NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第204号(2022年7月号)に掲載された拙稿の転載です。下記もあわせてお読みください。
1.はじめに
本誌前号に掲載された拙稿におさめられなかった、札幌市の指定管理者制度下における雇用や賃金(以下、雇用等)のデータを本稿では紹介する。市発注の建設工事、役務契約におけるそれと同じく、事業者ルートで札幌市が得た(調べた)ものである。
指定管理者制度の説明を若干しておく。同制度は、2003年地方自治法の一部改定によって導入された。その目的は、「多様化する住民ニーズにより効果的、効率的に対応するため、公の施設の管理に民間の能力を活用しつつ、住民サービスの向上を図るとともに、経費の節減等を図ること」と説明されている。ここでいう公の施設とは、「住民の福祉を増進する目的をもってその利用に供するための施設」で、レクレーション・スポーツ施設、産業振興施設、基盤施設、文教施設、社会福祉施設など多岐にわたる(総務省の調べ[1]では、2018年4月1日時点で、全国で76,268施設に導入)。
従来の管理委託制度との違いは、制約されていた業務の範囲が拡大し、施設全般の管理を包括的に行い、行政処分に該当する使用の許可も行うことができるようになったことと、当該施設の管理を行う者(指定管理者)が、株式会社やNPO法人など民間業者にもひろく開放されたことである。
指定管理者制度の導入にあたっては、3年間の経過措置が設けられており、札幌市では、2006年4月から「指定管理者制度」に移行している。2022年3月18日現在、指定管理者による管理運営が行われている札幌市の施設数は、427施設である[2]。
住民サービスの向上が掲げられていたものの、全国的に、経費節減に傾斜して雇用に悪影響が及ぶなどした事例が報告され、制度開始初期には、政府からも、適切な運用を求める文書が発出されるに至った。筆者らもここ札幌市で、指定管理者導入施設の施設長やそこで働く労働者を対象とした調査を、公契約条例案が札幌市議会に上程された2012年2月の前後(2011,12年)で行い、結果の一部を本誌第146号掲載の拙稿で紹介しているが、当時と変わらぬ問題意識を持っている。
2.札幌市指定管理者制度下の雇用等調査の結果
表1 札幌市の指定管理者施設における雇用形態別職員数(2018~2020年度)
2018年度 | 2019年度 | 2020年度 | |||||||
全体 | 全体 | 全体 | |||||||
正規職員 | 非正規職員 | 正規職員 | 非正規職員 | 正規職員 | 非正規職員 | ||||
実 数(人) | 3,935 | 1,478 | 2,457 | 3,904 | 1,460 | 2,444 | 3,962 | 1,486 | 2,476 |
構成比(%) | 100.0 | 37.6 | 62.4 | 100.0 | 37.4 | 62.6 | 100.0 | 37.5 | 62.5 |
注:4月1日現在の数値。
出所:札幌市提供資料。
表2 同,指定管理者の施設内容の区分ごとの正規職員及び非正規職員の時間当たり平均賃金(2018~2020年度)
施設内容区分 | 代表例 | 2018年度 | 2019年度 | 2020年度 | ||||||
全体 | 雇用形態 | 全体 | 雇用形態 | 全体 | 雇用形態 | |||||
正規 | 非正規 | 正規 | 非正規 | 正規 | 非正規 | |||||
1 レクリエーション・スポーツ施設 | 農業体験交流施設、区体育館、温水プール、ジャンプ競技場等 | 821人 | 200人 | 621人 | 764人 | 200人 | 564人 | 838人 | 192人 | 646人 |
1,187円 | 1,820円 | 962円 | 1,140円 | 1,836円 | 915円 | 1,157円 | 1,881円 | 942円 | ||
2 産業振興施設 | 産業振興センター、コンベンションセンター等 | 97人 | 42人 | 55人 | 106人 | 44人 | 62人 | 105人 | 47人 | 58人 |
1,363円 | 1,815円 | 1,042円 | 1,375円 | 1,816円 | 1,038円 | 1,383円 | 1,794円 | 1,050円 | ||
3 基盤施設 | 都市公園、駐車場、市営住宅等 | 475人 | 230人 | 245人 | 402人 | 92人 | 310人 | 399人 | 95人 | 304人 |
1,142円 | 1,630円 | 997円 | 1,289円 | 1,605円 | 992円 | 1,172円 | 1,642円 | 1,026円 | ||
4 文教施設 | 区民センター、地区センター、芸術の森、コンサートホール、青少年科学館、生涯学習センター等 | 875人 | 248人 | 627人 | 914人 | 329人 | 585人 | 921人 | 337人 | 584人 |
1,134円 | 1,376円 | 999円 | 1,104円 | 1,434円 | 974円 | 1,134円 | 1,364円 | 1,002円 | ||
5 社会福祉施設 | 老人福祉センター、養護老人ホーム、健康づくりセンター、児童会館、保育所等 | 1,667人 | 758人 | 909人 | 1,718人 | 795人 | 923人 | 1,699人 | 815人 | 884人 |
1,194円 | 1,373円 | 1,040円 | 1,182円 | 1,372円 | 1,024円 | 1,221円 | 1,396円 | 1,060円 | ||
全体 | 3,935人 | 1,478人 | 2,457人 | 3,904人 | 1,460人 | 2,444人 | 3,962人 | 1,486人 | 2,476人 | |
1,183円 | 1,465円 | 1,006円 | 1,173円 | 1,494円 | 980円 | 1,191円 | 1,480円 | 1,010円 |
注1:各年度4月1日において指定管理者の職員であった者の各年度中の賃金について作成。
注2:施設内容区分は、総務省が2018年10月に実施した「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査」の施設区分による。
注3:次の者については、時間当たり平均賃金を算出するに当たり賃金が捕捉できない等の理由により対象から除外している。①派遣労働者、②勤務時間の定めのない職員。
注4:それぞれの時間当たり平均賃金は、賞与や諸手当を除くいわゆる基本給を基礎に算出したものである。
出所:表1に同じ。
さて、表1と表2が札幌市から提供されたデータ(2018~2020年度)である。
まず、雇用形態別に職員数を表1でみると、正規職員が4割弱で、残りの6割強が非正規職員となっている。
次に、雇用形態別の職員数と賃金とを、施設の種類ごとにまとめた表2をみる。
2020年度の値でみると、「全体」の正規職員の1時間当たり賃金額(表の注釈4に記載のとおり、賞与や諸手当を除くいわゆる基本給を基礎に算出)の平均値は1480円で、非正規職員のそれは1010円である。平均賃金が正規職員で最も高いのは「1.レクリエーション・スポーツ施設」のそれで、1881円(192人)である。一方、「4.文教施設」や「5.社会福祉施設」のそれは1400円に満たない(1364円、1396円)。金額にはばらつきはあるが、18年度も19年度も同様の傾向がみられる。
3.同調査における調査票、調査項目
表3 指定管理施設における配置人員の状況調査票(記載例) 本稿(ウェブ版)では上下に分割して掲載
ア | ア-2 | イ | ウ | エ | オ | カ | カ-2 | キ | ク | ケ | コ | サ | シ | ス | セ | |
職種 | 職業分類※別紙参照 | 雇用 形態 |
所定労働時間(休憩時間を除く) | 社会保険の加入 | 健康診断の実施 | 支払形態 | 1時間当たり賃金単価(基本給単価) | |||||||||
1日当たり | 1週間当たり | 年間 | 雇用保険 | 健康保険・厚生年金 | 期間中の勤務期間 | 支払形態に対応した欄に額を記入 | ||||||||||
月額 基本給 |
日額 基本給 |
時間 基本給 |
その他 | |||||||||||||
[時間/日] | [時間/週] | [時間/年] | ○ OR × | ○ OR × | [ ヵ月] | [円/月] | [円/日] | [円/時間] | [円/時間] | |||||||
1 | 事務 | 事25 | 正社員 | 7.75 | 38.75 | 2,020.00 | ○ | ○ | ○ | 月給制 | 12 | 250,000 | 1,485 | |||
2 | 事務 | 事25 | 正社員 | 7.75 | 38.75 | 841.00 | ○ | ○ | ○ | 月給制 | 5 | 220,000 | 1,308 | |||
3 | 館長 | 管03 | 正社員 | 8.00 | 40.00 | 2,085.00 | ○ | ○ | ○ | 月給制 | 12 | 330,000 | 1,899 | |||
4 | 事務 | 事25 | 正社員 | 6.00 | 30.00 | 1,564.00 | ○ | ○ | ○ | 月給制 | 12 | 170,000 | 1,304 | |||
5 | ||||||||||||||||
6 | ||||||||||||||||
7 |
ソ | タ | チ | ツ | テ | ト | ナ | 二 | ヌ | ネ | ノ | ハ | |
配置人数 R2.4.1現在 |
平均勤続 月数(R2.4.1現在) |
平均年間支払給与 (時間外除く) |
チのうち、手当 | チのうち、賞与等(手当、基本給以外) | 平均時給 (時間外除く) |
年間賞与の基準及びその他の手当の内容 | 備考 (※セ、ネの全ての額が861円を下回る場合は、理由を記載。) |
|||||
通勤 | 精皆勤・家族 | その他 | ||||||||||
内、基本給のみ | 内、基本給のみ | |||||||||||
[人] | [ ヵ月] | [円/年] | [円/年] | [円/年] | [円/年] | [円/年] | [円/年] | [円/時間] | [円/時間] | |||
1 | 2 | 120 | 4,500,000 | 3,000,000 | 80,000 | 170,000 | 250,000 | ####### | 2,228 | 1,485 | 賞与(基本給×4月分) 住居手当。昇給あり。 |
|
2 | 1 | 60 | 1,540,000 | 1,100,000 | 30,000 | 70,000 | 120,000 | 220,000 | 1,831 | 1,308 | 賞与(基本給×4月分) 住居手当。昇給あり。 |
8月末退職 |
3 | 1 | 320 | 6,000,000 | 3,960,000 | 70,000 | 250,000 | 400,000 | ####### | 2,878 | 1,899 | 賞与(基本給×4月分) 住居手当。管理職手当、昇給あり。 |
|
4 | 2 | 250 | 3,130,000 | 2,040,000 | 40,000 | 130,000 | 240,000 | 680,000 | 2,001 | 1,304 | 賞与(基本給×4月分) 住居手当。昇給あり。 |
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5 | ||||||||||||
6 | ||||||||||||
7 |
出所:表1に同じ。
ところで、そもそもこれらのデータは、どのような方法と内容で調べられたのだろうか。順序が逆になるが、札幌市から提供されたのが図表3(調査票の一部)である。
紙幅の都合で削った情報を補足すると、第一に、施設ごと(「複数施設を⼀括して指定管理している場合は、そのグループごと」)の記載が求められている。第二に、「正社員」と「正社員以外」でのほか、後者については、雇用(派遣を含む)期間が年度を通じて雇われた者と1年未満であった者とで分けて回答する設計になっている(本稿に掲載した記載例は、「正社員」のそれ)。第三に、表中の灰色のセルは自動で計算される箇所である。
さて、調査票の内容であるが、施設で働く職員の職種や雇用形態に続き、所定労働時間や賃金、社会保険(雇用保険、健康保険・厚生年金)の加入状況、健康診断の実施状況など多岐にわたる項目が調べられている。賃金については支払い形態のほか、平均年間支払い給与額、手当や賞与の有無・金額も調べられている。表2でみた1時間当たりの賃金単価(基本給単価)は、表中の「セ」である。
多岐にわたる項目が調べられており貴重であると感じた。これらを使えば、例えば、施設の種類ごとではなく、職種ごとの集計・分析も可能であるだろうし、平均値だけでなく、回答の分散状況も把握できる。また、(平均値であるものの)勤続期間と賃金データの関係のほか、正規職員と非正規職員の同一労働同一賃金の達成状況の検証作業も、一定程度可能ではないか。もちろんこうした作業は、指定管理者側の適切な支払い状況の確認だけではなく、(むしろ)発注者側である自治体側の指定管理料の支払い状況の確認という意味をもつ。
関連して言えば、札幌市の「指定管理者制度に関する運用ガイドライン」には、留意点として、「雇用問題への配慮」があげられ、次のように記されている。すなわち、「指定管理者制度の目的の一つは経費の節減ですが、制度運用を通じて施設従事者の人件費が過度に削減されるなど雇用条件が悪化することは、サービス水準の確保という観点からも好ましくありません。したがって、法、条例等の範囲内での制度運用において、指定手続以降指定期間を通じて十分に留意していく必要があります」と。
「雇用問題への配慮」が示す具体的な内容・水準や、その実現のための具体的な方法を明らかにする[3]ほか、同調査で集められたデータがどこまで活用されているか[4]の把握も、研究上の課題である。
4.自治体による調査活動の拡充と、保有データの活用という課題
本誌前号と今号で、札幌市による調査で得られた、建設工事・役務契約・指定管理者制度下における雇用等のデータをみてきた。公共サービスの官民(公民)協働という観点からは、自治体発注業務における、こうした現場の把握、調査の実施は、自治体の基本業務では本来ないだろうか。まだ実施されていない場合にはそれらの実施と拡充を求めていくことが関係者の課題ではないか。同時に、保有データの有効活用も必要であるとつくづく思う[5]。自治体DXとは異なる文脈での、すなわち、住民福祉の増進を目的とした、情報の収集や活用が求められている。
では次号では、我々自身で調べた調査の結果を紹介する。
(かわむらまさのり 北海学園大学教授)
[1] 総務省「公の施設の指定管理者制度の導入状況等に関する調査結果」(2019年5月17日)。
[2] 以上については、札幌市のウェブサイトの「指定管理者制度」のページを参照。
[3] 本誌第176号~第183号で「自治体発注業務における賃金算出根拠」を調べてきた。札幌市のそれも取り上げたが、発注時において特段の配慮、例えば、職務分析に基づく適切な金額の算出が行われていることなどの確認はできなかった。
[4] 建設工事の賃金調査データがすみやかに破棄され、調査結果の公開も限定されている点は本誌前号の拙稿を参照。
[5] データの有効活用という点では、管見の限りでは、賃金保障型公契約条例が制定された自治体であっても、進んでいるとは必ずしも限らないように思う。例えば先般、建設政策研究所が受託した川崎市の公契約条例の調査・研究事業に参加した(報告書が2022年3月に発行)。同市に受託者が提出している作業報酬台帳には、労働者の職種や給与の支払形態、労働日数、労働時間、賃金等の詳細なデータが記録されている。台帳上の数値が実際の数値と合致しているかの検証は必要ではあるものの、「公契約」現場で働く労働者の広義の労働条件を整理することが可能であり、条例の検証の上でも有効だと思ったが、公開はかなわなかった。かといって、報酬下限額の支払い確認以外に、台帳を使って、市が独自に何かの作業をしているわけではないようである。膨大なデータが死蔵された状態であり、もったいない。
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「広がる公契約条例──地域の運動のポイントは?」(日本大学元教授・永山利和さんに聞く)