川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(2)聞き取り調査等に基づき」

NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第200号(2021年11月号、特集:『建設政策』200号の軌跡とこれから)に掲載された拙稿の転載で、前号に掲載された「旭川市における公契約条例の経験(1)聞き取り調査等に基づき」の続きです。

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なお、公契約条例につきましては、「連合」が作成したリーフレット(「公契約条例で地域の活性化!」2016年2月発行)「日弁連」によるリーフレット(「公契約法・公契約条例の制定を」2017年2月発行)をご参照ください。

 

 

旭川市の発注事業の規模と、現場を自治体自身が把握することの意義

公契約条例の制定後、「旭川市契約審査委員会」による検討結果をうけて実施されるに至った旭川市の取り組み、すなわち、市発注工事に従事する労働者の賃金等調査(以下、賃金等調査)の概要や結果を前号掲載の拙稿(以下、拙稿1)にまとめた。

市からの聞き取りによれば、この賃金等調査が条例制定後のメインの業務であるとのことだった。ここでいう賃金等調査には、事業者からの聞き取り調査も含まれる。そこでは、労働者の賃金等に限らぬ内容が把握されている(後述)。

 

 

表1 旭川市の発注事業一覧(2017~2019年度)

注1:契約課(市長部局)発注分。一部の小規模な修繕・随意契約を除き、基本的には契約課を通して発注している。2019年度の建設工事では、新庁舎建替工事が発注されており(約118.5億円)、例年の発注額の約2倍の金額となっている。
注2:契約課(市長部局)発注分(単価契約済発注を除く)。
注3:業務委託については水道局、市立病院を含めた全部局分(水道局、病院含む)。
出所:旭川市提供資料より筆者作成。

 

表1は、旭川市の発注事業をまとめたものである。指定管理に関するデータはここでは整理されていない(旭川市のウェブサイトによれば、導入施設は2021年4月1日現在で57件)のと、表の注に書いたとおり、2019年度の建設工事の発注金額は、例年の約2倍になっている点に留意されたい。

こうした各事業を担う民間事業者・労働者は、市が公共事業・サービスを遂行するにあたってのパートナーと言えるだろう。そのような自覚をもって、公契約現場の実態を自治体自身が把握することには非常に重要かつ意義があると筆者は思う。

 

旭川市が考える公契約条例の意義

制定された公契約条例の意義を旭川市はどう考えているかを尋ねた。

回答は概略次のとおりである。すなわち、旭川市では、公契約に関する方針(以下、方針)を2008年に策定し、運用してきた。そのことで市の体制を整備し経験を蓄積してきた。しかしながら、方針はあくまでも行政内部のものであるため、事業者や市民サイドからの疑問などにこたえるには限界があった。その点で、理念型とはいえ公契約条例が制定されたことによって、賃金引き上げの要請がしやすくなったし、応じる側からの納得も得られやすくなった。あわせて、公正性、公平性、競争性などは当然担保されなければならないが、地域経済の活性化という観点が条例に入ったことで、市内業者への限定的な発注についても説明がしやすくなった。

以上のように、「方針ですでに定めていた取り組みをこうして推進しやすくなったのが条例化の一番の利点ではないかと考えています」とのことである。

 

賃金等調査の結果をどう考えるか

さて、拙稿1で書いたとおり、賃金等調査によれば、支払賃金の平均値は、公共工事設計労務単価比で7割程度にとどまった。このことをどう評価しているか、なぜこのような支払い実態になってしまうと考えているか、などを市とやりとりした。三点ほどにまとめてみる。

 

賃金改善の努力はされていると認識

市によれば、第一に、7割でよし、というつもりはないが、2012年を底にしておよそ5割上昇している設計労務単価と同じように賃金が上昇することは想定しづらい。「事業者側も結構努力されて賃金を改善しているというのが実感です」とのことである。また、7割というのは平均であって、経験年数別にみると、おおむね、20年~30年位が高くなっていると評価している〔拙稿1の表2を参照〕。市の内部でも議会内でも、7割では十分ではないという評価ではあるものの、状況をみながら、賃金を上げられる環境づくりを続けており、少しずつだが前進はしているのではないか。継続した調査で状況把握につとめたいと考えている、とのことである。

 

事業者側からの聞き取りにみる賃金支払い困難の背景

第二に、事業者からの聞き取り結果に基づきながら、労務単価を下回る支払い賃金の背景について言及された。賃金等調査結果でも結果が紹介されているので、一部を以下に転載する。

 

資料 旭川市による聞き取り調査結果(「設計労務単価との比較について」部分)

(2020年度)

・公共工事が常にあるわけではないので、公共工事の設計労務単価を賃金に反映させるのは難しいものがある。

・賃金を設計労務単価に合わせるよう心がけているが受注の関係もあるので難しいところもある。

・悪天候や納品の遅延があれば人件費が設計よりも余計に掛かる。

(2019年度)

・市発注の工事と他の公共工事、民間工事で賃金に差を設けるのは困難。

・通年雇用している者には冬場も給料を払う。冬場に仕事が切れることを考えるとどうしても設計労務単価を下回る賃金単価になる。(※)

・市の仕事が通年で途切れずにあり、100%で落札できるのなら設計労務単価100%も可能かもしれないが、現実的な話ではない。

・入札で価格競争していることもあり、設計労務単価は意識しているものの、労働者にはそのとおり払うということにはならない。

・入札に参加するが落とせるとは限らない。会社の維持費もかかる。また、工事が年間通してあるわけではないので、設計労務単価どおりの支払いは無理。

出所:旭川市賃金等調査結果より転載。

 

・書類上での計算との齟齬

例えば、人工の計算と支払賃金との間に生じる齟齬に関することが書かれていた。

市の説明によれば、ある工事で1.5人工が必要とされた場合に、1.5人だけ行くのは無理だから、2人で行かせることになる。1.5人で終わった時点で途中で1人帰すというわけにもいかないため、結局、2人で行って、1.5人分を超過して、2人で帰ってくることになる。その場合、賃金は1.5人工分とは当然できない。となると、設計労務単価の100%支給は難しいのではないか、という事業者からの話が紹介された。旭川市の発注する工事でも、必要な人工の計算は行うが、整数とは当然限らないため、同様の問題は起こりうることになる、とのことである。

 

・積雪寒冷地での通年雇用の困難

積雪寒冷地である北海道の特性をふまえた意見も書かれている(罫線内の(※))。冬期間の仕事の確保を「込み」で考える必要性を示すものと思われたので、そのことを尋ねてみた。回答は概略以下のとおりである。

すなわち、旭川市でも平準化に努力しているものの、冬期間の工事とりわけ土木工事は夏に比べるとやはり少なくなる。冬期間の工事はどうしても経費が余計にかかるため、出来るだけ雪が降る前に着手できるように発注するか、あるいは、発注はしても雪が融けないと着手は容易ではない。建築の場合には基礎が出来てしまえば仕事は出来るが、それでも、平準化は進んでいない。

労働者からの要望もあって通年雇用の実現には努力していると事業者側からも聞いている。通年雇用化とは、冬の間も給与を支払うことを意味する。1年間でならすと、その分だけやはり賃金単価は下がってしまう。それでも雇用継続が労働者側から望まれている。年間を通して工事が受注できるという目処があるわけでもないため、定期昇給制度を設けるのは難しく、受注できそうな仕事量をにらみながら、その都度給与を上げているのが実態である。

以上のような話を事業者側からは聞いている、とのことである。

 

経営難と事業者側からの要望

第三に、旭川市では、工事の最低制限価格を引き上げて欲しいという陳情が建設事業者から2020年1月に出され議会で採択されたている[1]。この点について説明をしてもらった。

すなわち市によれば、入札資格ランクの低い土木工事──具体的には、土木のBクラス、Cクラス、そして舗装工事で、事業者の数が多くて競争が激しくなっている(表2)。入札価格が最低制限価格に張り付いており、落札者をくじ引きで決定している状況にある。その一方で、担い手三法の存在や、賃金の適正な支払いや社会保険加入を旭川市でも促進してきている[2]ことから、最低制限価格ちょうどでは経営的にかなり厳しい、制限価格を引き上げて欲しいというのが陳情の趣旨であった。

その趣旨は理解できるし、陳情は採択されたため、対策を検討中である。また、そのような対応を図ったほうが賃金も上がっていくのではないかという思いも市にはある、とのことだった。

 

表2 2020年度の入札結果・工種別落札率等

出所:旭川市提供資料。

 

なお、このことに関連して、旭川の発注価格は他都市に比べて何か特徴はあるのかを尋ねたところ、回答は、概略以下のとおりだった。

すなわち、旭川は札幌と並んで、最低制限価格が通常より高く設定されている。計算式で、直接工事費97%、共通仮設費90%、現場管理費90%、一般管理費55%──以上は、国で示すものであるが、旭川と札幌は一般管理費を65%にしている。以上の数値は公表をしている。また、積算単価は北海道のを使っている。積算ソフトが精巧になっているため、最低制限価格が分かってしまう、とのことである。

 

以上のような状況をふまえつつ、他市で導入されている賃金保障型の公契約条例を旭川市ではどう評価しているかなどを尋ねた。結果は次号で報告する。(続く)

 

[1] 令和2(2020)年陳情第7号「建設工事の請負契約の入札に関することについて」。陳情事項は次の2点。調査基準価格を引き上げること。同種の工事の入札については、可能な限り同一の入札公告日に集約するなど、受注機会の拡大を図ること。

[2] 旭川市「建設工事における社会保険等未加入対策について」。社会保険等未加入対策をより一層推進するため、令和元(2019)年10月1日から、旭川市発注の建設工事において、旭川市建設工事請負契約約款を一部改正し、受注者(元請業者)と直接契約を締結する一次下請業者(建設業者)を、原則社会保険等加入者に限定することが掲載。

 

 

(追記)札幌市でも2020年度から賃金等調査が始まった(本誌194,195号に掲載の拙稿を参照)。市のこうした動きを筆者は評価している。だが、有効回答296人分の調査結果の分析や公表は限定的であった。資料照会を通じて〔以下の〕調査結果の提供を受けたが、25職種ごとと合計の支払い賃金(平均値)が掲載されているのみで、旭川市のような詳細分析はされていなかった。調査データの集計を当方でできないか、あるいは、記載されていなかった職種別の回答数だけでもせめて教えていただけないか照会したが、個人情報保護の観点から、統計処理を終えた時点でデータは全て廃棄したとのことだった。関係者(今回の場合、事業者)の協力で集められた行政データは極力活かされるべきではないか、もったいないと感じた。

 

令和2〔2020〕年度 札幌市労働者賃金実態調査 結果概要

1 調査の目的
公共工事の品質確保の促進に関する法律(平成 17 年法律第 18 号)等の趣旨を踏まえ、公共工事に従事する労働者(労働基準法(昭和 22 年法律第 49 号)第9条で定める労働者をいう。以下同じ。)の労働環境の改善に資する入札契約制度改善の基礎資料とすることを目的に 賃金実態調査を実施するもの。

2 調査対象工事
設計金額3億円以上の工事10 件( 土木系 工種4件、営繕系工種6件)

3 調査対象事業者
調査対象工事の受注者及び「工事作業所災害防止協議会兼施工体系図」に記載されたその下請負人 (公共工事設計労務単価 51 職種に該当する労働者) 。

4 調査対象となる労働者
上記3 の労働者であって、公共工事設計労務単価において区分される 51 職種に該当する者のうち、調査対象賃金等が支払われた者 。

5 調査項目
調査対象工事の契約締結日に属する年の10 月 中に支払われた賃金 1月に満たない労働日数に係る賃金を含む。 10 月支給算定時に市発注以外の 工事に従事している場合も対象。
支払賃金=基本給相当額+基準内手当+臨時の給与+実物給与
(上記の合計額を1時間当たりの賃金に換算した額)

6 調査方法
対象事業者あて郵送にて調査を依頼 。各事業者から メールにより調査票を回答。

7 調査結果
(1)回答件数
①141 社(提出 96 社、対象外 45 社 、 回答率 65.9%)
②サンプル数 (工事従事者数)296 人
(2)集計結果
調査平均額 (時間額)1,871 円 (参考:設計労務単価 (北海道)2,476 円 75.6%)
※提出のあった 25 職種の加重平均

 

令和2〔2020〕年度 労働者賃金実態調査結果(職種別)

※平均額は提出のあった25職種の加重平均による。1日8時間として計算。

●令和2〔2020〕年度 調査平均額:1,871円(時間額 25職種)平均年齢48.3歳

 

 

(関連記事)

・川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(1)聞き取り調査等に基づき」

・「広がる公契約条例──地域の運動のポイントは?」(日本大学元教授・永山利和さんに聞く)

 

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