川村雅則「学校で労働法・労働組合を学ぶ2010:北海道の雇用・労働と学校教員への期待」

『学校で労働法・労働組合を学ぶ』という共著を2015年に上梓しました(絶版)。タイトルどおり、労働法や労働組合を学生・生徒たちが学校で学ぶ機会をつくることが必要である、と思ってのことです。厚生労働省もその必要性に言及しています。少し前ですと、「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」があげられますし、最近の取り組みであれば、「過労死等防止対策等労働条件に関する啓発事業」があげられます。

何をどう教えるのかについては、様々な議論や実践の中で洗練されていく必要がなおあるでしょうけれども、例えば、適職探しだけに終始するような限定的なキャリア教育には限界があるという点では多くの方と一致できるのではないかと考えています。教育関係者の間でこのテーマを考え続けていけたらと思います。

以下は、教育科学研究会編集による雑誌『教育』第60巻第4号(2010年4月号)に書いた「北海道の雇用・労働と学校教員への期待」の転載原稿です。

 

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はじめに

北海道の厳しい雇用・労働の現状を報告しつつ、学校関係者がなすべきことについて原稿を書いてもらいたいという依頼を受けた。私は労働経済という学問領域を専攻しており、道内で働く人びとの雇用・労働や生活実態について調査研究している。そこで得られたデータなどにもとづきながら、役目を果たしたいと思う[1]

 

1.高校における「キャリア教育」への疑問

ところで、他大学と同様に、本学においても、教員が高校を訪問して高校生を相手に模擬授業を行う、いわゆる「出前講義」授業が実施されている。大学の授業の雰囲気を肌で感じさせ、進路に役立ててもらうというのがねらいである。

もっとも、「若者の雇用・労働の現状」をテーマに模擬授業を行っている私が高校から呼ばれる場合には、これから就職していく生徒たちにたいしていわゆる「キャリア教育」をほどこしてもらいたい、という意図が高校側にはあるようだ。出前講義の本来の趣旨とは異なるのであまり大きな声では言えないものの、私自身、その意図にまったく賛同するものであるため、依頼は積極的に引き受けるようにしている。

しかしながらときどき違和感を覚えるのは、模擬授業を終えた後の、生徒にたいして学校側(進路指導部)が行う指導の内容などである。すなわち、「今日の授業でも分かったように、フリーター(非正規労働者)として働くと損をする。だから早期の就職活動で適職を早くに見つけて正規労働者として就職することが重要である」うんぬんという内容を、あからさまに言うかどうかは別にして、指導されることがときどきある。

そういうつもりで授業を行ったわけではないのだが、と隣で聞いていて思いながらも、あるいは私の教え方に問題があったのか、と反省もする。

もちろん、致し方ない面はある。厳しい雇用情勢のなかでなんとか就職をしてもらいたい、それもできるだけ正規労働者で、という思いが学校の側にあり、そのことは私たち大学関係者も同様である。

まさか、いまや雇用労働者の三人に一人は非正規であるから、君たちの少なからぬ部分もその道をたどることになるだろう、その準備をしておくように、という指導はやはり酷である。その意味で上記の高校側の指導はわかる。

しかしながらそれでもやはり、と思う。正規雇用という椅子を奪い合わざるを得ない今日の雇用構造そのものを問題視し、職場や社会を変えていくという視点をもたせるような観点での授業づくりも必要ではないか、と。それは現行のキャリア教育の拡充の必要性を提起するものであり(この点は最後にふれる)、また言うまでもなくその実践は、大学関係者である私たちにも求められていることは自戒の念を込めて述べたい。

そういった授業で欠かせないのは、自分たちの暮らす地域の雇用・労働の実態を用いながら考えさせることだと思う。「足元」でこんなことが起きているんだよ、と。その意味もこめて、北海道における雇用・労働の実態をいくつか紹介したい。

 

2.北海道における雇用・労働の実態

 

(1)仕事がない!―建設業で働く季節労働者

言うまでもなく、北海道は、完全失業率・労働力率・非正規雇用比率のいずれの指標をとっても、全国平均よりも状況はよくない地域である。

産業構造的には建設業のウエイトが分厚く、地方にいけばいくほど公共事業に依存せざるを得ない状況が歴史的に形成されてきた。その公共事業費が国や地方の財政悪化を主たる背景に大幅に削減され続けている。公共事業をめぐる問題やあり方については本稿では省略するが、積雪寒冷地である北海道の建設産業には、冬になると失業を余儀なくされる、いわゆる季節労働者が数多く存在したが、上記の公共事業費削減や民間の建築部門の不振で、深刻な影響が、高齢化する彼らの生活に生じている。

私たちの調査(有効回答一五七〇人)でも回答者の半数以上が六〇歳以上を超えていたが、しかしながら、もともと低い収入で働いてきて蓄えも十分でないため、いまでもなお働き続けざるを得ない状況に彼らはある。だが全体の六割が「仕事の量が減っている」と回答し(年間の平均就労日数は一七〇日、女性に限ると一五〇日)、一方での頼みの綱である年金についても、まず一割強がそもそも加入しておらず、また、加入している(現在も保険料を支払っている)というもののなかにも、保険料を滞納している(一四・八%)あるいは保険料の一部や全部の免除を受けている(二二・五%)、というありさまである。さらには、年金をすでに受給しているというもの(全体の四五・四%)についても、その金額はといえば、月額一〇万円にみたないものが六五・九%(女性に限ると八九・三%)にのぼる。

こんな状況を背景にして、回答者の二割が生活保護の受給を希望し、また、「仕事をしているうちは家賃も払ってゆけるが、もし働けなくなったらすべてストップ。今後受けられる年金は月額四万円そこそこ。(女性/六〇歳代)」「今は仕事がないので、ゴミの日に空き缶を集めている。(男性/六〇歳代)」等々の厳しい生活を訴える声が多数寄せられている。公共事業費の削減はやむを得ないとしても、そこで働いていた人たちの雇用や所得保障があまりにも軽視されていないか。

 

(2)軽視される介護職の人権―特養施設で働く介護労働者

高い離職率など、若者の就職先の一つである介護現場の問題については、この間マスコミでもかなりの報道がなされている。実際、私たちが特別養護老人ホームで働く介護職を対象にした調査(有効回答一一四八人)でも、離職の背景にある収入の低さが第一の特徴だった。

すなわち、全体の七二・八%が三〇〇万円未満、二〇〇万円未満も三人に一人(三六・四%)の割合だ。もっともそんな収入の低さとは裏腹に仕事はきつい。起床介助や食事介助からはじまり入浴介助、排泄介助と続いていく彼らの一日は、高齢者の要望に最大限応えようと努力するものの、時間に追われて過ぎていく。そして、圧倒的に人手不足になる夜勤時には、じつに全体の六一・六%が「何かトラブルがあったらどうしよう」という不安を抱えながら働いている。二四時間・三六五日、高齢者の生活を見守る彼らの勤務は不規則で、早番・日勤・遅番そして月に四回も五回も夜勤をこなす。

こんな人手不足の状況では、有給休暇の使用もままならずじつに五割(四九・一%)は有休を「ほとんど使っていない」。翌日に疲労を「いつも持ち越している(二二・一%)」「持ち越すことがよくある(二七・四%)」を足しあわせると全体の半数に及んでいるのだ。さらに特養施設には、フルタイムで正規労働者とまったく変わらない働き方をしている非正規労働者(一年の有期雇用)もいる。施設の収入が十分でないために正規労働者として雇いたくても雇えないのだ。同じ仕事をしているのになぜ、という疑問・鬱屈が彼らにつのるのは至極当然というべきだろう。とはいえ、そんな理不尽な状況下でも、笑顔をたやさずに、目の前にいる高齢者の生活そして尊厳を守る介護という仕事に彼らはあたっているのだ。

介護職を目指す若者たちに、事業者が作成するパンフレット(その多くはお年寄りと介護職員がゆったりとした時間のなかで笑顔で向き合っている写真付き)を見せながら介護労働のやりがいを語るだけでは不十分であり、介護現場のこうした実情や、その背景にあるわが国の社会保障をめぐる問題をセットで考えさせることも必要だと思うのである。

 

(3)公務員イコール安定した仕事?―増大する官製ワーキングプア

安定した雇用で収入水準も高いというイメージが強い公務員(地方公務員に限定)の職場にも、いま非正規労働者が急速に増えている。しかも、公務員は無期雇用(任用)であり、臨時的・緊急的な業務に限って非正規(臨時職、非常勤職)が雇われるというのが法の建前であるために、文字通り、彼らは法の狭間で不安定な雇用を余儀なくされている。

そんな非正規公務員増加の背景には、公務員の給与は高すぎる! 民間でできることは民間で!という公務員バッシングが最大限に活用されながら、公務員の定数削減がすすめられてきたことや、「三位一体改革」等による自治体財政の逼迫とその一方での自治体業務量の増大という事態がある。全日本自治体労働組合の推計によれば、いまや全国では約六〇万人の非正規地方公務員が働いている。

私たちの調査(有効回答三三二五人)結果からいくつか紹介すると、彼らの一回の雇用契約期間は一年が最多(五八・八%)だが、それより短いものも多く、たとえば六ヶ月以下も三割(三〇・二%)に及ぶ。もちろん、再雇用される保障はないために雇い止めにたいする不安が強く、「非常に不安」だけに限定しても三割(二九・八%)に及ぶ。収入は三人に二人(六三・六%)は年収二〇〇万円未満という状況だが、それでも、本人の収入が家計の主たる収入源という割合は四九・九%(男性に限ると八二・〇%)に達するのである。

そして仕事は、正規よりも短い時間に設定されているケースもある一方で、まったく同じ勤務に従事しており、しかも仕事内容も正規と同じというケースも少なくない。公務の現場に限ったことではないが、非正規労働者は正規労働者の補助的・周辺的業務を担っており、家計においても家族賃金を稼ぐ世帯主の補助的な役割を果たしている、という見方はあたらない。

ちなみに一口に非正規地方公務員といっても、役所で働く一般事務にはじまり、学校・病院・介護施設・保育園・図書館・清掃の現場など、彼らの業種・職種はひろい。

しかしながら私たち市民には誰が正規で誰が非正規かは当然わかるはずもなく、彼らがむくわれぬ処遇で私たちの市民生活を守っていることにも気づかず、公務員バッシングに荷担している場合さえあるのである。

 

3.内容豊かな職業教育の必要性

厳しい労働現場の実態をみてきた上でいまあらためて、最初の問題意識にもどって、学校現場における職業教育の重要性について検討したい。

労働組合関係者と話をするとよく指摘されるのが、「学校の先生たちは、少なくとも、労働三法や労働三権ぐらいは生徒・学生に教えてから卒業させてくださいよ」ということだ。労働法も理解せずに若者をぞんざいに扱う経営者にも困ったものだが、そういう状況を違法だと認識できない若者もまた困ったものだ、というのである(もちろん、責任の度合いは労使双方では異なるが)。

なるほど、たしかに、大学生のアルバイトをめぐる問題状況を意識して聞いてみると、レジの計算があわなくて、あるいは食器等を破損させて弁償させられる、仕事の前に行われる三〇分のミーティングには給料は支給されない、退勤のタイムカードを押してから調理場の掃除をさせられる、等々の例はとくに珍しくはない。

最近の例では、アルバイト先である飲食店の売上が伸びず不払い労働が増えてきて、さらには給料の遅配まで始まったのだがどうしたらよいかという、就職後の予行演習としては得難い(?)経験をした男子学生のケースがあった(労働相談の練習の一環として、組合の事務所を訪問のうえ解決させたが)。

いずれにせよ、こんな状況もふくめて考えると、労働三権・労働三法あるいは困ったときの相談先・機関ぐらいは最低限教える必要があることを強く感じている。

さらにはそこにとどまらず、私たちの暮らしを支えている仕事にはどんなものがあるのか(その射程は、流行の仕事だけではなく、日の当たらない、しかしながら私たちの暮らしに欠かせない仕事にまで伸ばす必要性は言うまでもない)、その仕事にあるしんどさややりがい、あるいは具体的な労働条件、さらには求められる職業倫理のようなものも含め、教えたいものである。そしてまた、問題を示すだけではなく、どうすればその解決が可能なのか、制度政策上の課題や労働組合によるとりくみなどについても[2]

学校現場におけるキャリア教育の現状をみていると、エンプロイアビリティやキャリアの向上、生涯賃金の計算など、「働く」ということを個人的な営みとして処理する傾向があまりにも強くないか、と思うのである。厚生労働省「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」がすでにまとめた報告書においても、学校や家庭、地域社会そして企業などが連携して、労働関係法制度の知識を身につけられるような環境整備が求められていた。

学校関係者の多忙に拍車がかかることを懸念しつつも、一方で、軽視されてきた職業教育を学校現場に取り戻す好機であるともいえるだろう。

もっともそう書きながらも、第一に、学校現場でも労働組合の組織率が低迷するなか、組合に加入していない教員が労働三権の必要性をリアルに語ることはできるだろうか。

第二に最近とくにそう思っているのだが、学校現場にもたとえば過労や非正規労働をめぐる問題が存在するにもかかわらず、それらを放置しているなかで職業教育なんて欺瞞じゃないか、などという悲観的な思いもある。

とはいえ、学校生徒の貧困問題をとりあげたり、労働法学習にとりくむなどすぐれた実践があちこちで行われていることも承知している。ぜひ、この雇用・労働をめぐる問題についての授業カリキュラム・教材(北海道版)を共同で作成できればと考えている。

 

〔参考文献〕

・熊沢誠『若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』ミネルヴァ書房、二〇〇六年

・本田由紀『教育の職業的意義―若者、学校、社会をつなぐ』筑摩書房、二〇〇九年

 

[1] 紙幅の都合上、調査データの出所は省略。詳細は私のホームページを参照されたい。

[2] この点は熊沢(二〇〇六)を参照。

 

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