伊藤誠一・渡辺達生「[寄稿]札幌市公契約条例の制定を求める取り組みのご報告(2014年2月)」

2012年2月、札幌市長が札幌市議会に公契約条例案を提案しました。同じ月に、条例制定を民間の立場で求める私たち「札幌市公契約条例の制定を求める会(求める会)」は発足しました。以来、(条例案は2013年に否決されましたが)現在に至るまで活動を継続しています。2022年を迎えた今、会発足・活動開始から10年が経とうとしています。2023年には統一地方選挙を迎えます。それまでに、札幌市議会において全会一致で公契約条例の制定に賛同される状況を作るため、「求める会」では取り組みを強めていく所存です。そのためにも、「求める会」のこれまでの取り組みなどを振り返っておきたいと思います。

本稿は、公契約条例案が否決されたことをうけて、「求める会」代表と事務局長が連名で『札幌弁護士会会報』2014年2月号に寄稿したものです。なお、公契約条例案が提案されてから否決されるまでの経緯を札幌市議会議員の立場でまとめた下記の論考が非常に参考になります。あわせてご参照ください。

ふじわら広昭「札幌市公契約条例提案から否決までの経緯」『北海道自治研究』第541号(2014年2月)

 

公契約条例を考える市民集会の開催(2012年3月)

 

札幌市公契約条例の制定を求める会

 代  表 弁護士 伊藤誠一

   事務局長 弁護士 渡辺達生

 

当会が2012年3月12日付の会長声明を発表し、会長自ら札幌市に赴き、その声明を執行して制定を求めた、札幌市公契約条例案は、札幌市長の提案以来、およそ1年半にわたって「継続審議」された後、昨2013年11月1日、札幌市議会本会議で修正案も含めて否決された。

11月1日付の北海道新聞札幌圏版は、「『貧困防止』願い実らず」との大見出しの下、ほとんど1面全部を使って「札幌市公契約条例 市の提案が否決」「経営圧迫、懸念強く 議会との対立が表面化」「道内初の制定の道は事実上ついえた」などと報道した。

札幌弁護士会の少なからぬ会員が「札幌市公契約条例の制定を求める会」(以下「制定を求める会」*)という任意の団体に参加し、局面局面で弁護士会の応援をいただきながら、この条例の制定に取り組んできて、1つの結論が出たということができる。「制定を求める会」に属して可能な活動をしてきた者として、条例が制定させられなかったことの意味と、これからについて考えるところを報告させていただくことにする(制定を求める会の活動の凡そを後掲する)。

 

1 札幌市公契約条例案について

□ 札幌市議会で否決された「公契約条例」とは、地方自治体が行政目的を実現するために発注し、委託する事業についての契約(公契約)について、その事業に従事する労働者に支払うべき作業報酬ないし最下限賃金を条例で定め、その支払いの履行を使用者に求める内容(条例で定めた賃金を支払うことが事業者が公契約を締結する条件とされる)が盛り込まれた条例を総称する。最低賃金法にもとづく賃金が、その地域内のすべての労働者に適用されるのとは異なり、公契約が締結された事業で働く労働者に限定して賃金の下限を定め、事業者に対しその支払いを義務づけるものである。

この条例の仕組みから、地域限定であるにしろ、今日の「働く人の貧困」を解消させ、労働者の収入増による消費拡大を実現し、地域の経済の好循環へと導く手掛かりの制度となることが期待され、千葉県野田市(2009年9月)をはじめ、川崎市(2010年12月)、東京都多摩市(2011年12月)、厚木市(2012年12月)、東京都足立区(2013年9月)など、先進自治体において制定が進んでいる。

公契約によって規律される事業に従事する労働者の賃金の最低限の保障という趣旨からすると、条例のみならず、「公契約法」もあり得るわけではあるが、周知のとおりこれは未だ制定されていない。

条例の場合、一般に、最下限額は国土交通省等公けが策定する基準価などを参考に、有識者・専門家等で構成する組織の検討結果を尊重して定める仕組みを置いている。札幌市の条例案においても「作業報酬審議会」が設置される予定であった。

□ この条例について、札幌弁護士会は、先のとおり会長声明を執行したほか、私どもの制定を求める会の活動、例えば市民に聞いた数次の集会の後援をするなど取り組んでいただいた。また、道弁連レヴェルではあるが、全道の地方自治体において同旨の条例制定が促進されることが求められるとして、2013年定期大会(釧路)において、4会共同提案の決議(「北海道のすべての地方自治体及び地方議会に対し公契約条例の制定を求める決議」)が満場一致で可決され、執行されている。

□ 制定を求める会は、札幌市11月定例市議会本会議に向けて、条例制定を願い、制定を支持する市民の声を反映させるべく10万人署名に取り組んだ。

マスコミの扱いでみると、北海道新聞が2度の社説で制定の意義を説いたのをはじめ、議会審議の山場には広く報道されたが、冒頭に新聞記事どおりの結果になった。

 

2 条例の制定をめぐって対立した利益、価値の内容は何か、どうして制定することができないのか

□ 「制定を拒む理由は何か」。これは北海道新聞2013年10月31日社説(3度目の社説)の表題である。

反対の会派の意思に強く反映していると思われる関係業界の反対理由は、次のとおり要約できた。

① これまで長い間過度の低価格競争を強いられて採算の合わない受注を長く強いられてきて、関係業者の経営それ自体が立ち行かなくなるほど弱くなっていることからすると、その改善、例えば入札制度における入札価額の引き上げが優先されるべきである。

② 業者のほとんどは公共事業の受注でのみ経営を成立させているわけではないから、公契約の対象となった事業に従事する労働者のみが格別の賃金を保障されるというのは、他の労働者との均衡を欠く(同一労働同一賃金の原則に反する、と表現したりする)。

③ 受注業者が条例に定められた契約条件を履行したことを証明するための賃金台帳など諸帳簿、諸票の整備は、事業者の事務量を増やし、煩雑化させる。

④ 公契約条例で賃金の最下限を定めて事業者に強制するのは、本来、事業者と労働者が自由に締結すべき労働契約なり請負契約の内容に公が不当に介入するものである。

□ それらの主張の内には尤もなものもあり、したがってその改善に取り組むことを併行的に進めなければならないものがあった。

札幌市は、市議会での論議、関係業界の意見を踏まえて、部分的であるが、関係業者の収支改善に直接間接に結びつく入札制度の改善を行い、これに基づくモデル事業を試行して、公契約条例が制定された後に無理なく施行できる環境づくりともいうべき施策をとったし、消極会派の促しを受けて条例案の修正の試みもなされたが(修正案を提案した消極会派がそれについても賛成しなかったという事実がある)、「条例」としては実を結ばなかった。

□ この条例がめざしたものは、今日のわが国経済社会の著しい特徴である、競争至上の下に公共サービスを提供させることがもたらした結果を改善し、労働分野における徹底した規制緩和がもたらした歪みを是正する初歩的ではあるが適法的な取り組みである。

従って、条例に反対であると主張する人たちには、労働(多層的な請負関係の下での労務提供も同じ)とこれへの対価(賃金、報酬)の適正な支払いという面において、どうしても是正されるべき現状があるということについてもしっかりと理解してもらわねばならない。

そして、法律実務家もまた制度の内容の正確な理解と共に、この種条例の必要度、緊急度に関して、働く人の貧困を本気でなくする気持ちになれるか、という厳しい問いかけがなされていたということができた。

言い換えると、働く人の貧困の現状を受け止め、問題の社会政治的イッシュとしての根の深さについて理解して、条例制定に向けて全力で臨むことが求められた、ということになる。

 

3 どうして制定することができなかったのか

□ そういう目で経過を振り返ると、制定できなかった原因が比較的明瞭に指摘できるように思われるし、またこの後法律実務家としてどう関与すべきかについても見えてくるように思われる。

□ まず、提案者たる札幌市については、条例が制定されることの意義について、理念的観念的にのみではなく、対象事業で働く人たちの賃金と生活の実態について実証的な根拠に基づいて、これを必ず通すという構えをもって関係者を説得したか、その十分性が問われよう。

業界に対する説明(業者団体をして「一方的負担」と終始言わしめた)にしろ、各会派に対する説得(少数会派の中には、担当職員が説明のために訪れなかったと最後まで述べる議員もいた)にしろ、厳しい反省が求められる。もっと言えば、市民に対する広報(札幌市民のどの程度の人がこの条例の意義について、マスコミの報道ではなく、市当局のアピールによって知り得たであろうか)について、市政執行部側が一丸となってこれに当ったか、外部にはそのように見えたか、ということが問われる。条例案が本会議に付される前、関係委員会で否決された直後に、市長が街頭に出て行った市民へのアピールの様子がこれを象徴する。取り囲んだのは僅か数十人、多くはそのパフォーマンスを報道するためのマスコミ関係者であった。この条例案を通すことが市政の重大課題の1つであるというのなら、市の幹部職員はこの時どこにいて、関連するどのような事務をしていたかが問われようし、市の職員の労働組合はどうしていたのか、ということである。

□ 次は、この「提案を受けた側」がその後に抱え込んだ問題の切開と分別整理が必要である。まず、制定を求めて行動した「制定を求める会」の取り組みについて活動の十分性について自省し、その結果を述べることが公正である。先に述べた事柄の本質に見合う構えでそこにエネルギーを注いだか、といわれると口籠ってしまう面がある。何よりも、ポイントは、政治的な動機や徴表で動く(また動かざるを得ない)議員や会派を動かすに足る、市民の声を大きくすることが必要であった。そのための行動を10万人署名活動を含め行ったつもりではあった。しかし、ほとんど労働組合の力の及ばない場で働き、声も出せない(疲弊してしまって声を出し切れない人たちがいることは否定できないとしても)人たちの声を、その人たちの労務の提供によって私たちの日常、公共の利益-市民の利益が保持されているということを市民のみなさんに急いで正確に伝える、という最も重要な観点をもって貫ききれたか、その力が弱かったのではないかということが振り返られるからである(署名運動はその1つの取り組みであったとしても、以上の意味の内容が伴っていたか、もっと早い時期に的確なアピールの方法はなかったか、という点を含んでいる)。

「制定を求める会」に属する組織や労働組合については、この契約の対象となる事業で現に働く人たちの切実さを正面から受け止めて、わがこととして取り組んだかということが、それぞれの団体の結成目的に照らして問われるのは自然である。働く人のこの貧困の改善に正面から立ち向かうということの決意がいかほどのものであったか質されるということである。

□ そして、諸会派である。条例案が提案された時点(2012年2月)の札幌市議会会派間の賛否動向は、議決された時点(2013年10月末)で変わるということがなかった。したがって、賛成した会派は、結果的には、終始政治的な力関係を変えることができなかったということについての、議会における審議内容や政治的な調整能力が問われて然るべきであろう。

他方、反対会派については、その主張は真摯に受け止めざるを得ないとしても、結局この極端な規制緩和がもたらしている歪みの不公正な結果、一部の人たちの貧困の上に成立していると言わざるを得ない自らの生活環境、地位を肯定するのですか、と引き続き厳しく問いかけられていることについて留意を促したい。

 

4 「道内初の制定の道は事実上ついえた」という「道新」記事の表現について

旭川市で公契約条例制定に向けた弁護士も参加する市民レヴェルの動きが始まった。道弁連決議がなされたことでもある。遅くない時期に、札幌市ではない地における制定に向けた取り組み胎動のニュースが伝えられてくるものと確信する。

その意味で「札幌市」が「道内初の」公契約条例を制定できることにこだわりを持つことの方がおかしいといえる。そうであるにも拘わらず、この条例の持つ、私たちの社会から「働く人の貧困」をこれ以上の深みに追いやらずに、歯止めをかけて、改善のベクトルの方向に制度的な手当てする、その手がかり、足がかりに公契約条例をする、という札幌での取り組みの意義はむしろ、一層強まったとみている。

先述した各領域における課題を克服し、条例制定の環境をどう作っていくか、法律専門家の私どもも参加する「制定を求める会」に厳しく問いかけられていると考えている。

 

(末尾になりましたが、これまで種々サポートしていただいた弁護士会と会員のみなさんにお礼を申し上げて、報告とさせていただきます。)

 

* 札幌市公契約条例の制定を求める会

研究者や弁護士など個人と反貧困ネット北海道、特定非営利活動法人建設政策研究所、日本労働弁護団北海道ブロック、連合北海道札幌地区労連、札幌地区労働組合総連合、全建総連札幌建設労働組合などの団体からなる、公契約条例の制定を求めるという点で合流した任意団体。加入自由。

〔添付資料は略〕

 

 

 

 

(関連記事)

・伊藤誠一「10年目を迎える『求める会』の取り組み」

・川村雅則「公契約条例と最低賃金引き上げで地域経済活性化を」

・「広がる公契約条例──地域の運動のポイントは?」(日本大学元教授・永山利和さんに聞く)

 

 

 

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