致しない。
出所:厚生労働省「自動車運転者を使用する事業場に対する監督指導の状況」より作成。

 

図表2-8は、厚生労働省が行っている監督指導の結果からまとめたものです。

低い規制水準であるにもかかわらず、労働基準関係法令や改善基準告示に違反した事業場の多さが顕著です。監督指導事例としてあげられているトラック運送事業者の内容を紹介しましょう(厚生労働省「自動車運転者を使用する事業場に対する2020年の監督指導、送検等の状況」より)。

すなわち、「長時間労働のおそれのある運送会社に対して監督指導を実施」という事例であげられているその内容は、「運転者の中に、1日の拘束時間が上限の16時間を超える日が1か月に19日あり、1か月の総拘束時間が約500時間、1か月の時間外・休日労働が時間外又は休日労働に関する協定(以下「36協定」という。)の上限を上回る約250時間となっている者が認められた。」と。非常に過酷な働き方であると感じると同時に、こうした行為に対して、効果的な対応ができる行政体制に果たしてあるのだろうか、と懸念を覚えます。

なお、交通分野における規制緩和政策は、重大事故の発生や過剰な供給による交通環境の悪化など、社会的な問題の発生を背景に、その都度、修正をされてきました。これらのいわば「再規制」「規制強化」政策が果たしてどの程度実効性をもったものになっているのかどうかの検証作業が研究上の課題になっています。

 

6)自動車運転労働者による交通事故

事故は様々な要因が複雑に絡み合い発生するものですが、運転者の疲労蓄積や覚醒水準の低下は、事故の可能性を高めます。しかも、彼ら運転労働者の職場は公道です。労働災害において労働者は、被害者となるのが一般的ですが、彼ら運転労働者は、ときに他人をまきこんだ事故を起こし加害者として立ち現れてしまうことにもなってしまいます。

さて、交通事故に関する統計をみていきますが、その前に、加藤(2020)による指摘に触れておく必要があるでしょう。加藤(2020)では、警察庁の交通事故統計にみる事故の減少と、自賠責保険統計との乖離に基づき、実際には人身事故が減っておらず、「隠れ人身事故」が増えているのではないか、という問題を提起しています。私はこの書籍を、たしか新聞の書評で知って注文して読んだと記憶していますが、両事故件数の乖離のあまりの大きさに驚いてしまいました。加藤(2020)のこうした指摘をふまえた上で、事故統計をみていきましょう。

 

(1)事業用自動車による交通事故

図表2-9 事業用自動車による第1当事者別交通事故件数の推移

注1:各年12月末の数値。
注2:図表右端の比較とは、2009年~11年の平均値を100とした際の、2019年~21年の平均値の値。
出所:警察庁「交通事故の発生状況(表3-8 第1当事者別交通事故件数の推移)」より作成。

 

第一に、事業用自動車による第1当事者別交通事故(人身事故)件数の推移を、警察庁データで整理してみました(図表2-9)。

一部を除き、事故件数は年々減少(改善)しています。2010年には5万件を超えていたのが、コロナ下の2020、2021年は2万2千件前後。コロナ以前の2019年の値でみても2万8千件ですから、半減まではしていませんが、4割以上の減少です。また、貨物に比べて乗用での事故が大きく減少しています。20、21年はコロナの影響が大きいと思われます。

 

図表2-10 車種(第1当事者)別自動車1億走行キロ当たり交通事故件数の推移

注1:算出に用いられた自動車走行キロは、各年度の国土交通省統計資料「自動車輸送統計年報」による。
注2:「平成26年(2014年)中の交通事故の発生状況」まで掲載。
出所:警察庁交通局「交通事故の発生状況」各年版より作成。

 

事故件数をみる際には、走行距離などを考慮する必要があります。そこで第二に、走行距離1億キロ当たりの事故件数をみたのが図表2-10です。警察庁の「交通事故の発生状況」各年版より作成しました。2014年まではデータが掲載されていたのですが、それ以降は、私の見落としでなければ、見つけられませんでした。ここでは、90年代後半から「事業用」乗用車の走行距離当たりの事故件数が大きく増加して、「自家用」を上回ったことをここでは確認しておきます。これをモード別にみてみましょう(図表2-11)。

 

図表2-11 業態別にみた事業用自動車による走行距離1億キロ当たりの交通事故件数の推移

資料:警察庁「交通統計」、交通事故総合分析センター「事業用自動車の交通事故統計」、国土交通省「自動車輸送統計調査」より。
出所:国土交通省「自動車運送事業に係る交通事故対策検討会報告書 [第1分冊]事業用自動車の交通事故統計」各年版より作成。

 

どの交通モードでも事故件数は減少しているとはいえ、タクシーが突出して高い水準にあります。またタクシーでは、2020年の事故件数は前年よりも増加している点が気になります。

 

図表2-12 事業用軽貨物運転者による走行距離1億キロ当たりの交通事故件数の推移

注:変化を分かりやすくするために最小値はゼロではない点に注意。
出所:警察庁「交通事故の発生状況」、国土交通省「自動車燃料消費量調査」より作成。

 

もう一点。先ほどみた図表2-9で「軽貨物」の事故件数の動きが気になりました。他のモードと異なり、増加しているのです。そこで「軽貨物」の事故件数を走行距離当たりで整理してみたのが図表2-12です。走行距離は国土交通省「自動車燃料消費量調査」によるデータを使いました。同図表のとおり、走行距離当たりの事故件数が近年は増加傾向にあることが示されています。

軽貨物は、車両の最低保有台数が5台必要な一般貨物自動車運送事業と異なり、車両1台から事業を開始できます。新規参入が容易なのです。運送事業者数は、2010年代前半には15万件台で推移・微減していましたが、2015年3月末日の15万4299件を「底」にして再び増加を始め、2021年3月末日で19万7788件までに急増しています(車両台数は、同期間で24万9301台から31万9854台まで増加)。背景には、インターネット通販による宅配便の利用拡大があります。コロナ下でも、巣ごもり需要で宅配便の利用は拡大しました。そのような中での軽貨物の走行距離当たりの事故件数の増加をどうみるのか。軽貨物運転者の働き方などとあわせて、検証する必要があるかと思います[12]

 

(2)運転者の健康起因による「重大事故」

国土交通省では、重大事故を集計しています。自動車事故報告規則に基づき自動車運送事業者から報告された事故の統計で、ここでいう「重大事故」とは、事故報告規則第2条に規定する事故をいいます。具体的には、(1)自動車が転覆し、転落し、火災を起こし、又は鉄道車両と衝突し、若しくは接触したもの、(2)10台以上の自動車の衝突又は接触を生じたもの、などなどが列挙されている中で、ここで取り上げるのは、(9)運転者の疾病により、事業用自動車の運転を継続することができなくなったもの(運転者の健康状態に起因する事故)です。

 

図表2-13 業態別の運転者の健康状態に起因する事案等の発生状況

事故件数(件) 死者数(人) 重傷者数(人)
うち、接触、衝突等を伴うものの件数
バス 乗合 115 5 3 1
貸切 14 3 1 0
特定 2 0 0 1
ハイタク 50 20 13 15
トラック 105 42 31 16
合計 286 70 48 33

出所:国土交通省「自動車運送事業用自動車事故統計年報2020年」2022年3月

 

図表2-13のとおり、2020年のそれは286件。乗合バスとトラックで多く発生しています(接触、衝突を伴うものに限れば、トラックが多い)。

原因となった疾病は、全業態を合計すると、心臓疾患が47件、脳疾患が37件、呼吸器系疾患が27件と上位を占めます。前二者はトラックで多く29件、22件です。いわゆる過労死(脳・心臓疾患)の労災補償状況データと符号します。乗合バスでは、呼吸系疾患20件、消化器系疾患13件、熱中症11件などが多いです。

 

図表2-14 業態別の運転者の健康状態に起因する事案等の発生状況の推移

出所:国交省自動車交通局「自動車運送事業に係る交通事故対策検討会報告書[第2分冊]自動車運送事業用自動車事故統計年報」より作成。

 

推移をみてみます(図表2-14)。現在の集計方法になった2002年からのデータですが、件数が拡大しています。2014年のバス事故件数の急増は、特定の一事業者の報告が急増したことによる、と聞いていましたが、その後も全体として、増加傾向にありました。2019年、20年は連続で減少をしました。

但し、20年はコロナで各モードの走行距離が減少していますから、そのことが影響している可能性を考慮する必要があります。今後どのように推移していくか。全産業労働者に比べて自動車運転労働者は平均年齢が高い(「賃構」によれば、タクシー運転者は平均年齢が60歳に達するなど突出して高い)ことも、今後の懸念材料の一つです。

 

3.労働規制の不十分な強化──労政審での「改善基準告示」の見直し

拙稿(注釈1)に書いたとおり、自動車運転労働者の働き方を改善する議論が政府内で行われていたのですが、残念ながら、不十分な改善に終わってしまいました。

要点のみ触れておきます。すなわち、2018年6月に制定された働き方改革関連法によって、日本ではそれまで、労使協定さえ結べば野放図な時間外労働をさせることが可能だったのに対して罰則付の上限規制が設けられたこと、しかしその上限規制の水準が著しく低かったこと、にもかかわらず、その規制の適用から外された一つが彼ら自動車運転労働者でありました。その後、厚生労働省「労働政策審議会(労働条件分科会自動車運転者労働時間等専門委員会)」で、「改善基準告示」の見直しに係る作業などが行われています。

冒頭でも紹介したとおり、自動車運転労働者の労働条件の向上を図ることが目的に掲げられながらも「改善基準告示」の規制水準は非常に低いという問題がありました。その象徴が例えば、勤務と勤務の間の時間である「休息期間」が8時間以上確保されていれば問題はない、というものでした。通勤に要する時間もこの「休息期間」に含まれます。

皆さんも、ご自身の生活で考えていただきたいのですが、例えば23時に仕事を終えて帰路についたとして、翌朝7時には出社させられることが、いかに心身にとってきついか。先にみた普段私たちが利用するバス運転者たちの声をリアルに想像して欲しいのです。

あるいは、トラック等の拘束時間は1か月293時間まで、バス等の拘束時間は4週平均で1週間当たり65時間まで、それぞれ可能とされており、しかも、労使協定があるときは、という特例で、時間の延長がさらに可能になっています。例えば、トラック等では、年3516時間を超えない範囲で1か月320時間まで、というように。拘束時間と労働時間とは異なるとはいえ、過労死が容認されているのではないか、と言わざるを得ません(さらに言えば、一部の大企業を除けば、労使協定の締結が果たして適切に行われているか疑問です)。

労政審では、こうした改善基準告示の水準がどこまで見直されるかが焦点で、とくに争点になったのが休息期間でした。EUでは原則11時間が設定されているのに対して日本では、勤務間インターバルの設定は努力義務にとどまります。結果、実際に導入している企業は2020年1月時点で5%に満たず、導入を予定・検討している、まで含めても約2割にとどまります。

そのような中で今回の審議では、当初11時間への改善案が事務局から出されたのに対して、使用者側委員からの強い反対で9時間案が出され、まずはバス、タクシーでは9時間の改善にとどめられることが決定しました(トラックは、本稿脱稿時点では未決着)。

議事録は公開されていますから、使用者側委員がどのようなことを主張していたのか、労政審に提出された労働者調査の結果はどう活用されたのか(されなかったのか)、なぜ11時間に踏み切ることができなかったなどはきちんと分析される必要があります。この点は研究上の課題です。

 

 

4.まとめに代えて

自動車運転労働者が直面している問題を駆け足でみてきました。現状を改善する上で求められていることを簡潔に述べたいと思います。

第一に、やはり自動車運転労働者の働き方の改善(労働規制の強化)が必要です。罰則付の時間外労働の上限規制が2024年度には導入されますが、一般労働者とは異なる長い水準が適用されます。ILOとWHOの研究によれば、週55時間を超える労働が健康(虚⾎性⼼疾患、脳卒中)へのリスクとされています(ILO 駐⽇事務所「⻑時間労働が⼼臓病と脳卒中による死亡者を増加させる可能性をILOとWHOが指摘」2021年5⽉17⽇)。週55時間超の労働は、⽉の時間外労働の65時間に相当します。時間外労働の上限規制をもっと短くする必要があるでしょうし、今回は9時間への改善にとどまった休息期間(勤務間インターバル規制)も長くすることが必要です。それは、自動車運転労働者の労働規制だけでなく、日本の労働者の労働規制の強化と連動させながら進められるべき課題であると思います。理念法とはいえ、2014年に制定された過労死等防止対策推進法も活用されるべきでしょう。

なお、歩合制のウェイトが大きいために時間外労働を短くすると賃金収入が減少してしまうことを考えると、最低賃金の大幅な引き上げ(運転労働者の産業別最賃の設定も含む)や、非正規雇用者・再雇用運転者が強いられる賃金格差の是正など、賃金規制の強化も必要です。

第二に、省労働力化を進めることです。第一にあげた労働規制の強化は、運転者一人当たりに容認される労働量を減らすことになるため、現在の輸送需要を前提とするなら、より多くの労働者を必要とすることになります。現在でさえ運転者不足が予想されている中で、この道を選択することは容易ではありません。労働力が無尽蔵に存在することを前提とした輸送のあり方が厳しく見直される必要があります。

トラックを例に言えば、運送業者にその負担をしわ寄せさせる非効率な荷待ち時間の削減、過剰なジャストインタイム輸送の解消、パレットを活用した輸送の効率化、長距離運行を回避した「中継輸送」の導入や「共同配送」、再配達の回避や時間帯指定の配送の削減などが思い浮かびます。いずれも、荷主との間の不公正な取引慣行の見直し、荷主による協力が欠かせません。そして、便利な生活を手放すことは容易ではなくとも、まずは、労働力の無駄な使われ方を改めるという点にならば、広く消費者の賛同も得られるのではないでしょうか。

なお、自動車から鉄道利用への転換というモーダルシフトも、取り組まなければならぬ大きな課題でしょう。

 

商品のその安さは誰かの犠牲で成り立っていないか、という視点は、規制緩和問題で警鐘を鳴らしていた内橋克人氏(2021年逝去)のいう、「自覚的消費者」という考え方と重なり合います。その思いを具体的な法制度などに落とし込んでいくことが必要です。

自動車運転労働者を被害者にも加害者にもさせない取り組みが当会に期待されています。微力ながら私も研究で貢献ができたらと思います。

 

注釈

[1] 「自動車運転労働者を守る実効性ある労働規制を──労働政策審議会での審議に寄せて」『会報』第107号(2022年3月号)

[2] 「大学での学びってどういうものですか?(川村雅則先生に聞く)」『NAVI』(2020年12月再配信)

[3] 拙い内容ですが、「資料」扱いで掲載された、川村雅則・福地保馬「トラック運転手の労働条件と、睡眠および食事の状況─事例調査から」『交通科学』第30巻第2号(2000年)を参照。

[4] この問題については、日本労働弁護団常任幹事である川上資人氏の論考を参照。「ウーバーイーツの労働実態について」『季刊労働者の権利』第324号(2018年1月号)、「ギグワーカー・フリーランスの労働問題について」『季刊労働者の権利』第341号(2021年)。

[5] 拙稿「軽貨物運送自営業者の就業・生活・安全衛生」『交通権』第20号(2003年4月号)

[6] 本来は雇用関係で処理されるべきところを別の扱いで処理されることを「誤分類」と言います。この問題は、龍谷大学名誉教授である脇田滋氏の連続エッセイ「第64回 「誤分類(ごぶんるい)」という言葉を広げよう① 世界の動向を学ぶ」『NPO法人働き方ASU-NET』などを参照。

[7] 拙稿「乗合バス運転者の労働──勤務中に亡くなったある運転者の働き方から」『会報』第70号(2012年12月号)を参照。

[8] 拙稿「バス運転手の勤務と睡眠──進む合理化策のもとで」『北海学園大学開発論集』第78号(2006年8月号)

[9] 厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準を改正しました」2021年9月14日を参照。なお、この基準改定に対する評価については、安彦裕介「脳・心臓疾患の労災認定基準の改正について」『NAVI』2021年11月5日を参照。

[10] それまで「営業用バス運転者」だったのが、「バス運転者(自家用バス運転者を含む)」となり、「営業用普通・小型貨物自動車運転者」だったのが「営業用貨物自動車運転者(大型車を除く)」となりました。

[11] 拙稿「「軽井沢スキーバス転落事故」の背景にある規制の脆弱性と労働問題」『POSSE』第30号(2016年3月号)拙稿「タクシー産業における規制緩和路線の破綻──タクシー運転者の賃金・労働条件をふまえて」『労働法律旬報』第1766号(2012年4月25日号)などを参照。

[12] 『週刊東洋経済』2022年5月21号の特集「崖っぷちの物流」に掲載されている諸論文を参照。有料ですが、インターネット上でも読むことができます。

 

 

参考文献

  • 上畑鉄之丞(1993)『過労死の研究』日本プランニングセンター
  • 加藤久道(2020)『交通事故は本当に減っているのか?──「20年間で半減した」成果の真相』花伝社
  • 上岡直見(2022)『自動車の社会的費用・再考』緑風出版
  • 刈屋大輔(2020)『ルポトラックドライバー』朝日新聞出版
  • 交通運輸政策研究会(2013)『安全な貸切バス・高速バスを求めて──交運研の提言』交通運輸政策研究会
  • ────(2016)『交通政策の提言2016──人口減・災害多発時代の日本の交通』交通運輸政策研究会
  • ────(2022)『交通政策の提言2022──コロナ危機を乗りこえ、持続可能な社会を実現するために』交通運輸政策研究会
  • 国土交通省(2021)『令和3年版 交通政策白書2021』勝美印刷株式会社
  • 首藤若菜(2018)『物流危機は終わらない──暮らしを支える労働のゆくえ』岩波書店
  • 橋本愛喜(2020)『トラックドライバーにも言わせて』新潮社
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