是村高市「静岡県公契約条例の考察」

公契約条例の制定運動に長年取り組んでいる是村高市さん(全印総連顧問)から原稿をいただきました。どうぞお読みください。

 

出所:静岡県ウェブサイト(「事業者等を守り育てる静岡県公契約条例」ページ)より。

◆公契約条例の概要

静岡県に公契約条例(事業者等を守り育てる静岡県公契約条例)が公布施行されたのは、2021年3月26日だった。全国の都道府県では、8番目の制定になる。その前文では「入札の不調やダンピング発生の恐れがあり、公共サービスの品質を確保する」「人手不足の深刻化で静岡県の産業を支える人材の確保が急務」「働き方や生活様式の多様化により。働きやすい職場環境の整備が必要」の三点を挙げている。

条例の目的は、1.公共サービスの質の向上2.労働環境の整備 3.優良な事業者等の応援の三点が挙げられている。また、条例の対象は、建設工事、工事に関わる業務委託、その他の業務委託、物品購入等、金額や分野に関わらず県が支払いをすべき契約としている。契約金額の下限がなく、物品購入も含まれているのが特徴だ。

しかし、労働報酬の下限額を規定した賃金条項はなく、今後の課題になっている。

寄せられたパブリックコメントは別掲資料(静岡県「提出された意見に対する県の考え方」)

 

 

◆制定までの経過

2021年3月17日、各会派からなる「静岡県議会公契約条例案検討委員会」での検討を重ねた結果、議員提案により「事業者等を守り育てる静岡県公契約条例」が制定され、3月26日に公布・施行された。

条例制定を推進してきた静岡自治労連や静岡県評は、2016年9月25日、「静岡県に公契約条例を!シンポジューム」を開催した。参加者は、自治体関係・契約担当職員をはじめ、国交省職員、建設関係などの労働者・労働組合など100人が参加した。シンポジュームの内容はこうだ。

実行委員会の代表である静岡県弁護士会の丹羽弁護士は挨拶で「公契約条例とは、公の事業や施設に従事する労働者へ、最低賃金を超える額の賃金を支給させ、実際に手元に届けさせる規定をつくるもの」「ワーキングプアや公共サービスによる死亡事故などをなくすためにも、条例に対する理解を深めていこう」と語り、記念講演を行った根本崇野田前市長は概要次のような講演を行った。

「野田市では、公共工事を行う労働者の賃金は10年間で3割減、就業者も減少して後継者難となり、工事の質が保障できなくなり、業務委託・指定管理者制度は、低価格落札が繰り返され、官製ワーキングプアや公共サービスの質の低下を招いた。このような中、労働組合から公契約条例制定の要請があった」と条例制定までの背景を語った。

また、野田市の公契約条例の特徴については、「賃金に特化としたもの」とし「公共工事については、設計労務単価(公共工事に従事する労働者の最低賃金)の85%以上とし、業務委託・指定管理については、用務員の初任給相当額(地域手当含む)とした。しかし、業務委託については、この金額でヒットしたのは清掃業務だけだった。そこで、2016年度から保育士、看護師、介護支援専門員など職種別賃金を作成した」と報告、教訓として「一本価格の賃金設定だと多くの業種で空振りとなり、何の意味も持たなくなる」と教訓が語った。

さらに「野田市では、条例制定の4月1日、電話交換がまったく機能しなくなった。落札価格が毎回下げられ、業者が人件費削減を行い、職員が全員辞めた。職員総入れ替えの結果、機能ストップとなった」とし、公契約の大きな課題として雇用継承の必要性が語られた。野田市では、その後、公契約に継続雇用の努力義務を規定し、長期継続契約の締結が義務付けられた。

そして最後に「自治体が条例をつくる際は、最低賃金だけを守ればいいのではなく、労働者の仕事や生活に見合った賃金を職種毎に定めていかなければならない」と、労働報酬の下限額を決めた賃金条項の規定の重要性を強調した。

 

記念講演をする野田市前市長 根本崇氏

 

この後、日本大学商学部の永山元教授をコーディネーターに、パネルディスカッションが行われた。はじめに永山先生から「公契約条例とは、自治体が労働組合や労働法規に変わって何かひと肌脱ぐというものでない。労働条件、事業者の経営改善、公共事業を受け取る側のサービスなど、あらゆる課題を利害当事者との間で考えなくてはならない。その意味では、出来てからが本番」と問題提起があり、各パネリストが報告を行った。

 

コーディネーターを務めた日本大学商学部元教授 永山利和氏

 

各パネラーの報告の概要は、次のとおりである。

静岡英和学院大学短期大学部の児玉准教授は、「適正な指定管理者制度を考える研究会」の「指定管理者アンケート」を使い、「指定管理者制度の下では業者が指定を取れなかった場合、正規職員の3分の1、非正規職員の半分が解雇となる。指定管理料について多くの事業主が適正ではないと答えており、その結果人件費が削減され、官製ワーキングプアにつながっている」と問題を明らかにした。

札幌弁護士会の渡辺弁護士は、2013年に市議会で公契約条例が一票差で否決された経緯を説明し、「条例制定については、自治体の労働組合がどこまで本気だったかという問題がある。自治体職員から見れば仕事が増えるという思いがあるのだろうが、官製ワーキングプアの問題を考えた場合、労働組合として条例制定をめざすことは必要ではないか」と激励を含めた報告がされた。

国交省労組の山田中央執行委員は、国による「公契約法」制定運動を紹介しながら、「厚労省、国交省と交渉しているが、最低賃金法とダブルスタンダードになることを嫌がっている。しかし、最低賃金額は高卒19歳単身者が基準となっており、これでは生活できない」とし、生計費原則が語られた。また、「静岡県の特殊作業員の設計労務単価は20,700円、年収440万円にしかならない。東京オリンピックやリニア新幹線建設を考えたら、建設労働者は首都圏へ流れてしまう」と人口流出問題も含めた問題提起をした。

 

発言をする各パネラー

 

最後に、林副実行委員長が「静岡県は、最低賃金でも公契約条例でも空白地帯となっている。県は、総合評価方式をいち早く取り入れ評価するが、実際に適正な賃金が労働者まで届いているかが大事だ。今日のシンポジュームを契機に、一日も早く静岡県に公契約条例を作っていきたい」と意気込みを語った。

 

決意を語る林克静岡県評議長

 

 

◆沼津市の公契約条例制定の現状

筆者が住む沼津市の連合系労組出身市議で作る市民クラブの梶市議(東芝機械労組出身)は、2012年12月に公契約条例について、①現状認識と課題、②条例制定の必要性、の二点について質問したが、沼津市の考えは、条例制定に後ろ向きな各自治体同様、以下のような答弁だった。

「①景気の低迷や公共事業の削減等に伴う競争の激化などにより、契約額の低価格化が進んでいると言われており、その結果、受注先企業の経営や雇用の悪化、労働者の賃金・労働条件の低下につながっているとの指摘もある。一方で、公契約に基づき実施される事務事業は、地域活性化や住民福祉の向上等のために行うもので、実施に当たり、最少の経費で最大の効果を上げることが求められる。本市では、業務委託先や指定管理者をプロポーザル方式により選定することや、建設工事における入札制度において、最低制限価格や低入札価格調査などの制度を運用することにより、適正な契約の確保に努めている。

②沼津市においては、公契約条例で定めようとする内容は、労働基準法や最低賃金法などとあわせて国が法律を整備して取り組むべき問題であると考えており、引き続き、国や他自治体の動向を注視していく」

筆者は今まで公契約条例制定のための自治体交渉や懇談をしてきたが、沼津市でも公契約条例の制定に対しては、前向きな姿勢ではない。入札制度を改善しているから現状でよい、労働報酬の下限額の規定した賃金条項に対しては、国が取り組むべき課題、として公契約条例制定には消極的である。運動がないと前には進まない典型的な教訓である。

ところで、旧統一協会の様々な問題が噴出しているが、この反社会的カルト団体が、各自治体に対して「家庭教育支援条例」の制定、あるいは国に対して「家庭教育支援法」の法制化について、様々な運動や陳情を行っていた。

静岡県にもこの「家庭教育支援条例」が制定されているが、どのような運動や陳情があったのか、旧統一協会と関りがあるのか、まったく無知だが、運動や陳情がないと首長提案であれ、議員提案であれ、中々条例が制定されることはない。

「公契約条例」の制定は、税金を使って行う公契約の適正化、公正化が目的だ。したがって、請け負う業者もそこで働く労働者もその自治体住民もすべてが係わる条例であるので、息の長い草の根運動が必要だと改めて考えている。

 

 

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