川村雅則「乗合バス運転者の労働──勤務中に亡くなったある運転者の働き方から」

『クルマ社会を問い直す会』会報誌第70号(2012年12月号)に掲載された原稿の転載です。

 

 

◆はじめに

本稿では、勤務中に大動脈瘤解離による心タンポナーデを発症して亡くなった(死体検案書より)ある乗合バス運転者(以下、被災者)の生前の働き方をみていく[1]

過労死(脳血管疾患及び虚血性心疾患等)の発生件数が最多職種である(厚生労働省資料)[2]ことに象徴されるとおり、職業運転者の働き方は厳しい。車両運行中、運転者の健康が原因で事故を起こしたり車両を停止するなどした件数(図表1、国土交通省資料)でみても、その数は年々増加し、高止まりであることが確認される。

彼ら職業運転者はどんな働き方をしているのか。

そこで、上記被災者の働き方を通じて、バス運転者の「日常」をみていこうと思う。関越道の高速ツアーバス事故もあって、貸切バスに注目が集まっているが、私たちがふだん利用する乗合バスの運転者の働き方もまた厳しいことがわかると思う(ちなみに、被災者が働いていたのは、労務管理が「整備」されていると思われる全国でも大手のバス事業者であり、なおかつ、そもそも乗合バスの勤務は基本的に従業員間でローテーションされるので、本稿でみる被災者の働き方は特殊なものではないと思われる)。

 

図表1 「健康起因」による「重大事故」の発生件数の推移

注:2002年に健康起因事故が急増したのは、報告規則の改正(運行中止事例も届出対象としたこと)による。出所:国交省自動車交通局「自動車運送事業用自動車事故統計年報 2000年」2012年2月より作成。

 

◆被災者の働き方

被災者の被災前(亡くなる前)6ヶ月間の勤務時間を分析した。ただしここでの時間は、実際の時間ではなくあくまでも勤務表にもとづくものである。

 

図表2 被災前6ヶ月間の、月別にみた休日数、勤務日数及び総拘束時間

注1:被災前の180日間を均等に30日ずつわけて、順に1ヶ月目から6ヶ月目までとした。
注2:“総拘束時間”は、中間解放分を除いたもの。

 

まず、被災前の6ヶ月間の勤務状況は図表2のとおりで、180日のうち勤務日は126日だ。総拘束時間は1460時間に及ぶ(単純計算で1日10時間以上の拘束時間だ)。

ちなみに同図表中の「中間解放」時間とは、乗務と乗務のあいだに発生する相対的に長いアキ時間で、拘束時間からはのぞかれている。労災の認定に際しても、これは拘束時間に含めるべきものではないことが労基署側から強調された。

だが、運転者が「解放」されるとはいえ、実際には次の乗務が設けられているのであって、運転者の生活時間にも影響を与えるのは容易に予測されることだ(例えば同じ「9時間拘束」の勤務でも、「5時から14時まで」と、「5時から9時までと15時から20時まで(9時から15時までは中間解放)」では異なる影響が発生するだろう)。

よって本稿では、中間解放も拘束時間に含めている(なお、夜遅い時間帯あるいは逆に朝早い時間帯の勤務のために、被災者が働いていた事業者では仮眠宿泊所も用意されており、被災者も同宿泊所を使って働いていた)。

 

長い拘束時間

図表3 勤務別にみた拘束時間の推移

 

さて、第一の特徴は(図表2からすでに予想されることだが)長い拘束時間だ(図表3)。

中間解放も含めているからとはいえ、13時間を超える勤務が全体の45.2%を占めている。この13時間とは、運転者の労働条件の改善を図るため策定された(その割には水準が低いことが問題なのだが)「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」告示で設定された、1日の拘束時間の(原則の)上限値である。

労働時間もさることながら、こうした拘束時間の長さも、運転者の負担や生活時間への影響を考える上で本来は十分に検証されるべきだと考える。

 

不規則な勤務、早い始業時刻と遅い終業時刻

図表4 勤務日別にみた始業・終業時刻及び拘束時間

 

図表5 始業時刻及び終業時刻の分布

 

第二の特徴は、図表4で一目瞭然のとおり、不規則な勤務だ。あわせて、早い始業時刻の勤務と遅い終業時刻の勤務が多いことも特徴だ(図表5)。こうした働き方は、休養・睡眠時間の確保を困難にすると思われる。

しかしながらこうした勤務の不規則性(から生じる問題)については、労災判断の際には十分に考慮されなかった。裁判所に提出された資料にはこう書かれていた。「不規則な勤務か否かについて、予定された勤務スケジュールの変更の頻度・程度、事前の通知状況、予測の度合、業務内容の変更の程度等の観点から検討し、評価すべきである。被災者は〔略〕予め生活リズムを組み立てられたものであったことからも、不規則な勤務であったとまではいえない」。

予め(あらかじめ)わかっていたからといって対応・調整が可能な勤務だといえるだろうか。

 

短い勤務間隔時間及び在宅時間

図表6 勤務間隔時間及び在宅時間の分布

注1:勤務間隔時間とは、終業時刻から翌始業時刻までの時間。但し、休日をはさむ場合は除く。
注2:在宅時間は、勤務間隔時間から往復の通勤時間(1時間)を引いた結果。

 

第三に、休養の機会として本来しっかり確保されるべき「勤務間隔時間」(終業時刻から次の勤務の始業時刻までの時間)の短さだ(図表6)。

ここでは、休日をあいだにはさんだ場合は分析の対象としていないが(つまり、勤務が連続した場合だけが対象だが)、10時間に満たないケースが28.9%、さらに12時間に満たないケースが全体の6割(58.9%)に及ぶ。10時間というのは、例えば、22時に勤務を終え、翌日の8時には勤務が組まれているというイメージだ。

ちなみに、通勤時間(被災者の場合、往復1時間)を除いて計算したのが同図表の下段の「在宅時間」だ。とうぜん「勤務間隔時間」よりも、よりいっそう短い時間に集中し、10時間未満だけで47.8%を占める。

 

◆まとめに代えて

 

以上のとおり、ある被災者の働き方を通じて、バス運転者の「日常」を間接的に考えてきた。

被災者の死は、労災としては認定されなかった。換言すればこうした働き方は、死に至るほどの(脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼすほどの)過重な労働負担とは評価されなかったことになる。ありふれた働き方とみなされた、といったら言い過ぎになるだろうか。

公共交通の軽視とは、そこで働く人びとの働き方もまた軽視されることを意味するのだと痛感する。

 

[1] 詳細は「バス運転者の労働と健康」『北海学園大学開発論集』第90号、2012年9月。なお被災者の死は過労死ではないかと遺族は労災申請を行ったが、認められなかった。労災申請の関係で、乗合バス運転者や被災者の働き方に関する意見書の作成を私は2007年に求められ、「勤務表」にもとづく勤務時間の分析を行った。そのときの作業結果をもとに今回の短文を書いた。

[2]厚生労働省「2011年度 脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」によれば、請求件数898件のうち「自動車運転従事者」は166件である(支給決定件数はそれぞれ310件、85件)。

 

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