川村雅則「バス運転手の勤務と睡眠―― 進む合理化策のもとで(2006年)」

下に掲載したのは、乗合バスの運転者から寄せられた声(調査の自由記述)の一部です。バスの利用は日常的であっても運転者がどのような働き方をしているかを私たち利用者は意外に知らないものです。働き方改革から取り残された自動車運転労働者の状態を改善する上でも、運転労働のこうした実態を知っていただけると幸いです。『北海学園大学開発論集』第78号(2006年8月号)からの転載です。古い調査結果ですが、どうぞお読みください。

注:図表タイトルの位置は上で統一。年表記を西暦で統一しました。

 

拘束時間を短くしてもらいたい。要員を増やし、みんなが平均して休日を休めるようにしてもらいたい。在宅時間を直ぐのばしてもらいたい。

在宅時間〔の最低限-筆者〕が8時間だが、少なすぎると思う。通勤時間が含まれていないため、とても辛い。

拘束時間内の長時間の休憩中、無給のくせに外出禁止という事が理解できない。在宅時間を8時間取っているが〔所定では8時間確保されているが-筆者〕、実際に家にいる時間はもっと短い。通勤時間も考慮してほしい。

とにかく“睡眠時間”が少ないです。翌朝疲れが取れません。慢性的な寝不足で、乗務中に眠気と闘うこともしばしばです。それでいて、業務の性格上“休みたい時間に休む”事が出来ず、ヒヤッとする事は日常茶飯事です。また、冬場は、渋滞で慢性的な遅れが発生しますが、“公共交通”を担っているという自覚から皆、遅れを回復しようと努力します。会社は“回復運転はするな”と言いますが、実際お客様と接している私たちは、遅れたバスに乗ってきたバスに乗ってきたお客様のため息や舌打ちを聞いてしまうとついアクセルを踏みがちになります。とにかく‘ゆっくり寝る時間’が欲しいです。

睡眠時間が少ないので困っている。平均が4~5時間なのでもっととれるようになってほしい。

日頃から、仕事に対するプレッシャーが強くストレスを感じる。拘束時間の長さや在宅時間の短さから家族の時間が持てず、ストレスを感じる。また、収入の部分でもストレスを感じる。自分がもう少し若ければ、別の仕事を探したいと思うが、年齢や家族の事を考えるとそうすることも出来ず、これからの生活について非常に不安になる時がある。眠っていても、仕事で失敗する夢を見て目が覚める。

拘束時間が長すぎる。在宅時間が8時間以上とあるが、実際は勤務明けから翌勤までであり、帰宅し、風呂に入り、食事を取って睡眠をとる時間は、5時間程度の時もある。冬ダイヤであるが、何が冬ダイヤなのか分からない。特に、折り返し時間が、6分や10分では遅れが生じて、運転手に「あわてるな」というのは無理である。

1番の問題はやはり在宅時間の問題かと思います。在宅8時間と言われていますが家への帰路時間、会社への通勤時間を考えると、とても8時間じゃたりません。最低10時間はなければとてもこの先ずっとこの仕事をやっていく自身がありません。今のままでは家族とのコミュニケーション、自分の体等、不安の部分が多々あります。

拘束時間が長く在宅時間が8時間ぎりぎりの時は、睡眠時間が5から6時間しか取れていないので在宅10時間、睡眠は8時間ほしい。人員不足の為週休2日が取れず、勤務発表段階で休みが買い上げられているので適正人員がほしい。ダイヤに余裕が無いので折り返しの遅れによる着発の為休憩時間が無くなり、走りっぱなしとなる。必要な休み、病院等申し込みしても却下される事がある。

拘束時間の長い勤務が多い為、在宅時間が少ない、会社に通勤しているのか、自宅に通勤しているのかわからない仕事です。

在宅時間が10時間あれば、少しは体が楽になる。中間点呼の時間に家に帰れず、拘束時間中、ずっと会社にいるのは精神的にも身体的にも疲れを増す原因だと思う。他社は当社の中間点呼にあたる「中休」という時間は帰宅出来る。このような事を考えると当社は乗務員に対して非常に労働条件が悪いと思う。

出所:川村雅則「バス運転者の勤務と睡眠」より。

 

Ⅰ.はじめに

本稿は、規制緩和と進む合理化策のもとで働くバス運転手の勤務・睡眠に焦点をあてて実施した調査の結果をまとめたものである。本調査研究の問題意識については、すでに発表した拙稿[1]も参照されたい。

 

JR 福知山線の事故から1年が経過した。事故の直接的な原因は、運転士が、70キロの速度制限のカーブに110キロを超える速度のまま突入して列車を脱線させてしまったことにある、とされる。だが問題は、一つには、仮に運転士が誤った操作で速度超過をしたとしても列車の速度を制御するような保安システムの整備がなぜなされていなかったのかということ(事故後に設置)。もう一つには、運転士のそういった操作や異常な心理状態の背景にあったと推測されている、「日勤教育」に象徴される会社側の特異な労務管理のあり方・懲罰方式や、ゆとりのないダイヤ編成、日々の勤務・睡眠の状況などの問題である。以上を、安全対策との関連で言い換えれば、一つには、人間はミスをおかすものと前提した安全対策を講ずる必要があること。もう一つには、人間のおかしたミスを事故の原因としてではなく様々な要因の結果としてとらえ、それらの除去や改善を図る必要があること、といえよう。

とはいえ、自動車運転労働の場合、鉄道と異なり、作業の場が、多数の車両や自転車及び歩行者がそれぞれの意志で走行・通行する公道である。そうした不確定要素が多いということなどから、この産業で事故未然防止策を講ずることは、他の産業に比べると、容易ではない(もちろん、道路や信号、車両などの改良の余地はなお多い)。ちょっとしたミスがそく事故につながりやすい。それゆえ、運転手が、常に適切な運転作業を遂行できる状態にいられるための、勤務・生活(睡眠)上の配慮が安全対策としては重要となる。

さて、そういう観点から、規制緩和の導入された今日の交通運輸(以下、単に交通)業界をみてみよう。政府は、この分野における規制緩和の「成果」を高く評価している。だが実際には、鉄道をはじめ、航空分野では、大事故につながりかねないトラブル(インシデント)が続いており、自動車交通分野では事故そのものが増大している。まさに『公共交通が危ない』[2]という状況である。何が起きているのだろうか。

本稿でとりあげる乗合バス業界に限定してみると、貸切バス業界[3]のような相次ぐ新規参入・運賃の大幅な値下げこそみられないが、バス利用者の減少・規制緩和・補助金制度の縮小等々への対応策として、各社ではコストの徹底した削減が進んでいる。具体的には、鉄道会社によるバス事業部門の分離・子会社化や、それにともなう賃金体系の変更(賃金切り下げ)、人員削減、非正規雇用の活用、勤務時間の延長などの敢行である[4]。それらにより、バス事業による収入自体は増加していないにもかかわらず、経営は改善している(図1-1)。人件費比率が63.1%にまで減少している一方で、収支率は現在96.2%にまで改善されている。こうした合理化策に無理はないのだろうか。例えば、事故件数の推移をみると、全国でも北海道でも、営業用バスの事故は増加傾向にある[5]。平成元(1989)年と比べると約1.5倍である。しかも、走行距離当りでみても、事故件数にはやはり増加傾向が確認されるのである(図1-2)。

 

図1-1 乗合バス事業の収入、経営収支率及び収入に対する人件費比率の推移

資料:国土交通省『一般乗合バス事業の収支状況について』各年度より作成。

 

図1-2 営業用バスを第一当事者とする、走行距離1億km 当りの事故件数の推移

資料1:事故件数は、交通事故総合分析センター『交通事故統計年報』、北海道警察『交通年鑑』各年版より(数値は、年内分)。
資料2:走行距離は、国交省『自動車輸送統計年報』各年度版より(数値は年度内分)。

 

もちろん、事故は様々な要因が複雑に絡み合って発生するものであり、合理化策の全てがストレートに事故発生の可能性を拡大させるわけでは、必ずしもない。

だが、働き方(働かせ方)に関して、労使間の協約による規制はおろか、法的な規制が脆弱なのがわが国である。例えば、「自動車運転者の労働時間等の労働条件の向上を図ること」を目的に定められた「改善基準告示」[6]でさえ、その中身は、休息期間(退社時刻から翌日勤務の出社時刻までの時間)は継続して8時間以上確保されていれば、問題なしとされるレベルなのである(「改善基準」の主要項目を抜き出した表1-1を参照)[7]

 

表1-1 改善基準告示の内容

出所:旧労働省(1997)『【改訂新版】自動車運転者労務改善基準の解説』pp.150-151から主な項目を抜粋。

 

こうした、労働分野の規制が脆弱な状況下で進められる合理化策で、働くものの負担は増加していないだろうか。本調査研究は、バス乗務員の勤務や睡眠、労働負担に焦点をあてて、その検証を試みるものである。

 

Ⅱ.調査の概要

労働組合の協力で、札幌及び近郊で働くバス運転手(組合員)を対象にして、勤務・睡眠時間に関する記録と質問紙調査を実施した。

用いた調査票は、内容が二つに分かれている。⑴ 属性、勤務・乗務に関する負担、睡眠状況、そして疲労・自覚症状・持病など健康に関する質問項目を設けたもの(以下、「質問紙調査」)。⑵ 就寝時刻と起床時刻、出社時刻と退社時刻[8]、二度寝・仮眠の有無とその時間を連続一週間にわたって記録するもの(以下、「時間調査」)である。【資料3】に調査票を掲げたので参照されたい。

調査は2005年12月に開始した。当初の予定では調査票の回収は12月末で終了する予定だったが、翌年1月の半ばまで延長した。

約300人(298人)を対象に調査票を配布し、190人から回収した(回収率は63.8%)。記入漏れの多かった1人を除く189人を分析の対象とする。

分析等に関して三点補足する。⒜「時間調査」の分析結果の一部は、延べ人数(人日)で記してあるので注意されたい。⒝ 本文中や表中では不明分は除いて計算しているので合計は一致しない。⒞ 健康に関する分析では、厚生労働省「労働者健康状況調査」[9]の結果を比較対象として用いている。

 

Ⅲ.調査の結果

1.回答者の属性など

本調査回答者の属性やバス乗務経験を簡単に述べておこう。①年齢は30歳代が6割弱を占め、20歳代もあわせると全体の8割を超える若い年齢構成である。②世帯構造は「夫婦と子ども」が4割強で最も多い。③現在の通勤時間(片道)の平均値は21±11分。④雇用形態は、三つに分かれ(6で詳しく述べる)、非正規雇用は35.4%を占める[10]。⑤バスの乗務経験の平均値は7.6年である。⑥主な乗務内容は「乗合・路線」に従事するものがほぼ全員である。これら「質問紙調査」結果の一覧は付表①にまとめたので参照されたい。では「時間調査」の分析結果にうつろう。

 

2.勤務について

「時間調査」は、「質問紙調査」に比べると欠損が少なくなかった。具体的には、休日の起床時刻・就寝時刻の記載漏れが多かった。

189人の一週間の勤務日数は、「6日間」(67.2%)と「5日間」(29.1%)に集中している。延べの回答数は、1323人日(189人×7日分)で、内訳は、勤務日が1074人日(81.2%)で、休日が249人日(18.8%)である。

ここで、ある回答者の記録結果を使って、バス運転手の勤務の主な特徴を簡単に確認しておこう(図3-1)。実線は勤務、点線は睡眠(夜眠)を示している。

 

図3-1 あるバス運転手の1週間の勤務と睡眠

 

同図からは、⑴ 毎日の出社時刻と退社時刻の位置が大きく異なり、早い時間帯の出社が多く、遅い退社も多いこと、⑵ 短い時間の勤務の一方で、長時間勤務も多く、総拘束時間が長いこと、⑶ そして、毎日の睡眠の位置が異なり、かつ、睡眠は総じて短いこと、などの特徴が確認されるだろう。

では、「時間調査」全体の分析にうつろう。

 

1)早い出社時刻と遅い退社時刻

 

図3-2 出社時刻及び退社時刻(n=1067人日)

 

図3-3 退社時刻別にみた(翌日の)早い出社時刻の割合(n=839人日)

 

出社時刻は早い(図3-2左)。6時前にすでに出社しているケースが全体の4分の1を占める。8時前までに範囲をひろげると全体の7割を超えている。また13時以降の出社が2割弱を占めるというバラつきも特徴である。

逆に退社時刻は遅い(同図右)。18時前という早い退社も全体の4分の1を占めるとはいえ、20時以降が半数を超え、22時以降に限定しても2割を超えている。

ところで、勤務の組み合わせで問題になってくるのは、例えば「遅い退社の翌日が早い時刻の出社」というパターンだろう。実際にはそういうパターンはどの位あるのだろうか。図3-3は退社時刻と翌日の出社時刻の組み合わせである(休日をはさむ場合は除く。付表⑥も参照)。

組み合わせ全体(n=839人日)のうち、22時以降の退社は23.4%(n=196人日)を占める。このうち翌日の出社が7時前というパターンは3割(31.1%)に及ぶ。さらに範囲をひろげて、21時以降の退社群(n=307人日、全体の36.6%)でみると、翌日が7時前の出社はそのうちの半数(49.8%)に達するのである。では、拘束時間の実態に移ろう。

 

2)長い拘束時間

図3-4 一週間の総拘束時間(n=186人)

 

図3-5 拘束時間(n=1067人日)

 

 

勤務の第二の特徴が長い拘束時間だった。まずは運転手一人一人の一週間の総拘束時間をみる[11](図3-4)。

男性フルタイム労働者を中心に長時間労働・働き過ぎが問題になっているわが国での想定としては現実的ではないが、仮に一日9時間拘束(8時間労働・1時間休憩)・週休2日制のフルタイム労働者であれば、一週間の総拘束時間は45時間である。それに対してバス運転手ではどうか。50時間未満はわずか5%に過ぎない。平均値は65.3±9.2時間に達し、「告示」基準に抵触する長さである(注釈11に記述のとおり、二度出勤のケースも含む)[12]

次に、一勤務ごとの拘束時間だが(図3-5)、「8時間台」という短時間の層にひとつの山がみられるが、もうひとつの山、つまり、回答の集中が13、14時間台という長時間層にみられる(平均値は11.5±2.9時間)。ここでも「告示」基準(原則13時間)を超えるケースが少なくない。

さて、休息期間や睡眠時間は果たして十分に確保できているのだろうか。項をあらためて、順に検討していこう。

 

3.休息期間・睡眠について

1)短い休息期間

まずは長い拘束時間に圧迫された休息期間の結果である。

図3-6のとおり、休息期間は、拘束時間とは逆に、短時間層に回答が集中している(平均値は11.4±3.5時間)。最も多いのは「9時間台」(25.1%)で、勤務が連続するパターンでは、越河(注釈7)が示した14時間以上の休息期間が確保できているのはわずか2割にとどまる。なお厚労省「告示」では、休息期間は連続した8時間が確保されていればよし、というおよそ非人間的な水準が示されていたが、その水準さえ確保されていないケースも、比率はわずかながら、みられるのである。こうした短い休息期間に規定されて、睡眠時間の分布も、短い時間に集中することになる。次に睡眠の分析結果をみていこう。

 

図3-6 休息期間(n=839人日)

 

2)時間の短さを中心とする睡眠の問題

分析の前に二点述べておく。一つは、一般的に睡眠といわれるものは、ここでは夜眠と呼ぶ。なぜなら、後述のとおり、睡眠不足に陥りがちな彼らバス運転手は、その負債(「睡眠負債」)を少しでも解消しようと、拘束時間内には仮眠をとることが多く、また、遅番の日には食後に「二度寝」をするなど、分析では、その分を考慮する必要があるためだ。

二つは、休日の起床・就寝時刻の記載漏れが少なからずみられたので、一週間の総睡眠時間については、完全に記載がなされていた100人の回答に限定されている。

では、まず一週間の総睡眠(夜眠)時間をみてみよう(図3-7)。

1日に必要な最低限度の睡眠を仮に7時間とした場合の水準、すなわち49時間を上回るものは全体の3 割にとどまる。平均値は45.9±5.4時間である。

 

図3-7 一週間の総睡眠(夜眠)時間(n=100人)

 

図3-8 勤務日/休日別にみた睡眠(夜眠)時間(勤務日n=1025人日、休日n=150人日)

 

表3-1 各調査日の二度寝・仮眠の状況

 

しかも、この睡眠を勤務日と休日とに分けてみると(図3-8、付表⑤)、勤務日の睡眠は非常に短い時間に分布し、全体の7割強が7時間に満たない。逆に、休日には長い時間に分布している。つまり、勤務日には睡眠が不足しており、その負債を休日に解消しようと努力していることが示唆されるのである。

そして、先に記したが、二度寝や仮眠という手段も多く採用されている(表3-1)。すなわち、遅番の日を中心に、二度寝をする運転手の割合が少なくない。いずれの調査日でも1割前後(1日目は2割)を占めている。また(勤務時間内の)仮眠は、多い日では5割もの運転手がとっているのである。その結果、これらもあわせた一週間の総睡眠時間をあらためてみると(図3-9)、睡眠の量は底上げされて、平均時間は2時間強増加している(48.2± 5.3時間)。

 

 

図3-9 一週間の総睡眠時間(二度寝・仮眠を含む、n=100)

 

図3-10 休息期間別にみた短時間睡眠(7時間未満睡眠)の割合(n=832人日)

 

図3-11 出社時刻別にみた短時間睡眠の割合(n=1018人日)

 

もっとも、それでもなお一週間の睡眠が49時間に満たないものが半数を超えている。そのため、こうした、睡眠不足の解消の努力にもかかわらず、睡眠に関する量的・質的な訴えが「質問紙調査」で多くみられた(後述)。ところで、短い睡眠の改善のために勤務上どんな対策が必要だろうか。その第一はやはり、拘束時間を短くして、一定の休息期間を確保できるようすることだろう。図3-10は休息期間別にみた短時間睡眠(7時間未満睡眠。以下、同様)の割合だが、休息期間が短い日(図左)には睡眠も短い(付表⑦も参照)。だが同図の右、すなわち、休息期間が比較的確保できている日であっても、睡眠(夜眠)時間の短いケースが少なくない。これは、それらの日に早い出社時刻の勤務が多く含まれていることによる。言い換えれば、睡眠の確保のためには出社時刻にも留意する必要があるということになる。これが第二点目である。

この点を確認するために、出社時刻別に短時間睡眠の割合をみてみよう(図3-11、付表⑨)。早い時刻に出社しなければならない日には、短時間睡眠のウェイトが高いことが確認される。

 

図3-12 休息期間別・出社時刻別にみた短時間睡眠の割合(n=832人日)

 

やや煩雑になるが、以上のことを次の図3-12(付表⑩)にまとめた。休息期間別・出社時刻別にみた短時間睡眠の割合である(例数が少ない箇所もあるので注意)。同一の休息期間内でも、出社の遅い日(白の棒グラフ)より出社の早い日(黒)に短時間の睡眠が多い。

 

4.勤務・乗務に関する負担

「時間調査」の結果で確認してきたこうした勤務や睡眠の特徴(問題)を、どの位の運転手が負担と感じているのだろうか。「質問紙調査」の結果でみていこう。

まず勤務時間に関する訴えとして(表3-2)、(ア)拘束時間の長いことや、その裏返しでもある(ウ)在宅時間の短いことへの訴えが顕著に高い(9割弱)。また、(ク)ダイヤの余裕のなさも6割を超えている。これら三つの項目は、最大の負担の上位三項目でもある。

 

表3-2 勤務時間等に関して強く感じている負担(複数回答可)と、そのうち最も強く感じている負担

 

表3-3 乗務中によくある出来事や負担

 

続いて、乗務中によくある出来事や負担をみると(表3-3)、いずれの項目でも、やはり訴えが多い。すなわち、(ア)寝不足・疲労・体調不良などを感じながら乗務にのぞんでいることや、(イ)乗務中のヒヤリハットの出現。さらに、乗務中に、周囲の車両の走行状況やダイヤの遅れの「回復運転」に対して精神的な負担を感じていること((ウ)~(カ))、あるいは、運転作業と並行した車内・利用者への気配り等が精神的な負担になっていること((コ)、(サ))などである。最後に睡眠については(付表①)、「十分な睡眠時間がとれない」という量的問題への訴えが非常に高い割合(76.0%)でみられたのは予想されたとおりだが、さらに、「ぐっすり深い睡眠がとれない」(40.4%)「夜中に目が覚める」(37.2%)など、質的な問題への訴えも少なくなかった。

以上の勤務・乗務に関する負担、休息期間(在宅時間)・睡眠の問題については、【資料2】の自由回答も参照されたい。

 

5.疲労、自覚症状と持病の状況

ここで、バス運転手の健康状態を一般の労働者(男性)と比較してみよう。冒頭で述べたとおり、本調査では、疲労・自覚症状・持病について、厚労省調査と同じ質問・回答項目を設けている[13]。例数の多い20、30歳代を分析の対象とする。両者の有意差の検定はχ2検定(5%水準)で行った。

なお、あらかじめ述べておくと、年齢構成が若いこともあり、本調査回答者であるバス運転手では、持病の訴え(有病率)は、腰痛を除いて少なかった。よって本文中では分析結果は省略する(付表①を参照)。

 

図3-13 普段の仕事による身体の疲れ(20、30歳代)

注:労働者計のデータは、『2002年労働者健康状況調査』結果より。

図3-14 疲れの部位(20、30歳代)

注:図3-13に同じ。

 

表3-4 自覚症状(20、30歳代)

* p<0.05
注1:「労働者計」の20歳代は、29歳以下。
注2:労働者計のデータは、『1997年労働者健康状況調査』結果より。

 

さて、第一に、普段の仕事による身体の疲れの程度については(図3-13)、疲れを感じているに回答が集中しており、しかも、強い疲れのウェイトは一般の労働者よりも有意に高い(付表②)。

また、疲労を感じる部位については[14](図3-14)、「目」が6割を超えて多く、「全体的に」が続く。「目」や「腰」では、統計的に有意な差も確認される(付表②)。

次に、自覚症状である[15]。まず、自覚症状のないものは本調査では12、13%で、旧労働省調査では23%(23.1%、23.0%)だった(付表①)。では、自覚症状のあるものに限定して、症状別に訴えの比率(以下、有訴率)をみていこう(表3-4)。

有訴率が50%を超えて高いのは、(ク)目のかすみ・疲れ、(サ)肩・腕・首すじのこり・痛みである。(ク)については20、30歳代のいずれにおいても、(サ)については20歳代で、統計的に有意な差がみられる。いずれの症状も、自動車運転作業との結びつきが強いものである。その他にも、両年齢群でともに統計的に有意な差が確認される症状をみていくと、(ソ)頭痛、(セ)頻尿・残尿感、そして一般労働者に比べて3倍近い値の(チ)不眠などがあげられる。

 

6.収入、雇用形態

ここまで、勤務・睡眠や健康を中心にみてきた。最後に、収入や雇用形態について簡単にふれておく。注釈4の『毎日新聞』にも記載のとおり、今日のバス運転手は、雇用形態等の違いで幾つかのグループに分かれる。親会社である鉄道会社から出向している運転手と、子会社(バス会社)で採用された運転手。そして後者には、非正規雇用で雇われた運転手が含まれている(本調査では、順にA・B・C群とする)。

さて年間の収入(税込み)は、全体の平均こそ400万円台だが、年齢(≒雇用形態)によって大きく異なる。すなわち、表3-5のとおり、40、50歳代が7割を占めるA群の平均値は600万円台であるのに対して、回答者全体の3割を占め、若い年齢層の多いC群(非正規雇用)に限定してみると、300万円を下回る水準である(290±49万円)。現在、バス業界では、定年後の運転手の嘱託採用、若い運転手の非正規雇用での採用(試用期間の後に正規雇用)などが拡大しているというが、勤務ローテーションや業務内容は、正規雇用と変わらないケースが多いという(組合役員聞き取り)。また、【資料2】の非正規の自由回答には、正規雇用への転換を常に意識して勤務せざるを得ないことによるプレッシャーや不満などが述べられている。正規雇用への転換の基準が明確に示されていない場合などにはそういう不満はより一層強くなるだろう。

経営側は、仕事に対する運転手のモチベーションの向上という観点から、労働側は、「同一(価値)労働同一賃金原則」という観点から、現行の雇用形態・労務管理・処偶を検証する必要があるのではないか。

 

表3-5 雇用形態別にみた年齢及び年収

 

Ⅳ.まとめに代えて

一週間にわたる勤務と睡眠の記録調査の結果にもとづき、具体的に、バス運転手の負担を確認してきた。あらためて簡単に整理すると、第一に、早い出社時刻・遅い退社時刻と顕著に長い拘束時間、そして、それと表裏一体の、休息期間や睡眠時間の短さである。安全確保の観点からはむろんのこと、健康や労働外生活の充実の観点からも、極めて不十分な現行規制に代わる労働時間の上限規制が不可欠である。その際、直接的な労働時間規制というルートだけでなく、最低限必要な休息期間の確保というルートを通じた労働時間規制の方法も検討の余地がある[16]。あわせて、運転職の場合、労働時間だけでなく拘束時間の長さへの配慮が不可欠である[17]

第二に、労働密度、ゆとりなきダイヤの問題である。労働時間規制さえなきに等しいわが国で、労働密度を規制するのは非常に困難である。だが、交通産業でのゆとりなき働き方が事故発生の可能性を高めることは言うまでもない。現行ダイヤの検証が必要である。あわせて、交通環境の改善、具体的には、とりわけ都市部でのマイカー規制が、ダイヤ通りの運行を可能にするためには、必要と思われる。

モータリゼーション中心の交通政策の弊害が環境汚染や交通災害というかたちであらわになり、かつ、将来的にますます高齢者人口が増大する中で、バスなど公共交通の整備は急がれる課題である。その具体的な提案は筆者の能力を超えるが[18]、バス利用の減少に対する合理化策の推進という各社の現行の対応策では、安全面ひとつだけみても、問題が多いのは明らかといえよう。各地の先進的な事例に学びながら、政労使による文字通りのバスの復権運動の推進が求められている。

 

 

【付記】

本稿は、「2005年度北海学園学術研究助成金(一般研究)」を用いて行った調査研究成果の一部である。

 

 

 

【注】

[1] 「規制緩和のもとでの道内トラック運転手及びバス運転手の状態(Ⅰ)」『北海学園大学経済論集』第51巻第3・4号(2004年3月号)。

[2] 安部誠治編(2005)『公共交通が危ない── 規制緩和と過密労働』岩波書店。

[3] 規制緩和で新規参入が相次いだ貸切バス業界では、平成4(1992)年度には97424円だった実働日車当りの営業収入は、15(2003)年度には54952円(56.4%)にまで低下している(北海道バス協会「北海道のバス事業の現況」2005年6月)。

[4] 最近のバス業界の実態について、『毎日新聞』朝刊2006年2月27日付、連載「縦並び社会」「バス運転手の過酷」を参照。あわせて、鉄道グループの子会社(バス会社)の実態について、島本慈子『子会社は叫ぶ』筑摩書房、2002年の第五章を参照。

[5] 但し、乗合バスだけでなく、競争の激しい貸切バス業界の事故も含まれていることに留意。内訳は不明。

[6] 旧労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」告示(1997年に改正され現在に至る)。出所は、労働省労働基準局編著(1997)『【改訂新版】自動車運転者労務改善基準の解説』労働基準調査会。

[7] 越河は、生活時間調査の結果にもとづいて、8時間以上の睡眠を確保し、かつ、くつろぎの時間も確保するためには、勤務と勤務の間の時間、すなわち勤務間隔時間(休息期間から通勤時間を除いた時間)は、目安として14時間以上が必要だという。越河六郎(1968)「生活行動の時間的類型に関する研究」『労働科学』第44巻4号、pp. 213-232、労働科学研究所。

[8] 会社に到着した時刻と、仕事を終えて会社を退出した時刻。

[9] 疲労と持病については、厚生労働省(2004)『2002年 労働者健康状況調査報告』労務行政のデータとの比較を行った。自覚症状については、2002年調査から関連項目が削除されていたため、若干古いが、旧労働省(1998)『1997年労働者健康状況調査報告』労務行政研究所を用いて、比較を行った。

[10] 定年後の嘱託だけでなく、時給制のパート運転手など、現在、バス業界では非正規雇用の活用が進んでいるという(組合役員からの聞き取り)。そのウェイトは明らかではないが、例えば、私鉄総連が傘下の組合を対象に2004年に実施した、「パート」労働者数の把握調査では、8359人のパートが把握されており、そのうちバス運転士は1615人とカウントされている(192組合が回答)。

[11] ここで拘束時間について一言述べておく。バスの長時間勤務の場合、乗務と乗務の間に長めの休憩をはさむのが一般的である。中には、早朝に乗務をこなした後にいったん自宅に戻って、再び出勤し乗務するというパターンもある。この場合、あいだの在宅時間は、拘束時間から除いて分析すべきかもしれないが、二回目の勤務・乗務を意識しなければならない以上、この在宅時間はまったくの自由時間とは異なる。そこで今回は、上記のケース(明記されていたのは数例)については、最初の出社時刻と最後の退社時刻の間の全てを拘束時間とみなして分析した。よって、その分だけ拘束時間が長いケースを含むことに注意されたい。

[12] もちろん、所定の時刻上は、違反の発生するような勤務の組み方はされていないはずである。だが、実際の勤務・乗務では、遅刻防止のために運転手が「自発的に」早くに出社したり、路面状況・交通状況・天候等によって退社時刻が遅れるケースがありこうした結果になるのだろう(とりわけ冬期間は)。ここで、所定の時刻と実際の時刻との両方が記載されていたある運転手の例を紹介すると、彼の1週間(6回)の勤務では合計5時間10分の差が発生していた(出社で2時間19分、退社で2時間51分)。

[13] 「身体が疲れますか」など必ずしも適切とは思われない設問もあったが、比較の都合上そのまま使用した。

[14] 2つを超えて回答しているものが本調査で175人中7人いたが、そのまま分析の対象とした。

[15] 自覚症状の比較データは、1997年と若干古い。よって比較の際には、この間の労働者の健康状態の悪化を考慮する必要がある。

[16] 濱口桂一郎(2006)「EU 労働法政策における労働時間と生活時間── 日本へのインプリケーション」社会政策学会編『働きすぎ── 労働・生活時間の社会政策』法律文化社では、休息期間の下限規制による労働時間の上限規制というEU の政策が紹介されている。

[17] 関連して、現在の過労死認定の判断では、時間外労働の長さに重きがおかれ、本調査対象であるバス運転手のようなケース、つまり拘束時間の長い職種の負担が十分に考慮されないことが懸念される。だが、2005年に大阪労働局は、バス運転手の過労死事件をめぐって、拘束時間の長さに着目した業務上認定を決定している。被災者は、時間外労働こそ50時間で、認定基準である80時間には満たなかったものの、拘束時間は一ヶ月平均280時間、発症前の月には約303時間に及んだ。以上は、せんしゅうユニオン「近鉄観光バス過労死労災認定の報告」職場の人権研究会『職場の人権』第38号。

[18] 例えば、土居靖範ら『交通論を学ぶ──交通権を保障する交通政策の実現を』法律文化社、2006年など、筆者も会員である交通権学会員の著作を参照。学会HP はこちら

 

【参考文献】

野沢浩・小木和孝編(1980)『自動車運転労働』労働科学研究所

安部誠治編(2005)『公共交通が危ない──規制緩和と過密労働』岩波書店

職場の人権研究会シンポジウム(2006)「運転士は160なぜ110キロのスピードで疾走したのか」『職場の人権』第38号(2006年1月号)

黒田勲(2001)『「信じられないミス」はなぜ起こる── ヒューマン・ファクターの分析』中央労働災害防止協会

日本産業衛生学会・産業疲労研究会編集委員会編(1995)『[新装]産業疲労ハンドブック』労働基準調査会

大熊輝雄(2001)『やさしい睡眠障害の自己管理』医薬ジャーナル社

 

 

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