川村雅則「大学での学びってどういうものですか?」

この原稿は、私の担当講義である「労働経済論」を当時(2016年)受講していた学生が私に取材してまとめくれたインタビュー原稿に加筆修正をしたものです。

もともとは、彼が当時参加していた高校生向けのウェブサイトに掲載するために作成されたもので、しばらくサイトに掲載されていたのですが、サイトが閉鎖されていたことに(時期は忘れましたが)気がつきました。研究というものを学生が考える上で重宝していたので、当時の編集過程の原稿を探して、すでに卒業していた彼に連絡を取って、了解を得た上で復活させました(2020年12月29日記)。

 

研究室でインタビューをうける筆者(2016年10月11日)

 

────さっそくですが、川村先生はどういう研究をされているんですか?

 

皆さんは『ブラックバイト』という言葉を聞いたことがありますか? 中京大学で教鞭を執っておられる大内裕和先生(教育社会学)による造語です[1]

例えば、学生にも関わらずお店の主戦力にとなり時間帯責任者や店長などを任され、高度な業務を担当している。相当な量のシフトにがっちり組み込まれている。試験期間中でも休むことができない、という訴えが私たちの調査でも数多く聞かれます。

また、トラブルや労働法に反した行為──例えば、深夜割増が払われない、タイムカードを切った後にも仕事をさせられるなどの「不払い労働」。他には、皿を割った、レジがあわないなど、仕事を遂行する上で発生が避けがたい事態に対して、弁償が求められたり、あるいは、クリスマスケーキなど季節ものの商品や新商品を買わされたり、などのケースが複数折り重なり、アルバイトの役割を逸脱したものを大内先生は「ブラックバイト」と名付けられています。

これは皆さんたちが関心あると思われる学生アルバイトについての話ですが、私の研究は、端的にいえば、働く全ての人たちが直面する様々な問題の研究です。

日本では、非正規雇用で働く人を中心に、働いても生活していくことが困難な「ワ─キング・プア」という問題が深刻化しています。いま正規の雇用に就けない人の割合は全体で4割弱に達していますが、女性に限定すれば5割を超えて6割弱に達しています。つまり、女性の場合は、「非正規」のほうが多数派であるという状態が続いているのです。

一方で、「過労死」という言葉も、皆さんは聞いたことがあるかと思います。運良く正規雇用の仕事に就けたとしても、長時間労働で倒れる若者が後を絶ちません。過労自殺(精神障害)に限ると、20,30歳代という若い世代が労災申請の半数を占めているのが現状です。

私たちの研究では、こうした労働問題を「発掘」すると同時に、なぜこうした問題が起きるのか、また、どうしたら改善できるのか、といったことを歴史的あるいは国際比較の視点もまじえながら考えることをしています。

 

────アルバイトでも残業が多いなどの話は、友達の間でもよく聞きます。大学生の僕たちにとっても、身近で興味深い内容です。ところで先生は、どうしてこういう研究を始められたのですか?

 

大学の学部生時代には、健康問題を考えるゼミに所属していました。

私の師匠のお一人の福地保馬先生(北海道大学名誉教授)は、労働者の健康問題を「社会」との結びつきでとらえる研究をされている方でした。

例えば、「生活習慣病」という言葉がありますが、生活習慣にあたる睡眠や食事をきちんと取ることができるかどうかは、その人の労働環境や収入水準に強く規定されます。

「長時間労働が毎日続く。」「収入が少ない。」といった条件下にある労働者には生活習慣を選択する余地が少なく、結果として、病気に罹患する確率が高くなります。健康を個人の嗜好から考えているだけでは、問題は解決しないのです。社会階層と健康とのこうした結びつきが様々な研究から明らかになっています[2]

日々の働き方が労働者の健康にどう影響を与えるのか──この影響とは、働いている今現在のことだけでなく、将来にわたっても大きな影響を与えるという問題意識をもちながら勉強をしていました。

 

────働き方が生活や健康に大きな影響を与えるのですね。僕も、どういう環境で仕事をすることになるのか今から考えないといけないですね。当時、多くの研究テーマの中で「この分野の研究者になろう」と強く思われたきっかけのようなものは何かあるのでしょうか?

 

学生のとき、長距離トラックに同乗して調査を実施

 

一つの契機になったのは、長距離トラック運転者の労働や生活をテ─マにした卒業論文を書いたことだと思います。

具体的には、長距離トラックに同乗させてもらって、運転者の仕事の内容や、その間の睡眠・食事など生活の全てを観察する、という手法を用いた研究です。

遠いところだと、東京の築地の市場まで行って戻ってくるという4泊5日間の行程を経験しました。

他には道内で、宅配便の都市間輸送部門を担当するトラックに乗せてもらったり、野菜や魚介類を道内各地で積んで下ろしてまわるといった長距離輸送に同乗させていただきました。

当たり前のことですが、モノをつくる人がいても、運ぶ人がいなければ、経済・社会は成り立ちません。でも、経済・社会の支え手である長距離トラック運転者は、主に夜中に車を走らせているという事情もあって、消費者の目にはなかなか見えづらい存在なのです。

そして何より、彼らの労働というのは非常に負担が重く、実際、当時も、過労死件数の最も多いのがこのトラック運転職という職種でした。

労働科学の分野では、対策の必要性が古くから指摘されておりました。私のバイブルの一つに、労働科学研究所の研究者らによって1980年にまとめられた『自動車運転労働』[3]という本がありまして、運転労働をめぐる問題が多面的にまとめられています。

こうしたすぐれた研究を現代版に更新することが、私自身の研究上の課題でもあると思っています。

 

運転作業だけではなく一つ一つの荷物を手で積んでいくというハードな作業

 

長距離運行時に運転者の寝る場所(運転席後部の狭いベッド)

 

────トラックに同乗ですか、、、凄い経験ですね。研究ってそこまでするものなんですね。僕ももう少し頑張ります。

 

学生時代、トラックの助手をアルバイトでしていたことが卒論のテーマ設定のきっかけですが、ただ、こうした調査は、私自身の力で実現したのではもちろんありません。

指導教員の知り合いの医師が、たまたま、「長距離トラック運転者の過労死・労働負担研究の一環として、彼らの仕事中の血圧や心電図を測定したいのだが、測定作業に同行するのは、自分にはできない。誰かいないだろうか。」と研究室に相談をもちかけてこられて、私が手をあげたというのがいきさつです。

今考えてみると、しばらく帰って来られないこのような調査を学生に単独でよく実施させたものだと思います。当時は、携帯電話などもまだ普及していませんでしたから、先生たちへの連絡も、公衆電話からしていた記憶があります。

文字どおり、運転者と昼夜をともにする中で、真夜中に高速道路を走り続ける運転労働の実態や、1つ10kg近くある荷物を1つ1つ手で積んでいく過酷な荷扱い作業を見ることができました。

また、生活習慣についても、彼らが寝る場所は運転室内の狭い仮眠ベッドで、食事も、ドライブ・インなど食堂で食べられるのはよいほうで、コンビニ食が多かった──そういう、仕事と生活をトータルに把握することができたのはとても貴重な経験でした。

先ほど話したとおり、生活習慣が働き方に強く拘束されていることを、身をもって体験することができたわけです。こうした体験が、研究というものを仕事にできたらと思った契機になったと思います。

 

────なるほど。ところで、川村先生のゼミではどのようなテーマで勉強しているのでしょうか?

 

ゼミでは本を読むことを重視

 

2年生は、アルバイト問題を題材にしながら、労働問題の基本や労働法などを学んでいます。

3年生になると、通称「インゼミ大会」という、経済学・経営学・商学を学ぶ学生たちが全国から集まって日々の勉強の成果を発表する大会への参加を目指し、自分たちで研究テーマを設定し、みんなで分担して論文を書き進めることになります。今年の3年生の研究テ─マは「過労死問題」でした。

ゼミは、机の上での勉強と、現場に出ることの両方を大事にしています。

ただ、休みの日にゼミを開講したり、現場調査を実施しているものですから、「ガチゼミ」とか、ブラック企業になぞらえて「ブラックゼミ」と学内で呼ばれたりもしているようです。

 

────ハードなゼミをされているのですね。インプットが主で、論文を書いたりなどアウトプットはされないのですか?

 

学生アルバイト白書を毎年ゼミで作成してウェブサイトで公開

アウトプットもしていますよ。論文という形式ではありませんが、ゼミでは「学生アルバイト白書」というものをまとめています。始めたのは、学生のアルバイトをめぐる問題がとても多いことに気づいたことがきっかけで、2011年からゼミで取り組んでいます[4]

そもそも、学生たちはどんな働き方をしているのか、どんな問題に直面しているのか、そして、どんな解決方法があるのか、などなどを、調査活動をメインに据えて取りまとめて、社会に問題提起しています。

 

────アルバイトでの問題ですか。僕にも思い当たる節があります。「アルバイト白書」を僕も読んでみます。現場調査というのは主にどんなことをするのですか?

 

最近の売上げはどうですか──客待ち中の運転者から聞き取り中

 

過去には、求職者(失業者)からの聞き取り調査を職業安定所(ハローワーク)で行ったり、路上で客待ちをしているタクシー運転者から話を聞いたり、といった活動をゼミで行いました。

私自身、大学院生時代、1週間ほどハローワークに通って、50人ほどの求職者から、失業に至る契機や失業中の生活のことなどをお聞きして短いレポートを書いたことがあります。

調査で明らかになったことの一つは、リストラなど会社都合ではなく「自発的な離職」に分類されている方でも、実際には、長時間労働でカラダを壊したり、いじめ・パワハラで離職に追い込まれているなど、実態は、やむを得ず離職した方が少なくない、ということでした。

しかし離職の背景はそうであっても、自発的な離職に分類されてしまうことで失業給付を受ける上では不利な扱いを受けてしまっている、といった実態がありました。

学生にこうした経験をさせるのは、物事をいろいろな角度から多面的にみる習慣や、事実にもとづいて判断をするといった作法を身につけて欲しいという思いからです。

何よりも、いまこの社会で何が起きているのかといった現場のリアルにふれて、学問への関心を深めて欲しいといった思いがあります。

例えば、日本政府は今、「働き方改革」を進めようとしており、これは皆さんたちの将来にとっても非常に重要な政策動向です。でも、皆さんの関心は果たしてどれだけあるでしょうか。また、「改革」という単語から受ける印象はおそらくポジティブなものだと思いますが、果たしてそう言えるでしょうか。

労働の現場に足を運びながら、自分ごととして考えてもらいたいと思います。

 

────最後に、高校生や大学生にメッセ─ジをお願いできますか?

 

私たちの生きるこの社会に関心を持って欲しいと思います。

社会問題に関心をもったり政治を語ったりすることが「意識高い系」と学生の間では揶揄されるようですが、大いに結構だと思います。むしろ、自分たちの生きる社会に関心の低いことのほうが心配です。

労働以外にも、いま様々な領域で社会が病んだ状態にあるのだとすれば、個人の健康問題と同じように、強い関心を持って「病気」の背景や対策を考えて欲しいと思います。

そのためには、世の中で起きていることをしっかり察知する「アンテナ」が必要になります。新聞を読んだり本を読んだり、いろいろな人との交流や社会的な活動にも積極的であって欲しいと思います。

もちろん、その交流相手には、大学教員も含みます。大学教員というのは、自分の研究のことであれば何時間でもしゃべれるし、かつ、しゃべりたいという、自分の仕事に愛着をもった人たちです。

高校生の場合にはそういう機会を得るのは難しいかもしれませんが、それでも、オープンキャンパスや「出前講義」といった機会がありますし、今は、ウェブで情報を配信している先生も少なくありません。私自身も、細々とではありますが、そうしたことをしていますので、参考にしてください。

 

こうしてお話しをしてみると、いろいろな人との交流や経験が今の自分を形作っていることに私自身気づかされます。自分を固定的にとらえて、今ここにある自分とは異なる自分がどこかに存在するのではないか、といった「自分探し」の迷路に迷い込むよりは、外に向かって行動をして欲しいと思います。

何にせよ、先行き不透明で、若い人たちの力を必要とする時代なのですから、ぜひ、学ぶことを続けて、世直しという大事業に参加して欲しいと思います。

 

────今日はありがとうございました。

 

こちらこそ、ありがとうございました。

 

 

 

[1] 今野晴貴氏(NPO法人POSSE代表)との共著(2015)『ブラックバイト』堀之内出版などを参照。

[2] 例えばハンディな近藤克則(2010)『「健康格差社会」を生き抜く』朝日新聞出版などを参照。

[3] 野沢浩、小木和孝編(1980)『自動車運転労働──労働科学からみた現状と課題』労働科学研究所出版部。なお労働科学研究所は川崎市から移転して桜美林大学に居を構えている。同研究所の研究成果などは、ウェブサイトを参照。

[4] 白書は現在、2019まで刊行しています。いずれも、研究室のウェブサイト上で公開していますのでご覧ください。

 

 

(関連記事、参考資料)

川村雅則「コロナ禍における大学生のアルバイト等の実態」

『北海学園大学学生アルバイト白書2020』2020年12月発行

 

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労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

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