佐藤誠一「増え続ける「精神障害」の労災請求、特に「医療・福祉」の急増と認定率の低さを「認定基準」とその運用から考える」

働くもののいのちと健康を守る全国センターが発行する『季刊働くもののいのちと健康』第85号(2020年11月25日号)に掲載された、佐藤誠一氏(認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター事務局長)による原稿「増え続ける「精神障害」の労災請求、特に「医療・福祉」の急増と認定率の低さを「認定基準」とその運用から考える」を転載いたします。労災認定基準の実効ある改善が求められている今、必読の一文です。

 

働くもののいのちと健康を守る全国センター「【学習資料】過労死等の労災認定基準の実効ある改善を」

 

精神障害の労災認定は、申請数で昨年は2060件と増加しました。業種別に見ると請求件数、決定数ともに「保険・福祉・介護」が1位、「医療業」が2位となっています。「医療業」では「保健師・看護師」が多く、しかし、認定率は低いという状況が続いています。

 

新人看護師の自死事案、三例への対応から考える

 

北海道センターが関わってきた3つの事例から考えてみたいと思います。

 

第1の事例

国家公務員共済組合連合会札幌医療センター(KKR札幌医療センター)呼吸器病棟に勤務していた23歳の女性看護師が2012年12月に自死。勤務は2交替制でタイムカードによる時間外労働は、12年4~11月までで平均80時間を超えていた。2014年1月に労災申請するが、審査請求、再審査請求も棄却(2016年6月)、2016年12月に不支給決定取り消し裁判を提訴。2018年10月「自庁取消」で認定された。2019年7月、病院に対して民事訴訟。現在係争中。

 

第2の事例

札幌市内の民間病院(循環器の急性期病棟)に勤務していた34歳の吃音のある看護師が2013年7月に自死。患者への検査の説明ができず患者からクレームを受けた。スタッフの前で読み上げ練習を繰り返し行わされた。吃音者にとって過大な負荷となった。試用採用を延長され1か月後に自死した。2015年3月に労災申請するが不支給決定。2017年11月に不支給決定取り消し裁判を提訴。2020年10月14日勝訴判決、確定。

 

第3の事例

釧路赤十字病院で手術室に勤務。6月に麻酔薬過量などのミスをして医師から「お前はオペ室のお荷物だ」と言われたとメモを残し自死。2015年9月に労災申請するも不支給。2018年4月に不支給決定取り消し裁判提訴。係争中。

 

三事例と労災補償制度

 

行政の判断

3つの事例はいずれも仕事以外の原因は考えられない労働災害でした。しかし、労災補償は認められませんでした。

第1の事例については、「上司とのトラブル」、「過大なノルマ」、「仕事のミス」「理解した人の異動」については、負荷の程度は「弱」と認定。時間外労働は80時間を超えてはいるが、「強」にはならないとされました。

第2の事例は、上司とのトラブル、人の異動は「弱」、他はすべて「評価できない」とされました。

第3の事例は、インシデントは「中」、指導を超えた指南は「弱」、いじめは「評価できない」とされました。

 

労災不支給取消裁判で明らかになったこと

 

以下に示します。

①労基署は労働時間を最重視して調査し、「強」には至らないとした。しかし、裁判で原告は労働時間の徹底調査、再聴取を求めた。その結果昼休みは30分、夜勤休憩も一部は労働していたと認めた。持ち帰りの研修レポートは業務とした。毎日の記載した「振り返りシート」の内容が業務の過重性を裏付けた。結果、100時間を超える時間外労働が認められた。裁判中の職場の同僚の聴取書が決定打となり、裁判中に国が「自庁取消」とした。多くの職場では早出・後残業についての管理は「おざなり」であり慣習が優先されているが、きちんとした調査が行われれば明らかになる。

②労基署は職場の同僚からの聴取を平均化して単純評価。立場による見解の違いを斟酌しないで評価していた。裁判では聴取に応じた同僚を「生え抜き」「他の病院経験者」「新人」の3つのグループに分けて、被災者の立場の近い同僚の聴取内容を重視するように主張した。労基署の調査は、表面的、事務的な傾向にある。

③○看護業務の特殊性(人命対応の対人サービスで緊張、忍耐、感情コントロール、医療事故対策が常に求められる)、○交替制勤務(かつての3交代から今は2交代が主流になっている。夜勤は16時間拘束。生体リズムの維持が困難であり、不眠、蓄積疲労、対人ストレスが増える)、○仕事量が多い(患者の容態、ナースコールへの対応など始終飛び回る業務となる。また新人は復習・予習を帰宅後に行う。研修レポートも求められる。こうした看護師の仕事の特殊性についての配慮が欠けている。特に2交代勤務の負荷への評価は不可欠である。

④専門家の知見を活用して被災者の負荷の大きさを証明する

第2の事例は吃音をもつ看護師の事件として、流暢性障害の研究者に意見書を依頼した。国側はこの意見書への反論をあきらめた。

3事例とも精神科は未受診であり、申請者・家族と精神科医師の面談を経て、意見書を提出しました。

 

あきらめずに

 

労基署の調査は①特別な出来事、②労働時間、③具体的出来事の順に行われます。③については、申請者、事業所の双方が一致するものは認めるが厚い壁があります。労災補償事務官の人員減で増える労災申請に対応するのは困難です。

そうした状況のもと、不支給決定によりあきらめるケースも多くあることと思います。裁判による解決には数年にわたる苦難を余儀なくされます。

認定率が下がるもと、行政がしっかりとした調査を行うように働きかける支援者、労組、いの健センター、弁護士の役割は大きいものがあります。

被災者を支援し、被災者どうしの連携を強めることで、あきらめずにたたかうことが必要です。ただし、精神障害の労災認定に取り組む時は、被災者本人の回復を最優先することを常に念頭におくことが必要になります。

 

まとめ

 

メンタル不全に陥り、休業を余儀なくされる労働者が増えていますが、労災補償の支給決定者は増えていません。申請しても無理と考える労働者も多く、労災制度はその存在意味が問われています。

1か月あたり65時間以上の時間外労働があれば、業務上とすること。看護師など交替制勤務・深夜勤務者は65時間にこだわらず、職場の実態に沿って、負荷を総合的に調査して認定することを求めます。

また、労災申請者を支える職場の支援体制をつくり、専門機関などと連携して、労使の合意で認定をめざす取り組みが望まれます。労働組合として職場の労働安全衛生活動の強化に努力することが重要です。

 

 

(参考資料)

働くもののいのちと健康を守る全国センター「【学習資料】過労死等の労災認定基準の実効ある改善を」

 

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