川村雅則「軽貨物運送自営業者の就業・生活・安全衛生(2001,2002年調査より)」

交通権学会〔学会のウェブサイトの更新はしばらく止まっています〕が発行する『交通権』第20号(2003年4月号)に掲載された「軽貨物運送自営業者の就業・生活・安全衛生」[1]の転載です。/過去をなつかしむために古い原稿を持ち出しているわけではありません。当時の問題意識あるいは当時の調査・研究に欠けていた視点などを再確認して新たな調査・研究に取り組むことや、当時の調査・研究の方法を(とくに卒業論文を準備している)学生たちに伝えることを企図しています。どうぞお読みください。

 

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Ⅰ.はじめに

貨物軽自動車運送事業(以下、軽貨物運送業)は急速な成長を遂げてきた[2]表Ⅰの車両数の推移を参照)。背景には、貨物輸送の小口化、多頻度化、ジャストインタイム化という輸送内容・ニーズの変化や、事業参入規制のゆるさ、必要な資本規模の小さいこと等があったと考えられる。『陸運統計要覧』[3]によれば軽貨物運送業者は全国で13万業者(道内は約4600業者)とされ、輸送する荷物の約6割が「取り合わせ品」とされる。事業者数と車両数からも分かるとおり、同事業では、多くが、車両を一台のみ保有(使用)した自営業者として働いている。

表Ⅰ 全国及び北海道運輸局管内における営業用軽貨物の車両台数、走行距離、事故件数・率の推移

 

さて、職業運転手には、循環器系疾患の急性増悪による死亡(過労死)の発生事例が多いとされる。筆者は、健康障害や過労死の防止を主な目的の一つとして職業運転手を対象にした調査研究に取り組んでいるが、今回軽貨物運送業者を対象にしたのは、加えて、第一に物流二法施行以後、長期化する不況・貨物輸送需要の停滞や逆に運送業者の著しい増加を背景としトラック業界で輸送秩序問題(荷主・元請による不公正な取引、運送業者間の荷物の熾烈な獲得競争・運賃ダンピング等)が深刻化しており、そのことが安全へも悪影響を与えている、との指摘による[4]。事実、営業用トラックを第1当事者とする交通事故は年々増加しており(事故率もここ数年で急増)、同様の傾向は、軽貨物運送事業でもみられる(同表)。また荷主との関係でいえば,自営業者として事業を営む軽貨物運送業者の場合、荷主への隷属性は一般の運送業者よりも強いことが推測され、契約・取引上の一層の不利が懸念された。

第二に、自営業者の就業・生活の不安定性や、医療・年金保険など社会保障面での不利である。後者は、具体的には保険料負担の高さや給付水準・内容の低さ(例えば医療保険でいうと、自営業者の加入する国民健康保険は、傷病手当制度・出産手当制度など休業補償が未整備[5]があげられるのだが、今日では、問題がより深刻化している。すなわち不況で保険料を滞納する者が増え、医療保険では、滞納者への罰則強化という政策により、保険証の短期保険証への切り替えやとりあげといったいわゆる「国保問題」の拡大していることが、報告されている[6]

 

 

Ⅱ.調査の内容、方法

調査は二つ行った。

第一に、大手運送業者であるA社の「宅配便」業務の配達部分を請け負っている一軽貨物運送業者を対象に、繁忙期(2001年12月)の連続した一週間、行動をともにして、就業・生活の観察、時間調査、就業中の眠気・覚醒水準調査(後述)、聞取り、等々の調査を行った(以下、宅配調査)。なお調査期間中は、普段どおりに行動するよう対象者に依頼した。

第二に、軽貨物運送業者が登録している道内の大手の協同組合に協力を要請し、組合員100人を対象にして2002年夏に調査を実施した(以下、協同組合調査)。調査は質問紙による配票調査で、内容は就業・生活・安全衛生に関するものである。全数調査を次回に予定し今回の調査は予備的なものと位置付けた。

 

 

Ⅲ.宅配調査の結果

1.対象者の年齢、就業状況等

対象者は、40歳代の女性で一人暮らしである。軽貨物の経験は、約20年に及ぶ。現在はA社(全国大手の運送業者)の宅配業務を、運送業者であるB社から請け負って働いている。但し、B社と接触する機会はない。就業(荷扱い)場所はA社の配送センター(以下、センター)・営業所であり、仕事に関する一切の情報もA社から伝えられる。また毎日A社の管理職から、A社で雇用されている運転手と同様に点呼を受けている。さらには、A社以外での就業を禁止されてもいる。なお同センターでは、対象者と同じように、軽貨物の自営業者が10人弱働いている。

A社と書面による契約は交わしていない。運賃は配達を終えた荷物の個数に応じた出来高払い制である(荷物の重量も関係ない)。ここ数年、毎年のように運賃が下がっている(とりわけ一昨年から昨年にかけては比率にして13.6%のダウン)が、運賃(等就業条件)についてA社と交渉する余地は全くないという。

A社では企業を対象とした「宅配便」と一般消費者を対象にした「宅配便」を扱っているが、対象者らの請け負っているのは後者の、一般消費者宅への配達部分である。但しA社の運転手の仕事が少なくなったときには、対象者らの仕事の一部がA社運転手にまわされる。

 

 

2.調査期間中の起床時から就寝時までの生活と就業・作業の状況(観察・時間調査)

表Ⅲ-1 各調査日の荷物の持ち出し個数、配達件数、配達完了個数等

 

表Ⅲ-2 各調査日における生活、就業時間の状況(時刻)

 

対象者は、毎日、A社のセンターで自分の担当地区の荷物を積み、いったん同センターを出発した後は、間に一度帰宅しての休憩をはさむが、夜まで配達作業に従事する。日々の就業状況・時間は、道路・交通の状況によるほかに、毎日の荷物の量によって左右される。表Ⅲ-1は、調査期間の持ち出し荷物の個数等をまとめたものである。調査期間中にも77個〜157個((a1))と幅があったように、荷物の量の変動は、一週間を周期としており、また時期によっても変動がある。

一日の生活・仕事の流れを調査当日の結果(平均)とあわせてみてみよう(表Ⅲ-2)。

(b1)起床(5時27分)→(b2)出宅(6時04分)→(b3)センター到着①(6時23分)→吹きさらしの建物内で(b4)荷扱い作業を開始し(6時42分)、(b5)同作業を終えた(8時09分)後は、ルートの決定等配達作業の準備をして、(b6)センターを出発する(9時26分)。

配達一巡目では、夕方以降の時間指定配達を除く全戸への配達を行う(配達件数は前掲表Ⅲ-1の(a2)のとおり71件〜156件)。そして、(b7)一巡目終了(15時26分)後には、(b8)帰宅して昼食休憩をとる。但し、時間のないときには帰宅できない(よって表中の平均値はその分だけ早い時刻が示されている)。ちなみに食事は原則として、この一巡目終了後にとられるのと、全ての作業を終えて帰宅した後の二食だけである。朝はコーヒーのみで何も食べない。

夕方、(b9)再配達を開始する(17時24分)。再配達は、一巡目で不在だった客への再配達と時間指定の荷物の配達である(配達件数は(a3)のとおり36件〜53件)。(b10)同作業を終えた(20時24分)後は、センターに戻り、残荷の処理や伝票整理・記入作業等を行い、帰路につく。(b13)自宅到着(21時54分)後は、食事をとって、(b14)就寝(23時57分)、という流れである。

表Ⅲ-3 各調査日における生活・就業時間の状況(時間)

 

以上から分かるように、繁忙期とはいえ、一日の就業時間及び作業時間が著しく長い。表Ⅲ-3は上記の時刻にもとづき、主要な就業(作業)時間や生活行動時間をまとめたものだが、(c11)出宅してから全作業を終えて自宅に到着するまでの時間は平均で16時間弱にも及んでいる。しかもこの「出宅〜帰宅」時間から、(c6)「在宅時間」(2時間14分)などの、作業を行っていなかった時間(以下、(c12)「その他時間」)を除いてもなお、(c13)一日の作業時間は、最短でも10時間、最長では17時間強(15日)にも及ぶ。

その結果、在宅の時間は侵食され、(c1)仕事を終えて自宅に到着してから翌日に出宅するまでの時間は平均で8時間で、その間にとられる(c3)睡眠時間は平均で5時間半に過ぎない。昼間の仮眠休憩を考慮しても(それがとれない日もある)、著しい睡眠不足が常態化しているといえる。

こうした作業状況が、12月は、5日(水)に休日をとって以降、大晦日も含め一日の休みも無く続いた。休日は原則として週休一日制なのだが、繁忙期である12月には休みは月に1,2日となりこの月の連続就業日数は25日を超える。1月の休日が10日前後と多いが他の月は4,5日というパターンが多く、年間休日は60日前後と少ない(本人の毎日の記録による)。

 

3.労働密度及び眠気。覚醒水準

こうした長時間就業に加え、対象者の働き方で顕著だったのは、運転作業と荷扱い作業とが短い時間内で交互に繰り返されるのと、その際の労働密度の高さである。すなわち前掲表Ⅲ-1の(a2)一巡目配達件数及び(a3)再配達件数と、前掲表Ⅲ-3の(c6)配達一巡目時間及び(c8)再配達時間とから、一件の配達に要した時間を算出すると、一巡目では3.1分〜4.0分、配達の間隔が長くなる再配達でも3.4〜5.4分と短い。

この短い時間内に、荷物を車両から下ろし、客に渡し、不在であれば不在伝票に必要事項を記載して投函、車両に戻ってPDTで情報を入力、そして次の配達先に向けて車両を移動、という作業をこなすのである(しかも配達先にはエレベーターのない公営住宅やマンションもある。また運転中にA社や客からの電話があればそれに対応しなければならない)。当然、車両を降りているときは小走りである。

こうした過密労働を「自発的に」生み出すのが、上記1でみた低い運賃単価と出来高払い制度、であるといえるだろう。

ところで、これだけ長い時間を過密に働いても、前掲表Ⅲ-1の(a7)のとおり、持出個数に対する配達完了個数の比率は80%弱〜90%弱にとどまる。しかもこの数値は、不在客が少なくない分を配達件数を増やすことでカバーしてようやく達成された数値なのである。すなわち同表の(a8)のとおり、合計配達件数に対する配達完了個数の比率は、不在の少ない日曜日でもかろうじて70%という水準で、他の曜日では50,60%台である。つまり平日に100個の荷物の配達を完了するためには、167件・回(60%と仮定)の配達を行う必要がある、という計算になる。こうした非効率的な、一般消費者への配達部門を「担当1する下請業者の存在が、宅配便の成立のための必要条件であることが示唆される[7](宅配便全体における下請業者の利用状況を明らかにすることが今後の課題である)。

表Ⅲ-4 スタンフォード眠さ尺度

 

さて、こうした過密労働や上記2でみた睡眠時間の不足の状況は、交通事故の潜在的な危険要因として問題視されねばなるまい(しかも調査期間中は圧雪・凍結路面である)。ここで、スタンフォード眠さ尺度[8]表Ⅲ-4)を用いて行った、当日の眠気・覚醒水準の調査結果を示したい。

調査の方法について説明すると、調査票・尺度を対象者にあらかじめみせて調査の説明をしておいた上で、測定時に眠気・覚醒水準の状況を回答してもらい、調査者が得点・文言におきかえ、それでよいかを確認し、よしとされるまでこの作業を繰り返した。なおこの得点は七段階に分かれているが、本調査では、その中間が回答されることも少ながらずあった。また測定は適宜行い、目安としては最低1時間に1回は行うよう心がけ、とりわけ対象者が疲れているような場合には間隔をやや短めにして測定した。但し、作業状況などとの関連で測定場面は限られた。

 

図Ⅲ-1 15日及び18日の眠気・覚醒水準等

 

図Ⅲ-1のとおり、横軸を時刻、縦軸を得点として、結果を●で印し、そのときの場所や状況を示した。また横軸の下には、主な作業状況(出宅やセンター到着・出発など)と、調査者が危険を感じたときの状況を示した。紙幅の都合上、就業時間の最も長かった15日と最短の18日の二日分のみを示した。

調査期間(7日間)全体の結果もふまえて特徴をまとめると、全期間を通じ、1,2という覚醒水準の高い状態は極僅かしかみられなかった(2が2回のみ)。つまり覚醒水準の低いまま仕事が行われていたことになる。とりわけ起床後及びセンターへ向かい運転している際の覚醒水準は低く、運転中にウィンカーの出し忘れがみられもした。

配達作業を開始した後には得点は相対的に高くなるが、それでもなお3,4の水準だった。眠気がストレートに訴えられることはそう多くなかったが、覚醒水準の低いことを示す訴え(「頭がぼーっとしている」など)は多かった。

また配達一巡目を終えて自宅に向かうとき、再配達を終えてセンターへ向かうとき、加えてセンターから自宅へ向かうときの得点は低くなっていた(図中↓箇所)。作業に一区切りついた時点ではほっとして即「たるんだ感じ」になるという聞取りの結果をあわせて考えると、運転・配達作業中の覚醒水準は、作業やそのときの緊張・集中の度合いによって、強制的に3,4にまで高められていたかのようなだけのものも少なくないことが示唆される。なお、配達一巡目を終えて自宅で仮眠・休憩をとった後には、充分ではないとはいえ、得点は改善されており、短時間とはいえ休憩の挿入されることの意義が示された。

こうした、労働密度の高さという条件に加えて、睡眠不足を背景とした覚醒水準の低い状態での運転という条件の下で、図中にも一部を示したが(枠内)、歩行者と接触しそうになったり交差点に強引に侵入したりあるいは停車時に雪山に車両の側面をこするなど危険な状況が観察された。これらの危険状況が、対象者の個人的な運転特性によるものというよりは就業(生活)条件に強く規定されて発生している側面は否定できないだろう[9]

4.就業の不安定さと低収入等

図Ⅲ-2 配達完了個数の推移(1999年2月1日〜2002年10月31)

 

対象者の一年を通じた就業には、2)でみたような長時間就業という特徴に加えて、就業の不安定さという特徴がみられる。図Ⅲ-2は1999年2月から2002年10月までの配達完了個数の推移をまとめたものである(対象者自身の毎日の記録による。なお持出個数や配達件数はこの配達完了個数を上回ることに留意されたい)。仕事の量のこうした変動は、季節的な要因・輸送需要の変動によるほか、軽貨物運送業者を自社運転手の調節弁として用いようとするA社の「経営戦略」上の要因(1参照)などによるものだが、ここでは、彼らの仕事の量が安定的に保障されていないことを指摘しておきたい。

さて、こうして長時間働いても、運賃水準が低く、かつ、仕事の安定していないこともあり、収入は低い。2001年度の年間総収入は約330万円で、ここから車両代、燃料代などの諸経費が負担される。そのため医療保険は、国民健康保険に加入しているが、保険料の滞納により短期の保険証に切り替えられている。また国民年金には保険料が支払えずに未加入である。なお健康診断は受診していない。

 

 

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