川村雅則「学校で労働法・労働組合を学ぶ2015:学生アルバイト調査と団結〝剣〟学習の実践から」

以下は、雑誌『クレスコ』第170号(2015年5月号)に収録された「労働法・労働組合を学校で学ぶ─学生アルバイト調査と団結〝剣〟[1]学習の実践から」の転載原稿です。ちょうどこの原稿を書いた前の年(2014年)に、連載タイトルである『学校で労働法・労働組合を学ぶ』を上梓しました。

 

 

 

昨冬、問題意識を同じくする高校教員、弁護士そして労働NPO関係者と共著で本を出した。タイトルは、『学校で労働法・労働組合を学ぶ──ブラック企業に負けない!』(きょういくネット)である。

雇用・労働分野に限っても、学生時代の「ブラックバイト」に始まり、シュウカツの重圧、増大する無業・失業、非正規での労働市場への参入、そして「ブラック企業」問題など、若者を取り巻く状況は厳しい。そういうなかで、教育機関に身を置くものとして学生(生徒、若者)に伝えるべきは何かを日々考え、研究と教育実践を重ねている。そこでの試行錯誤を本稿では紹介し、各地のとりくみに役立ててもらいたい[2]

 

働く現状を題材に、その際の注意事項

「働く」を考える際、働く者のリアルな現状から出発することが肝要である。ここ数年は、雇用問題やひどい働かされ方などに関する報道も少なくないので、学生もそれなりの知識を得ている。

しかしながら、ひどい現状を知るだけでは、逆効果もありえる。働くことへの忌避感や、だからこそ「(非正規ではなく)安定した仕事・雇用に!」という焦燥感(現行のキャリア教育では、そういう脅かしも活用されている)、あるいは、厳しい就職状況をくぐり抜けて正職員になることができたジブンの力を誇る、よりいっそうの勝ち組・負け組思考を生み出しかねない。若者の労働の現実が十分に扱われない現行のキャリア教育の問題[3]を認識していると、「だからこそ」とつい力が入ってしまいがちなことには、教える側にも注意が必要だ[4]

現状の背景(問題の構造性)や、問題の解決方法などがセットで扱われる必要がある。

 

学生自身の手で集めた「学生の現状」から考える

現状を題材に、といった場合、学生の実態──ここでは、学生の多く[5]が経験しているアルバイトの実態(関連して奨学金・学費問題も重要だが省略)──から考えさせるのが、より効果的である。それも、学生自身の手で実態を集められれば、なおさら良い。

というのも、調査というが、そもそも何を調べればよいのか。学生バイトによく見られる問題やその違法性などを、まずはみずからが理解しなければならない。その段階で、自分たちの働き方に少なからぬルール違反があることを「発見」する。

最賃こそ最近は広く知られるようになってきたが、深夜割増の規定はまだまだ。仕事上ミスをした際の賠償の必要性など、少々難しいレベルに至っては、言うまでもない。

そう考え、私のゼミでは、毎年、学生が学生のアルバイト実態を調べ、結果を『白書』[6]という形でとりまとめている(2010〜14年版)。

なお、ここでいう調査には、アルバイトの実態を調べるだけではなく、雇用契約書や就業規則、協定書などの関係書類を集めることも含まれる。その際には、この作業が授業の課題である(「単位がかかっている」)ことを「お守り」「錦の御旗」にすれば、学生もとりくみやすい(詳細は前掲の共著を参照)。

 

労働法と労働組合はセットで

さて、私たち労働者を守る法制度は実は 少なくないこと、それでも実際にはさまざ まな問題が見られることがわかったら、そ の次の段階がまた重要だ。ここで、「じゃあバイト先に是正を求めてみよう」という のがいかに「無茶ぶり」であるか。そこで、労働組合の学習が必要になる。

若者の使い捨て現象を背景に、近年、労働法を教えるとりくみが広がっていることを最大限に評価したうえで、しかしながら教え方によってはそれが、「ルールを学んで問題解決を図るのもアナタたち個々人の

責任」というメッセージになりかねないことを危惧する。私たちの共著タイトルが示すように、労働法と労働組合はセットで学ぶ必要がある。

確かに労働法では、労働条件の決定に際しては労使対等が原則であることがうたわ れている。だがその非現実性は、学生自身 が日々のバイトのなかでイヤと言うほど感じている(急な呼び出しや商品の買い取りさえ 断ることの難しさよ)。そこで労働組合だ。でも、労働組合を教える際にも注意が必要だ。

これだけの情報社会だけれども、労働組合の本来的機能を学生が知るのは難しい。メーデーやデモの映像、あるいは、十分な説明なしで労組の激しい抗議行動の映像などを見せても、場合によってはヒカれてしまうおそれもある。なので、具体的な事例を用いるにせよ、なぜに当事者が団結権を行使するに至ったのかから説き起こして考えさせることが大事である。

とはいえ、誰がそれを?  そこで、「餅は餅屋」。地域には、さまざまな労働問題の解決にとりくむ専門家がおり、そこで救われた人たちがいる。彼らの力を借りるのだ[7]

ちなみに共著に私が掲載したのは、職場の固定残業制・長時間労働に悩んだ(労働法や労働組合には無縁の)若者たちが、地域労組(「札幌地域労組」)への労働相談を契機に、労組を結成、不当労働行為を受けつつも問題解決に粘り強くとりくみ、ついには和解に至る、といった事例だ。とりくみのなかでの葛藤も含め、等身大の姿を当事者に語ってもらうからこそ、労働組合は身近な存在で、将来の私自身であるかも、との思いにも至る[8]。労働問題を解決する武器=「団結剣」の「伝授」である。

 

問われる教える側の労働組合観

文字どおり命にも関わる問題が、若者の働く職場で発生している。最低限、学生を「無防備」で社会に送り出さないこと。それは、学校関係者の役割ではないか。

ただ、学校がすべてを背負う必要はない。関係者の力を借りればよい。問題意識など をしっかり共有したうえで専門家の力を借 りることは、学生にとっても有益だろう。

「学校が」ではなく「学校で」である。  ただここで、教える側に関わって気になることがある。教員自身の多忙や、卒業生の仕事に対する問題意識の希薄さはともかくとしても、教員と労働組合の「距離」である。そもそも、教員自身は労働組合を必要としているのか。そうでないなら、こうしたとりくみの必要性も理解されないだろう。

そう考えると、以上の一連のとりくみは、教員自身が、みずからの労働者性や労働組合の必要性を認識(再認識)する過程でもある。全国各地のとりくみや「教材」が共有されることを願う。

 

[1] 本文で事例紹介している「札幌地域労組」の現副委員長、鈴木一氏による造語。

[2] 教材にでも使ってもらえればと、初出の原稿・資料の名称も掲載した。いずれも筆者サイトからダウンロード可。http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/ index

[3] この点は児美川(2013)を参照。

[4] ちなみに、権利問題を中心に扱う本稿ではふれることができないが、労働の社会的な意義など、「そもそも論」も扱われるべきなのは言うまでもない。

[5] たとえば全国大学生活協同組合連合会の調べでは、学生の就労率はおよそ7割である。

[6] 『北海学園大学学生アルバイト白書』。学生バイトの現状 や関係者と共有したい問題意識をコンパクトにまとめた、「当世、大学生のアルバイト事情(」『笑顔でくらしたい』2015年2月号)も参照。

[7] 労働組合を学校現場に招くのは難しいとの話も聞く。「カリスマ経営者」や「内定の達人」などがスムーズに入り込んでいるのに対してオカシナ話だと思う。それはさておくとしても、何もここでの提起は、労働組合による考え方や価値観を一方的に教えよ、というのではもちろんない。憲法や労働法が要請している問題解決の方法を学ぶ、あるいは(控え目に言っても)労使双方の視点を学ぶことである。そして、わが国企業別組合の問題点を学ぶこともここには含む。

[8] 他にも、地域労組組合員からの聞き取りをまとめた「労働組合レポート」を参照。

 

参考文献

熊沢誠(2006)『若者が働くとき──「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず』ミネルヴァ書房。

児美川孝一郎(2013)『キャリア教育のウソ』筑摩書房。

 

(関連記事)

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川村雅則「学校で労働法・労働組合を学ぶ2013:大学生が労働法・労働組合と出会うとき」

 

(参考資料)

厚生労働省「全国の高等学校等のための労働法教育プログラムが完成」2017年4月25日

>北海道における労働情報発信・交流プロジェクト

北海道における労働情報発信・交流プロジェクト

労働情報発信・交流を進めるプラットフォームづくりを始めました。

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