水野谷武志「Eurostat研究報告書―労働力調査による労働時間測定に関する質の課題―の紹介」

 

1.はじめに

 

筆者は労働時間・生活時間統計の国際比較方法を研究課題の1つ(水野谷2005『雇用労働者の労働時間と生活時間―ジェンダーと国際比較の視角から』御茶ノ水書房)にしており,その関連で,関連統計をめぐる国内・国際動向に関心を持っている。

その一環で,欧州連合統計局(Eurostat)が2018年に発行した表記報告書(原題はQuality issues regarding the measurement of working time with the Labour Force Survey―以下では本報告書と略)に注目した。欧州連合(EU)の比較可能な統計作成を担当するEurostatは,労働時間については,EUの規程(具体的にはEU理事会規則No577/98)にもとづき,各国で実施されている労働力調査(EU LFS)結果を収集し,国際比較統計を公表している。日本とヨーロッパ諸国の労働時間を比較する際には,必ずといって良いほどこのEU LFSの結果が利用されるので,筆者も関心を寄せてきた。

本報告書は,2013~15年に設置された「労働力調査における欠勤及び労働時間の測定に関する対策委員会(Task Force on the Measurement of Absences and Working Time in the LFS)」の最終報告書でもある。

この対策委員会は,労働力調査の調査対象週(reference week)における「実労働時間」と「欠勤」の測定改善の方策を探るために立ち上げられ,各種研究が実施された他,「モデル調査票」が作成され,2015年12月にEurostatで承認された。ただ,筆者がEurostatのウェブサイトを探した限りでは,この「モデル調査票」を見つけることができなかったので,引き続き探索しているところである。

本報告書には「実労働時間」の測定に関する興味深い分析があり,部分的にはなるが,本稿で紹介することで,日本を含めた労働時間の国際比較方法を検討する際の参考になればと考えた。全面的な紹介というわけではなく,筆者の注目した分析図表をいつくか引用して解説し,最後に,日本の総務省統計局「労働力調査」との比較に関する雑感を述べたい。

 

2.部分的な内容紹介

 

本報告書は全56頁で目次は以下の通りである。

第1章 序論

第2章 2014年おける欧州統計システム(ESS)の各国の労働時間推計値に関する概観(2.1労働市場構造/2.2平均労働時間/2.3調査週における実労働時間の分布/2.4欠勤頻度)

第3章 国別事例研究(3.1デンマーク/3.2フィンランド/3.3フランス/3.4ドイツ/3.5イタリア/3.6スイス)

第4章 結論と展望

参考文献

 

第2章において既存のLFSを利用した分析結果が,第3章では計6カ国で独自に分析した結果がまとめられている。本稿では,第2章に掲載されている図表の一部を紹介する。

第2章の冒頭では,労働時間測定の国際基準である2008年にILOの第18回国際労働統計家会議で採択された「労働時間測定に関する決議」(筆者はこの決議を翻訳して解説を加えたことがある:『法政大学日本統計研究所 研究参考資料No.103』を参照)が引用され,EU LFSでも「決議」で推奨されている「実労働時間(Hours actually worked:以下HAWと略)」と「通常労働時間(Hours usually worked:以下HUWと略)」を収集していることが示されている。LFSのHAWは調査対象週に実際に働いた時間のことで,「働く」ことに含まれるものと含まれないものについても,「決議」に準拠して決められており,「含まれまれないもの」の代表格は祝日や病気や年休による欠勤である。HUWは調査対象週にかかわらず,「ふだん」(一般的には1ヶ月程度)に働く週労働時間である。

HAWの測定問題に関する議論(きっかけはKörner, T. and L. Wolff (2016). “Do the Germans really work six weeks more than the French ?” –Measuring working time with the Labour Force Survey in France and Germany, Journal of Official Statistics, 32: 405-431)がヨーロッパで2010年代に起こり,これを受ける形で今回の「対策委員会」が設置された。

第2章では,EU LFSのHAWの質を調べるためにます,HUWとの比較表を掲載している(Table 2)。

HAWとHUWは定義が違うので差が出るのは当然であるが,日本のように時間外労働(及び不払残業)時間が常態化していないヨーロッパにおいて,HAWとHUWの差の大部分は欠勤に起因すると想定される。つまり,ある労働者がLFSの調査対象週に欠勤した場合にはその分が除かれた労働時間が回答されるが,HUWでは「ふだん」働いている労働時間が回答されるはずなので,一般的には,HUW>HAWであり,その差の大部分は欠勤で説明できるはずである。

Table2をみると,HUW>HAWであることは確かだが,欠勤の影響を考慮してもその差が大きすぎると本報告書は指摘する。Table 2は2014年の平均(つまり1~12月までの結果の平均)である。LFSの調査対象週に該当する祝祭日や年休による欠勤の影響を2014年について分析してみると,HUWとHAWの差のうち,欠勤で説明できるのは,理論的にはせいぜい1.5時間程度であるとする。したがって,Table 2の差が大きすぎるので,EU LFSのHAW測定にはなんらかの問題があるだろうと指摘する。

次に,本報告書はHAWのうち,調査対象週に最低1時間以上働いた者だけを取り出して計算したHAWを提示している(Figure 3)。Table 2のHAWとFigure 3のHAWの値にだいぶ差がある,差の方向としては{Table 2のHAW}<{Figure 3のHAW}である。差があるのは当然で,Table 2のHAWには「0時間」と回答した者,つまりLFSの調査対象週に全く働かなかった(はずの)欠勤者が含まれるからである。

問題は,その差が国によって違いすぎることであると本報告書は指摘する。Figure 3のHAWはトルコを除き,およそ40時間前後である。しかしTable 2のHAWのばらつきはFigure 3のHAWよりも明らかに大きい。祝祭日や年休などの理由で欠勤した結果「0時間」と回答した者の割合はもちろん国によって違うが,この違いがTable 2のHAWのばらつきと対応しているとは考えづらい。つまり,EU LFSのHAWにおいて「0時間」と回答した欠勤者数は,国によって,過大あるいは過少申告されている可能性が高いということである。

本報告書では,1年間にわたる調査対象週別のHAWも分析している。Figure 5はEU LFSを使って,1年≒52週毎(横軸)のHAWの「推計値」を国別にグラフ化している。本報告書では27カ国,計7つの表が掲載されているが,本稿ではそのうち最初の表(BE=ベルギー,BG=ブルガリア,CZ=チェコ,DK=デンマーク)だけを引用する。

各国のLFSは月ベースの調査なので,調査対象週毎のHAWをどのように推計するのかが興味のあるところだが,本報告書には詳しい説明はない。Figure 5のHAWは「0時間」回答者を含む平均値なので,祝日や年休などで欠勤した回答者が多い場合にはHAWが減少する。したがって,季節的な減少,例えば8月(第32週前後)やクリスマス休暇(第51から52週)にHAWが減少するのは想定内である。問題はその変動の程度が国毎に違いすぎることである。例えば,Figure 5のデンマークの季節性の変動の大きさに比べて,ブルガリアはかなり小さい。ここから,LFSのHAWの結果の質には問題があると本報告書は指摘する。

 

以上の分析の他に,本報告書の第2章では,52週毎に欠勤頻度の推計値を国毎に比較分析している。第3章では事例研究として6カ国のHAWの測定における問題点を各種統計と付き合わせて検討している。

 

3.さいごに

 

上で見た図表からわかるように,EU LFSのHAWの結果,特に「0時間」回答者をふくむ平均値については,国によって欠勤者の申告に過大/過少がありそうなので,その利用には注意が必要である。

本報告書の結論(第4章)で推奨されているのは,EU LFSのHAWで国際比較する際には,①HAWを単独利用するのではなく,HUWと併用すること,②HAWを利用する場合には,「0時間」回答者を含まない平均値を使うべきことである。現在,Eurostatウェブサイトで公開されているEU LFSのHAWの結果は,「0時間」回答者を含まない平均値だけであるので,統計利用者としては公開データをそのまま利用することでひとまず良いであろう。なお,Table 2のHAWの平均値(「0時間」回答者を含む)は,本報告書用に特別集計した結果である。

翻って日本の総務省統計局「労働力調査」(以下「労調」)を見ると,労働時間についてはもちろん,「決議」に準拠しつつも,調べているのはHAWだけである。そして日本の「労働力調査」のHAWの平均値に対応する集計項目は「平均週間就業時間」である。この「平均週間就業時間」には「0時間」回答者=休業者が含まれていない(正確な定義は,「労調」の「用語解説」によれば延週間就業時間/従業者数(週間就業時間不詳の者を除く。)であり,「従業者」の定義には「0時間」回答者=休業者は含まれない)ので,この点ではEU LFSのHAWと比較して良いと言えるだろう。

ただ,EU LFSのHAW時間の測定問題をめぐる本報告書の各種分析をみると,総務省統計局「労調」の労働時間測定についても検討が必要と感じる。HAWを補足し検証するためにも,労働時間統計として「労調」でHUWを調査項目に追加することが考えられるが新規調査項目の追加は容易ではないだろう。とはいえ,「労調」のHAW測定問題としては例えば,調査対象週が「月末1週間」であるので,月末には一般的に労働時間がそれ以外の時期に比べて長くなる可能性がある。しかし,この可能性を確かめる術がないので,これまで十分に検証されないまま,「月末1週間」はあまり意識されないままに,日本の労働時間統計として利用されてきていると思われる。

さらに,本報告書でも指摘されているように,HAWには「決議」に準拠した細かい定義(例えば仕事に伴う移動時間や待ち時間や小休憩はHAWに含まれるが,通勤時間や食事休憩時間は含まれない,など)が設けられてはいるものの,そのHAWを尋ねる設問は比較的単純(典型的には「あなたが調査対象週に実際に働いた時間は何時間ですか?」)であるので,そのように測定されるHAWの信頼性・正確性には検討の余地がある。

近年の働き方の多様化(労働時間制度の柔軟化及び規制緩和,情報通信機器の発達による場所と時間に制限されない働き方,働いている時間とそうでない時間の境界の曖昧化など)のますますの進展を考えると,この検討課題はなお一層重大となるであろう。

日本の長時間労働問題を把握する基礎資料として,ヨーロッパ諸国と比較した労働時間統計が必要不可欠であり,そのときに利用可能な主要統計は「労調」とEU LFSである。このような測定問題を注視した上で,「労調」とEU LFSを使った国際比較統計のあり方を検討していきたい。

 

 

※本稿の初出:水野谷武志(2021.2)「Eurostat(2018)『労働力調査による労働時間測定に関する質の課題』の紹介」『経済統計学会・政府統計研究部会ニュースレター』No.44

 

 

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