NPO法人建設政策研究所が隔月で発行している雑誌『建設政策』第201号(2022年1月号、特集:第27回全国建設研究・交流集会)に掲載された拙稿の転載です。前々号、前号に掲載された拙稿からお読みください。
なお、公契約条例につきましては、「連合」が作成したリーフレット(「公契約条例で地域の活性化!」2016年2月発行)や「日弁連」によるリーフレット(「公契約法・公契約条例の制定を」2017年2月発行)をご参照ください。
賃金保障型公契約条例を旭川市はどう評価しているか
旭川市発注工事における実際の支払い賃金額は公共工事設計労務単価(以下、設計労務単価)を下回るものであった(本誌前々号の拙稿)。旭川市は、こうした現状とその一方での事業者側の経営実態や意見・主張などをふまえ、賃金保障型公契約条例をどう評価しているのか、あるいは、理念型から賃金保障型への移行について方針などをもっているのかを調査では尋ねた。
結論から言えば、現時点ではそれらは明快ではなかった。ただ旭川市からの回答は、公契約条例(賃金保障型条例)の制定を求める立場にある側が明らかにすべき課題の提示であるように思われた。旭川市とのやりとりを整理する。
条例制定自治体の実態や経験に関する情報が求められている
第一に、今後の方針を立てる上でも、賃金条項を入れた条例を制定した自治体の経験や賃金支給実態を知りたいというのが旭川市からの回答であった。
例えば建設工事を例にあげた際、条例が適用される工事では報酬下限額はクリアされていることは予想されるが、では、それ以外の工事では賃金はどうなるのか。また、条例適用工事を受注した会社内では、条例適用工事で働く労働者とそうでない同一職種の労働者の賃金はどうなっているのか。さらに、同じ労働者でも、条例制定の工事で働いているときとそうでない工事で働いているときとでは、賃金は異なるのか──以上のような疑問があると回答された。
地域の賃金相場はどうなるのか、また、条例適用工事に建設事業者が具体的にどう対応しているのかの詳細情報を我々はもちあわせていない。もっといえば、そもそも、条例が制定された地元の労働組合(建設労組)によれば、報酬下限額が実際には支払われていない事例があったり、職種変更という抜け道が使われている事例(例えば、本来は特殊作業員であるところを普通作業員に変更することで、低い労務単価・報酬下限額の支払いで書類上はクリアしている事例)さえみられるとのことである。
もちろん、そのような問題事例の存在が公契約条例全体の趣旨や意義をただちに損ねるものでは全くないものの、行政実務にあたる職員の側には、こうした問題事例を含めた情報の提供がもっと必要であることを感じた。
契約課の仕事(契約課だけで行う仕事)かどうか
第二に公契約条例に関わる取り組みは、入札・契約を担当する組織としての本来業務を超えている面はあるかどうかを尋ねた。
というのも、公契約の議論では、地域の建設産業のあり方なども扱われることになるが、それは、入札・契約業務を担当する課だけで対応するのは難しいテーマなのではないか──以前に他の自治体でこうしたニュアンスの指摘をうけたことがある。一理あると思ったので、それを旭川市にも尋ねてみた。
回答は、そういう面はあると思うとのことだった。
旭川市からの回答を整理すると、契約課は元々、法令等に基づいて公平・公正に競争性を確保しつつ、契約を締結するというのが一義的な部分であって、建設業界をどうするのかというのを一義に持ってくると、適正な契約の担保が難しい面があるように思う。事業者との間で恣意的な関係性を築くことなく、効率的かつ集中的に、この発注業務だけを分離して行う必要がある。ゆえに、建設業界をどうするのかというのは、国の動きもみながら、旭川市全体あるいは建築・土木課でまずは検討して、その上で、契約課のスタンスも交えながら関わっていくべきではないか。地域の建設産業をどうするのかとか、工事従事者の労働環境をどうするのかとかを担当する部署として、契約課が果たして適正かどうかと思う。契約課の立場では、法令に基づいた、公正・公平な契約の履行がまずはアタマにある──以上のような回答が得られた。
ただその一方で、次のようなことも旭川市から聞かれた。
すなわち、例えば総合評価落札方式など、入札・契約制度に関わって、国の動きにあわせた取り組みを進める際には、契約課が中心になって制度設計をしてきた。また、公契約条例が出来たことで、この間も取り組んできた地域経済の活性化や適正な労働環境の確保などは契約課として進めやすくなってきた。「方針」の時代に比べても、「条例」に基づき行っているという点で行政事務は進めやすくなった。以上のような回答が得られた。
公契約条例の制定にあたっては、自治体全体の大きな方針と、入札・契約を担当する組織の方針や担当業務との整合性・関連性などを意識することが必要になると思った。
条例制定が進まぬ背景をどう考えているか
旭川市自身、現在は3年にわたる労働者調査を試行的に行っている最中であって(今年度が最終年)、今後の方針をまだもっているわけではない。そのような旭川市に対して、我々が期待しているほどには条例制定が全国や道内で進まぬ背景をどう考えるか尋ねた。
市からは、まったくの印象論だが、という留保付で次のような回答が得られた。すなわち、自治体(市町村)単独での条例制定よりは、工事規模が大きく地域範囲も広い道や国の工事での条例制定が待たれているのではないか。それぞれの自治体で条例制定を進めても、効果は限定的ではないか、とのことであった。
また条例制定を考える他の自治体への助言を求めたところ、現状把握の点で回答が得られた。
すなわち、現状の把握という点では、賃金が高いのか低いのか、それがよいのか悪いのかということを判断、比較が出来るように、国と同様の調査を心掛けた方がよいと思う。旭川の場合は、期間内に1日でも工事に従事したら、データを全て提出してもらっている。語弊があるかもしれないが、まずは広く薄く調査を行っている。精査が必要な面もあるかもしれないが、全体の状況をまずは明らかにすることができたと評価している、とのことだった。
賃金保障型条例の絵が描けない
調査のなかで何度か繰り返し旭川市が使ったフレーズが、賃金保障型の条例を導入する際、導入した後の、「絵が描けない」ということである。
例えば、第一に、条例制定で賃金はどうなるのか(事業者はどう処理すればよいか)の疑問を先に紹介したが、条例を事業者側に説明する上でもそういう情報は不可欠なのだと回答された。
実際、品確法や建設業法など担い手三法の見直しのほか、働き方改革が建設業界でも進められている現状下で、旭川市でも、全ての工事ではないものの、フレックス工期など柔軟な工期や、週休2日のモデルが令和6(2024)年度から本格実施される予定である。社会保険の加入も推進してきている。こうした改善の積み重ねが一方で、建設業者の経営を圧迫して入札制度改善に関する陳情に繋がった(本誌前号の拙稿)面もある、との回答であった。
事業者側への説明責任が強く意識された回答であると感じた。
また第二に、複数年継続して事業を行う指定管理者を例に次のような説明もされた。
すなわち、まず賃金水準をどう設定するのか(自治体の臨時・非常勤職員を基準にするのか、高卒初任給を基準にするのか)。次に、勤務経験はどう評価すればよいのか(経験を積んでも一銭も上がらないのか、それは逆に問題ではないのか)。こうしたことへの答弁ができなければならない。公契約条例が制定された際の絵が現時点では描けない、というのが正直なところである、とのことだった。
まとめに代えて
旭川市からの聞き取り調査結果を3回に分けて報告してきた。
第一に、条例こそ制定してはいなかったものの旭川市は、公契約に関する方針を2008年に策定し、運用してきた自治体である。そこで築いた体制や蓄積してきた経験があったからこそ、現在のような取り組み(調査活動)ができている面はあるのではないか。調査による成果も得られていた。事業者ルートから回収された賃金情報であるとはいえ、詳細な分析結果は参考になるものであったし、事業者からのヒアリング内容にも、積雪寒冷地の建設産業における雇用継続の苦労など、条例の制定・拡充にあたり念頭におくべきことなどが示されていた。
第二に、まさにその調査結果が示すことであるが、市発注の工事においては、設計労務単価から乖離した賃金支払い状況であった。労務単価比で平均7割という結果である。なぜそうなるのかの解明とこのことにどう対応していくかが研究や政策上の課題である。
第三に、旭川市では、3年間の賃金調査結果の総括がまずは優先されており、現時点では賃金保障型条例の制定まで検討されていないようであるが、聞き取りの中であげられた疑問などは、実務を担う者としての率直な思いのようにも感じられた。
世田谷区の経験など、先進的な事例も蓄積されてきている。旭川市から出された疑問に対して答えうるような調査・研究をさらに進めていきたい。
(かわむら まさのり 北海学園大学教授)
(追記)
旭川市から出された疑問のうち、労働報酬下限額の設定はどう考えるべきか。とくに業務委託では、最低限の報酬ラインをどこに引くかと、職種ごとの仕事内容の差をどう反映させるかという課題があると筆者は考えている。
世田谷区では、⑴工事請負契約に従事する者には、公共工事設計労務単価の85%(以上)を適用し、ただし、見習い・手元等の未熟練労働者、年金等受給による賃金調整労働者は、軽作業員の70%以上としている。⑵業務委託における労働報酬下限額については、区の仕事に従事している労働者には区の職員の最低限以上が適用されるべきという考え方から、区職員の高卒初任給(月額、ただし一時金を除く金額)を基礎とした時間単価とされている。2021年度は1,130円である。
自治体によって考え方は様々であるだろうが、一つの見識であると思われる。ほかに、実効性の担保という課題のほか、職種別労働報酬下限額の設定や賃金水準に関する中期的な目標設定などが課題としてあげられ、審議が始まっている。また以上のような、労働報酬下限額の決定過程、議論内容が議事録や意見書などによって透明化されていることも評価しうる。
「審議会」は、設置させるだけでなく、中身の伴った組織としていかに運営していくかが重要であるかを世田谷区の経験は示している。
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