原田賢一「「協働のまちづくり」を目指すために~コミュニケーションと説明責任~」

 平成2年4月、大学を卒業して北海道の小さな自治体に社会教育主事として就職しました。それから32年、令和4年3月に早期退職をして大学院に籍を置くこととしました。

 今回掲載させていただく原稿は、平成21年に全国の公務員が集まる研修会に参加した時に書いたものです。

 あれから13年が経過し、地方分権の嵐が落ち着き、その爪痕が明らかになりつつあります。

 今回は自分の足跡と重ね合わせながら読み返し、これからの地域づくりの方策や、行政のあり方について研究するきっかけにしてみたいと思います。

 

 

1 戦後日本のあゆみ

第2次世界大戦終戦後、日本は「日本国憲法」のもと再生の道を歩み始めました。アメリカから民主主義を学んだ日本は、国民の勤勉な気質と行政の強いリーダーシップにより急速な復興を遂げ、昭和39年には新幹線を開通させ、東京オリンピックを開催するに至りました。

この頃すでに大都市圏と地方における人口や生活水準の格差は広がってきており、このような地域間格差を是正し、都市基盤の整備充実を目指した「全国総合開 発計画 (全総)」が昭和37年に策定されました。

その目標を達成するために大都市圏からある程度離れた地域に、工業地域や都市を開発する拠点(開発拠点)を配置し、それらを大都市圏と交通・通信網で結ぶことを行ってきました。地域間格差等の問題は工業の発展が大都市に集中したことが要因であることから、目標達成のためには工業や都市の分散を図ることが有意義であり、そのためにこのような方法がとられてきたといえます。その後、五全総(平成10年3月)までが策定されてきましたが、都市基盤の整備充実は図られたものの、地域間格差を是正することはできず、交通網の整備は地方の人口流出に一層の拍車をかける結果となりました。

肥大化した大都市では行政の住民サービスが行き届かず、結果として住民が主体的に行動を起こさざるを得ない状況が発生したのだと思います。人口の減少により過疎化が進行する地方では、人口流出に歯止めをかけるべく行政の手厚い(ある意味過剰な)住民サービスが施されてきました。その結果、住民の主体性が低下し、行政への依存心が強まったのではないかと考えます。

 

 

2 ライフスタイルの反省と市民の役割

第 1 次産業中心だった頃の日本では、家族や地域の連携が必要不可欠なものでした。その意味では、日常の暮らしの場に「人と人のつながり」が生まれる状況があったのだと思います。しかし、 第2次、第3次産業が急成長を遂げた高度経済成長期には、地域で共に助け合う必要がなくなり、 金銭を介したモノやサービスの享受と税収増加による行政サービスの充実により、その暮らしを維持できるようになりました(本質的にはそうではないが)。そこでは地域に住み、地域を構成する「市民」としての義務や責任感の希薄化が進んでいきました。

このような現状のなか「協働のまちづくり」を推進しなければならない行政は、これまでの行政サービスについての検証を行い、「現状」と「今後目指すべき自治体の姿」を率直に市民に説明する必要があります。それは我々行政職員ひとりひとりの役割でもあると思います。

そして、何よりも私たち市民一人ひとりがいま一度暮らしを見直し、家庭や地域における役割を模索し、地域社会の構成員としての自覚を新たにしていかなければなりません。生きがいとは社会的役割を担うことだと思います。市民一人ひとりが地域における役割を自覚したときにはじめて行政のスリム化が図られ、真の「協働」が推進されるのだと思います。

 

 

3 行政がやるべきことやめるべきこと

「協働」とは目標を同じ くしつつも、決 して一緒に同じことをやるということではありません。 市民に自らの役割を理解してもらいながら「協働のまちづくり」を推進するためにはどうすればよいのでしょうか。

私が暮らす北 海道のA町は人口4,700人の小麦・ビート・じゃがいもを中心とした畑作の町です。平成16年には近隣自治体との合併を見送り、自立の道を歩み始めました。

そんな小さな町が自立のために始めに取り組んだことが、町主催の敬老会の廃止と自治会による開催の推進でした。敬老会の意義と参加のしやすさを考慮した場合、生活の基盤となっている自治会単位で開催されるべきであると考えました。当初は「なぜ役場がやらないんだ」「自治会に押し付けるのか」「どうやればいいんだ」という批判的な声もありました。しかし、自治会の創意工夫で行われた平成17年度の敬老会は、それまで出席率が30%だった ところを50%を超えるまでに引き上げ、参加者の方々に喜んでいただける地域の事業として無事開催されましだ(実施していない自治会もあります)。

自治会ごとに行われる敬老会は、決して町が事業の実施を自治会に委託したわけではありません。一部には「やらされている」と感じる自治会も あったようですが、基本的には自主的な地域活動として行われました。ただ、決して敬老会が簡単に自治会主催に移行したわけではありません。それを支えるものとして、「地域担当職員制度」と「地域活動推進事業交付金制度」を立ち上げました。

「地域担当職員制度」は、各職員を役場における職務に関係なく地域ごとに配置し、地域の求めに応じて出向き、情報提供を行ったり地域活動に関するアドバイスを行うものです。また、「地域活動推進事業交付金」は、自治会運営のほか、地域で行われている花いっぱい運動・敬老事業・会館整備事業・交通安全防犯事業・地域環境美化事業・学習スポーツ活動などを財政面から支える制度です。

このように、「協働」のスタイルを模索した新たな取り組みも、それをささえる制度の充実により具現化することができました。今後は敬老会のみならず行政が行うべきサービスと地域や家庭、個人の責任において行わなければならないことの精査をすすめていかなければなりません。

 

 

4 真の「協働」を目指して

前述した「地域担当職員制度」の真の目的は職員のスキルアップだと思っています。庁舎内での仕事は、ある一定の目的を持って来庁された市民とだけの一時的な関係性により完結します。しかし、職員自らが地域に足を運び地域との継続的な関係性が構築されることにより、意識の共有が図られ、時には地域課題の本質が見え、またある時には対等な立場でまちづくりの議論ができ、結果として的確で質の高い住民サービスの提供につながることになっていくと思います。

行政職員が担っている説明責任も、地域との関係性があってこそ伝わる場合もあります。小さな自治体の特権かもしれませんが、このような関係性の構築がまちづくりに対する考え方を市民と共有するには有効かもしれません。職員一人ひとりがまちづくりのビジョンを語ることができるようになり、地域をみつめる目を培いコミュニケーション能力を高めていくことが大切だと思います。

「今までやってくれたのになんで?」市民サービスの見直しを行ったときには必ずこのような声が起こります。「なんでゴミ処理にお金がかかるの?」と市民から問いかえられた場合は、「議会で決まったから」「財政状況が厳しいから」「ルールだから」では、市民の理解を得ることはできません。環境保全やごみ処理行政のスリム化のためにも、生活の見直しによるゴミの減量化や受益者負担などの市民の役割(責任)を明確にし、納得を得られるように説明責任を果たしていかなければなりません。

A町では平成17年に「まちづくり参加条例」を制定しました。そこには、「協働」が定義され、町民参加の基本理念や町民の責務と権利がうたわれ、目的達成のための必要な情報の共有、個人情報の保護、パブリックコメント制度、各種委員の公募、会議の公開が明記されています。

この条例は協働のまちづくり推進の基盤を整備したに過ぎません。いままであまり関心を寄せて いなかった町の各種計画策定に目を向け意見を述べる、ともすると面倒かもしれない行政関係の各種委員になる、時間を割いて会議を傍聴する、これらのことを町民自らが主体的に行うようになるにはまだまだ時間がかかると思います。しかし、その必要性を行政職員ひとりひとりが地域の中で説明していくことこそが大事であり、町民と行政がともに情報や思いを共有していくためにも地域密着型の手法が必要になってくるのだと思います。

「協働」の「スタイル」を形成することは簡単だと思います。しかし、これまでのようなサービスの提供者と受益者という行政と市民の関係性を見直し、市民がそれぞれの立場や役割の違いを自覚しつつ、行政とともにまちづくりの役割を担うようになるためには、きめ細やかな「説明」が不可欠だと思います。人員削減などにより職員一人当たりの業務量が増加傾向にあると思われますが、今だからこそ窓口から一歩足を踏み出して、市民と共に学びながら地域密着型の行政サービスを展開していかなければなりません。そのためには行政の柔軟性が求められるとともに、行政システムの見直しも必要であると考えます。

 

 

5 その後のこと(令和4年11月加筆)

ここまでが、平成21年に執筆したものです。では、ここからはその後について現在の状況を踏まえて補足します。

A町の人口は平成22年に4,600人余りでしたが、令和4年現在3,800人程度まで減少しました。また、役場の正規職員は平成22年に90名でしたが、平成27年には80名まで減少しました。しかし、業務量に比例して時間外労働も増加するなど、労働環境の悪化がみられるなどのこと、私のような中途退職者が増加傾向にあることなどから職員を再度増員し、令和4年4月現在では88名となっています。

業務量に関しては、「スクラップ&ビルド」が適切に行われずに増加してしまったと考えます。

また、「地域担当職員制度」については、後年廃止されています。その要因は大きく2つあると思います。1つは、業務内容が地域住民の御用聞きから広がらなかったということです。単なる地域の困りごとなら、直接担当部署が地域から話を聞けばいいことです。

2つ目は、業務上のルールがあいまいで、職員の不満が蓄積したということです。地域から呼ばれたら足を運ばなければなりません、それが夜であろうと土日であろうと関係ありません。そもそも自治会活動は夜や休日に行われることが多いのは当然です。夜の会議に参加すれば、終了後に宴席が設けられることもあります。それは業務とみなすのか、会費は誰が負担するのか等。住民は当然のこととして求めてきますが、地方公務員の労働ルールはある意味杓子定規にきっちりしており、綱紀粛正が叫ばれる昨今は、会食や飲酒も大変気を遣うところとなっています。

地方分権一括法が施行され、各自治体は合併もしくは自立を迫られ、どちらを選択してもいばらの道であったことは間違いありません。そんな中で、自助、共助、公助という「補完性の原則」が当時の私には救世主のように見えました。

しかし、それを地域に実践するには、自治会・町内会といった地域のコミュニティが確立していることが前提となります。まちづくり参加条例や情報公開条例を制定し、交付金や地域担当職員制度を立ち上げたからといって、地域のコミュニティが機能するわけではありません。そこには、地域への誇り、地域課題を自分事として捉える意識、そこで共に暮らす仲間意識、これらが必要になると思います。そう考えたとき、私は社会教育主事として地域でなにをやってきたのだろう、自問自答しながら大学院生としての日々を過ごしています。

「新自由主義」、「自己責任」という言葉をよく耳にします。地方分権はある意味地方の切り捨てだったのではないでしょうか。地域づくりに「補完性の原則」を取り入れることは必要だと思います。しかし、それが行政の下請け制度であってはいけないと思います。

地域内のコミュニティを再構築し、地域内で経済の好循環を推進させ、そして住民が地域で誇りをもって暮らしていくために行政は何をスクラップしビルドしていくべきなのか、当面はそのことを教育にフォーカスしながら考えていきたいと思っています。

 

 

 

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