川村雅則「タクシー産業における規制緩和路線の破綻──タクシー運転者の賃金・労働条件をふまえて」

旬報社発行の『労働法律旬報』第1766号(2012年4月25日号)に掲載された原稿の転載です。同号の特集は、「タクシー労働者の労働条件──規制緩和路線の果てに」でした。どうぞお読みください。

 

 

 

はじめに

 

一体誰のための、何のための規制緩和だったのか。タクシー産業における規制緩和の実証的な調査研究に取り組むなかで、そのような趣旨の話を業界関係者から繰り返し聞かされた[1]

本特集は「タクシー労働者の労働条件──規制緩和路線の果てに」である。本稿の課題は、タクシーサービスの特徴やタクシー運転者の賃金・労働条件の特徴にふれながら、規制緩和政策がタクシー産業にもたらしたものや最近の政策動向や課題を整理することにある[2]

 

1.タクシー産業における規制緩和

公共交通機関としてのタクシーの位置

図表1 交通機関別にみた旅客輸送量(2009年度)


注:自動車にはその他に「貸切バス」が含まれるがここでは省略。
出所:国土交通省「自動車輸送統計年報」「鉄道輸送統計年報」「航空輸送統計年報」、海事局内航課調べより作成。

 

図表1は、陸・海・空の交通機関別に旅客輸送量をまとめたものである。自動車、なかでも自家用自動車の輸送分担率が圧倒的に大きい。

しかしながら、人数ベースの輸送量をみると、タクシーは年間で20億人弱もの輸送を行っており、乗合バスの半数弱に及ぶことに気づかされる。政府も言うとおり、「タクシーは、バス・鉄道等の大量輸送機関の補完的役割を果たすとともに、ドア・ツー・ドアの機動的・個別的公共輸送機関として国民生活に定着している」[3]のだ。加えていえば、今後、マイカーを中心とした交通政策の弊害が一層深刻化するなかで、タクシーは重要な公共交通機関として位置づけられるべきだと考える。

 

規制緩和がめざしたものは何だったのか──規制緩和推進派の主張

そのタクシー事業で規制緩和が本格的に導入されたのは、2002年である。

同年2月に施行された「改正」道路運送法等によって、需給調整規制が廃止されて事業参入や増車が許可制となり、また運賃については従来どおり認可制が維持されたものの自動認可の幅が拡大されることとなった。

 

図表2 タクシー事業の規制緩和

1993年 タクシー事業に係る運賃料金の多様化及び増減車の弾力化(東京、大阪)
1997年 タクシーのゾーン運賃制、初乗距離短縮運賃の導入、タクシー事業、貸切バス事業の最低車両台数の縮減
1998年 タクシー事業の事業区域規制について、事業区域数(96年度1,911)のほぼ半減化の達成
2000年 乗合バス、タクシーの需給調整規制の廃止、運賃・料金規制の見直しなどを内容とする道路運送法等の改正法の成立

出所:総務庁(2000)『規制緩和白書』より作成。

 

タクシー事業での規制緩和は02年に始まったことではない(図表2)。需給調整規制や運賃規制はそれよりも以前から徐々に緩和されてきた。また貨物運送分野(トラック事業)では一足早くいわゆる「物流二法」が施行(1990年)されるなど、規制緩和を通じた競争政策は交通政策全体で進められてきた[4]ことも確認しておく。

ここで、タクシーのみならず、あらゆる領域で推進されてきた規制緩和の主張をいまあらためて整理してみると、概要として次のようになるだろうか。

すなわち、時代にすでにそぐわなくなっている諸規制の存在が経済成長の桎梏となっており、これらの早急な緩和(「規制破壊」とも)を図って市場メカニズムを機能させることで資源の効率的な配分を実現し、もって自由で競争的な経済社会をつくる必要がある、というものだ。競争の導入で、良質な新商品・サービスが創造され、消費者がそれらを選択することで、悪質な商品・サービスは市場から淘汰される、とも言われた。

競争の促進で労働条件や安全性が低下するなど市場の失敗の可能性や社会的な規制の必要性にも言及する「穏和」な規制緩和路線もみられたものの、需給調整や価格に関わる経済的な規制と、安全や労働条件など社会的な規制は分離が可能であって、前者は原則として自由に(廃止)すべきで、後者についても、自己責任を原則に最小限にすべきか、直接的にそれを規制する法令によって対処すべきであるという主張が強くなっていった[5]

また、参入要件を高くしたり行政機関が参入の可否を判断するよりも、消費者の選択や(違法行為には)厳罰主義で対処して市場から撤退させるという、事前規制から事後規制への転換が主張された。事故を起こせば厳しく処分される制度を設け、そのことが事業者側に認識されていれば、安全性の低下は生じないという主張はなお根強い。

 

規制緩和の効果──内閣府による試算

規制緩和が実施された後にはその効果も「検証」された。

たとえば、内閣府が発表した「規制改革の経済効果」[6]では、タクシー業界は、規制改革で125億円の利用者メリットが発生したという試算(全産業の分を合計すると18兆3452億円、国民1人当たり14万4千円のメリット)が示された。あるいは、総合規制改革会議(現・規制改革会議)の発表資料[7]でも、規制改革前は「タクシーの運賃料金は、各社ほとんど同じ料金に設定されており、また、サービスの内容にもほとんど格差」がなかったのに対して、改革後は「弾力的な運賃の設定が可能になり」「これより定額運賃や遠距離割引といった新しいサービスも生まれて」おり、改革の効果として「運賃が一部引き下がったほか、サービスの内容が多様化したことで、利用者の満足度が高まってきて」いることが強調されていた。

なるほど、政策効果のこうした定量的な把握は、政策の是非を論ずる上で重要な作業ではあるが、上記の試算は、きわめて限定的なものであるし、タクシーサービスや賃金・労働条件の特徴を考えても幾つもの疑問が生じる。項をあらためてみていこう。

 

2.タクシー業界の賃金・労働条件

 

減少していたタクシー需要のもとで導入された規制緩和

たとえば、タクシーは、「流し」営業を中心とするサービス提供であるため、利用者の選択は困難であるという情報の非対称性という問題があげられる。

また、運賃原価のうち人件費が約8割を占めるほどに労働集約産業なタクシー産業でコスト削減の余地はいかほどであるのか。実際、右で紹介されている多様な運賃サービスとはいずれも運転者の賃金削減を前提として成り立つものであった。

さらに、貸し切りバスなど特殊な輸送を除けば、タクシーなど交通需要は、他のある目的を達成するために生じる派生的な需要であって、規制緩和で料金が低下したからといってその分だけ単純に増加するものではないだろう。

 

図表3 タクシーの車両数、営業収入、輸送量の推移


注1:車両数は年度末の値。
注2:2010年度のデータは車両数のみ。
出所:国土交通省「自動車輸送統計年報」、自動車交通局旅客課調べ、「自動車登録車両台数」より作成。

 

実際、図表3のとおりタクシーは、バブル期を経て、営業収入も輸送量(タクシー利用)も減少していた。需要に応じた減車こそが必要であって、少なくとも増車は不要であったといえるだろう。だがどの事業者も増車競争に走った。市場シェアの獲得をめざし増車競争に走らざるを得なかった側面もあるとはいえ、そもそも野放図な増車競争を可能にしたのは、オール歩合制賃金に象徴される、タクシー産業の「弾力的」な賃金体系にあった。供給過剰などタクシー産業の諸問題の根源ともいえるこの問題について、項をあらためてみてみる。

 

歩合制賃金という問題

事業所外で労働が遂行されるタクシー産業では、運転者の管理と営業収入の向上手段として、歩合制が多かれ少なかれ採用されてきた。

 

図表4 タクシー運転者の賃金体系

1.A型賃金
月例賃金のほかに年2回の賞与・一時金を支給する賃金形態であり、月例賃金として、固定給、諸手当、歩合給(業績給)、割増賃金制度等が支払われている。退職金制度も設けられている。
例 賃金額=固定給+(月間営収額-足切額)×歩合率
2.B型賃金
A型賃金の賞与・一時金を廃止して、その分月割りにして月例賃金に含めて支給する賃金体系。その分月々の賃金が高くなっている。退職金制度はないのが大部分。月例賃金は、ほとんどの場合、月間営収額に一定の賃率を乗じたオール歩合給だが、賃金支給項目はA型賃金と同様に固定給部分と歩合給、割増賃金等に分けて構成されているものもある。
3.AB型賃金〔省略―川村〕
4.単純オール歩合制賃金
月例賃金が全て歩合給のみの賃金形態であり、営収額に一定の歩合率(賃率)を乗じて算出。B型、AB型と異なるのは、固定給部分と歩合給部分との区別がなく、単純な完全歩合給制だが、歩率については必ずしも一定の歩率ではなく、営業収入の多寡により段階的に歩率を設定しているものもある。
5.リース制(運収還元制)賃金
月間営収額から一定の基本経費・変動経費を会社に納め、残りの営収額が乗務員の収入となる賃金形態。利益配分型の賃金体系ともいう。賃金の支給項目は、A型とほぼ同じように組まれている。

出所:山田孝一(2003)『タクシー事業の労務管理マニュアル』(労働調査会)pp216-219より抜粋。

 

A型、B型、AB型、オール歩合制など賃金体系は様々で(図表4)、その内容は事業者によって異なる部分もあるようだが、固定給部分も保障するいわゆるA型賃金と、売上高に一定の率を乗じて賃金が支給されるオール歩合制賃金の二つに区分されるという[8]

もっとも、固定給保障型といわれるA型賃金であっても、一定の売上額に達しなければオール歩合制が採用される「足切り」が設定されているし、賃金支給項目こそ記載されているが実際にはオール歩合制賃金であるなど(B型賃金)、タクシーの賃金は、一般産業のような文字どおりの固定給を保障するものではない。

しかも、こうした弾力性・あいまいさには法令にも抵触する部分が多い。たとえば、いくら歩合制が採用されたとしても、本来は、適正な労働時間管理が行われたうえで、時間数・時間帯によっては、時間外や深夜割増が反映されなければならないはずである。あるいは、所定内と所定外の内訳が明確に区分されないような「基本給」も問題である。ただかつては働けばそれなりに売上があげられたし、会社に法違反を指摘すれば厳格な労働時間管理のもとでほされてしまうおそれもあって、労使ともに黙認してきたという経緯があるようだ。

いずれにせよ、歩合給部分が賃金の多くを占め(今日ではA型賃金は少数派だという)、増車がストレートに経費負担をもたらすものではないため、規制が廃止され市場シェアの獲得競争が促進されれば、1台当たりの営業収入が下がっても増車でそれをカバーしようとする誘因が働くことになる[9]

 

経営負担・リスクを運転者に転嫁させることが容易である

関連して、労働者への負担の転嫁を容易とする歩合制という労務管理の採用が、結果として、タクシー産業の近代化や活性化よりも、運転者と事業者との間の配分率の変更など賃金体系の「調整」に終始することになったのではないか。歩合率が売上金額によって変化する累進歩合制や、一定の諸経費を差し引いた残りを(負担やリスクとあわせて)運転者に支給するリース制・「企業内個人タクシー」の採用などもそれに該当する。

そもそも、事業所外で行われるタクシーは、営業から生産までの全てが個々の運転者にゆだねられている。そのため規制緩和による競争は、事業者間競争ではなく、労働者間の競争をもたらすことになる。

また、規制緩和推進論では、厳罰主義の採用による安全性の強化が言われるが、一般的な産業と異なり、交通運輸産業の場合、事業者に一定の行政処分が加えられるものの、労災時には、運転者が「加害者」として立ち現れるという特徴をもつ。

あわせて、事後規制の強化論は、現状では、監査体制はきわめて不十分であって、なおかつ、その是非はともかくとして、行政処分も、市場から撤退させるものとはほど遠い内容・水準であることを無視した議論である(そもそも規制緩和にともなう行政機構のスリム化と、事後規制の強化論は矛盾する)。

 

労働衛生からみたタクシーなど交通労働の問題

運転者への負担転嫁が容易な賃金・労働条件は、労働安全衛生の観点からも問題視されてきた。

 

図表5 交通運輸産業、運転職のいわゆる過労死の労災補償状況

出所:厚生労働省(2011)「平成22(2010)年度 脳・心臓疾患および精神障害などの労災補償状況まとめ」より作成。

 

厚生労働省[10]によれば(図表5)、仕事を背景とする脳血管疾患や心臓疾患などいわゆる「過労死」は、業種別にみても職種別にみても交通運輸産業、運転職(とりわけ自動車運転職)で多い。

背景にある交通労働の負担の特徴は、第一に、運転作業にともなう高い精神的な負担である。すなわち、運転作業とは、外環境から多くの情報を得ながら、その情報にもとづく判断によって手足を連続的に動かし成立するという緊張感の高い労働である。そこに判断ミスは許されない。しかも自ら(自車)も周囲の車両や歩行者も常に移動するなかでそれは行われる。疲労など運転者の状態は安全性にも直結するのだ。

第二には、長時間・不規則・深夜時間帯など健康(社会生活等も含む広義の健康)を維持・改善するのが困難な勤務時間制にともなう負担である。今日では、ジャストインタイム輸送の要請や、デジタコやGPSによる管理など過密性も増している。

こうした運転労働の負担の特徴をふまえ、その改善を図る必要性は早くから指摘されていた[11]。つまり、規制緩和ではなく、安全衛生の強化こそが求められていたのだ。では、重複部分も一部にあるが、規制緩和がタクシー産業にもたらしたものをみていこう。

 

3.規制緩和がタクシー産業にもたらしたもの

賃金水準の著しい低下

 

図表6 タクシー運転者などの労働時間数及び賃金水準

注1:バス及び貨物自動車運転者は、いずれも営業用。
注2:年間労働時間及び年間収入は、いずれも試算値。
出所:厚生労働省「平成23(2011)年 賃金構造基本統計調査」より作成。

 

図表7 全産業とタクシーの年間収入及び格差の推移

出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」各年より作成。

 

真っ先にあげられるのは、マスコミ報道等でも繰り返し取り上げられた、賃金水準の低下である[12]

厚生労働省[13]を使った試算値では、タクシー運転者の年間収入は291万円である(図表6)。四半世紀ほど振り返ってみると(図表7)、全産業(男性)との差はバブル期には100万円程度であったものが、労働時間は100時間以上長いにもかかわらず[14]、いまや200万円以上もの差が生じている。同じく規制緩和政策の影響を受けているバスやトラック(大型)運転者と比べても100万円以上の差がある。

「規制緩和の実験場」とも言われる大阪で行った調査では、繁華街での客引き行為や、ロング(長距離輸送)の利用者をねらって、たとえば空港のタクシー構内にとめた車両内での寝泊まりする(「タクシー・ホームレス」)という事態さえ起きていた。「ワンコインタクシー」を中心にリース制の採用もひろがっていた。

関連して、チケット・クレジット・クーポン等手数料、洗車機使用料・洗車外注費用、新車・デラックス車使用料など、「受益者負担」の名目で、本来は使用者が負担すべき設備投資や事業経費を労働者側が負担するような事態も指摘されている[15]

 

ひろがる最賃割れ状況

図表8 最低賃金法の違反率の推移

出所:厚生労働省資料。

あるいは図表8は、最低賃金法の違反率の推移を示したものである[16]

周知のとおりわが国の最低賃金の水準は、生活保護との逆転現象を起こすほどの低さであって(たとえば北海道の現行水準は705円である)、その改善が政治的な課題となっているが、それさえ遵守できない状況がひろがっているのだ。

ちなみに、規制緩和推進論では、仮に競争にともない労働条件が悪化したとしても、それにはより広義の社会政策で対応すべき、と主張されていた[17]。たしかに制度設計によってはそれも可能かもしれない。だが、そうした議論は、最賃に象徴されるとおり、わが国における社会政策や労働政策の水準の低さ(しかも歯止めにさえなっていない現状)を無視したものであると言わざるをえまい。

 

進む運転者の高齢化/高齢労働力の積極的な活用

また先の図表6にも示されているとおり、タクシー運転者の高齢化がとまらず、「(労働力の)シルバー産業化」(業界関係者)が進んでいる[18]

若い労働者が参入しても生活が困難ですぐに離職してしまうこともさることながら、高齢運転者の積極的な活用も背景にある。すなわち事業者側にしてみれば、高齢運転者は、年金を受給しながら働く、社会保険に加入させてなくてもよい安価な労働力である。

「嘱託」などの呼称で雇われる彼らの賃金体系はオール歩合制で、しかもその雇用形態は、数ヵ月から1年の間で1回の雇用期間を定められた有期雇用が主流である。

たしかに、労働力人口が減少し、女性や高齢の労働力の活用が指摘されるなかで、(加齢にともなう安全性の低下という問題は残るとはいえ)高齢者を採用すること自体が問題視されるわけではない。ただし現在のような雇われ方は、運転者全体の労働基準や発言力(労使関係における力)を低下させるよう機能しており、問題といえよう。

 

公共交通の使命である安全性の低下

交通労働・公共交通機関として最も重要な使命は輸送の安全性の確保である。その安全性も低下した。

平成に入ってから1万6千件台で推移してきた、タクシーを第1当事者とする事故件数は、ピーク時(2005年)には2万8千件に近づくまでに増加し、その後は、交通事故が全体として減少傾向にあるなかで減少しているがなお2万件を超えている(2011年の値は21,234件)。

 

図表9 第1当事者別にみた走行距離(1億キロ)当たりの交通事故件数の推移

出所:警察庁資料(「交通事故の発生状況」)各年版より作成。

 

車両数・走行距離の増加だけでは説明ができない。走行距離当たりの交通事故件数[19]をみたところ(図表9)、かつては自家用乗用車を下回っていた事業用乗用車の件数が90年代の後半から急速に増加し、現在は、他の交通機関同様に低下傾向にあるとはいえ、なお自家用を上回っている。

背景には、「自発的」な労働時間の延長や休憩時間の削減(結果として高い労働密度)のほか、売上に追われての焦りや無理をした走行が誘発されていることがあると思われる[20]。野放図な増車は、事故だけでなく、違法場所での客待ちや、二重・三重の客待ち駐車で交通環境の悪化をももたらしている。監視カメラの設置やパトロールの強化で対応しているが、根本的な解決には結びついていない。

言うまでもなく、タクシー労働者のこうした労働条件の悪化だけでなく、事業者もまた激しい競争で体力を失いつつあり、なかには廃業を余儀なくされるケースさえ生じている。こうした弊害があらわになるなかで、規制緩和路線からの転換、規制強化・再規制が実現しつつある。最後にこの点をみていこう。

 

4.タクシー産業の確かな再生に向けて

法制度にみる規制緩和路線からの転換

労働組合や事業者団体など業界関係者の強力な取組みもあって、規制緩和路線からの転換が進みつつある(図表10)。

 

図表10 タクシー事業の再規制・規制強化の動き

2005年 「タクシーサービスの将来ビジョン小委員会」の設置
2006年 同委員会報告書(「総合生活移動産業への転換を目指して」)の発表
2007年 「タクシー業務適正化特別措置法」の一部改正
2008年 「タクシー事業を巡る諸問題に関する検討ワーキンググループ」の設置、答申「地域の公共交通機関としてのタクシーの維持、活性化を目指して」の発表
2009年 「タクシー適正化・活性化特別措置法」案が成立、同年施行

 

2005年には、国土交通省は、交通政策審議会に「タクシーサービスの将来ビジョン小委員会」を設置した。同委員会では、規制緩和下で起きていることを明らかにし、「今後の望ましいタクシーサービスのあり方として将来ビジョンを模索し、その実現のために必要な環境整備方策」が審議された。翌年に同委員会がまとめた報告書では、たとえば、運転者登録制度の全国的な導入・機能の強化など、輸送サービスの質や安全性の確保・向上のための新たな仕組みが提起された。2007年のタクシー業務適正化特別措置法の一部改正はその具体的な成果である。

さらに直接的な量的規制も進んだ。2006年以降、運転者の労働条件の改善を主たる目的として全国で開始された運賃改定に際して、タクシー事業をめぐる問題について様々な指摘がなされた。それらの指摘をふまえ、2008年には、やはり交通政策審議会にワーキンググループ(WG)が設置され、タクシー事業をめぐる諸問題についての検討が行われた。

そして、激しい議論を経て同WGから出された答申では、業界をあげての減車が進められるよう提言が行われ、2009年に成立した、「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適性化及び活性化に関する特別措置法(タクシー適正化・活性化法)」に結実した。

 

図表11 「特定地域」における取組み及び措置等

出所:国土交通省発表資料より(一部省略)。

 

同法によって(図表11)、一定の要件を満たした供給過剰地域は「特定地域」の指定を受けて、指定を受けた地域では協議会を設置し、「地域計画」の作成を進め、事業者による減車の実施を含めたタクシー事業の適正化・活性化に取り組むという枠組みができあがった。新規参入要件は厳格化され、増車も認可制となった。

現在、「特定地域」に指定された全国各地で協議会が立ち上げられ、減車が一定程度進められている(図表3の車両数の減少を参照)。

あら〔た〕めて言うまでもなく、こうした規制緩和路線からの転換の意義はいくら強調されてもよい。

しかしながら景気悪化の影響もあって、野放図に増やしすぎた車両数を一定数削減したからといっても、賃金・労働条件の改善を運転者が実感できるほどには至っていない。減車に協力しないどころか、「特定地域」にあっても増車を申請する事業者もあらわれるなど、事業者間あるいは労使間の足並みも必ずしもそろっていない。早急な減車とあわせて、そもそものタクシー産業をどう構想するのか、中長期的な目標を設定する必要がある。

 

労働政策と産業政策の両輪/ディーセント・ワークへの接近

その際、「子育てタクシー」など新しいサービスによる需要の掘り起こしはもちろん課題の一つだが、とりわけ都市部を中心にひろがる、供給過剰をどう解消するか、あるいは将来的にどう防止するかは重要な課題である。そこでは、直接的な総量規制とあわせて、ドライバーの質的規制を通じて間接的な規制が必要であると思われる。

後者は、名称こそ異なれども、全てのタクシー産別労働組合が提起しているものであり、たとえば、運転技術や地理・法令知識など、タクシードライバーとしてふさわしい資格の設定が構想されている(現行の2種免許も運転者登録制度も、実態は、誰でもが取得・登録可能なものにとどまっている)。安価な労働力の活用と供給過剰という現状からの脱却が期待される。

こうした、資格制度の創設とあわせて、弾力的に過ぎる賃金・労働条件の規制が、産業秩序の回復という観点からも不可欠である。具体的には、最賃割れや不払い労働の一掃はむろんのこと、公共交通の担い手にふさわしく、安全衛生の観点からも適正な、賃金体系の構築(固定給の設定)や労働時間規制である。

 

図表12 「改善基準」告示の主な項目


注:特例の規定は省略。
出所:労働調査会出版局編(2007)pp.206-207から主な項目を整理。

 

一例をあげると、運転者の労働時間等の改善を目的に掲げているはずの、現行の「改善基準(自動車運転者の労働時間等の改善のための基準)」告示(図表12)は、水準が低く、しかもその告示水準さえ必ずしも守られていないという問題がある。過労死のおそれが強まるとされる現行の労災認定基準(月の時間外労働が80時間超)と照らし合わせても、「告示」で示された拘束時間の水準は、長時間労働を抑制し人間らしい働き方を保障するものとはとうてい言えない。

その改善は、トラック、バス運転者との共同課題であり、さらに視野をひろげれば、過労死の根絶をはじめとするディーセント・ワーク運動とも歩を一にするものであるといえる。

 

豊かな交通政策の実現に向けた取り組みを地域から

ところで、規制緩和による野放図な競争政策から脱却し、減車を確実なものにすることはもちろんであるが、政府・自治体や労使の共同で、豊かな地域交通政策を実現することも、重要な課題である。その方向性は、たとえば交通権学会による交通権思想・「交通権憲章」や交通基本法案などに示されている[21]

地域交通政策の策定にあたっては、タクシーだけでなく、バスや鉄道など他の交通機関との連携も視野にいれる必要がある。

その際には、必要な情報の収集や関係者間の調整など、行政機関や自治体が果たす役割は大きい。その意味では、労使団体を含む関係者が一同に集う現行の地域協議会という枠組みの積極的な活用が求められるのではないか。

とりわけ労働組合には、産業秩序の危機をももたらした弾力的に過ぎる賃金・労働条件の実態把握を出発点に、公共交通の担い手であるタクシー運転者にふさわしいその姿を積極的に提起することをさしあたりの課題としながら、タクシー産業の確かな再生ひいては豊かな地域交通の実現への貢献が期待されている。

 

 

【参考文献】

  • 安部誠治編(2005)『公共交通が危ない──規制緩和と過密労働』岩波書店
  • 運輸省編(1991)『90年代の交通政策──運輸政策審議会答申「21世紀に向けての90年代の交通政策の基本的課題への対応について」』ぎょうせい
  • 川村雅則(2008)「規制緩和下のタクシー労働」『北海学園大学開発論集』第82号(2008年9月号)
  • 交通権学会編(2011)『交通基本法を考える──人と環境にやさしい交通体系をめざして』かもがわ出版
  • 総務庁(2000)『規制緩和白書──これまでの規制緩和の歩みと規制改革の将来展望』大蔵省印刷局
  • 中条潮(1995)『規制破壊──公共性の幻想を斬る』東洋経済新報社
  • 野沢浩、小木和孝(1980)『自動車運転労働──労働科学からみた現状と課題』労働科学研究所
  • 山田孝一(2003)『タクシー事業の労務管理マニュアル──実務事例と各種規定例』労働調査会
  • 労働調査会出版局編(2007)『改訂4版 自動車運転者労務改善基準の解説』労働調査会

 

【注】

[1] 川村(2008)など参照。

[2] 政府統計を用いる際、「営業用乗用車」等の呼称はそのまま用いている。タクシーと読み替えてとくに支障はない。なお、本稿で紹介している政府資料はいずれもインターネット上から入手が可能である。

[3] 運輸政策審議会自動車交通部会答申「タクシーの活性化と発展を目指して──タクシーの需給調整規制廃止に向けて必要となる環境整備方策等について」1999年4月9日。

[4] 運輸省編(1991)。そこでは「市場原理を補完したり、市場原理が有効に働くための環境整備」の必要性に言及されつつも、「交通部門における対応の具体化は、各交通機関間・各交通企業間の競争と利用者の自由な選択を通じて行われるよう、市場原理によることを基本とすべきである」と主張されていた。

[5] なかには、規制緩和にともなう事故の発生・損失も計量可能なものとみなして、規制緩和で得られる効果と天秤にかけ、効果が損失を上回るのであれば、規制緩和を進めるべきという主張もみられた。

[6] 内閣府「規制改革の経済効果──利用者メリットの分析(改訂試算)2007年版」(2007年3月28日発表)。

[7] 「規制改革で豊かな社会を(2004年版)」(2004年3月発表)中の「タクシーの利便性が向上しています」より。

[8] 山田(2003)217頁より。国土交通省に設けられた「タクシー事業における賃金システム等に関する懇談会」第1回会合(2009年3月30日)でも、本文中の山田(2003)が資料として配付されている。

[9] ちなみに、接客マナー向上の必要性は言うまでもないが、短距離を敬遠されるなど運転者の接客不良問題を考えるうえでも、この歩合制問題は避けて通れないと思われる。

[10] 厚生労働省「平成22(2010)年度 脳・心臓疾患および精神障害などの労災補償状況まとめ」2011年6月14日発表。

[11] たとえば日本産業衛生学会(運転労働安全委員会)から「運転労働における労働衛生施策に関する意見書」が出されたのは1974年である。

[12] 規制緩和以前から賃金水準が低下していたことをもって、賃金の低下は規制緩和によるものではないという主張も聞かれるが、規制緩和が拍車をかけたことにはかわりはあるまい。後述の事故の発生状況についても同様である。

[13] 厚生労働省「平成23(2011)年 賃金構造基本統計調査」2012年2月発表。

[14] わが国の労働時間統計では正確な労働時間の把握が困難であって、実態にもっとも近いとされるのは総務省「労働力調査」である。しかも、タクシーの場合には、低い売上を補うための営業時間の延長(早い出庫や遅い帰庫など)や休憩時間を削っての仕事は、「自発的」なものと処理されてしまい、正確な把握が困難であることに留意されたい。

[15] 前掲注(8)「懇談会」第4回会合(2010年2月4日)での配布資料など参照。

[16] 前掲注(8)「懇談会」第1回会合(2009年3月30日)で配布された厚生労働省の資料。

[17] たとえばタクシー事業の再規制の動きに対して規制改革会議が発表した「タクシー事業を巡る諸問題に関する見解」2008年7月31日でも、同様の趣旨のこと、すなわち、「タクシー運転手の労働条件改善は基本的にはタクシー事業者の経営課題として、また、より広い社会政策を通じて実現されるべきものである」ことが主張されていた。

[18] たとえば札幌では、登録運転者13420人の平均年齢は56.6歳で、60歳以上が44.0%、65歳以上に限っても15.5%を占めるという状況にある。以上は札幌ハイヤー協会調べ(2009年11月現在)。

[19] 警察庁「平成23(2011)年中の交通事故の発生状況(修正版)」2012年2月23日発表。

[20] タクシー運転者を対象とした筆者のアンケート調査でも(有効回答2166件)、働き方をめぐる次のような問題状況が回答されていた。すなわち、(ア)所定の拘束時間を大きく超えて働く20.8%、(イ)所定の時間よりも短い休憩しかとらずに働く47.6%、(ウ)体調が悪いまま勤務に就くことがある21.3%、(エ)仕事中に睡眠不足や体調の悪いのを感じる28.6%、(オ)運転中に売上をあげようと焦る39.1%、(カ)違反場所での客待ちを行ってしまうことがある24.1%、(キ)速度超過や危険箇所でのUターンなど危険な運転を行ってしまうことがある16.6%などである。川村(2008)より。

[21] いずれも、交通権学会(2011)を参照。

 

 

 

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