「広がる公契約条例──地域の運動のポイントは?」(日本大学元教授・永山利和さんに聞く)

公契約条例に造詣の深い永山利和先生(日本大学商学部元教授、世田谷区公契約適正化委員会副会長)へのインタビュー記事を転載します。雑誌『経済(新日本出版社発行)』編集部によるインタビューで、同誌第295号・2020年4月号(特集:地域から日本経済を建て直す)に掲載されたものです。なお、転載にあたりましては、永山先生、編集部のご了解を得ております(有料配布・再転載はお控えください)。/公契約条例を全国に広げていきましょう。どうぞお読みください。

 

 

「公契約」とは、自治体が行う多くの商品・サービス(役務)の購入、建設物・製造物の発注、契約のことです。公契約条例は、この取引契約、基本ルールを通じて、地域経済への振興、住民の福祉を図ろうというものです。全国で広がる条例制定運動、とりわけ世田谷区公契約条例の制定・運用に携わってきた、永山さんに聞きます。〔編集部〕

 

 

公契約条例─全国の状況と世田谷区条例の経験

 

──公契約条例の現状、あらましについてお願いします。

 

 永山 公契約条例は、2008年に山形県公共調達基本条例が、09年に千葉県野田市公契約条例が制定され、この10年余の間に、制定自治体は53(県7、市町村46)、条例ではないけれど、「指導要綱」(議会の採択を経ない行政指導)が1県でつくられています。このほか、公契約市場での賃金、労働条件での改善策を取り組むなど、様々な形態で広がっており、制定運動は新しい段階に入ってきていると思います。

首都圏、とくに東京都内では前進し、千代田区、世田谷区、足立区、目黒区、江戸川区、新宿区、多摩市、国分寺市、日野市で条例ができています。要綱も4区でつくられていますし、近く杉並区、中野区でも条例制定が見込まれています。すると23区の公契約条例施行は人口比で5割を超えることになります。

その基本的な政策目標は、公契約における適正な賃金・労働条件をつくるため、労働市場・環境を整備することにあります。それを通じて、「官製ワーキング・プア」と言われる自治体関係が生んだ低賃金を解消し、地域経済が安定して上向く循環をめざすことができます。

 

◎世田谷区の条例の制定、運用の特徴

 ──永山さんも副会長としてとりくまれてきた、世田谷区の公契約条例の経緯について聞かせてください。

 

 永山 世田谷区の「世田谷区公契約条例」は、2014年9月、区議会全会派の賛成で成立し、翌15年4月から施行されました。ここに至るには、06年12月に条例制定の準備会をスタートし、足掛け9年かけて条例化が実りました。

条例は前文で「事業者が置かれた厳しい経営環境の実態」や「不安定な雇用によって低賃金労働者が出現する」という現状に対して、「事業者の経営環境が改善され、適正な賃金の支払いなど労働者の労働条件が守られ、また、公共事業の品質が確保され、もって区民の福祉が増進されることを目指し」、制定された主旨、経緯を示しています。

この目標達成のために、区長の付属機関として「公契約適正化委員会」を条例第6条で、労働報酬の下限額を審議する「労働報酬専門部会」を第7条で設置する規定となっています。

また条例の適用範囲として、工事の請負契約費「3000万円以上」、それ以外の委託等の契約は「2000万円以上」、労働条件が適正であることを示す「労働条件確認帳票(チェック・シート)」の提出を求める契約では「50万円以上」と謳(うた)い、他自治体の条例に比べると、適用範囲が広く、対象も、建設のみならず、印刷を含む製造委託、指定管理者制度契約等、幅広くなっているのが特徴です。

 

◎委員会主体の運営を貫く

 ──その条例運営についてはいかがでしょうか。

 

 永山 世田谷区公契約条例の施行時期は、2015年4月の保坂展人・区長再選と重なりました。地方自治は首長の姿勢、行政、議会が条例の活用に関係しますが、やはり、地域からの運動の支えがなくては機能しません。その点で、世田谷区は時間をかけて、業界団体、労働組合が入り、住民と行政、議会が議論を進めてきました。

最初に、区側が出してきた条例案は、糠(ぬか)に釘を打つがごとき、と言っていい内容でした。それを変えさせるために、粘り強く、活動、協議を続けました。その中心は、東京土建、区職労、区労連、連合世田谷、地区労の地域の五つの労働組合「五労組委員会」(通称“ゴダイゴ”と呼んでいます)であり、07年2月から「公契約推進世田谷懇談会」が生まれ、推進に必要な課題を論議し、「公契約シンポジウム」を開催してきました。懇談会は、区議会の主要会派すべてに懇談、要請を行い、シンポジウムには区議会全会派の議員参加を得ました。シンポジウムは昨年19年11月の第11回目まで続いています。

行政との関係では、15年4月、条例施行後初の委員会が開かれ、端(はな)から揉もめました。第1回目に行政側が、委員会の人事で、別組織の「入札監視委員会」の会長、副会長をそのまま横滑りさせる案を出したからです。

これは第2回の委員会で、会長・副会長は「委員の互選による」という条例の施行規則にどおりとさせ、入札監視委員会は別枠で設置させました。副会長については、懇談会推薦委員から選任することになりました。また当初、年1、2回と提案された日程を増やし、委員会の「見える化」で議事録も開示されることになりました。

これまでの経験で感じるのは、運営をどのように進めるかが実際の条例の効果を発揮する上で決定的だと言うことです。他の行政、各種審議会の場合も同じですが、行政側の事務局が案をだして、審議会はそれを承認することが慣行になっています。そのため、どうしても行政がリーダーシップを保持する姿勢を強く感じます。しかし、公契約条例では、条例の解釈、運営は、適正化委員会が行うという立場を明確にして従来の行政主導の問題点も、議論を通じて浮かび上がらせるものとなりました。

運営で、もう一つ求められるのは、政(公)・労・使という三者構成による原則を、公契約条例にもとづく政策効果をあげる観点から、生かしていくことです。三者構成は、ILO(国際労働機関)条約の実施機関でも、労働組合、使用者団体に、研究者など公益委員が加わる構成です。世田谷区の公契約適正化委員会の構成は、現在、学識経験者(委員会会長の中川義英・早稲田大学名誉教授を含め4人)、事業者の代表(建設、土木、委託より各1人)、労働者団体の代表者(2人)、区民(1人)となっています(任期19~20年度の2年間)。

加えて、先ほどの「懇談会」が、公契約委員会をバックアップし、区の担当部門と懇談、意見交換を行うことによって、実質化させる役割を果たしています*。

 

*世田谷区公契約条例について詳しくは、永山利和・中山重美著『公契約がひらく地域のしごと・くらし』、2019年、自治体研究社を参照ください。

 

◎現場のチェック、労働者・業者も声出しやすく 

──具体的な事例を紹介してもらえますか。

 

 永山 昨年夏場ですが、住宅地域で地区集会所の建設工事を視察しました。付近住民への防音、安全性のために、防音壁での囲いが必要で、猛暑下の作業現場の気温は50度近くになります。しかも、工事にあたっては、作業の時間帯などで近隣住民との話し合いも必要となります。そこで地域との調整には行政が入って、その調整期間は工期の外に置くように、設計しました。このようなやり方は、条例にもとづいて請け負った建設業者には、工期設定に欠かせない配慮です。

そして工事の期間中には、その現場に行政の立ち入り検査が入ることになります。公契約条例がなければ、現場の状況を見たくても断る業者が多かったために、行政が役割を果たせない場合が起きました。現場の労働者からも、これまで業者に対して伝えにくかったのが、たとえば、作業者用のトイレの設置では、きちんと女性用も置くように改善されるなど歓迎されました。

 

◎業界の改善へ労使、異業種で話し合い

もう一つの事例として、サービス業分野では、ビルメンテナンス業者の話があります。この業界は、近年、競争が激しく、自治体の仕事を取ることは、その会社のスキルを判断する宣伝材料としても有力になります。一方、公契約条例に沿って、入札要件をクリアするには、とにかく安い価格のみではダメです。ビルメンテ業では、経費のほとんどは賃金で、それを切り下げて受注できるとしたら、明らかなダンピングです。そうではなくて、その価格でビル管理ができるのは、こういう仕事をするからだという説明能力が求められます。

昨年から、世田谷区の適正化委員会には、初めてビルメンテ事業者も参加して、改善を図っているところです。話を聞いて大事だと思うのは、建った後のビルを管理するのがその会社の仕事だと考えていますが、実は、ビルの構造、設計によって、管理の仕方がしやすくなったり、安全性も高まったり、労働災害が防げるという意見を聞いたことです。

また私は、東京のビルメンテ業界から呼ばれて、公契約条例の話をしました。賛否両方の意見が出ましたが、業界内をクリーンな状態にするには、重要な取り組みではないかという賛同もありました。

各産業には、一般に産業法の規制がありますが、実際には請負の業種や労働者は、非常に声が出しにくい。多くの問題が改善されない状況があるわけです。そこで公契約条例の仕組みを通じて、異業種間、使用者・労働者間で、話し合う場を持つことが可能になり、かつ必要だと考えています。

従来の公共事業ですと、行政は、元請と下請間などの「民・民契約」に口を出さない、つまりマーケット(市場)に介入しない、一種違法・不法の黙認が当然視されてきました。しかし、一旦、手抜き工事など不良工事などが出てきて初めて、行政側が不問にしていた発注者責任、事業者の受注者側の発注者責任が問われる事態になっています。この点も、「公共工事品質確保法」とともに公契約条例では、建設委託案件の企画・設計から、入札、施工、管理・運営という全工程、業務委託の一連案件を、行政が責任を果たすテーブルに乗り、行政行為の民主化・透明化につなげていくことも期待されます。

 

労働報酬下限額の引き上げの成果と効果

◎反対論を克服、5年間で目標レベルに近づく

 ──労働報酬下限額の設定では、前進が生まれましたか。

 永山 条例では、区との契約業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保に努めることが、区および事業者の責務となっており、支払う報酬の下限額を定めて、毎年告示することとしています。

この労働報酬下限額は条例開始時、時給950円でしたが、現在、1070円まで引き上げられており、2020年4月からは1130円とすることが告示されています。公契約における予定価格3000万円以上の工事請負契約で、建設業の熟練労働者は、公共工事設計労務単価の「85%」、未熟練者は同軽作業員労務単価の「70%」とされます。それに該当しない労働者、および予定価格2000万円以上(委託・物品購入・指定管理者等)の契約の場合、この下限額が適用されます(参照)。

 

表 世田谷区の労働報酬下限額

 

この下限設定額設定については、条例制定に着手した段階から、「勤労条件に関する基準は法律でこれを定める」とした憲法27条2項に反するのではないか、といった憲法違反論も含め、反対論が出されていました。私たちは、これに繰り返し反論して、合意を得てきました。

焦点でもあった最低賃金と労働報酬下限額との関係については、議員提出の国会質問主意書(尾立源幸参議院議員、09年2月24日付)への当時の麻生内閣の答弁書(閣議決定)で、「(公契約条例において)最低賃金額を上回る賃金を労働者に支払わなくてはならないこととすることは(最低賃金法上)問題となるものではない」とされたことで解決しました。

それでも、公契約条例初年度の15年12月、労働報酬委員会・部会が答申した1093円が尊重されず、950円から出発しました。このため、公契約シンポジウムの開催や、区長、区議会への働きかけを強めて、翌16年には、下限額「950円から1020円」に引き上げられました。

その後、おおよそ毎年50円ずつ引き上げて、この4月からは60円引上げ、1130円となります。これは千代田区の1077円を抜いて、おそらく世田谷区が最高額となるでしょう。この間、最低賃金が約3%ずつ上がっていますので、60円引き上げは6%、その2倍の上昇率となります。

この水準額は、委員会初年度に、高卒公務員(行政1)の初任給の時間割賃金を当面の目標としていました。正規公務員には一時金、地域手当の加算がありますが、それを除いた金額を算出すると1137円となりますが、5年かかって、その近くの水準まで到達したということです。

また、この請負業務の最低下限額は、区が採用している非常勤職員にも適用されます。同時に、1130円以下の時給で働いている職員は、すべて引き上げる必要が出てきます。ですから、公契約の下限額が職員全体の賃金底上げ機能も果たします。この春からスタートする会計年度任用職員についても、この下限額設定との関係がどのように影響するかが注目されます。これによって、官製ワーキング・プアをなくすという当初の課題実現にもつながるものと思います。

 

◎現実の地域賃金の状況と公契約

最低賃金額の引き上げとも関連しますが、公契約条例での労働報酬下限額の上昇と、その地域で実際に働いている賃金の水準へ、どう反映させるかが今後の問題になってきます。

2013年から19年までに、建設業の設計労務単価は48%、およそ5割あがりました。ところが実際の現場では、1割程度しか上がっていません。市の予算設定は、労務単価額に基づいて予定価格としますが、では、そのギャップはどこに消えているのか。ですので、公共工事設計労務単価の8割を9割に下限設定すればよい、予算増加には至らないという単純な話ではなく、現実の建設労働者、委託された各業界の労働者にどう反映するか、行政の外側でも問題になってきます。

あわせて、社会保険等の適用、建設業退職金共済制度をしっかりやらせること、下請取引法、品質確保法といった国で定めたガイドラインを、自治体関連でも、きちんと守らせることが必要です。

その上で、現在、労働組合が求めている最低賃金時給1500円、全国一律の目標は、世田谷区の労働報酬下限額1130円からすると、まだ370円の開きがあるのですが、次のターゲットとする段階に接近できたと思っています。

これは、公契約委員の労働側・使用側・有識者も含めた三者でも合意になっているのですが、適正な作業にはそれにふさわしい賃金を支払うこと、そうでなければ、労働者の労働意欲が発揮されないということです。労働力不足だと言われるけれど、労働者の絶対数が足りないわけではなく、労働条件が悪いために、人が集まらない状態が「不足」の主たる内容です。良質な労働力を確保することは、効率上も、作業の質確保の点からも、行政のサービス向上につながります。したがって「適正な賃上げ」はすべきだというコンセンサスはつくられています。

最低賃金水準は、とくに日本の場合、国際的に見ても最低水準です。これが日本経済を“錆びつかせている”という指摘もあります。近代経済学者たちの研究からも、言及されるように雇用縮減、経営劣化は起きないというのが多数の知見となってきました。その打開方向の一つとして、公契約の改革を広げていく必要があります。

 

地域の経済・産業に前向きな変化

 

 ──全国的にも知られつつある公契約条例ですが、今後取り組む上で課題はいかがでしょう。

◎地域の経済、産業の力と防災体制

 

 永山 公契約の際に、この基準が適用されますという仕組みですが、一方で、落札する事業者が区外からの場合、どう考えるのかということはあります。これは元請けで入った業者もそうですし、さらに下請けになりますと、区外の割合が高いのです。やはり東京都区内ですと、賃金は高めということで、首都圏近県、茨城県とか、山梨県とか、遠方にから世田谷区に仕事に来ています。すると交通費、駐車代などは余計にかかりますが、その分、賃金にしわ寄せが行くと思われます。ここは公契約の応募要件、実施方法の面で、より実効性をもたせることが必要です。

積極的に地域の経済、産業の基盤を強める、具体的には建設業や生産の担い手を地域につくることに貢献することが求められます。実は、それが一番、明らかになるのは、災害時だと思います。

昨年の大雨・水害災害の時、東京湾の閘門(こうもん)管理が請負になっていて、遠隔地の業者であったために、駆けつけた時には手が付けられなかったというような問題が、発生しました。千葉県内で、暴風雨で被災した屋根を修理したくても、外の建設メーカーが建てているため、大災害後の修理、対応する業者が地域におらず、復旧が遅れています。

そういう意味で、地域に必要な建設業者、労働者を100%地域で抱えることは現実的ではないにせよ、できるだけ地域での災害対応力を引き上げておくことが大事になっています。

関連して、区が防災協定を結んでいる建設業関連団体が、公契約委員会・部会にも参加し、現場の意見を吸収しています。そうした関係で、防災面でも地域振興でも、連動して話が進められるようになってきた点は重要です。

草分けとなった千葉県野田市の公契約条例をつくる前に、野田の根本前市長は、国土交通省、県庁や県内自治体の首長を回って、いっしょに条例制定をやろうと呼びかけます。それでもどこも手を挙げないので、まず自分の市でやろうという経緯がありました。

先ほどの区域外からの事業者参入の問題でも、広域的に公契約条例ができていれば、近隣の自治体間で相乗的な政策効果も考えられます。現在、新たに青森県八戸市で策定が進んでいますが、都道府県段階での公契約条例制定によって、そこの自治体が制定しやすくなることは確実ですので、大いに推進を図ってもらいたいと思います。

 

◎経済効果を「見える化」する数値データ

もう一点の課題となるのは、自治体財政、財源との関係でも、どう「見える化」をするかです。区の予算編成との関係では、労働報酬額設定には財源措置が出てくるので、毎年、区長、議会関係と、ていねいにやりとりを進められています。

おおよその推計ですが、労働報酬単価の下限設定の引き上げによって、区の予算上、予算経費の上乗せは、年間3~4億円の支出増となると見られます。それに対して、雇用効果、地域で賃金が増えることを通じて、所得乗数効果も勘案すると、それが生み出す波及効果は、おおよそ15億円程度となるでしょう。この経済効果は、区の財政、予算規模額から考えても大きいのではないかと思います。

これは最終的には地域の消費の拡大、それが地域内循環で回ることで、結果として税収アップにもつながります。それを数字で示せるように、さらに検証や、研究も必要ですし、それを通じて、行政活動の透明化、経済活動の民主化への基礎をつくることになるかと考えます。

 

 ──本日は、貴重な経験をありがとうございました。今後、各地で公契約条例の発展を願っています。

 

 

 

(関連情報・論文)

NPO法人建設政策研究所

世田谷区「公契約条例」

永山利和・中山重美著(2019)『公契約がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社

永山利和「公契約条例制定と運用手法の特性」『北海道自治研究』2020年11月号(第622号)

永山利和「公契約条例と最低賃金制度改革の論点」『北海道自治研究』2021年1月号(第624号)

 

 

 

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