山谷一夫「中教審答申で教育現場の長時間労働は改善されるのか」

過労死防止北海道センターが2019年6月2日に主催した「設立1周年記念講演会・シンポジウム」では、医療と教育の現場から、長時間労働の現状や長時間労働是正の取り組みをご報告いただきました。本稿はそのうちの教育現場からの報告です。「中教審「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」は、現場の超勤実態を改善するものとなるか。」と題して、北海道教職員組合(北教組)書記次長である山谷一夫さんにご報告をいただきました。過労死が多く発生している学校教員の長時間労働問題には、この数年間、社会的な関心が集まる一方で、実効性ある対策は残念ながらとられずに現在に至っています。問題解決のためには何が必要なのでしょうか。どうぞお読みください。/なお、北教組による「長時間労働是正キャンペーン」の各種コンテンツのうち、「動画で学ぼう「1年単位の変形労働時間制」」は必見です。

 

 

1.データでみる学校現場の超過勤務の実態

 

連合総研の調査(16年12月公表)において、「過労死レベル」に相当する月80時間超の残業を行っている教員が、小学校72.9%、中学校86.9%に達していることが明らかになりました。また、16年の文科省「教員勤務実態調査集計」において、「過労死レベル」に相当する月80時間超の残業を行っている教員が、小学校33.4%、中学校57.7%に達していることが明らかになりました(連合総研と文科省で過労死レベルの割合が若干異なるのは、学校外での持ち帰り業務を含めるか否かによる)。

いずれにせよ、教職員は過労死と隣り合わせで勤務していると言っても過言ではありません。教職員の超勤・多忙化は、教職員の生命と心身の健康を守る観点から看過できないばかりでなく、子どもたちへの教育を充実させる上でも大きな支障となるものです。

 

2.教員の一日の働き方

1)恒常化する超過勤務

今の学校現場は、小学校では3年生以上がほぼ毎日6時間授業となるなど過密な教育課程となっており、正規の勤務時間7時間45分のうち、放課後までの約7時間15分程度(435分)が、1日の所定の日課に基づき教員の業務内容が定まっています。すなわち、朝学習で10分、6時間授業(1単位時間45分)で270分、5回ある子どもたちの休み時間で75分、給食指導で40分、朝・帰りの会で20分、清掃で20分の計435分は、教員は日課にもとづく教育活動を分単位で行い忙殺されています。正規の勤務時間のうち、日課に拘束されない時間は、休憩時間を除くと30分程度しかなく、うち15分は朝の職員の打ち合わせ等に割かれています。

中学校では、1日の持ち授業時間は平均すると4時間程度(1単位時間50分)であることから、放課後までに小学校より70分程度多く時間が生じるものの、その分、放課後は生活指導や部活動指導、生徒会の委員会指導などに多くの時間が割かれ、そのほとんどが正規の勤務時間外に行われており、平均して小学校よりも超勤が多くなっています。

このように小・中ともに、日課に縛られないわずかな時間(小学校約15分、中学校約70分)の中で、教員の本来業務である授業準備、教材研究、テストの採点、宿題・ノートの点検などですらすべて行うことは不可能であり、本来業務自体が正規の勤務時間外に行わざるを得なくなっているのが現状です。本来業務以外にも調査・報告や校外での会議等の業務などがあり、中学校ではさらに部活動が加わります。結果として小・中ともに毎日2時間近くの超勤を余儀なくされ、1日の中で実際に休憩とった時間は平均5分程度と過酷な勤務が強いられています。この状況では、仕事のやり方を工夫する余地などありません。しかも、ここで示した業務は、何れも子どもたちへの教育を充実させる上で不可欠、かつ、直ちに処理しなければならない業務ばかりです。

2)多忙化(高密度な労働)

前述したように授業が中心でほとんど空いた時間がない教員の一日の中で、各授業と授業の間の休み時間、給食指導の時間、放課後などの時間は、とりわけ高密度な労働となり、多様な業務に間断なくとりくんでいます。たとえば、放課後の30分に、子どもの提出物の点検、課外活動のための地域連携の打ち合わせ、テスト範囲についての同僚との打ち合わせ、こどもからの質問への対応、部活動準備指導等の複数の活動を分単位で行っている。また、これらの業務の多くは、1日の中で中断と再開を繰り返しながら行われています。

このように、同時並行性と複線性が教員の労働の特徴と言えます。

(参考文献:油布佐和子(早稲田大学教授)「教員の勤務実態──現状と課題労働法律旬報」No.1925・2018年12月上旬号)

 

3.超勤が余儀なくされている要因

 

現在の超勤・多忙化の根本的要因は、教員の持ち授業時数が多いことにより、正規の勤務時間内に授業準備などの不可欠な本来業務を処理することが困難なことにあります。

2007年の全国学力テストの実施以降、「学習指導要領」の改定により年間標準授業時数が増加したことに加え、学力向上策の下で、年間標準授業時数を大幅に上回る授業時数の確保が現場に押しつけられるようになりました。さらには、ティーム・ティーチングや習熟度別指導などが求められ、1時間の授業を複数の教員で行う時間が増えたことによります。

こうした状況に加え、文科省や道教委が進める「学力向上策」が拍車をかけています。「学力向上策」が押しつけられる前と比して、打ち合わせや補充学習の時間などにより、週あたり超勤が約4時間増加しています。

もう一つの超勤・多忙化の根本的要因は、中学校・高校における部活動の過熱化です。

これらの解消には、教員一人当たりの持ち授業時数を削減すること以外にありません。教員一人当たりの持ち授業時数を削減するには、「学習指導要領」を改訂し年間標準授業時数を減らすか、「標準定数法」を改正し教職員定数を増加する必要があります。中学校においては、部活動を社会教育に移行すべきです。

 

 

4.中教審・文科省のすすめる「働き方改革」は現状の抜本的な改善にはほど遠い

1)中教審「答申」にみる学校現場における長時間勤務の現状と要因

 

中教審は2019年1月25日、「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」(以下、「答申」)を公表しました。

その中で、長時間勤務の現状と要因について、「小学校では授業時数が多く児童在校中は校務分掌業務や授業準備を行う時間の確保が難しい」「中学校・高校では生徒指導や進路指導、補習指導、部活動に時間がとられ授業準備等の時間の確保が難しい」としました。また、10年前の調査と比較してすべての職種において勤務時間が増加している要因に、「若手教師の増加」「総授業時数の増加」「部活動時間の増加」を挙げています。

とりわけ、これまでの業務改善により短縮された時間を上回って、「特に授業や部活動の指導時間が増加した」とし、総授業時数を増加させた「平成20年の学習指導要領改訂以降、現在まで19286人の定数改善が図られているが、(中略)、教師一人一人の業務負担の軽減という観点から十分な成果が生じているとは言えない」と指摘しています。

その上で、「教師の長時間労働の是正は待ったなしの状況」であるとの認識の下、文部科学省に対して「働き方改革に必要な制度改正や教職員定数の改善などの条件整備はもちろんのこと、教育委員会や学校に対して、働き方改革の意義や取組を十分に浸透させること」を求めています。

2)超勤解消に至らぬ「問題解決」の方法

一方で「答申」は、これまで以上に授業時数を上乗せする改訂「学習指導要領」の円滑な実施を目的とし、①勤務時間管理の徹底と勤務時間等を意識した働き方、②業務の明確化・適正化、③学校の組織運営体制の在り方、④勤務時間制度の改革、⑤働き方改革の実現に向けた環境整備、にとどまっており、教員一人あたりの持ち授業時数の削減に向けた教員定数増については、「もちろんのこと」として必要性には言及しているものの、何ら具体的な方策を示していません。また、部活動の社会教育へ移行についても、段階的な移行すら示さず、現状を維持した上で、活動日数・時間の目安の設定とわずかな部活動指導員の活用による負担軽減で解決を図ろうとしています。

結局、上記5つの方策のうち、②③以外は、人員の増加や業務の削減を行うものとなっていません。前述したように、超勤・多忙化の根本的要因は、教員の持ち授業時数が多く、授業が正規の勤務時間の大半を占めて、正規の勤務時間内で授業以外の本来業務を処理することが困難なことにあるため、仕事のやり方の工夫や効率化に向けたICT機器の活用、管理職のマネジメント強化による業務の効率的な運用、組織体制整備等などの「効率化」を行っても、決して根本要因の改善には至りません。

上記の中で、②「学校及び教師が担う業務の明確化」は、本来担うべき業務を明確化した上で、それ以外の業務の主体を学校・教職員以外に移行していくとし、人の配置を予定しています。

しかし、専門スタッフ(スクール・カウンセラー、スクール・ソーシャル・ワーカー)の活用や地域ボランティア・部活動指導員・「スクール・サポート・スタッフ」など外部人材の活用は、正規の勤務時間内に終えることのできない教員の「本来業務」を削減するものではなく、専ら「本来業務以外」を他の職員に転嫁するものに過ぎません。

また、これらスタッフの役割と責任の範囲が曖昧な現状にあっては、何か問題が生じた際には、結局教員の責任が問われることになるため、スタッフ導入によって子どもとちと教員の関わり方(業務)が変わるものではありません。よって教員の負担軽減に結びつくことはなく、むしろ、他のスタッフとの連携を図るために、打合せなど教員の業務が更に増えることが懸念されます。

そして、何より専門職や外部人材が仮に教員の業務の一部を担うことが可能であったとしても、それは、一日の時程の過密化を解消するものにはなり得ないことから、効果は期待できません。その上、部活動指導員や「スクール・サポート・スタッフ」などの配置は極少数にとどまっており、きわめて不十分な施策と言わざるを得ません。さらには、専門スタッフの確保についても何ら担保されておらず、地方・郡部においては確保が困難な状況が生じることは明らかです。

次に、「学校運営体制の見直し」では、「主幹教諭」を全校配置し、ミドルリーダーがリーダーシップを発揮し業務を効率的に行うとしています。しかし、主幹教諭は、持ち授業時数がきわめて少なく制限されているために、その分他の教員に授業のしわ寄せがいき、かえって多忙化を招いています。

以上のように、いくら「答申」の示す上記5つの施策を「パッケージ」として実行しても、教員定数改善や業務削減をすすめるものではないため、抜本的な超勤解消に至らないことは明らかです。

 

5.「答申」の大きな問題は「給特法」の時間外勤務手当等の不支給を継続したことにある

1)給特法と、教員の超勤の現状

教員は、正規の勤務時間を超えて長時間勤務をしても「時間外勤務手当」「休日勤務手当」「割増賃金」が支払われません。これは「給特法」が、教員には「超勤4項目」の業務以外の超勤は命じないとして、「超勤4項目」の超勤に対しては給料月額の4%の教職調整額を支払うので、時間外勤務手当等は支払わないと定めていることによります。

しかし、実際には、「答申」が「所定の勤務時間外に行っている業務として超勤4項目に関する業務以外のものがほとんどであることが明らかになっている」と指摘しているように、教員の超勤のほとんどは命じてはならないはずの「超勤4項目」以外の業務となっています。しかも、超勤をして行っている具体的業務は、授業準備やテストの採点、ノート確認など、直近の授業に向けてやらざるを得ない本来業務が大半を占めています。

そうすると、原則超勤はないはずであるので時間外勤務手当等を支払わないとした根拠自体が崩れることになり、中教審も教員が時間外・休日等に「タダ働き」を強いられている現状と教職調整額4%の支払いが実態に見合う金額ではないことを認めざるを得ないことになります。

2)給特法の見直しは先送り

しかし、「答申」は、時間外勤務手当等を支払う方向で「給特法」を見直すのは現状を追認することになるので「給特法」の見直しはせず、教職調整額も4%に据え置いたままで「超勤4項目」以外の業務を含めて時間外勤務縮減の推進を優先し、「給特法」の見直しについては「必要に応じ中長期的な課題として検討すべき」と先送りしています。

また、教職調整額を「勤務時間の内外を問わず包括的に評価した」勤務時間の対価であるとし、「超勤4項目」以外の超勤の対価でもあるとしています。教職調整額は、「超勤4項目」以外の超勤を行わないことを前提とするものであり、「超勤4項目」の業務とそれ以外の業務を合わせて4%の教職調整額支給とすることは、きわめて恣意的・不当な解釈です。

結局、「答申」が示した勤務時間制度改革は、「一年単位の変形労働時間制」の導入や「勤務時間の上限ガイドライン」など、教員の勤務を条例が定める正規の勤務時間内に終了させるものとなっていません。その上、授業時間の削減と教員定数増などの抜本的な改善が行われない限り、教員の超勤が不可避である状態は今後もさらに継続されていくことになります。

「給特法」の見直しを今行わずに将来の検討課題として先送りする「答申」の考えは、教員の「タダ働き」を引き続き容認、あるいは無視するものです。そればかりでなく、時間外・休日勤務に対する割増賃金の支給は超勤の抑制機能を有していることから、現行「給特法」下においてはその機能が欠如したままとなっており、見直しが行われなければ「答申」が示す時間外勤務縮減の諸方策も所期の成果をあげることが期待できないことになります。

「給特法」に対しては、制定当時から超勤・多忙化に歯止めがかからず、むしろ助長しかねないとして、中央労働基準審議会から「労働基準法が他の法律によって安易にその適用が除外されるようなことは適当ではない」と指摘されていました。現在、教員の超勤が肥大化・常態化している状況は、こうした「給特法」制定時に指摘されていた懸念が現実となったものと言えます。したがって、「働き方改革を確実に実施することを優先」し、時間外勤務手当等不支給の「給特法」を見直さないとすることは、法制上の重大な欠陥と行政の無責任を、さらに続けて放置するもので許されません。

3)教育条件整備の責任は文科省・教育委員会にある

法律(省令)で「命じない」と定められているにもかかわらず、全国のほとんどの学校において「超勤4項目」以外による超勤が常態化していることは、現行の教職員定数では処理しきれない授業時数・業務となっていることの証左と言えます。

「給特法」が「限定4項目」以外の超勤禁止を定めていても、それを遵守し得る客観的な条件(年間標準授業時数とそれに見合う教員数)が整備されていないことが最大の問題であり、この責任は紛れもなく文科省にあります。教員の超過勤務の根本要因が「学習指導要領」に基づく年間標準授業時数過多とそれに見合う教員数の不足にあるのだから、超勤抑制に向けたインセンティブについては、服務監督権者である教育委員会だけでなく、文科省にこそ向けられなければなりません。そのためには、「給特法・条例」を改め、時間外勤務手当化することにより、文科省・教育委員会に教員の超勤に対する予算確保の必要を生じさせ、教員の「正規の勤務時間」を十分に意識した施策立案に責任を持たせる必要があります。

以上のことから、「教師の勤務の在り方を踏まえた勤務時間制度の改革」において最も肝要なことは「給特法」を廃止すること、少なくとも時間外勤務手当化するよう見直すことに尽きます。しかし、「答申」はこれを先送りし、実態と著しく乖離している教職調整額すら見直さないとするきわめて不当な考えを示しています。

 

6.教員の長時間勤務は意識や勤務時間管理の問題ではない

 

「答申」は、「子どものためならどんな長時間でも良しとする」教員の意識改革が必要であるとし、「教師自身において自らの働き方を見直していくことも必要である」としています。また、「給特法」下で、「超勤4項目」以外は自発的勤務と整理され、勤務時間管理が不要との認識が広がり、教師の時間外勤務を抑制する動機付けを奪い、時間管理の意識を希薄化させ、勤務時間縮減の取組が進まないとしています。

さらには、先述したように、「文部科学省、教育委員会や管理職、教師を含む関係者の意識が長時間勤務を是としたまま、直ちに現行の給特法の超勤4項目を廃止し、(中略)超過勤務は全て管理職の指揮命令の下で行わなければならないとしたり、(中略)、あらかじめ超過勤務の内容を決めなければならないとしたりすることは、現状を追認する結果となり、働き方の改善にはつながらないのではないか」としています。

しかし、時間外勤務手当を払えば悪弊が続くとする考えは、授業準備など超勤となっている「超勤4項目」以外の業務が本来業務であることに蓋をし、業務が増えるのは関係者の長時間労働を是認する「意識」の問題であるとした誤った認識に誘導するもので許されません。働き方の意識改革と言っても、本来業務自体を正規の勤務時間外に行っている状況は、意識改革ではどうしようもできません。

また、「答申」は、「勤務時間管理は、校長や教育委員会等に求められている責務」であり、「適切な手段により教職員の勤務時間を把握することは不可欠である」とし、その上で「校務分掌の見直し等の教職員間の業務の平準化をすすめるとともに、教師一人一人においても自らの働き方を顧みる契機になる」としています。

しかし、勤務時間管理によって業務が削減されるわけではなく、本来業務自体が正規の勤務時間外に行われている現状を抜本的に改善することもできません。言うまでもなく、勤務時間を把握する目的は、所定労働時間内に終業したかを確認することにあります。その上で、超勤があった場合は、業務分担の見直し、業務量削減または人員増加、無駄となっている業務の見直しなどを行うとともに、超過した時間に対しては、時間外勤務手当等を支払うのが使用者の責務です。

したがって、勤務時間管理だけを徹底しても超勤解消にはなりません。

教員の長時間勤務の常態化は、教員の意識や勤務時間管理の問題ではありません。また、時間外勤務手当等不支給の違法状態は、「勤務時間管理」や「意識」の問題があるなしにかかわらず是正されなければならないものです。

 

7.「1年単位の変形労働時間制」や「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」の導入は、一層超勤を助長させかねない。

1)そもそも変形労働時間制導入の前提条件を欠いた教育現場の多忙

「答申」は、「教師の勤務態様としては、児童生徒が学校に登校して授業をはじめとする教育活動を行う期間と、児童生徒が登校しない長期休業期間では、その繁閑の差が実際に存在している」ことから「一年単位の変形労働時間制を適用することができるよう法制度上措置すべき」としています。

しかし、10年前の文科省調査ですら、長期休業期間中の教員の勤務時間の平均は、正規の勤務時間を若干超えており、長期休業期間中は決して閑散期とは言えないことが明らかになっています。そうすると、変形労働時間制導入の前提条件が欠けることになります。また、日々の労働過重による疲労は直近に回復すべきであり、長期休業期間以外の時期の疲労が相当の期間をおいて長期休業期間中に回復できるものなのか甚だ疑問です。さらには、教職員にとって長期休業期間中は、「給特法」制定時における国会の議論でも確認されたように、本来は研究と修養に努める貴重な期間のはずです。

そもそも変形労働時間制は、1日の労働時間が8時間を超えても、超勤ではなく法定労働時間内であるとして時間外勤務手当・割増賃金を支給しないで済ます方法であり、1日8時間労働の原則を破り、労働者の健康を犠牲にして人件費を切り下げ、使用者が生産性を上げるための手段に過ぎません。また、変形労働時間制導入により、業務量が減ることはなく、勤務時間が短縮される訳でもありません。したがって、「給特法・条例」による時間外勤務手当等不支給に重ねて、「一年単位の変形労働時間制」を導入することは、労働者の賃金と健康・福祉の両面からきわめて問題のあるものです。

「一年単位の変形労働時間制」は、労基法上、上限が1日10時間、1週間52時間と定められていますが、厚労省「過労死等防止対策白書」(2018)では、教職員の1日の平均勤務時間は11時間17分、忙しくない時期の1日の勤務時間が「10時間超12時間以下」との回答が50.2%となるなど、忙しくない時期でも半数以上が正規の勤務時間(7時間45分)を超えている実態が明らかになっています。教員の場合、1年のうち長期休業期間(年50日以内)を除くほとんどの期間が繁忙期となり、超勤・多忙化が常態化しています。また、先述したように長期休業期間中は繁忙期ではないものの、閑散期とも言えません。

このように、ほとんどが繁忙期にあたる教員に「一年単位の変形労働時間制」を導入した場合、定めた年間総労働時間内に収まりきらないことは明らかです。そうすると「一年単位の変形労働時間制」導入は、現状の超勤実態を追認し恒常化させることで、「給特法」と同様に超勤を黙認し、時間外勤務手当等不支給の違法を一層助長させるシステムと言わざるを得ません。

2)給特法の建前と矛盾する「ガイドライン」

文科省は1月、「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を示し、3月には、「ガイドラインの運用に係るQ&A」を作成し、各教育委員会に送付しました。

その内容は、①時間外勤務として「在校等時間」を定義し、限定4項目以外の業務も含め、その上限を月45時間とする、②「在校等時間」には部活動を含む週休日の在校時間等を加える、③「在校等時間」は労基法上の労働時間にはあたらない、などとするものです。

労基法は、時間外勤務に対して、①労使協定を必要とする、②上限規制を守らない場合は使用者に刑事罰を科す、②時間外勤務手当・休日手当・割増賃金を支払わなければならない、などの規制を行っています。

しかし、「ガイドライン」は、「給特法」があることで、①労使協定を要しない、②法的強制力を持たない、③「在校等時間」を労基法上の「労働時間」と認めず時間外勤務等への対価が支払われない、など労基法上の規制を骨抜きにし、何ら超勤に歯止めをかけるものとなっていません。これでは、月45時間までの「タダ働き」を許容し、正規の勤務時間を定めた勤務時間条例と「原則超勤を命じない、命じる場合は限定4項目の業務に限る」と定めた「給特条例」を形骸化するものとなり、許されません。

「給特法」は、「超勤4項目」以外の超勤は禁止しているから時間外勤務手当等は不支給という建前で整合性を図っています。

したがって、超勤の上限を設定することは、その建前の前提となる「超勤禁止」を放棄することになります。ましてや「給特法」の時間外勤務手当等の不支給が変わらないのであれば、「タダ働き」を許容するものとなり、きわめて問題です。民間企業では割増手当の支給が義務付けられているのに、教員だけは時間外勤務手当すら支払わずに長時間勤務を容認する「ガイドライン」を策定することは違法・不当という評価を免れません。その上、罰則もないのであれば実効性も見込めません。結局「ガイドライン」は、「1日の勤務時間は7時間45分」とした「勤務時間条例」の規定や「原則として時間外勤務は命じない」とした「給特条例」の規定を形骸化し、月45時間までの超勤を許容する二重基準となりかねないものです。

 

8.終わりに

 

北教組は、「一人当たりの持ち授業時間数の削減」や「『給特法』廃止、または3条2項・5条の見直し」などを重点に、抜本的な超勤解消策を求める「教職員の長時間労働是正キャンペーン」にとりくんできました。

具体的には、①道議会・道教委等への要請行動、②「ゆたかな道民集会」の開催、③「北教組独自中央行動」の展開、④弁護団による中教審「中間まとめ」の問題点検証と発信、などに総力をあげてとりくむとともに、日教組に対するはたらきかけや日政連・北政連議員と連携した国会・道議会での追及など、院内外のとりくみを強化しました。各支部・支会においても、①各教委連・校長会・PTA連合会への要請行動、②「給特法」の見直しを求める「議会意見書採択」、③「全道キャラバン行動」による首長・教育長要請などにとりくみました。

北教組をはじめ各県教組が「教職員の長時間労働是正キャンペーン」を展開したことにより、マスコミが「給特法」の問題点を取り上げ、「教職員の超勤・多忙化」を社会問題化しました。また、国会審議において日政連・北政連議員が追及したことや中教審においても「給特法」を議論の俎上にあげることができました。さらに、市町村独自の教職員配置や週2日の部活動休止日等、道教委「アクションプラン」を上回るとりくみなど、各自治体において超勤解消に向けた動きがつくり出されたことは、これまでの運動の一定の成果と言えます。

しかし、中教審「答申」は、きわめて不十分な内容になっています。「教職員定数」について、第7章「学校における働き方改革の実現に向けた環境整備」において、改めて改訂「学習指導要領」にもとづく英語教育の早期化・教科化による標準授業時数の増加に対して「教師の持ち時間数の増につながらないようにする必要がある」と言及したものの、本文ではこの記述に止め具体的な方策を示さず、注釈においてほんのわずかな加配定数措置について記載しています。また、「教職員定数をはじめとして、学校の指導・運営体制の強化・充実が不可欠」であるとしているものの、具体的には専門スタッフや外部人材の配置促進だけ示し、教職員定数改善には言及していません。

「年間授業時数」については、「今後更に検討を要する事項」の一つとして、「年間授業時数や標準的な授業時間等の在り方を含む教育課程の在り方の見直し」を挙げたに過ぎません。加えて、「給特法」については「必要に応じ中長期的な課題として検討」としました。

このように「答申」は、現在の超勤の根本要因である教員一人当たりの持ち授業時数過多を解消するための「教職員定数増」と「年間授業時数削減」については、具体的な方策を回避・先送りしています。また、超勤を助長する元凶である「給特法」の廃止・見直しについても先送りしています。

北教組は、引き続き「教職員定数増」「業務削減」「『給特法』の廃止または3条2項・5条の見直し」など抜本的な超勤・多忙化解消策を求め、「教職員の長時間労働是正キャンペーン」にねばり強くとりむとともに、教職員の超勤・多忙化解消に向けた道民運動を強力に展開していきます。

 

 

(参考文献)

厚生労働省『過労死等防止対策白書』

連合総研(日教組委託研究)『日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する調査研究報告書』連合総研、2016年12月

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