川村雅則「旭川市及び札幌市における労働者賃金調査(工事)結果の紹介」

NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第210号(2023年7月号)に掲載された拙稿です。どうぞお読みください。

川村雅則「旭川市及び札幌市における労働者賃金調査(工事)の紹介」『建設政策』第210号(2023年7月号)pp.40-43

 

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はじめに

統一地方選も終わり、我々の公契約運動も仕切り直しを求められている。統一地方選では、公契約条例がまだ制定されていない札幌市において、市長及び市議会議員の立候補予定者に対する公開質問などに取り組んだが、北海道で唯一の公契約条例(いわゆる理念型条例)を有している旭川市はその後、どうなっただろうか[1]。旭川市をあらためて訪問してその後の状況を伺おうと市の担当者に連絡をとったが、6月は議会対応など多忙という事情で調査は7月以降に先送りになった。

そこで本稿では、調査に先立って、旭川市が継続して行っている、市発注工事に従事する労働者の賃金調査(「旭川市労働者賃金等の実態調査(工事)」)の結果を紹介する。同様の調査は、札幌市でも行われている(「札幌市工事請負契約に係る労働者賃金実態調査」)。あわせて紹介をする[2]

以下、両市の調査を「工事賃金調査」と呼ぶ。公共工事設計労務単価は、設計労務単価と呼ぶ。

 

旭川市の工事賃金調査の結果

旭川市の調査は、設計金額500万円以上の建設工事で、なおかつ、4月1日から(年度によって異なるが)8~10月末までの間に1日以上施工期間が含まれるものが対象である。調査が開始された2019年度以降の調査の概要を表1にまとめた。

 

表1 旭川市の「工事賃金調査」結果の概要(2019~2022年度)

2019年度 2020年度 2021年度 2022年度
有効回答 205社・888人・28職種 228社・811人・32職種 143社・594人・27職種 167社・659人・30職種
労働賃金単価 13,717円 14,059円 13,682円 14,341円
設計労務単価 19,260円 19,873円 19,445円 20,834円
設計労務単価比 71.2% 70.7% 70.4% 68.8%

注:設計労務単価は、北海道では回答が示されていないものは除いて算出されている。よって各年度の対象は、建具工を除く27職種(19年度)、石工・屋根ふき工を除く30職種(20年度)、石工・ブロック工を除く25職種(21年度)、石工を除く29職種(22年度)である。
出所:旭川市「工事賃金調査」より作成。

 

2022年度の平均労働賃金単価は14,341円で、21年度に比べて659円、4.8%増加している。

但し、22年度の設計労務単価(表1の注釈を参照)は、21年度の19,445円から20,834円にまで(1,389円、7.1%)増加しているため、22年度の同単価比は68.8%にまで低下している。

ちなみに、旭川市の調査結果をまとめた「集計表」としては、次のものが公表されている。すなわち、(1)職種別総括表(詳細、前年調査との比較)、(2)年齢層別、(3)経験年数層別、(4)就業形態別、(5)月給制・日給制別、(6)元請・下請別、(7)設計労務単価との比較、(8)外国人労働者の状況、(9)法定外労災保険の加入状況と週休2日制取組状況、である(いずれの名称も同市調査による)。集計表は、旭川市のウェブサイト「労働者賃金等の実態調査(工事)について」ページに掲載されているので参照されたい。

以下の表2は、主要12職種の調査結果と全体(全職種)の調査結果について、上記の「(1)職種別総括表」と「(7)設計労務単価との比較」に基づき、整理をしたものである。

 

表2 旭川市の職種別にみた、労働者の平均年齢・平均経験年数・労働賃金単価及び設計労務単価・設計労務単価比(2022年度)

A B
労働者数(人) 平均年齢(歳) 平均経験年数(年) 労働賃金単価(円) 労働者数(人) 設計労務単価(円) 設計労務単価比(%) 設計労務単価比70%未満の割合(%) 設計労務単価比60%未満の割合(%)
平均額 最高額 最低額
a b a/b
特殊作業員 64 47 17 15,205 23,269 8,788 64 22,100 68.8 62.5 21.9
普通作業員 236 47 16 12,478 21,041 7,148 236 18,000 69.3 52.1 30.9
軽作業員 14 50 15 11,249 13,925 7,232 14 15,500 72.6 42.9 28.6
とび工 32 38 16 16,176 28,587 9,000 32 25,100 64.4 65.6 50.0
鉄筋工 9 45 22 14,350 18,792 10,593 9 25,800 55.6 88.9 66.7
運転手(特殊) 31 53 26 17,169 24,869 9,939 31 22,400 76.6 29.0 12.9
運転手(一般) 22 53 23 13,673 20,493 10,333 22 18,600 73.5 45.5 13.6
型わく工 18 54 30 14,727 17,728 12,704 18 24,700 59.6 83.3 55.6
大工 1 70 44 17,143 17,143 17,143 1 25,700 66.7 100.0 0.0
左官 6 37 18 13,400 17,516 8,428 6 25,100 53.4 100.0 66.7
交通誘導員A 22 51 17 11,351 15,703 8,718 22 15,200 74.7 36.4 4.5
交通誘導員B 16 53 11 11,280 17,391 8,183 16 12,600 89.5 18.8 0.0
全職種 659 47 19 14,341 31,185 7,148 657 20,834 68.8 55.4 32.0
同(2021年度) 594 48 19 13,682 30,698 6,506 591 19,445 70.4 51.8 29.3
同(2020年度) 811 47 19 14,059 60,558 6,235 800 19,873 70.7 52.3 29.9
同(2019年度) 888 48 20 13,717 47,207 6,409 881 19,260 71.2 54.5 30.1

注:表の左半分(A)は(1)職種別総括表から、右半分(B)は(7)設計労務単価との比較から、それぞれ作成した。
出所:表1に同じ。

 

人数の少ない職種もあるので注意が必要である。最も人数の多い「普通作業員」をみると、労働賃金単価の平均額は12,478円で、設計労務単価18,000円の69.3%にとどまる。なお、同単価比が70%に満たない労働者の割合は52.1%を占め、同じく60%に満たない労働者の割合も30.9%を占める。

設計労務単価が引き上げられていることもあって、全職種でみても、設計労務単価比が70%に満たない者は55.4%、同じく60%に満たない者は32.0%と過去4年間で最も多くなっている。

 

札幌市の調査結果

札幌市の調査は、設計金額3億円以上の工事から年10件が抽出されて行われている。2022年度は土木系工種5件、営繕系工種5件で調査が行われた。表3は、札幌市の「工事賃金調査」結果の概要を整理したものである。

 

表3 札幌市の「工事賃金調査」結果の概要(2020~2022年度)

2020年度 2021年度 2022年度
有効回答 96社・296人・25職種 75社・241人・28職種 132社・490人・31職種
調査平均額(時間額) 1,871円 1,857円 1,935円
設計労務単価 2,476円 2,621円 2,663円
設計労務単価比 75.6% 70.9% 72.7%

注1:有効回答の事業者数は、回答のあった事業者から「対象外事業者」を除いた数値。
注2:調査平均額、設計労務単価はともに提出のあった職種の加重平均値(20年度は25職種、21年度は28職種、22年度は31職種)。
出所:札幌市「工事賃金調査」より作成。

 

22年度の結果をみると、まず有効回答が490人まで増えている。賃金の調査平均額(時間額)は1,935円、設計労務単価比は72.7%で、21年度に比べて、前者は78円(4.2%)、後者は1.8ポイント、それぞれ増加している。

 

表4 札幌市の職種別にみた調査平均額・設計労務単価・設計労務単価比(2020~2022年度)

2020年度 2021年度 2022年度
調査平均額(円) 設計労務単価(円) 設計労務単価比(%) 調査平均額(円) 設計労務単価(円) 設計労務単価比(%) 調査平均額(円) 設計労務単価(円) 設計労務単価比(%)
特殊作業員 18,120 21,100 85.9 14,264 21,100 67.6 17,520 22,100 79.3
普通作業員 13,856 17,300 80.1 14,152 17,300 81.8 14,696 18,000 81.6
軽作業員 8,832 14,400 61.3 16,088 14,500 111.0 13,176 15,500 85.0
とび工 16,232 23,700 68.5 15,024 23,700 63.4 16,168 25,100 64.4
鉄筋工 15,832 24,200 65.4 15,928 24,200 65.8 17,816 25,800 69.1
運転手(特殊) 15,528 20,700 75.0 14,872 20,900 71.2 15,720 22,400 70.2
運転手(一般) 12,728 17,600 72.3 11,904 17,600 67.6 12,216 18,600 65.7
型わく工 15,312 23,300 65.7 20,408 23,300 87.6 18,280 24,700 74.0
大工 17,080 25,100 68.0 25,100 25,700
左官 13,656 25,100 54.4 12,728 25,100 50.7 14,928 25,100 59.5
交通誘導警備員A 9,808 13,900 70.6 10,840 14,600 74.2 10,296 15,200 67.7
交通誘導警備員B 9,712 11,800 82.3 10,976 12,000 91.5 9,856 12,600 78.2

注:調査平均額は「1日あたり」の金額。
出所:2020年度、2021年度の数値は、川村(2022)より転載。

 

表4は、主要12職種について、賃金の調査平均額、設計労務単価及び同単価比をまとめたものである。職種別の回答者数が示されておらず不明である[3]ことに注意が必要であるが、先にみた、旭川市ではおよそ70%にとどまっていた「普通作業員」の設計労務単価比は、過去2年に引き続き、今年度も80%に達している。

 

まとめに代えて

旭川市と札幌市が行っている工事分野での賃金調査の結果をみてきた。

この間も述べてきたとおり、調査が自治体(行政)によってまだ行われていないなら、実施を求めていくことが急がれる課題である。新・担い手三法の趣旨に照らしても、事業パートナーである民間事業者でどのような賃金・労働条件にあるかの積極的な把握作業は、発注者に求められることではないか。もちろんそれは、地域建設産業で働き続けられる環境づくりや地域内経済循環の構築にとっての第一歩に過ぎない[4]

例えば旭川市の調査(事業者からの聞き取り調査)によれば、「設計労務単価に準じ賃金を支給する考えのない事業者」からは、「仕事が沢山あり利益があれば反映したいが、そうでないので困難と考える」、「単価上昇分を発注者からもらえない状況である。民間工事でもらおうとすると、発注者が他社へ仕事を頼むこととなる」などの意見が示されている。労働力〔確保〕についても、「〔求人を出しても〕問合せがない」、「入社しても長続きせず、すぐ辞める」、「応募者がいないのは3K、4Kの外仕事がほとんどのためと考えられる」と述べられている。

 

 

図1 上流から下流ではなく、必要経費の積み上げとしての賃金決定構造へ

資料:国土交通省「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」第9回(2023年3月29日)配布資料pp.28-29より作成。
出所:タイトルを含め惠羅(2023)p.21より転載。

 

市村(2022)が整理しているとおり、賃金の引き上げや人への投資が中央政府の政策的な課題として取り上げられている。もっとも、具体的な道筋や実効性ある政策内容は必ずしも示されていない。今回の両市の調査でも、調査で明らかにされた賃金額の平均は、設計労務単価の70%前後であった。賃上げの必要性が指摘されていながら、なぜ70%にとどまるのか。何が賃上げの障害になっているのか。賃上げを実現するためにも、地域の建設産業のトータルな現状把握がまずは求められている。

あわせて、物流業に注目が集まっているが、建設業においても、時間外労働の罰則付上限規制が2024年4月から適用される。働き方改革は、建設業でも文字どおり待ったなしである。国土交通省「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」など、中央政府ではそのための政策論議も進んでいる。図1は、委員として同検討会に参加した惠羅(2023)が紹介しているものだが、労務費の圧縮を原資としたこれまでの廉売行為を制限し、見える化された必要労務費がどの層でも保障されることになれば、不要な請負構造は解消され、賃金の適正化が期待されるだろう。中央でのこうした政策論議を注視しながら自治体・地方政府レベルでそれを実現していくことが必要になる。調査・研究機能や政策立案機能が自治体議員・議会の側にこれまで以上に求められることになるだろう[5]。そのための準備は労働組合の側にできているだろうか。

 

(かわむらまさのり・北海学園大学教授)

 

[1] 旭川市からお話しを聞かせてもらったのが2021年5月なので、2年も経過してしまった。当時の調査結果は、「旭川市における公契約条例の経験──聞き取り調査等に基づき」と題して、本誌第199号(2021年9月号)から第201号(2022年1月号)までの3回に分けて報告した。

[2] 札幌市の調査結果などは、以前に、川村(2022)にまとめているので参照されたい。

[3] 注釈2の拙稿にも書いたが、札幌市の調査結果の集計・発表の方法は限定的である。今年度も、情報照会に対して、「結果概要」A4用紙2枚が提供されたのみである。

[4]このテーマについては、岡田(2023)を参照。

[5]公契約運動の奥行きの深さや可能性については、川村(2023)を参照。

 

 

 

参考文献

市村昌利(2022)「経済政策における建設産業政策と新しい資本主義の概観」『建設政策』第203号(2022年5月号)

惠羅さとみ(2023)「賃金をめぐる建設産業政策の新たな展開──国交省「持続可能な建設業に向けた環境整備検討会」のとりまとめをうけて」『建設政策』第209号(2023年5月号)

岡田知弘(2023)「地方自治と地域再生の危機にどのように立ち向かうか」『季刊自治と分権』第91号(2023年4月号)

川村雅則(2022)「札幌市の公共調達等に関するデータ(2)」『建設政策』第203号(2022年5月号)

川村雅則(2023)「公契約条例の制定で自治体を変える」『建設政策』第207号(2023年1月号)

 

 

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