佐藤誠一「事例を通して、「過労死白書」の看護師分野を考える」

この原稿は 2019年6月2日に開催された、過労死防止北海道センター主催のセンター設立1周年記念講演会・シンポジウムの場で、佐藤誠一さん(センター会員。認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター事務局長)が報告されたものです。厚生労働省『2018年版過労死等防止対策白書』で取り上げられた医療分野における労災認定率の低さに注目して、看護師の労災認定の支援というご自身の経験に基づきながら、その問題点などが論じられています。

 

勤め始めて8か月で自死したSさんの記録。急性期病棟で何が起こったのか。

 

はじめに

私はこの間、看護師の過労死3事案について、遺族が求める労災認定の取り組みを支援してきた。その経験から、「平成30(2018)年版 過労死等防止対策白書」の第4章 過労死等を巡る調査・分析結果の中で医療における労災認定事案の分析、労働・社会分野の調査が掲載されたことに注目した。特に看護師の労災認定を受けた51例の内容に関して、「認定」の壁の厚さに愕然とした。看護職は深刻な人手不足、過酷な夜勤と交替制労働の下、健康実態も厳しい状況が続いている。労災での「保健師、看護師、助産師」の請求件数は2017年度71件で、2015年度以前の50件台から増加傾向を示している。しかし、認定件数は21件で認定率は30%に届いていず、他の職種比でも低位に位置する。この実態をふまえて意見を述べる。

はじめに、昨年10月、裁判途中に国が『自庁取消』を行い労災認定となった事案について、その経過と内容を記述する。そのうえで、現在の労災認定基準に関する問題点を「白書」記載との関連で指摘する。

 

新人看護師Sさんの過労死事件の経過

事件と労災申請

2012年4月、札幌市内の大学看護部を卒業し看護師の資格を取得したS氏は、希望したK病院に就職し、呼吸器センターに配属された。しかし、同年12月2日、わずか8か月の勤務で自殺した。

遺族は亡くなった原因は業務以外に原因は考えられないとして、労災申請を決意し弁護士に相談。同時に「全国過労死を考える家族の会」に電話相談した。13年8月、家族の会から「いの健道センター」に連絡が入り、北海道過労死を考える会(家族の会)の役員とともに面談を行い、支援することを確認した。北海道医労連、当該病院労組等と連絡を取り合い労災申請の支援を開始した。

遺族は2014年1月、労災申請した。陳述書、弁護士の上申書と関係資料を添付し、5月には医師意見書を提出した。その後、北海道医労連の役員、当該病院の元看護職員の意見書なども提出した。しかし、同年10月7日、労基署は不支給を決定。出来事に対する評価は、①パワハラ(不明)②上司とのトラブル(弱)、③過重なノルマ(弱)、④重大なミス(弱)、⑤信頼できる同僚の異動(弱)、⑥時間外は「80時間以上が認められるが『強』と評価するには至らない」とした。調査官から母親への電話連絡では、「結局、パーシナリティの問題」と告げられた。

11月、遺族は北海道労働局労働保険審査官に対して、審査請求を行った。

15年1月、「支援する会」を立ち上げ、結成集会時に「いの健道センター」が作成したブックレット「奪われた新卒看護師のいのち」」の普及を始めた。

尚、母親は労災申請と同時に残業代未払い問題で札幌簡易裁判所に訴状を出した。K病院側は否認していたが、14年9月労基署は病院に対して未払い残業代など9項目に及ぶ「是正勧告」を行った。それに応じたことで15年5月、和解が成立し解決した。病院は8月に職員約700人に対して、7億5千万円の未払い残業代を支払った。

 

考慮されなかったSさんの自宅での働き方と、行政訴訟の提訴

審査請求では、遺族の陳述書と弁護団の補充意見書を提出した。Sさんのパソコンに残された記録から、自宅での深夜に及ぶ研修報告の作成や業務に関する学習などの「シャドーワーク」があったことを指摘した。併せて、病院に残されている勤務後に行われた「振り返り」の記録を取り寄せ、この記録等から、自宅での業務に関するレポート記入や学習があることを示し、労働時間とするべきと主張した。しかし、6月、審査官は原処分を踏襲し、審査請求は棄却された(参与4人のうち、取消3人、棄却1人)。

7月、母親は労働保険審査会に再審査請求を行った。しかし、16年6月、再審査請求も棄却された。

16年12月遺族は労災不支給決定の取り消しを求めて行政訴訟を提訴した。

17年2月の第1回期日から18年6月の第6回期日まで公開法廷で弁論が行われ、毎回多くの傍聴者が参集した。この間、原告からは第7準備書面まで、被告からは第6準備書面までが提出された。

主な論点は①シャドーワークの労働時間性、②昼休み60分休憩問題、③看護師業務のストレス負荷の評価問題、④新人看護師の勤務環境と本件看護師の業務内容及び勤務環境などであった。

原告がSさんの残した手帳やパソコン記録から、自宅での業務の存在や、過酷な現場での勤務状況を指摘する中、被告は裁判中に訟務官による現場の師長・主任等の「聴取」を4回行った。(17年3月、18年2月、18年4月、18年6月)情報開示資料では4回目は黒塗りだった。その後、18年8月に最後の聴取をこの事案に関わっていなかった地方労災医務員から行った。その意見書で、「①麻薬量のミス投与について、心理的負荷は『中』に近い『弱』と変更し、②恒常的長時間労働が強い心理的負荷を与えたとし 総合評価は『強』とすべき」とした。また、「恒常的長時間労働については①院内に残り超過勤務を行った。②院外においても研修レポート等の作業を行っている。③所定の休憩時間が取得できていなかった。」としている。こうして、国は『自庁取消』を判断したと推察できる。

自庁取消に至った国、継続する病院との争い

18年10月17日、札幌東労基署は原告、弁護団等に「自庁取消」を伝えた。原告、弁護団は訴訟を取り下げることを裁判長に伝え、同時に原告からの意見陳述の期日を設けることを依頼し、11月12日公開法廷で原告・母親が意見陳述を行った。

「支援する会」は10月26日、裁判報告集会を開催した。(同日、札幌東労基署は原告に遺族補償金等を支給した)

その後、遺族は病院を運営する国家公務員共済組合連合会あてに謝罪と業務改善、損害賠償等を求めていたが、先方から司法の場で争うとの意向が示され、現在、遺族は民事訴訟を準備中である。

 

なぜ、裁判で逆転認定となったのか?

4年10か月にわたるたたかいは、遺族の「娘の死は業務以外考えられない」「パーソナリティの問題ではない」との強い思いと、「医師・看護師の働く環境を変えたい」という執念とその発信力にある。遺族の思いは弁護団、「支援する会」に結集した団体・個人の取り組みを促進させ、メディア関係者の強力な後押しにもつながった。

遺族・弁護団は労基署決定が「時間外労働を『強』とは言えない」としたことに対して、審査請求と裁判を通して、①同僚等の聴取書を分析し、原処分の不当性を指摘し、②毎日の「振り返りシート」の提出を求めて業務負荷を実証し、③S氏の「シャドーワーク」の労働時間性を主張した。こうした取り組みで時間外労働が月100時間を超えることを明らかにした。同時に、現在の急性期病院の医療現場での看護労働、特に夜勤・交替制勤務の過重性を明らかにしたことで、国は『自庁取消』との判断に至ったものと推察している。

 

2018年度版「過労死白書」の医療分野の労災事案分析と労働・社会分野の調査

「過労死白書」における調査・分析

「過労死白書」では、過労死防止のため発生の多い職種・業種に関する、過労死事案の分析とその業種に関する労働・社会面での調査・分析を行っている。これまでは自動車運転従事者、外食産業をとり上げていたが、「2018年版」で教職員、IT産業とともに初めて医療がとり上げられた。「過労死防止法」ができたことにより、こうした分析、調査が行われ、「白書」として公表されることは極めて意義深く、過労死防止に役立つように今後の進展に期待を寄せるところである。

また、医療・福祉事案(業種別【大分類】)では、厚労省が毎年度ごとに発表している「過労死等の労災補償状況」において、2017年度の精神障害に関する事案の申請件数でトップ、認定件数で第2位を占めている。就業者数の多い「製造業」、「卸売業、小売業」をしのぐ状況までに年々増加している。今回は医療の労災認定となった事案についての分析ではあるが、今後、不支給決定事案の分析なども行うことで、この分野の過労死防止対策につながることを求めたい。

看護師の労災認定事案

医療・福祉分野の労災認定状況は「脳・心臓疾患」と「精神障害」では職種別で大きく異なっていた。「脳・心臓疾患」は医師が最も多く、次いで「管理・事務職員」3番目が「介護職員」であった。「精神障害」では「看護師等」が最も多く、次いで「介護職員」3番目は「管理・事務職員」であった。医師は「脳・心臓疾患」、看護師等は「精神障害」がそれぞれ大多数を占めている。

今回は私がかかわった看護師の過労死事案との関係で、看護師の労災認定事案について検討する。

 

出所:厚生労働省『2018年版過労死等防止対策白書』より。

 

この表(第1-5-8表)は、労働安全衛生総合研究所過労死等防止調査研究センターが分析したものである。2010年1月から2015年3月までの5年間に看護職で労災認定を受けた52事例について整理したものである(公務関係者は含まれていない。また、認定率は30%に至っていないので不支給決定事案が少なくとも120件はあり、その実態は不明のままである)。

私が驚いたのは、認定になった52件の約8割が「悲惨な事故や災害の体験・目撃をした」事例だったことである。患者からの暴力、クレーム患者・利用者の急変、震災対応などストレス障害を発症した事例である。暴力・暴言、患者の死亡など悲惨な出来事は深夜に多く発生しているとされており、精神科と外来での発生が多いとされている。看護師は特有のストレス要因と業務負担があることを踏まえた対策が求められる。

一番の問題は「悲惨な事故や災害の体験・目撃をした」事例がなかったら、労災認定は12件しかないということである。先に挙げたS氏の事例でも労基署では、「出来事」はことごとく「弱」の評価で、時間外は80時間あることを認めつつ「強」とは言えないという扱いであった。S氏の遺族は不服申し立てに挑み、詳細な勤務と生活実態を調べ上げて、業務起因による精神疾患であることを実証していった。他の不支給事案も同様に実態を明らかにすることで労災認定となるケースがあるのではないかとの疑念が拭い去れない。事実、現在S氏の事件の翌年発生した2例の新卒看護師の自死事件が不支給決定の取り消しを求め地裁で係争中である。「認定基準」そのものの問題点もある上、精神疾患の労災請求が増加する中、労災補償行政を担う職員の不足による過重な勤務状況も指摘されている。労基署段階での被災者の訴えに寄り添った調査・分析を行い、正確な判断を行うことを強く求めたい。

 

病院及び医師・看護師へのアンケート調査の結果と、留意すべき点

労働・社会分野の調査として病院に対するアンケートと、医師・看護師に対するアンケート調査を実施し、その概要が報告されている。対象は病院4,000件(有効回答1,078件)、調査対象病院に勤務する医師20,255人(有効回答(3,697件)、看護職員20,266人(有効回答5,692件)とされている。調査項目は「労働時間の把握方法」「把握している労働時間の正確性」「時間外労働時間、45時間、80時間、100時間を超える者の割合」「所定外労働時間が発生する理由」「ストレスや悩みの有無」「過重労働の防止に向けて必要だと感じる取り組み」などである。

これらの結果は、現状を把握するうえで貴重な資料となるものである。

気になるのは病院調査を行う際に、各病院に対して医師・看護師の回答人数を示し回答者は病院側にゆだねている点である。厚労省はかつて、看護師の勤務実態調査を行い、回答者の多くが看護管理者であったことから、改善を指摘されたことがある。

今回も、看護師の時間外労働に関する回答で「無回答」が3割に上るものもあり、その点での疑念は拭い去れない。

今回のデーターを日本医労連が実施している「看護職員の労働実態調査」、「夜勤実態調査」結果などを活用して総合的な分析を行うことでより、実態に迫ることができればと願うものである。

以上限られた点にしか触れることができなかったが、今回の「白書」で明らかにされた実態について、私たち自身が内容を把握、分析し、議論して改善をめざすことが大切である。

過労死防止対策が前進するよう、関係者の調査・研究が進展し「白書」がより改善されることを強く望む。

 

補論

労災不支給による、審査請求段階では労働保険審査官による調査を経て決定される。この過程で「参与」による協議の場が設けられている。「参与」は使用者側2人、労働者側2人の4人で、それぞれ意見だしそれも含めて労働保険審査官が判断する。私がかかわった労災の不支給決定取り消し裁判に至る事例のほとんどは、「参与」の2~4人の意見が「取消」としたケースが多い。しかし、現行では4人全員が「取消」としても労働保険審査官の判断で決定される。参与の意見は公にされていない。この制度の改善が課題と考える。データーベース化された不支給事案の分析と合わせて、この件についても検討課題に上がることを希望する。

 

 

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