是村高市「コロナ禍の印刷出版関連産業の再生を―『産業政策提言』を改訂―」

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』第806号(2021年1月号)に掲載された、是村高市氏(全印総連顧問)による同タイトルの論文(一部加筆修正)です。お読みください。

 

■印刷出版関連産業はコロナウイルス感染拡大でどうなっているか

新型コロナウイルスの世界的感染拡大は、今までの価値観や常識を大きく変貌させ、産業構造も激変した。グローバル化の中で今までの常識だった経済活動や生活様式が一変し、今まで使われていなかった新たな言葉すら生まれてきた。三蜜、ソーシャルディスタンス、ステイホーム、リモート飲み会、ロックダウン、パンデミック、飛沫感染、自粛警察・マスク警察、等々。極めつけはアベノマスク、等流行語大賞にもノミネートされている。

特に人が移動しなければ成り立たない観光業や飲食業への影響は甚大だ。旅行が自粛され、海外からの観光客は全くない。飲食も二次会・三次会が普通に行われていたが、外での飲食そのものが自粛され、家庭での飲食が増えた。会議はリモートになり、通勤せざるを得ない人でも自動車や自転車通勤が増えた。かく言う筆者も東京での会議はすべてリモートにした。

ステイホームは、今までの生活習慣を大きく変えた。SNSが今まで以上に旺盛になり、家庭菜園が流行り、部屋の断捨離が始まった。新聞を隅々まで読み、読書も広まったような気がする。しかし、新聞や書籍の部数が伸びた、ということは聞かない。一方、このコロナ禍の中、新聞の減ページや書籍の新刊や重版の減少、専門誌紙の休刊があり、印刷出版関連企業の廃業・倒産の現実がある。

「2019年工業統計」の確報版を見ると、全事業所の印刷産業出荷額は、36年ぶりに5兆円を切った。2018年度の全事業所の印刷産業出荷額は4兆9829億円(前年比4.9%減)、2019年6月1日現在の事業所数は2万1247事業所(同4.3%減)、従業者数は27万6505人(同2.1%減)となった。3人以下の事業所の出荷額は1548億円、従業者数は2万2840人と少数だが、事業所数は1万1359事業所と半数以上を占め、印刷産業が中小零細企業の集合体だということがわかる。

出荷額の減少は、2012年から微減で推移していたが、今回の工業統計では減少幅が大きい。しかし、1人当たり出荷額は1982年の1154万円に対して1802万円、1事業所当たり出荷額114.8百万円に対して234.5百万円となっており、出荷額が8.9兆円でピークだった1991年と比較してみても、1人当たり出荷額はピーク時と変わらない水準を確保し、1事業所当たり出荷額は上昇傾向にある。事業所数の減少や人員削減によると見られるが、単価下落の中、生産性が向上しているとも見えるが、実態はどうだろう、原価率が気になるところだ。

工業統計の出荷額を見てきたが、このコロナ禍では、印刷出版関連産業はどうなっているだろう。日本印刷技術協会(JAGAT)は、「印刷会社へのコロナショックの影響と対応に関するアンケート」を実施した。調査は、4月6~16日の期間に全国のJAGAT会員印刷会社77社で実施し、自社と地域社会への影響、売上高・受注の実績と見通し、対策・課題・見通し等を調べた。

結果概要によると、調査対象印刷会社の2020年3月実績は、売上高8%減、4月見通しは売上高マイナス19%減。「2月まで消費増税の影響が薄れて回復傾向にあったところに、コロナショックが打撃を与えた様子が鮮明になった」としている。

地域別には、首都圏・名古屋圏・大阪圏など大都市圏を中心に、影響が大きい。製品別では、商業印刷・出版印刷への影響が目立つ。自社への影響としては、イベントの延期・中止による印刷受注減が多く挙げられ、取引先の縮小減産やテレワークへの移行による営業活動の自粛な等が挙げられた。地域社会に対しては、感染者の集団発生による緊張感の高まりによる行動自粛、特に観光・飲食などの小売等、サービス業の不振を懸念する回答が多い。

対応として、運転資金の調達、消毒・マスクなどの防疫、テレワークへの移行、休業対応、今後の課題として社内から感染者が出た場合の対応策立案、コロナ後を見据えた戦略の準備などが挙げられている。

面白い調査報告が、東京新聞に載っている。コロナウイルスの感染拡大で「コミックマーケット」など全国各地で開催されている同人誌即売会が中止や延期になっている中で、東京都府中市にある同人誌などを受注している「緑陽社」という印刷会社は、全国の同人誌作家を対象に同人誌活動の実態調査をして結果を公表した。(調査結果は、図を参照)。

 

出所:「新型コロナは同人誌活動にも暗い影…約半数が「創作意欲が減退」 コミケなど即売会中止が影響」『東京新聞』朝刊2020年11月23日付(ウェブサイトでの配信は11月22日17時00分)

 

同人誌での活動を通じてアニメやゲーム業界に進む若者も多いが、コロナ禍で即売会などのイベントが中止になることで作家の創作意欲が減退するなど、日本のコンテンツ産業全体への影響が懸念されている、としている。

緑陽社は「作家の生の声を聞きたい」と8月~9月にかけてSNSでアンケートを実施し、約2800人から回答を得たという。

コロナ流行以降の新刊発行ペースを尋ねた質問では、39・5%が「とても減った」、29・1%が「減った」と回答し、全体の約70%が落ち込んだと答えた。年内の即売会などイベントへの直接参加については「ある」が37・4%、「ない」が43・3%となった。

創作意欲については35・3%が「変わらない」と答えた一方で、31・2%が「減った」、18・9%が「とても減った」と答え、創作意欲が減退したと答えている。

世界最大級の同人誌即売会として知られる「コミケ」も5月の98回が中止になり、12月に予定されていた99回は2021年5月への延期が決まった。イベントの中止、延期が相次いでいることには「寂しい」「残念」といった意見が多く寄せられたほか、「生きがいが失われている」といった意見もあった。また、「感染する機会を与えてはいけないと不安に思っていたので、中止になって良かった」という意見もあった。

緑陽社の社長は「コロナ禍で同人活動を引退してしまう作家も少なくないのではと心配していたが、直近のイベントには人出も戻りつつあり、アンケート実施時点よりも明るい兆しが見えてきている」と語っている。同人誌即売会「コミティア」実行委員会が今秋実施したクラウドファンディングには、目標額3000万円を大幅に上回る約1億4800万円の支援が寄せられたそうだ。社長は「同人誌業界を衰退させてはいけないというエネルギーを感じる。会社も大幅減収だが、頑張ってこの局面を乗り切りたい」と語っている。コロナ禍の印刷業界の一つのエピソードとして、面白い記事だった。

 

■国連が採択したSDGs17の目標

菅総理が2050年には化石燃料を全廃する目標を表明した。原発推進という思惑が懸念されるが、この表明があってか、マスコミが一斉に国連が採択したSDGs(Sustainable Development Goals―持続可能な開発目標)の17の目標を報道し始めた(17の目標は図を参照)。この17の目標にもちろん異論はないが、印刷出版産業にとって、このSDGsはどのような位置づけにあるのか考えてみた。

 

出所:国際連合広報センターより。

 

CSR(企業の社会的責任)やコンプライアンス(法令順守)が長年問われ続けている。しかし、一向に労働法制違反やハラスメントはなくならない。コロナ禍の中、増え続けてすらいる。コロナを理由に非正規労働者の雇い止めが起き、正社員の解雇やレイオフが起きている。経済と経営の悪化によって、倒産の危機や経営不振にあることは理解するが、コロナを理由に安易な考えで雇い止めや解雇、レイオフや出向を行っていないだろうか。協議し理解を得る努力をしているだろうか。一方的通告で強行していないだろうか。そこが問われている。

17の目標のうち企業内で実践できるものがいくつもある。1は低い賃金を是正する、3は過密労働や長時間労働を是正し、労働条件を是正する、5は男女平等を推進し、ハラスメントを撲滅する、8は働き甲斐のある仕事やシステムを構築し、ディーセント・ワークを実現する、など日常的に労使交渉などで協議している事項でもある。環境保護に関するいくつかの目標も企業レベルだけではなく個人的にも取り組める課題だ。

具体的には、差別を助長するような「ヘイト本」は受注しない、などの対応が考えられる。数十年前、長野県のある印刷会社が「アダルト本」は受注しないと宣言したことが業界で話題になったことがある。ちょうどそのころ、筆者はアダルト系出版社の印刷営業だったので、「すごい印刷会社もあるものだ」と驚嘆したことがある。なぜ受注しないのか、知人だった会社役員に聞いたところ「入力や製版をする女性労働者の感情や気持ちを考えたら受注できますか」と逆に問われたことを思い出す。もう、すでにSDGsを実践していたのだ。

 

■グローバル・コンパクト10の原則

このSDGs17の目標が、労働や人権・民主主義、環境に特化したのが、10の原則を掲げたグローバル・コンパクトだと考える。このグローバル・コンパクトは日印産連(日本印刷産業連合会)も賛同し、以前『印刷界』にも執筆したことがあるが、グローバル・コンパクト10の原則は人権、労働、環境、腐敗防止の4分野からなっている。

この10の原則は世界人権宣言、ILOの就業の基本原則と権利に関する宣言、環境と開発に関するリオ宣言、腐敗の防止に関する国際連合条約に基づいたものである。1999年に提唱された時点では人権、労働、環境の9原則であったが、2004年6月24日のGCリーダーズ・サミットで腐敗防止に関する原則が追加されて10原則となった。

改めて考えると10の原則はこうだ。

まず、人権だが、

1.企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重す

2.人権侵害に加担しない

労働は、

3.組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする

4.あらゆる形態の強制労働を排除する

5.児童労働を実効的に廃止する

6.雇用と職業に関する差別を撤廃する

環境は、

7.環境問題の予防的なアプローチを支持する

8.環境に関して一層の責任を担うためのイニシアチブをとる

9.環境にやさしい技術の開発と普及を促進する

腐敗防止は、

10.強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む

SDGsよりもこの分野ではより具体的に原則を表明している。この10の原則が堅持できれば、国も産業も大きな第一歩を踏み出せるのだが、実態は程遠いと言わざるを得ない。特に、このコロナ禍の中、ますます後退している実態がある。

 

■『産業政策提言』公表から10年、大幅な改訂

改訂前の『産業政策提言』の「はじめに」には、こう記述している。少し長いが引用する。

「全印総連は、1978年に『適正単価の提言』を発表した。当時、その提言は経営者や業界 団体を始め、各方面から歓迎され、全印総連が産業政策課題を今まで以上に積極的に取り 組んでいく契機となった。それから35年以上が経過し、印刷関連産業を取り巻く経済状況 や生活・技術環境は大きく変貌し、デジタル化した印刷技術は飛躍的な変化を遂げた。

『アナログからデジタル』という画期的な技術革新により、印刷関連産業は様変わりし、コンピュータ技術によって印刷工程、特にプリプレス工程は激変した。

少子化と活字離れ・紙メディア離れによって、紙に情報を印刷し発信することを主な生業としている印刷関連産業は、グーテンベルクの活版印刷機の発明以来の大変革期の渦中にある。インターネットという、過去人類が予想し得なかった画期的なメディアによって、瞬時 に世界的規模で双方向の情報伝達手段が、企業のみならず個人レベルにも普及した。

印刷関連産業は、紙メディアからインターネットなどの電子メディアに業態をシフトさせ、Web をツールとした『印刷通販』の進出など、「業態変革」を余儀なくされている。これまでの大企業を中心とした経済政策と社会システムは、国民生活や中小企業振興政策を二の次にする利潤追求を優先させる政策が中心だった。規制緩和による国際競争力の強化策は、勝ち組・大企業と負け組・中小企業に二分させ、格差と貧困があらゆる分野に現れている。2008 年にアメリカに端を発した「リーマンショック」による世界的な大不況とその後の デフレ経済、2011 年の 3 月 11 日に起こった未曾有の東日本大震災と福島原発事故以降、日本経済は長期不況に陥り、中小企業では、 深刻な経済状況が今日も続いている。

不況は経済活動を停滞させ、消費は極端に低迷し、雑誌・書籍や新聞などの紙メディアは 苦境にあえいでいる。印刷出版関連産業は、「出版不況、新聞不振」などの言葉に象徴されるような紙メディア特有の構造的問題と合わせて、重層的で深刻な状態になっている。また、印刷現場など製造部門の人員不足や退職などが深刻な問題になっている。

このような背景の中で、私たちは、この産業に働く誇りと文字活字文化を支えるに相応 しい賃金・労働条件を確立するために、この産業政策提言を公表する。

この提言は、経営の維持発展、印刷出版関連産業の再生と印刷関連産業に中小・零細経営者と労働組合が共同参画して「産業民主主義」を確立するための5つの提言を中心にしたものである。」

また、最後にこう記述されている。

「1978年に公表した『適正単価の提言』に続く、この新たな産業政策提言は、印刷出版関 連産業を魅力あるものにし、文字活字文化を真に支える産業を作るために、今後も改訂していく提言である。 印刷出版関連産業の再生と発展を望むすべての個人・団体に対し、この提言の実践とより良いものにしていくための更なる議論を呼びかけるものである」と。

この提言を公表した理由と背景は、「はじめに」に尽くされており、今回の改訂も最後の記述に尽くされている。提言は、この間2012年と2015年に二度改訂しており、5つの提言の柱(1.適正印刷単価の確立、2.公契約条例制定、3.入札制度改善と官公需の適正化、4.印刷出版関連産業の育成と振興、5.『文字・活字振興法の活用』)は大きな変更はせずに、加速するデジタルやIT、変わる働き方、業態変化、工業統計資料などを変更した。

全印総連には「産業対策委員会」があり、北海道から福岡までの各地連の若いメンバーが集っており、柔軟な議論をしている。今回の改訂は、この「産業対策委員会」で討議し、最終的には中央執行委員会で決定し、2021年7月の定期大会で配布した。

印刷関連の中小企業の労使が共同参画して「産業民主主義」を確立し、持続可能な印刷関連産業の再生、それに相応しい賃金と労働条件の実現、ディーセント・ワークの推進などを目指した提言にした。

 

■公契約条例(法)制定と入札制度改善は両建てで

5つの提言のうち、「公契約条例の制定と入札制度改善」は、官公需印刷物に依存している印刷会社にとって、喫緊の課題である。しかし、企業がそれを求めることは、ほとんどない。業界団体でも、入札制度改善は求めても公契約の適正化-公契約条例を求めるケースはほとんどない。

公契約条例(法)の制定と入札制度改善を両建てで求めているのは、印刷出版関連の労働組合では、全印総連だけだ。特に、入札制度改善は、広報などの官公需印刷物の入札・落札の実態調査や経済調査会の「印刷料金」に基づいた適正単価の算出と落札単価との比較などを行い、自治体交渉を長年にわたって行ってきた経緯がある。

入落札業者と価格の調査は、自治体によってはホームページで公表し情報公開をしており、情報提供として情報公開を求めなくとも公開する自治体もあり、自治体にとって入落札の情報公開は当たり前である。

ところが、国になると真っ黒に塗りつぶされた情報公開されたペーパーがマスコミなどで話題になることがある。このコロナ禍の中、安倍政権の時期、布製のマスクを一世帯に二枚配布した。流行語にもなった、いわゆる「アベノマスク」である。業者も落札価格も疑念だらけだが、この情報公開を求めて訴訟が起きている。税金が原資の公契約の情報を納税者である国民に情報公開をしないなど、およそ民主国家のすることではない。近年特に、情報を操作したり意図的にフェイクニュースを流したり、情報公開を拒んだり、だんだん政治が窮屈になっていて由々しき事態にある。

入札制度は少しずつだが改善はされている。価格だけによらない様々の措置があるが、残念だが最終的には価格で判断されることがほとんどだ。SDGsのバッチを着けているだけの形式企業は、公契約には要らない。前述したSDGsやグローバル・コンパクトを実践している企業を優先させる仕組みが欲しいものだ。

政府や企業、労働組合や私たち一人一人が、持続可能な社会、持続可能な経済と産業、持続可能な組織を構築できるかどうか、世界的パンデミックになっている新型コロナウィルスへの対応にかかっている。

 

資料:全印総連『産業政策提言』(改訂版)

 

文字活字文化を支えるに相応しい賃金と労働条件を実現し、印刷出版関連産業の発展と産業民主主義を確立するために
『産業政策提言』(改訂版)

全国印刷出版産業労働組合総連合会(全印総連)

 

Ⅰなぜ、『産業政策提言』か

全印総連は、1978年に『適正単価の提言』を発表した。当時、その提言は経営者や業界団体を始め各方面から歓迎され、全印総連が産業政策課題を積極的に取り組んでいく契機となった。それ以降、印刷出版関連産業を取り巻く経済状況や生活・技術環境は大きく変貌し、印刷技術のデジタル化は飛躍的な変化を遂げた。

「アナログからデジタル」という画期的な技術革新により、印刷関連産業は様変わりし、コンピュータ技術は印刷工程、特にプリプレス工程を激変させた。活字離れ・紙メディア離れによって、紙に情報を印刷し発信することを主な生業としている印刷関連産業は、グーテンベルクの活版印刷機の発明以来の大変革期を迎えている。

インターネットはメディアの主役に躍り出て、過去人類が予想し得なかった画期的なメディアは、瞬時に世界的規模で双方向の情報伝達手段を企業のみならず個人レベルにも普及させメディアの大衆化をもたらした。

印刷関連産業は、紙メディアからインターネットなどの電子メディアを取り込み、Web をツールとした『印刷通販』の進出など、「業態変革」を余儀なくされている。ITやAIなどの技術が格段に進み、印刷出版関連産業の業態は加速的な変化を続けている。

これまでの大企業を中心とした経済政策と社会システムは、国民生活や中小企業振興政策を軽視する市場競争原理を優先させる政策が中心だった。

規制緩和による国際競争力の強化策は、勝ち組・大企業と負け組・中小企業に二分させ、格差と貧困があらゆる分野に現れている。

2008年、アメリカに端を発した「リーマンショック」による世界的な大不況とその後のデフレ経済、2011年の3月11日に起こった未曾有の東日本大震災と福島原発事故以降、日本経済は長期不況に陥り、さらに、2020年以降、世界的に感染拡大した新型コロナウィルスの影響は、経済や雇用などに深刻なダメージをあたえている。

実態経済は停滞し、消費は極端に低迷し、雑誌・書籍や新聞などの紙メディアを生業としている印刷出版関連産業は苦境にあえいでいる。

印刷出版関連産業は、「出版不況、新聞不振」などの言葉に象徴されるような紙メディア特有の構造的問題と合わせて、重層的で深刻な状態になっている。また、印刷や製本など製造部門の人員不足や退職が深刻な問題になっている。

このような背景の中で、私たちは、この産業に働く誇りと文字活字文化を支えるに相応しい賃金・労働条件を確立し、産業・職場内のジェンダーギャップの是正とジェンダー平等を実現するためにこの『産業政策提言』を公表する。

この提言は、経営の維持発展、印刷出版関連産業の再生と印刷関連産業に中小・零細経営者と労働組合が共同参画して「産業民主主義」を確立するための5つの提言を中心にしたものである。

Ⅱ 印刷出版関連産業の現状と今後

『適正単価の提言』が出された1978年当時の印刷の出荷額は、約5兆4692億円だった。 その後、印刷の出荷額は1991年には過去最高の約8 兆9286億円に上った。その後減少し、1995年から再び増加し、1998年を境に再び減少し現在に至っており、総出荷額は5兆円を切っている。

すでに、紙メディアのピークは過去のものとなり、スマートフォンやタブレット端末の普及によって、「電子書籍」と「電子新聞」が伸びている。しかし、紙に印刷をして情報を伝達し、人と人とのコミュニケーションの一翼を担ってきた印刷出版関連産業は、これからも情報を伝達し続ける。

紙メディアの一覧性の高さと記憶への定着力などの伝達する力と文字活字文化の重要性・多様性を後世に伝える責務が、私たちにはある。

紙メディアと電子メディアの共生は、可能であるし、媒体としてのそれぞれの特性や優位性もある。どちらか一方だけを肯定する「排除の論理」ではなく、まさに「共生の論理」が文字活字文化の育成と発展につながる。印刷出版関連産業を衰退する産業と捉えるのではなく、変容し進歩し、持続可能な産業と位置づけることが大切である。

この提言の基本的な視点は、メディアを 「紙」か「電子」か、という二者択一ではなく、共生への模索と紙メディアの再生と文字活字文化の発展に重きを置いている。

Ⅲ 5つの『産業政策提言』

1.適正印刷単価の確立と公平な取引条件の確保

『適正単価の提言』を発表した1978年当時、プリプレスの中心は、活字や写植、あるいは電算写植、フイルム製版であり、それぞれの工程で分業が成立し、各工程で課金できていた。

この当時における「単価問題」は、それぞれの工程での低単価の問題であった。

しかし、1986 年以降、印刷・出版業界に導入され、またたく間にプリプレスの主流となったDTPシステムは、各工程を統合し分業をなくした。いわゆる、プロセスカットである。

今日の「単価問題」は、低単価に加えて、 このプロセスカットによる。

私たちが 2008 年と 2011 年に行った印刷関連業者への訪問による聞き取り調査でも、単価下落の実態とリーディングカンパニーへの責任追及の声が明らかになった。

デジタル化では置き換えられない業態である製本加工業の深刻度は増している。低単価と受注量の減少によって、倒産・廃業が続き、上製本を中心に「本が作れない」状況が増し、製本文化が危機的状況にある。

また、印刷の用紙などの原材料費の価格値上げや書籍や雑誌の配送や印刷の物流問題などが構造的にある。

このように、ダンピングと印刷総需要が減少している現在、 印刷製本単価の下落防止と適正単価の確立、商取引慣行の改善は、以前に増して重要な要求になっている。

印刷製本関連の適正単価を確立し、公正な取引条件を確保するために、以下の項目をすべてのクライアント、業界団体に対する基本要求とする。

①書籍・雑誌・教科書・新聞・チラシ・包材等の印刷単価や製本加工単価の算出の基本に、文字活字文化を支えるに相応しい「適正な賃金と労働時間から算出した人件費」と「原材料費」を据える。

それぞれの工程・項目を積算し、それが健全で文化的な生活を営むに相応しい適正な賃金・労働条件となり、個人事業主を含むすべての中小印刷関連企業の維持発展と適正な利潤の確保が可能な適正単価とすること。

②中小企業庁の「下請け適正取引等推進のためのガイドライン」にもとづき、下請け単価の改善のために、下請代金支払遅延防止法と下請中小企業振興法(いわゆる下請二法)の遵守と下請け企業の適正利潤の確保が可能な下請け単価とすること。

③契約書無し、白紙見積、後指値、長期の手形サイト、休日労働や長時間残業などが常態化する極端な短納期をなくし、公平な商取引を確立すること。

④適正単価の確立に向けて、リーディングカンパニーをはじめとした企業や業界団体には、地域経済と中小企業に対するCSR(社会的責任)とコンプライアンス、 リーダーシップの確立、および組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする、などの原則を打ち出しているILOの「グロ-バルコンパクト」とジェンダー平等の実現や格差と貧困の是正などを目標としている国連のSDGsの実践を要請する。

また、経営者と業界団体には、CSR とコンプライアンスを基本とした「高度な倫理観(中小印刷経営者の言)」の発揮を要請する。経営者・業界団体と労働組合・労働者のそれぞれの責任と役割を明確にして単価問題に取り組む。

 

2.公契約条例(法)制定

2009年9月29日、野田市での条例制定を皮切りに、全国での条例制定の動きが活発化した。そして、東京・世田谷区では官公需印刷物も適用される公契約条例が制定された。

この公契約条例(法)制定に向けて積極的 に運動を推し進めると同時に、公契約条例(法)規定に、「公共サービス基本法」の趣旨に鑑みた官公需印刷物の条項を挿入・確立させる。

また、すべての公共調達に適用される公契約条例(法)制定が重要であり、賃金などの労働報酬の下限額設定を要求する。

 

3.入札制度改善と官公需の適正化

全印総連が産業政策方針を確立して以降、 永年取り組んでいる官公需印刷物の入札制度の改善は、遅々として進まないのが現状であった。

しかし、「地方自治法施行令」の改正以降、地方自治体を中心に、官公需印刷物の物品扱いから請負に契約が変更になり、最低制限価格制度の導入や低入札価格調査制度の適用が進んだ。予定価格の公表をする自治体も増え始めてきた。

また、東京都でも官公需印刷物を物品扱いから請負契約に変更した。この公契約運動は、全国で取り組まれており、国としての公契約法制定の動きにまで発展させなければならない。

このように進まなかった官公需印刷物の入札制度改善の運動は、ようやく現在進みつつあるが、未だに公契約における優越的地位の濫用もある。今後も改善の動きを加速させて行くために、政府や各省庁と自治体、業界団体に対して、次の事項実現のために、要求と要請を行う。

①競り下げ方式の導入は行わない事を求める。

②物品から請負契約への変更を求める。

③積算資料などから算出した適正な予定価格の設定と予定価格の公表を求める。

④最低制限価格制度の導入を求める。最低制限価格は、業界団体、労働組合、行政等で公正・公平に決める。

⑤低入札価格調査制度の導入を求める。また、設定された予定価格の適否を調査させる。

⑥民間取引を含め、校了後のPDFなど、校了データの有料化と加工データの権利所属有無の明文化を求める。

⑦発注後、仕様変更にともなう費用が発生した場合は発注価格に加算することを求める。

⑧教科書印刷の単価下落と教科書制作費の下落を防止するために、教科書定価の適正化を求める。

⑨デジタル教科書の適正な導入と子どもの教育に与える影響を科学的に調査することを求める。印刷製本産業に及ぼす影響を考慮し、それへの対策を求める。

⑩中小印刷企業振興と地元優先発注を求める。

⑪労働基準法等、法律違反がある業者の入札 排除や自社生産に問題がある業者の一定の規制等、入札参加資格の適法・適正化を求める。

⑫官公需印刷物に改正「地方自治法施行令」を適用し、施行されている「公共サービス基本法」の徹底を求める。

⑬入札に際して、内訳明細書の提出の義務付けを求める。

⑭入札に際して、価格だけによらない「総合評価方式」の採用を要求し、評点には労働諸法令の遵守を基準化した上で、地元中小零細企業を考慮するよう求める。

⑮下請代金支払遅延防止法と下請中小企業振興法(下請二法)、独占禁止法の官公需印刷物を発注する際の適用を求める。

⑯ 公正取引委員会に対して、不当廉売や独禁法等の実態調査と労働組合や中小事業者との意見交換の場を設けること、新聞・書籍・雑誌・音楽CDの再販売価格維持契約制度を継続することを求める。

 

4.印刷出版関連産業の育成と振興

文字活字文化を下支えする印刷製本関連産業と文字活字文化を広く普及している出版関連産業は、非常に困難な局面にさしかかっている。

印刷出版関連産業は疲弊し、困難な状況の中にあり、政府や自治体による印刷出版関連産業の育成と振興が急務になっている。

また、技術教育と人材育成、次世代教育などは、産業の振興には欠かせない課題であり、非正規雇用問題の解決などと共に政府・自治体、企業や業界団体に要請していく。

業界団体やリーディングカンパニーとしての大手印刷企業による産業の育成と振興、及び適正な賃金と労働諸条件の確立のためのイニシアティブの発揮が切実に求められており、 労使の立場を超えた共同の取り組みが益々重要になっている。

企業に対するCSR とコンプライアンスは、産業の育成と振興にとって基準となる指針であり、この徹底を求めていくことが重要である。

更に、印刷出版関連産業の育成と振興のために、倒産・廃業企業の労働者及び経営者と取引業者の救済など、中小企業政策の一環としての負担軽減措置を含む「セーフティーネットの確立」を政府・自治体に求めていく。

 

5.「文字・活字と紙文化」を守り発展させる

2005年7月19 日、「文字・活字文化振興法」が制定された。また、併せて「文字・活字文化の日」が、毎年10 月 27 日に設定された。更に、振興法制定から5年目の 2010年を「国民読書年」とする国会決議が行われ、様々なイベントが企画された。

全印総連は、2010 年 6 月に出版労連・新聞労連と共催をして、文字活字文化振興のための「国民読書年 6.12 シンポジウム」を開催し、大成功を収め、その後も数年間継続して取り組んできた。この法律の活用と幅広い運動の展開が引き続き必要である。

文字活字文化を支え、生業としている印刷出版関連産業の労働者と労働組合、業界団体と経営者との共同行動が、この法律の精神を広く国民の中に浸透させることになる。

労使を超えた国民的運動を構築することが、この法律の有効活用につながる。毎年の「文字・活字文化の日」や「読書週間」での様々なイベントや図書館の拡充等の運動を積極的に展開する。

今後も引き続き「国民読書年」の制定を要請し、文字活字文化の発展のために「文字・ 活字文化振興法」を積極的に活用する。「本を読む、新聞を読む」、文字活字と紙文化に接することの大切さと思いを、特に次世代に繋ぐことが、この産業で生き働くものの責務である。

Ⅳ 魅力ある印刷出版関連産業を作るために

1978 年に公表した『適正単価の提言』に続く、この新たな『産業政策提言』は、印刷出版関連産業を魅力あるものにし、文字活字文化を真に支える産業を作るために、今後も改訂していく提言である。印刷出版関連産業の再生と発展を望むすべての個人・団体に対し、この提言の実践とより良いものにしていくための更なる議論を呼びかけるものである。

 

 

2010年9月発行(2012年11月二版 2015年5月三版 2021年7月四版)

発行:全国印刷出版産業労働組合総連合会(全印総連)

住所:東京都文京区本郷2-36-2 T.M畑中ビル302

TEL(03)3818-5125   FAX(03)3818-5127

 

 

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