是村高市「厳しい状況は、何も変わっていない、板橋で107社の印刷製本業者を訪問(2011年調査)」

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』第698号(2012年1月号)に掲載された、是村高市氏(全印総連顧問)による同タイトルの論文です。印刷業界の苦境は当時も今も変わりません。と同時に、こうした事業者訪問・対話の意義は、公契約条例を制定させる上でも不可欠の活動である、そのことが強く感じられる論考です。お読みください。

 

 

事態はさらに悪化か

2009年4月に続き、全印総連(全国印刷出版産業労働組合総連合会)は、2011年11月18日、東京・板橋地域の印刷製本関連企業107社を訪問した。事前に郵送したアンケートの回収と業界動向や産業政策提言などについて懇談をした。訪問に先立って、112社に今回の行動に対する趣旨説明文、アンケート、2009年実施アンケートの集約、産業政策提言を郵送した。

当日朝、全印総連の役員と加盟組合の組合員、全都一般印刷労組会議の役員が、志村坂上地域センター会議室に参集、今回の行動についての説明と意思統一を行った。この行動には、18人が参加し、7班に分かれて実施した。

前回の訪問時もそうだったが、営業時間内の訪問なので、快く応じてもらえるか、一抹の不安もあったが、概ね好意的な対応だった。

板橋地域は、新宿区や文京区同様、印刷製本が密集し地場産業となっている。これらの地域は、歩いていると必ず用紙や印刷物を出し入れするフォークリフトとトラックに出会う。しかし、以前はかなり密集していた印刷関連企業も現在では、その合間にマンションが建ち、駐車場があり、また、他産業の事業所が見受けられる。

そして特徴的なのは、新宿区には大日本印刷があり、文京区には共同印刷があり、今回訪問した板橋区には凸版印刷があることだ。つまり、これらの地域が印刷製本の地場産業として成り立っているのは、これら大手印刷の「城下町」だからでもある。

これは他産業、例えば、自動車だとトヨタと豊田市、スズキと浜松市、電気だと日立と日立市、製鉄だと新日鉄と北九州市、各製紙会社と富士市、の関係のようなものだ。

これら「城下町」は、城主の一挙手一投足で生業の死活問題が出てくる。日産自動車の村山工場閉鎖の社会問題化は、記憶に新しい。印刷も大手印刷を中心とした膨大な下請け造に支えられており、大手印刷の動きによっては、中小零細業者へ与える影響は計り知れない。

特に大手印刷の下請け専業になっている企業は、大手の企業状況が悪化すれば、内製化されて仕事を引き上げられ、仕事が増えてくると納期と単価に悩ませられる。下請け企業の宿命である。

そんな中小零細の印刷製本業者が密集する板橋地域の経営者とそこで働く人たちは、今の産業の現状と行く末をどう思っているのか、経営をしていく上で何が切実な問題になっているのか、全印総連として、この状況に対して何ができるのかを探るために、業者

訪問を行った。

 

訪問者の感想から地域経済の披瀝と厳しさが感じられる

 

マンションになっていた製本会社

 

それにしても、マンションが林立しているのには、驚いた。前回訪問の2009年時も感じたが、区内にこれだけのマンションが建つには、単純にその需要があるからだけではないのではないか。

マンション建設には、それだけの敷地が必要であり、駐車場も含めるとかなりの面積が必要だ。皮肉にも印刷工場や製本工場の敷地は、マンションや駐車場にはうってつけなのだ。儲からない、赤字が続く、後継者がいない、などの理由で廃業し、あるいは倒産をし、マンションが建っていく。現に倒産をした技報堂の跡地もマンションになる予定だ。しかし、建設したそのマンションにも空き家がある。日本経済が立ち直らない限り、資本主義の宿命であるスクラップ&ビルドもあり得ない。

今回の訪問で、明らかに廃業あるいは営業休止しているところが、107社中、28社もあった。そのほとんどがマンションや住宅地、駐車場になっていた。また、シャッターが下りたままのところや、別の会社になっていたところもある。この歩いて回れる地域だけで、2年前よりも28社がなくなったことになる。 そういえば、板橋地域の城主である凸版印刷も工場移転も要因なのだろうが、なんとなく活気がなかったような気がした。ちなみに、凸版印刷にも訪問をし、総務部員が応対をしてくれたが、アンケートには協力してもらえなかった。リーディングカンパニーとして残念な結果だったが、「産業政策提言」を説明した。提言にある印刷出版産業の振興と育成の一点で、共同した運動ができると考えているのだが、如何なものだろうか。

訪問者の聞き取りには、以下のような経営者の声と感想が書き込まれていた。

ある印刷会社は「単価は昨年よりさらに下がっている。仕事量三分の一に減少、そのしわ寄せは人件費にせざるを得ない。雇用調整助成金を利用しているが、どこまで持つか心配だ」と話している。「従業員もいない、後継者もいない、廃業することを前提でやっている」と対応した社長が印象的だった。

「40年来の付き合いのある高校の仕事が、相見積りになり、仕事がなくなった」と話す社長は、こんな要望も出した。「地域経済が回るように、自治体の仕事だけではなく、民間の仕事も地場の業者に出させるなどの工夫を行政にはしてもらいたい」。今度行う自治体への要請と交渉では、この言葉をしっかりと受け止め、この経営者の声を届けたいと思った。

開口一番、対応した社長は「非常に厳しい」と力をこめた。「元請けの単価が上がる状況にはなく、下落する一方だ。その中で仕事をしている我々にすると、全体がよくなる方向でお互いに頑張らないと、中小零細は仕事ができなくなる」と元請けに対するささやかな要望が出された。

また「前の厳しさは前向きだったが、今の厳しさ後ろ向きで、展望がない。板橋地域の東印工組の支部長をやった何社かの内、相当数が倒産・廃業した。大手印刷が単価を上げてくれれば、一息つけるのだが」と対応した社長の言葉が、印象的だったと訪問者は話す。

シャッターが下りていた製版会社

 

それにしても、業界を何とかしようと立ち上がった業界団体の役員の会社が、倒産・廃業とは、なんとも理不尽な経済システムである。

「後継者がいない。今日も仕事がなく、会社を閉めることを考えている。同業者も辞めている。どうしようもない」と漏らした社長の言葉が、重たい。「単価が下がるのは本当に大変。頑張ってほしい」と励まされた訪問者もあった。

ハイデルベルグの活版印刷機が稼動している会社の若いオーナーは、「大手事務機メーカーと大手印刷が手を組んで中小の仕事を奪っている。そんな中で、自分たちは手をこまねいているのではなく、活版印刷とデザインのコラボでネットを利用して生き延びようとしている」と、若い経営者らしく前向きの姿勢が見えた。

この班の訪問者は、製本の業界団体役員とも懇談をしているが、「大手は内製化と一貫生産を強め、折とか貼りの仕事が減っている。また、ロットの多い仕事は、すべて大手に行っている。結果、単価が下落し、品質も要求されるが、コストに反映されていない。業界団体としては、ビジネスモデルを提起しているが、ビジョンが示しにくく、どうしていけば製本業として成り立つのか、まったく不透明」と本音を話した。

三つの業界団体に加盟している経営者と会った。業界団体を抜けている企業がある中、すごいと思った。東印工組、東グラ、製本組合に加盟しているこの会社は、アンケートに記入し、社長が快く対応してくれた。アンケートの集約結果を知りたいとの要望もあり、業界動向について懇談したが、厳しさがひしひしと伝わってきた。その中で、「請求後に値引き要請がある」との話には閉口した。クライアントとしてのモラル、商道徳はどこへいったのか。

アナログ製版専業の会社を訪問した。懐かしい、ポジフィルムがあった。この会社は、大手印刷の100%下請けでアナログ製版に特化しているため、同業の競争相手がなく仕事は多少あるが減少が続き、来年あたりは廃業するかもしれない、とポツリとつぶやき、アンケートは手が空いたら書いてFAXすると答えたが、その日には本部に届いていた。協力に感謝したい。

世代交代をした経営者は「単価は下がっているが、仕事は若干増えた。他は後継者で大変だが、うちは上手くできた。アンケートを生かして、頑張ってほしい」と快くアンケートに応じてくれた。

女性の経営者は、かなりの時間を割いて、懇談に応じた。大手印刷や製紙会社には、大変不満があるようで、「大手印刷が単価を下げて仕事を横取りする。あまりにも腹が立ったので、大手よりも単価を下げて仕事を取り戻した。原価割れしても、やらなければなら

ないことがある。競争の時代を終わらせたい。今は、協力の時代。製紙会社はひどい。大王製紙のように、社長がお金を湯水のように使っている。こんな時代なのに、なぜ値上げなのか」と不満を漏らした。「でも、クヨクヨしても精神的に良くないので、元気にしている」と最後に明るく語った、との報告もあった。

 

アンケートに寄せられた切実な経営者の声

私が訪問したある製本会社は、所在地に大きなマンションが建っていた。会社に電話をしてみるが、「現在使われておりません」のアナウンスがむなしく流れていた。ただ、そのマンションに社長宅があったので、マンションのオーナーなのか、あるいは土地を売却してこのマンションに住んでいるのか、最悪の自己破産のケースではなさそうだ。

アンケート結果は次の通りだった。アンケートは38通回収した。

 

アンケートの結果

設問1では、印刷単価の下落状況を聞いた。20%以上が一番多く9社もあった。すでに下落しつくしている感のある単価が、2割以上も下落したらもはや死活問題だ。その中で、単価が変わらないとした企業が7社あったが、すでに下げ止まりなのだろうか。

設問2では、売上・仕事量について聞いたが、減ったが32社と圧倒的に多く、84%と非常に高い。増えたが4社、現状のままが2社というのは、この状況下にあって健闘している、ということか。設問3では、原材料費の値上げ分が価格に転嫁できたかどうかを聞いたが、全く転嫁できないが24社と70%もある。単価下落に加えて、原材料費の値上げ分も転嫁できずに、自らが負担するという、もはや商取引の世界ではない。

設問4では、取引慣行や取引先からの無理な要請について聞いた。一番多いのが、発注書なしの仕事をしているのが21社、次いで、諸資材の値上げ分を転嫁できないが19社、代金を値引きされたが10社あった。発注書がないというのは、契約の世界ではあり得ないが、この業界では当たり前になっている。発注書がないから、発注金額もないし、納期もない、全て口頭か電話連絡なのか。メールならば、その履歴が残るから、発注書に準ずると思うが、それもないということか。あまりにも前近代的な商慣行である。

設問5では、消費税の増税について聞いた。大いに影響があるが24社と一番多く、わからないが20社あった。本来、消費税が増税されれば、そのまま価格に転嫁すれば良いのだが、元請けや得意先がそれを許さないのだろう。原材料費の値上げ分を転嫁できない現在の取引構造が問題である。それにしても、日本経済がこれだけ疲弊し、経済を再建するのに一番大切な個人消費を押し下げる消費税増税は、如何なものであろうか。

設問6では、元請け、得意先からの納期・品質・価格に対して、無理な要求があったかどうかを聞いた。「ある、少しある」と答えたのは26社、全体の74%もあった。クライアント優位のこれも変わらぬ傾向なのだろう。

設問7では、取引条件の一方的な変更の有無を聞いた。ないが21社と多く、これは意外だった。設問6の結果とは若干矛盾するが、もともと取引条件が良くないのか。

設問8では、現在困っていることを聞いた。一番多いのが、当然の結果だが「仕事の減少」で28社。ついで、低価格が21社、原材料の高騰が14社、資金繰りが12社とすべて「コスト」に関わることである。現在の経営状況を反映した当然の結果である。

このように、アンケートの結果は、企業の置かれている今の厳しい状況を映している。次回調査するときは、この結果が少しでも好転していることを願わずにはいられない。

 

「産業政策提言」で何を目指しているか

 

訪問後の特徴と結果を協議する会議風景

 

何よりも、日本経済の活性化が急務である。政府は、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加で日本経済の閉塞を打開しようとしているが、印刷関連産業の振興がこれによってできるとは思わない。

2011年10月13日に行われた経営者5名によるシンポジウム「これで良いのか? 印刷出版関連産業」の中で日本印刷技術協会の浅野健会長は、日本の印刷産業は「地場産業」でアジアのそれは「輸出産業」と指摘したが、地場産業である日本の印刷関連産業は、国内での需要が好転しない限り、振興はあり得ない。日本の農業と同じで「地産地消」の生業なのである。このベースを無視した経済振興策は破綻する、と思う。

私たちは、2010年9月に「産業政策提言」を公表した。この提言は、五つの柱からなっている。一つは、「適正単価の確立」である。企業が適正利益を得て再生産が可能な、そこで働く人たちの賃金と労働条件が改善できるような印刷単価を求めている。しかし、そうはいっても、この資本主義経済の中で民間単価を改善するのは大変なことである。

だから私たちは、官公需印刷物の単価を適正にしようと「入札制度の改善」をもう一つの柱にしている。入札する度に落札価格が下落し、入札を辞退する企業が出るような今の入札制度は、国民のための公共調達という観点から見ても、おかしな制度である。官公需印刷物に関しては製造請負にして「最低制限価格制度」を導入し、予定価格の適正な設定と公開を毎年政府・自治体に求めている。

今、一部のマスコミで公共調達について、「競下げ方式―逆オークション」の導入を良しとするような論調がある。何をか言わんやである。ネットオークションではあるまいし、引き下げるだけを目的とした「競下げ方式―逆オークション」には、引き続き反対をしていきたい。

そして、入札制度の改善をするためにも、また、公共調達を受託する企業にも、そこで働く人にも適正な制度にするためには、「公契約条例(法)」の制定が欠かせないのである。政府・自治体が発注する工事、製造請負、物品のすべての公共調達は、公正、公平、適正でなければならない。あまりの低価格で企業が成り立たない、あるいは労基法を無視した働かせ方で急場をしのぐような事態にさせないために、「公契約条例(法)」の制定に向けて、動き出している。

印刷出版関連産業の育成と振興、「文字活字文化振興法」の活用も、重要な柱にしている。本を読もう、新聞を読もう、印刷物に触れようと、さりげない日常生活の中でも、意識的に取り組むことの重要性を訴え続けている。それは、文字活字文化振興のシンポジウムだったり、毎年行っている「円卓会議」だったり、様々な取り組みである。

「産業政策提言」は、このような地産地消の印刷出版関連産業の行く末を確かなものにするための、最低限の指針である。この普及と活用、さらに多くの人たちの賛同を求めて、地道に、時には大胆に継続した取り組みにしていきたいと考えている。そのことを強く感じた今回の板橋地域での業者訪問だった。

 

 

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