旭川市での公契約条例の制定(2016年12月)をうけて、NPO法人建設政策研究所北海道センターで2017年1月に発行した『公契約条例を全道にひろめよう―公契約条例のつくりかた』の転載です。必要最低限の修正を行ったほか、参考文献は更新しました。
札幌での公契約条例の制定、旭川での公契約条例の発展を目指して現在も取り組みを進めています。公契約条例・公契約運動を全道にひろめていきましょう。
■はじめに
2016年12月13日、旭川市議会で、道内の自治体では初となる公契約条例が制定されました。
この間、NPO 法人建設政策研究所北海道センター(以下、北海道センター)は、旭川市における公契約条例の制定を目指し、弁護士、労働組合、研究者らで構成される旭川ワーキングプア研究会(代表:小林史人弁護士。以下、研究会)の一員として、調査・研究活動や、議会・議員への要請活動などに尽力してきました。
また、さらにさかのぼれば、北海道センターは、2012年2月に発足した札幌市公契約条例の制定を求める会(代表:伊藤誠一弁護士。以下、求める会)に参加し、札幌市における公契約条例の制定を求めてもきました。札幌市の条例案は、残念ながら議会で否決されましたが、求める会の取り組み・札幌での経験は、旭川での運動でも活かされたと私たちは考えています。
このパンフレットは、旭川市の条例制定をうけて、札幌市での再挑戦はもちろんのこと、全道に条例・運動をひろめたいとの思いで作成したものです。札幌や旭川での経験にもとづき、条例制定に際して必要だと思われることをまとめました。
北海道センターでは、公契約条例の制定を目指すパンフレット(「市民の手で公契約条例の制定を」)を2013年にも作成しています。また、川村雅則(北海学園大学)は、両地域での経験をその都度発信してきました。これらも参照してください( 研究室のウェブサイトに掲載)。
本パンフレットが活用され、公契約運動が各地で進むことを願います。
■たくさんの仲間で運動を始めよう
公契約条例は、公契約〔を適正化する〕条例です。
具体的には、自治体が発注する様々な仕事(公共工事、委託事業、指定管理者など)の発注価格や発注条件を適正化し、もって、事業受託者の経営環境を改善し、玉突きで、そこで働く人たちの賃金・労働条件の改善を目指すものです。さらに、これらを通じて仕事の質の改善が図られ、市民生活の安全、安心にもつながるものです。人々が働き続け、暮らし続けられる地域づくりを目指す条例といってもよいでしょう。たくさんの仲間で、この壮大な取り組みを始めましょう。
札幌でも旭川でも、労働組合、弁護士、研究者らを中心に運動に取り組みました。札幌では、ほかに市民団体(反貧困ネット北海道)も参加しています。
補足すると、第一に、労働組合は、ナショナルセンターの垣根を越え、また、発注者(自治体)側労組と受注者(建設)側労組の垣根も越え、条例制定を求める労組が集いました。
日本の労働界は、問題意識が同じでも、系統の異なる労組とは一緒に活動をしない傾向がありますが、それでは力が分散してもったいない。公契約運動は共同のレッスンにはもってこいです。
第二に、弁護士は、日弁連が「公契約法・公契約条例の制定を求める意見書」を2011年にまとめ、各地の条例制定運動に弁護士有志が参加しています。
また、北海道弁護士連合会は「北海道内のすべての地方自治体及び地方議会に対し公契約条例の制定を求める決議」を2013年の大会で採択しています。各地の弁護士がきっと力になってくれるでしょう。
■問題意識や知識・ノウハウを会議で共有しよう
労働組合、弁護士、研究者、市民という参加者それぞれに、それぞれの問題意識があるでしょうし、公契約条例に関する知識量にも違いがあるでしょう。また、運動の進め方に関しても、それぞれの特徴ないし特長があると思います。
例えば、労働組合は働く人たちの賃金・労働条件の改善に力点を置いているけれども、市民は公共サービスの質向上を求めているかもしれません(もちろん両者はつながっています)。あるいは、研究者には調査・研究活動によって問題を整理したり可視化することはできますが、公契約の現場で働いている当事者を直接組織して支援することができるのは労働組合です。そういう違いもあるでしょう。
参加者の顔ぶれが多様であることを前提に、定期的に集まって、問題意識や情報を共有しながら進めることが肝要です。
そうした交流が人間関係をつくり、別のテーマの運動・共闘に発展することにもなるでしょう。
なお、蛇足ながら、「飲み会」の開催も、お互いを知り合うには大事なことです。
■何が問題なのかを明らかにしよう
現場で何が起きているか
公契約運動を進める上で大事なのは、そもそも、公契約条例がなぜ必要なのかを幾つかの次元で明らかにすることです。
まずは、現場で何が起きているかを明らかにすることがなんといっても大事です。
私たちは、例えば、家庭ごみの収集という委託事業に従事する人たち、指定管理者制度の導入された施設で働く人たち、そして、公共工事現場で働く建設労働者たちを対象とした調査を行ってきました。
どこの現場においても、発注価格の下落ないし抑制によって、働く人たちの賃金・労働条件には厳しい状況がありました。もちろん、受託者のおかれた状況も厳しいのは言うまでもありません。公契約運動はこの点を明らかにすることが肝要と考えます。
だけれども、調査活動のノウハウもないし、どうやってそれを明らかにすればよいのでしょうか、と聞かれることがあります。
もちろん、必要に応じて研究者に協力を要請していただければと思いますが、一方で、あまり難しく考える必要はないのではないか、とも思います。多くの現場では、発注価格を抑えられているために、受託者の経営は厳しく、働く人たちの雇用安定や賃上げの実現はままならない状況です。そのことを労使双方からしっかり聞き取る、その問題意識があればまずは十分です。挑戦してみてください。
なぜそうなるのか、仕組みはどうなっているのか
現場を調べることとあわせて、なぜそうなるのかということを、自治体の入札制度という仕組みに焦点をあてて明らかにすることが次に大事です。
自治体が発注する仕事は、多くは、その仕事にどの位のお金がかかるのか(予定価格)を決めて、その範囲内で、事業者同士に価格を競わせて、最も安い価格を提示した事業者に発注されます。最低制限価格制度や低入札価格調査制度などを設けている自治体もありますが、有効には必ずしも機能していません。
地方自治法が言うように「最少の経費で最大の効果」をあげるのは、納税者の立場からは、よきこととされてきました。しかしながら、歯止めがきかない競争入札制度の下でいま起きているのは、低価格競争による事業者や労働者の疲弊です。これらの仕組みがあなたのマチではどうなっているかを調べてみましょう。
あわせて、予定価格の積算に際して、人件費の算定はどうなっているでしょうか。つまり、その仕事に従事する人たちの賃金はどのような基準で決められ、いくらの金額が予定されているでしょうか。どんぶり勘定ではなく、何らかの基準で決められているのですが、この基準がおかしいと、仕事に見合わぬ低い賃金になってしまうのです。
さらにもう一ついえば、労働者への支給がそのように予定されている金額は、現場で実際に支払われているでしょうか。ここを明らかにすることも重要なポイントです。
問題の背景をさらに上の次元に求める
問題の背景を考える際に、さらに上の次元にのぼっていく必要があります。公共サービスの価格競争やアウトソーシングを自治体がここまで進めなければならない理由は何なのか、ということです。背景には、国からの行財政改革のしつような圧力があります。自治体もある意味で追い詰められている側面があります。
もちろん、だからといって、しわ寄せを事業者や労働者に押しつけることは許されません。住民福祉の増進のために自治体が存在するのだということを、粘り強く訴えていく必要があります(以上については、参考文献などを参照してください)。
■市民・労働者・事業者に知らせよう
公契約条例は、その名前だけからは非常にわかりづらいです。私たちのまわりでも、当初は、コーケイヤク?という反応がほとんどでした。だからこそ、公契約条例とはそもそも何であるのか、また、なぜその制定が求められているのかなどを、様々な媒体・ツールを使って人々に知らせていくことが大事になります。
例えば私たちは、第一に、市民集会や学習会を何度も開催してきました。そこでは、当事者に発言してもらう機会も意識的につくりました。何年勤めても給料があがらずに、しかも、入札のたびに雇われる会社が変わり有給休暇はゼロからやり直しになる(そもそも有給休暇の取得もままならない)などの現状は、参加者の多くに、条例の必要性を感じさせるものでした。
なお、こうした集会等の記録は活字としてきちんと残すことが運動を進める上で大事です。
第二に、集会開催の案内や、調査で明らかにした公契約現場の実態は、新聞記者に伝え、記事化してもらいましょう。その際、公契約条例の必要性や意義を新聞記者に正しく理解してもらう努力も必要です。
なお、私たちは、新聞記事とあわせて、今風に、フェイスブックやツイッターなども活用しました。また札幌では、街頭宣伝もよく行いました。
■議会に現場の声を届けよう
条例が制定される場所は議会です。
これは公契約条例に限ったことではありませんが、公契約条例について熟知しておりすでに議会質問などをされている議員もいれば、公契約条例そのものをまったく知らない議員もおります。条例制定に賛成の会派もあれば、逆に、反対の会派もあり、あるいは、反対を会派としては掲げているけれども、なかにはじつは賛成の意思をもつ議員もいます。
何を申し上げたいかといえば、こうした議員の一人ひとりに、公契約の現場で何が起きているかをしっかりと説明し、納得・賛成してもらう地道な努力が必要になる、ということです。
そのときに、現場で集めたデータなどが役に立つのは言うまでもありません。
私たちは、各会派・議員をまわって情報を提供したり、逆に、議員に公開質問を行うなどしてきました。
補足すると一つには、反対派の議員・会派に対する説得はもちろんですが、賛成派の議員・会派同士を「つなげる」ことも、じつは重要な仕事です。賛成派同士なのにお互いに接点が意外にないものであることを議会に通うなかで議員から教わりました。
もう一つは、率直に申し上げると、議員の世界には我々市民には理解の困難なことが少なくありません。議会では一体何が審議されているのかが見えない状況に、もどかしく思うことが何度もありました。
もっとも、そうした市民の声にこたえようと、例えば、議会のあり方を見直す「議会基本条例」などを制定して努力しているところもあります。また、私たち市民の側にも、地方議会・地方政治への参加が不十分であったことを反省する必要はあるのではないでしょうか。公契約運動は、そうした議会のあり方や市民の政治参加を見直す機会にもなると考えます。
■積極的な対話・交流を心がけよう
公契約条例が制定されたほとんどの自治体では、条例は、全会一致(あるいは、ほぼ一致)で制定されていると聞いています。公契約条例の目指すものや条例の仕組みをよく理解していただければ、反対をされるようなものではないと私たちは考えます。
しかしながら札幌市では否決されました。業界団体が反対をし、その意向を受けた議員・会派が制定に反対をしたことによります。
もっとも、ではなぜ業界団体が反対をしたのかについては、理由は定かではありません。
たしかに、条例制定を持ち出してきた当初の市の姿勢には少なからぬ問題がみられました。例えば、業者を泣かせてきたかつての契約行政や入札制度のあり方を十分に検証(反省)していなかったり、逆に市政改革の一環で指定管理者制度を推進していました。それは、公契約条例の制定を求める姿勢とは矛盾するものでしょう。
ただ、それでも、業界団体からの批判をうけて、市政は改善されていったにもかかわらず、反対派の主張は最後まで修正されることはありませんでした。そして、何が反対の理由だったのか、説得力ある説明は、なされていないと私たちは考えています。
もちろん、条例に反対するのは誤りであって条例賛成こそが正しいのだ、というつもりはありません。反対の理由は何であるのか、また賛成派に見落としているものはないのか。条例制定を求める人たちとはもちろんのこと、条例制定に反対する人たちとの積極的な対話・交流も、ここでは提起をしたいと思います。
■学びながら運動を進めよう
私たち自身がそうですが、運動のなかで、公契約の現状や公契約条例についての学びを深めていきました。
まず、メンバーそれぞれの発言や行動から学ぶことが少なくありませんでした。例えば、公共工事現場調査のノウハウは建設の労働組合から学びましたし、議会対応などは自治体の労働組合から多くを学びました。
さらには、条例のつくりかたについては、他の自治体の経験に学びました。例えば、条例制定をスムーズに進めるためには、審議会などを設置して、公契約の領域でいま何が問題になっているのか、問題の背景に何があるのか、どんな対策が必要なのかなどを関係者で共有することが有効であると教わりました。各地でもこの方式が採用されることを願います。
そして、何よりも現場から学びました。条例を求める力はそこにあると考えます。
全道に公契約条例をひろめましょう。
(参考文献)
川村雅則「(講演録)旭川でのワーキングプアの実態と「公契約条例」の可能性」『旭川弁護士会会報』2015年7月発行
川村雅則「旭川ワーキングプア研究会の取り組みと、旭川市発注の公共工事現場における建設労働者の賃金」『北海道自治研究』2016年7月号
川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(1)聞き取り調査等に基づき」『建設政策』『建設政策』第199号(2021年9月号)
川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(2)聞き取り調査等に基づき」『建設政策』『建設政策』第200号(2021年11月号)
川村雅則「旭川市における公契約条例の経験(3)聞き取り調査等に基づき」『建設政策』『建設政策』第201号(2022年1月号)
上林陽治「公契約条例ならびに公契約基本条例をめぐる論点」『自治総研』第435号(2015年1月号)
篠田徹、上林陽治(2022)『格差に挑む自治体労働政策──就労支援、地域雇用、公契約、公共調達』日本評論社
永山利和、中村重美(2019)『公契約条例がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社
濱野恵「公契約条例の現状―制定状況、規定内容の概要―(資料)」『レファレンス』2018年9月号
資料 旭川市における公契約の基本を定める条例
旭川市は,これまで,契約制度の公正性,透明性及び競争性を確保するため,様々な取組を進めてきた。
しかし,近年,地域経済の活性化をはじめ,雇用環境の適正化や技能労働者の確保など,公契約に対する社会的な要請は多様化している。
ここに,市と事業者は共に協力しながらこれらの要請に対応するとともに,契約制度の適正化を一層推進し,もって市民の福祉の増進を図るため,この条例を制定する。
(目的)
第1条 この条例は,公契約に関する基本方針を定めるとともに,本市及び事業者等の責務を明らかにすることにより,公契約の適正な履行及び労働環境の確保を図り,もって市民が豊かで安心して暮らせる地域社会の実現に寄与することを目的とする。
(定義)
第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。
⑴ 公契約 市が発注する工事若しくは製造その他についての請負又は物件の買入れその他の契約及び指定管理者(地方自治法(昭和22年法律第67号)第244条の2第3項に規定する指定管理者をいう。)と締結する公の施設の管理に関する協定をいう。
⑵ 事業者等 公契約を受注し,又は受注しようとする者(以下「事業者」という。)及び市以外の者から公契約に係る業務の一部について請け負い,又は請け負おうとする者(以 下「下請負者」という。)をいう。
(基本方針)
第3条 公契約に関する施策は,次に掲げる基本方針に基づき,推進されるものとする。
⑴ 地域内での経済の循環及び活性化を図ること。
⑵ 公契約に係る業務に従事する者の適正な労働環境を確保すること。
⑶ 品質及び適正な履行を確保すること。
⑷ 公平性,公正性及び透明性の向上を図ること。
(市の責務)
第4条 市は,前条に規定する基本方針にのっとり公契約に関する施策を総合的に推進しなければならない。
(事業者等の責務)
第5条 事業者等は,公契約に関わる者としての社会的責任を自覚し,関係法令等を遵守しなければならない。
2 事業者等は,公契約に係る業務に従事する者の労働環境の向上に努めなければならない。
3 事業者等は,第3条に規定する基本方針の実現に向けて,市が実施する公契約に係る施策に協力するよう努めなければならない。
(地域の事業者等の活用)
第6条 市は,地域の事業者の受注機会の確保に努めるものとする。
2 事業者等は,下請負者の選定又は資材等の調達に当たっては,地域で事業を営む者を活用するよう努めるものとする。
(品質及び履行の確保)
第7条 市は,適正価格での発注,監督及び検査体制の充実その他の必要な措置を講ずるものとする。
2 事業者等は,適正な履行体制を確保するものとする。
(公契約の適正化)
第8条 市は,談合等の不正行為の発生を防止するため,必要な措置を講ずるものとする。
2 市は,事業者間の公正な競争が確保されるよう努めるものとする。
(委任)
第9条 この条例の施行に関し必要な事項は,市長が別に定める。
附 則
(施行期日)
1 この条例は,公布の日から施行する。
(検討)
2 市は,この条例の施行後,2年を超えない範囲内において,この条例の運用状況について学識経験者その他市長が適当と認める者の意見を聴いて検討を加え,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。