川村雅則「職業運転手の労働をめぐる問題(2006年)」

クルマ社会を問い直す会の会報誌第44号(2006年7月31日号)に掲載された拙稿です。当時の問題意識や調査・研究内容を学生に知ってもらうための教材としてそのまま掲載します(元号表記は西暦表記に変換しました)。

 

「クルマ社会を問い直す会」会報誌第44号表紙

 

■ 運転職は過労死事例の多い職種

「過労死」という言葉に象徴されるとおり、わが国の労働者(フルタイム労働者)の働き方は、総じて厳しい。過労死とは、過重な労働負担が誘因となって、睡眠不足や食事の乱れなど不健康な生活習慣が形成され、高血圧や動脈硬化など元々あった基礎疾患が悪化し、ついには脳・心臓血管疾患の急性増悪によって、死(労働不能な状態も含む)に至ることである[1])。

この過労死事例の多い職種の一つが運転職である。厚生労働省資料によれば、脳・心臓疾患の労災申請件数で最も多い職種は「運輸・通信従事(者)」で、全体816件のうち153件を占めている(図表1)。なぜ運転職に過労死事例が多いのだろうか。

 

 

■ 高い精神的な負担をともなう運転作業

運転職の労働負担を考えてみると、一つは、運転作業にともなう高い精神的な負担があげられる。自動車の運転とは、こうしてあらためて考えてみると結構大変な作業なのである。

すなわち、自らが移動する中にあって、主に視覚を通じて外界から多くの情報を得、その情報に従って連続的にハンドルやペダルの操作を行い、車両の操縦・制御を図らなければならない。しかも、線路上を走行する鉄道と異なり、自分のまわりには、それぞれの意志で動く他の車両も走行している。他の職種と比べると仕事の危険度が著しく高いことが理解されよう。これでは、血圧もあがるというものだ。

もちろん、自身の経験を振り返って考えれば分かるとおり、車を初めて運転したときと、一定の経験を積み重ねたときとでは負担の度合いは異なる。だが、必要な一連の作業内容やそれにともなう精神的な負担の存在は、基本的には同様である。自動車は文字通りの「自動」車にあらず、あくまでも運転手の判断・操作で動くのである[2])。

 

■ 長時間、深夜・不規則労働という負担

こういう瞬時の正確な判断を連続して行う上で、運転者の意識水準は常に良好でなくてはならない。が、実際には、長い労働時間、深夜時間帯の作業を含む不規則な労働などの特徴によって、それは困難だ。この労働時間制による負担が第二の負担である。

まず政府統計で年間の労働時間の「長さ」だけ概観しても、全産業男性労働者が2196時間であるのに対して、バスは2448時間、タクシーは2412時間、トラック(大型)は2556時間に及ぶ[3])。さらに、こうした労働時間の「長さ」だけでなく、何時に働いているのかという労働時間の「位置」や、作業密度の問題もある。これらについて筆者の実施してきた調査結果から、具体的に述べたい。

 

図表1 職種別にみた脳・心臓疾患の労災請求件数

出所:厚生労働省「脳・心臓疾患及び精神障害等に係る労災補償状況(2004年度)について」(2005年6月17日)。

 

まずは貨物だが、(a)長距離を運行するトラック運転手は、日中の混雑を避けるため夕方から夜にかけて運行を開始し、朝の到着時刻に間に合うよう、深夜時間帯に距離を稼いで、睡眠は日中にとることになる。複数日にまたがる場合は、運転席の後ろの狭い空間・ベッドが運転手の寝床だ。

(b)また、いつでも新鮮なお弁当・お惣菜が手に入るコンビニには、24時間、それこそジャスト・イン・タイムでトラックが荷物を運んでくる。配達店舗数が多いので、時間の遅れには常に気をつかわなければならない。

(c)そして、ジャスト・イン・タイムといえば、お客様のニーズに従って指定時刻に荷物をもっていかなければならない宅配便の配達も大変だ。不在であれば、何度でも足を運ぶことになる。お中元やお歳暮など繁忙期には、一日10数時間の作業を、半月に1日程度の休日で続ける。一日の睡眠は5時間台で、文字通り、過酷だ(図表2)。

 

図表2  ある宅配業者〔軽貨物自営業者〕の一週間

注:ある宅配業者〔軽貨物自営業者〕の繁忙期(お歳暮時期)の一週間の仕事・生活の記録の一部である。この過酷さは、私が経験した調査の中でも1,2を争うものである。

 

旅客はどうか。(d)都市部のタクシーで主流の勤務形態は、例えば朝から深夜2、3時までの隔日勤務だ。さらに、実際には、売上が減っているため、所定の勤務時間をはるかに超えて働くパターンが珍しくない。

(e)また、われわれが普段利用している馴染みの乗合バスは、朝早くから夜遅くまで走っていて大変有難いが、運転手の側にしてみれば、毎日時間帯の異なる勤務に従事することになり、そうした不規則な勤務ローテーションや早朝からの勤務が、睡眠不足を招きがちになる。「公共性」を維持するというのもゆるくない。

以上のような働き方に、睡眠不足を中心とする不健康な生活習慣の形成という条件も加わって、彼ら運転手は、疲労を蓄積してゆき、数日程度の休養では回復不可能な慢性疲労状態に陥ってしまう(これまでの拙稿を参照)。

 

■ 実効力なき労働時間規制が拍車を

こうした働き方に、実効力ある歯止め・規制を設ける必要はないのだろうか。とりわけ、彼ら運転職の働き方というのは、利用者・国民の安全にかかわる問題でもあり、見過ごすことはできない。

だが、まず、そもそもわが国では働き方に関するルールは脆弱である。例えば時間外労働について定めた労働基準法第36条によれば、労使で協定を結んで行政機関に届け出れば上限規制はないに等しい(通称「さぶろく協定」)。時間外労働の上限値の「目安」こそ示されているが(例えば年間で360時間)、これはあくまでも目安であって、この数値を超えた協定を結んだとしても、罰則などはない。

もっとも、運転労働者の労働規制については、関係者の努力もあって、関係行政機関から労働条件の改善を目的とした通達等が出されてはいる。だが、その中身、つまり規制の水準・内容たるや、いかなるものか。「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」を検討してみよう(図表3)。

図表3 改善基準告示の内容(一部を抜粋)

出所:旧労働省(1997)『【改訂新版】自動車運転者労務改善基準の解説】pp.150-151から主な項目を抜粋。

 

詳しい説明は省くが、まずは、1日単位にしろ1ヶ月単位にしろ、随分と長い拘束時間が許されていることにあらためて驚かされる。

だが、さらに驚くべきは、休息期間の短さだ。休息期間とは、勤務終了時刻から次の勤務開始時刻までの間である。通常は(「一杯ひっかける」など寄り道しなければ)、通勤時間と在宅時間の合計である。この長さが、じつに8時間以上であれば「告示」的には許されるのだ。

つまり、仮に通勤で往復1時間を要するケースで、7時間の在宅時間しか確保できなくとも、「告示」的には問題なしということになる。食事や入浴や家族との団欒など一切を省略して、帰宅するなり寝床に直行すれば、計算上は7時間の睡眠は確保できるが、そんな生活は長くは続くまい。これらの基準は、一体どんな根拠にもとづいて定められたのだろうか[4])。

またさらにいえば、これらは雇用された運転手を対象とした規制である。ゆえに、自営業という就業形態がほとんどの軽貨物運転手は、こうした規制の対象外、つまり、一切の労働者保護を受けられない。

「自営業者は自分で働き方を決められるのだから、当たり前ではないか」という意見があるかもしれないが、彼らの働き方にみられる裁量性というのは、荷主・元請の輸送ニーズの枠内のものであり、それは極めて狭いのが事実だ。さらに言えば、宅配便に典型にみられるように、こうした労働者保護のなさ、言い換えればコストの安さが、自営業者が「重宝」されているゆえんなのである。

 

■ 規制緩和で働き方はより厳しく

こうした職業運転手の厳しい働き方は今にはじまったことではなく、以前から問題視されてきた。が、それに対して関係行政機関は、大枠では、実効力ある規制等で問題解決を図るのではなく、逆に、問題の多い現状を追認してきた、と指摘せざるを得ないだろう。先日、悪質な運送業者に対して、厳罰主義で臨むことが報じられた[5])。遅きに失した社会的規制の強化と評価できなくもない。

だが、運送業者に対する現行の監査体制はそもそも十分なのだろうか。例えばこの広大な北海道でトラック・バス・タクシー事業者の監査に臨む北海道運輸局・支局の人員は22人である。しかも監査業務を専任で行っているのはそのうち4人に過ぎない。残りは兼務だ(筆者聞き取り)。

それに対して北海道の運送業者数は、乗合バスが38社、貸切バスが229社、ハイヤー・タクシー(法人)が428社(加えて個人タクシーが1917社)で、重大事故が問題になるトラック業界については、一般トラックだけで3500社を超えるのである。なお、2005年度における、これら全業種の監査件数の合計は360件にとどまる(以上の数値は北海道運輸局資料より)[6])。

 

夜の札幌駅北口タクシー乗場。利用が低迷する中で北海道内のタクシーは1000台近く増えた。この乗場の外にもタクシーがあふれて列をなしている。

 

さらに問題だと思うのは、上でみてきた運転手の働き方を、より悪化させるような方向で交通運輸政策が展開されていることだ。規制緩和の問題である。すなわち政府・規制緩和推進論者は、競争促進によるサービスの改善、コストの削減、消費者メリットの向上等を目的に掲げ、これまで設けられてきた種々の規制を緩和・撤廃してきた。その「成果」を彼ら自身は自画自賛している。

だが現実には、企業間競争が激しくなり、売り上げや収益が悪化し、人件費などのコストを削減しようとする圧力が業界内で高まっている。言いかえれば個別企業においては、運転手に対して、より厳しい働かせ方の選択を余儀なくされるなど事態は深刻化しているのである[7])。

この点、すなわち、運送業者がおかれた環境や経営の実態については別の機会に論じる。

 

 

<注>

[1] 「過労死」の名付け親の一人である、上畑鉄之丞『過労死の研究』日本プランニングセンター、1993年などを参照。

[2] 「とはいえ、多くの人は日常フツーに使用しているではないか」という反論があるだろう。まったくその通りの指摘だ。だが、クルマのそういったフツーな使用の「結果」が毎年90万件を超える人身事故の発生であることを想起されたい。さらに、発生件数は不明だが、「コスッた」「ブツけた」などの物損事故もあわせると、一体どの位の数になるのだろうか。人間の能力に過度に依存した自動車は、ある種の「欠陥商品」であり、現行の運転免許制度には問題が多いと思われるがどうか。なお関連する図書として、黒田勲『「信じられないミス」はなぜ起こる-ヒューマン・ファクターの分析-』中央災害防止協会、2001年が新書で手軽である。

[3] 厚生労働省『賃金構造基本統計調査2005年版』より算出。なお政府統計にはいわゆるサービス残業分が含まれていないという問題点があることに留意。

[4] 補足すると、第一に、設けられた規制の水準も問題だが、項目によっては、そもそも規制自体がないという問題もある(例えば深夜労働に関する規制)。第二に、こういう最低限の(非人間的な)規制さえ必ずしも守られていない事実が実態調査で明らかになっている。厚生労働省など行政機関による調査・監査結果でも、運送業者の違反率は高い(もっとも、「違反の疑いがある事業所を主な対象にしている」ことにもよるが)。

[5] 『朝日新聞』朝刊2006年5月18日付。「一発で営業停止過労・飲酒を放置トラック・バス・タクシー会社事故に歯止め」によれば、国土交通省は、運転手の長時間労働や飲酒運転を放置するなど悪質な違反行為を行っていた運送会社に対しては、直ちに営業停止命令を出せるよう関係する処分基準を今夏から強化するとのことである。

[6] トラック業界では、経営者団体であるトラック協会が実施機関となって、事業者に対する指導(適正化事業)を行ってはいるが、現行の監査体制に不十分の感は否めない。

[7] この問題について、安部誠治編『公共交通が危ない-規制緩和と過密労働-』岩波書店(ブックレット)、2005年刊を参照。なお、業界の構造的な問題に加えて、個別企業の労務・運行管理が追及されるべきケースがあるのは言うまでもない。

 

 

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