是村高市「官公需印刷物の入札制度改善と公契約条例制定で印刷製本産業の活性化を」

是村高市「官公需印刷物の入札制度改善と公契約条例制定で印刷製本産業の活性化を」『印刷界』第794号(2020年1月号)pp.56-63

 

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』2020年1月号に掲載された是村高市氏(全印総連顧問)による、公契約条例に関する同名の論文を一部修正して転載します。お読みください。

 


印刷界2020年1月号

 

■新宿区の公契約条例の考察

東京都新宿区で2019年10月、公契約条例が施行された。

新宿区の場合は元々公契約に対する「指針」があり、公契約条例ではなかったが官公需印刷物は「製造請負」として「最低制限価格制度」が導入され、入札停止などの罰則規定もあった。

筆者は、指針も含めて「条例」という位置づけでみていたが、区長選挙に際して、対抗上ということもあって、現職の区長が公約に掲げ公契約条例が制定された。

2010年2月、千葉県野田市で初めて公契約条例ができて以来(山形県では、2008年7月に「公共調達基本条例」が施行)、全国で公契約条例制定の運動が進んでいる。筆者は全印総連の一員として、以前はよく新宿区で要請や交渉を行ってきたので、今回新宿区で条例が制定されたことは、大いに歓迎したい。

ただ残念なのは、新宿区が「製造請負」と規定している官公需印刷物は、今回の公契約条例には適用しないという事だ。なぜ適用しないのか、条例の骨子を読んでもよく分からないが、世田谷区では官公需印刷物の条例適用を行っている。

もし世田谷区をベースにしたのであれば、「物品調達」を条例の適用にするというのは、労働報酬の下限額などで色々と難しい面もあるが、すでに「製造請負」である官公需印刷物を適用除外するというのは理解し難い。

全印総連は新宿区にパブリックコメントを出さなかったが、「なぜ製造請負が除外されているのか」とのパブリックコメントには、区は「参考意見として聞く」という常套句の対応をしている。ここに関しては、今後全会派との懇談や要請をしていく必要があるが、区議会での各会派からの質疑がどうだったか、というのが気になるところだ。

いずれにしても、全会派賛成で成立したということで、新宿区の公契約条例の成立が、これから条例を作って行く特別区に対しては、非常にインパクトを与えるものと考えられる。

特に新宿区は他の板橋区、中央区、文京区などと共に、印刷が地場産業であり、この地場産業の区に官公需印刷物にも適用する公契約条例ができていく事が、今後期待される。新宿区の場合は基本条例ではなく本条例であり、委託契約の場合の労働報酬下限額も2019年度の東京都の最低賃金を若干上回る1020円と決めており、工事請負契約の場合は「公共工事設計労務単価」の9割としており、他の区に及ぼす影響も少なくない。

2019年10月に施行された新宿区の公契約条例が、官公需印刷物も適用する条例になるために、今後世論を広げていきたい。

 

■全国の公契約条例の特徴

2018年4月時点の公契約条例(本条例と基本条例)を施行している地方自治体は、別表1の通りである。労働報酬の下限額を決めている19自治体、決めていない24自治体がある。また、労働環境(労働条件)のチェックシート提出を義務付けている自治体は、43自治体中、15自治体に留まっている。

別表1 公契約条例等を制定している自治体一覧(2018年4月現在)

※奈良県は、労働環境のチェックではなく、支払賃金及び社会保険加入状況の報告を義務付け
労働報酬下限額等は設けていない。
※三重県津市は、労働報酬下限額について、条例の施行後5年以内に必要な措置を講ずるもとしている。

 

この表には記載されていないが、港区は2015年、「港区が発注する契約に係る業務に従事する労働者等の労働環境確保の促進に関する要綱」(以下、要綱)を施行し、労働報酬の下限額を工事請負契約は、「公共工事設計労務単価」に0.9を乗じた額を8で除した額としている。また、業務委託契約では、東京都の最低賃金よりも高い1070円から1380円を設定している(別表2)。

別表2 港区における職種別にみた査定賃金水準額

職種 査定賃金水準額(Ⅰ時間当たり)
一般作業・一般事務 1,070円
保育士 1,100円
給食調理 1,070円
看護師 1,380円
保健師 1,380円
栄養士 1,380円

「港区が発注する契約に係る業務に従事する労働者等の労働環境確保の促進に関する要綱」より

 

港区の要綱では、労働報酬の下限額を職種別に設定しており、一般作業・一般事務は新宿区よりも高い1070円、看護師や保健師などは、1380円を設定している。この港区は、公契約条例ではないが、公契約に従事する従業員の労働報酬の下限額を規定し、違反があった場合は、入札排除などの罰則規定がある。

今後の公契約に関する規定は、本条例であれ基本条例であれ、または指針、要綱でも、まず公契約適正化のために、一歩前進させる取り組みが大切だと考える。

各自治体で制定されている公契約に係る条例は、別表にあるように基本条例でも下限額を決めている高知県高知市や埼玉県草加市などの自治体もあれば、本条例なのに下限額を設定していない岐阜県、奈良県、岐阜県大垣市などの自治体もあり、公契約の適正化運動は「小さく産んで大きく育てる」ことが重要だ。

 

■官公需印刷物が初めて適用された世田谷区の公契約条例

官公需印刷物に公契約条例が適用されたのは、世田谷区が初めてである。この適用には全印総連が毎年開催をしている「円卓会議」のコメンテーターをお願いしている永山利和先生(日本大学元教授)の尽力が大きいが、官公需印刷物を公契約条例に適用させるには、全印総連や印刷の業界団体がしっかりコミットしていかないと、官公需印刷物の適正価格や公正な契約は保障できない。

ただ、官公需印刷物は、予定価格の2000万以上の契約が対象になっているため、「世田谷区報」以外の「議会だより」やその他の印刷物は対象外になっている。今後、すべての官公需印刷物が対象となる事を期待したい。

世田谷区では、労働報酬の下限額を定期的に見直しており、また、区民や業者やそこで働く従業員に周知徹底するために、ホームページ等の告知だけではなく、公契約条例のポスターを三種類も作成し、紙媒体でも周知徹底しており、特別区の中でも先駆的な役割を果たしている(三種類の公契約条例ポスター参照)。

 

   

世田谷区公契約ポスター 区民向け                  世田谷区公契約ポスター 業務委託 

世田谷区公契約ポスター 工事用

また、区に「公契約適正化委員会」とその委員会内に「労働報酬専門部会」を常設し、日常的な会議を行っている。

全印総連は以前から文京区の労組と学習会を開いたり、今も後楽園の駅頭で共同宣伝をやっており、中央区の労組とは、かなり頻繁に公契約条例を作るための会議を開いたり、具体的な中央区への要請や交渉を行っており、その他の特別区でも公契約条例を制定させるための取り組みを続けている。

 

■全印総連の自治体交渉―中央区の場合

東京都中央区では、公契約条例制定のために毎年、区役所への要請や懇談を行っている。これは、地元にある労働組合の協議体である中央区労協とともに行っている。

2019年は5月に区役所交渉をやり、その二日後に公契約条例の学習会を開催した。この学習会も近年毎年行い、区役所交渉にも参加した永山利和先生を講師に公契約条例と最賃の問題について学習している。

中央区は、公契約条例に対する研究会を新宿区と開催しているという。新宿区は前述したように公契約条例が制定されており、中央区も公契約条例が制定されるのではないか、と期待している。しかし、他力本願では条例は中々できないので、こちらの運動をしっかりしていかないと、条例の中身がおぼつかなくなり、労働報酬の下限額や官公需印刷物の適用除外などの可能性もあるので、ここは是非奮闘していきたい。

2019年4月21日、ちょうど新宿区議会で公契約条例が成立した日、中央区区議会議長と各会派への要請を行った。今後の課題は区長要請だが、区長が変わったので、それを契機に是非区長要請に時間を割いてやっていきたいと考えている。

しかし、全印総連だけで出来る事ではないので、やはり建設関係の労働組合と一緒にやって行かないと前に進まないと思っているので、まずは中央区を突破口にして行きたい。

公契約の適正化に向けて、全印総連としてどう運動して行くか課題は多いが、独自ではなかなかやれていないのが現状だ。ただ、入札制度改善交渉は、全印総連は我々の先輩からずっと独自にやってきており、公契約条例制定のため全印総連としての独自の取り組みも検討する必要がある。

 

■落札価格が下落し続ける官公需印刷物

公契約条例が官公需印刷物を適用除外とすると、「区報」や「議会だより」、「私の便利帳」などは公契約条例の蚊帳の外に置かれる。特に「私の便利帳」のような製本を必要とする官公需印刷物は、印刷の製造現場でも低単価、短納期、低賃金状態が続いており、この改善が望めなくなる。

特に製本の実態が深刻なので、例えば新宿区の「私の便利帳」をある印刷会社が落札をした場合、製本工程の労働報酬の下限額が1020円になる。また、製本工場が埼玉県にあった場合、埼玉県の最低賃金を上回る。

この「私の便利帳」を製本する場合、非正規従業員がこの製本ラインについて埼玉県の最賃で働いていれば、労働報酬の下限額を下回り、これは公契約条例違反になり、賃金を是正しなければならなくなる。非正規の賃金を上げていくという点で非常に効果のある下限額の設定だ。

また、入札価格は当然この労働報酬の下限額を配慮した額になるので、入札価格も適正なものに近づく。

公共工事では労働報酬の下限額が基本的に導入されるが、官公需印刷はなかなか導入されない。官公需印刷物をどのように公契約条例に適応させていくか、今後の大きな課題である。

全印総連としては官公需印刷物を公契約条例に適用させ、物品も含めて公共調達全般に適用させるのが、公契約の適正化にとってベターだと考える。

物品の場合は違う観点からの考察が必要で、例えばコピー用紙や文房具などの物品調達の場合、労働報酬の下限額を設定する場合、製造労働とするか事務労働とするか、一般労働か専門労働か、少し研究が必要だと思うが、公契約条例をすべての公共調達に適用させるような運動を進めたい。

今、東京都23区のいくつかの区で公契約条例が制定されているが、是非二三区全てに公契約条例を作り、東京都にも広げたいと思う。東京都に公契約条例ができると他の都道府県にも、ものすごく大きな影響を与え、国でも公契約法を制定しよう、という動きにもなると思う。その点で最低賃金を全国一律にという運動は、大きな前進を見せているで、全国一律最低賃金制度と公契約法をきちっと学習し運動を進めて行きたい。

 

■官公需印刷物と公契約条例―紙メディアの大切さを考える

若干、視点は違うが、「文字・活字文化振興法」という法律がある。その目的は第一条に「この法律は、文字・活字文化が、人類が長い歴史の中で蓄積してきた知識及び知恵の継承及び向上、豊かな人間性の涵養並びに健全な民主主義の発達に欠くことのできないものであることにかんがみ、文字・活字文化の振興に関する基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、文字・活字文化の振興に関する必要な事項を定めることにより、我が国における文字・活字文化の振興に関する施策の総合的な推進を図り、もって知的で心豊かな国民生活及び活力ある社会の実現に寄与することを目的とする。」とある。理念法だから罰則や強制力はないが、紙メディアを活性化するために、この法律の活用が大切だと考える。

新聞労連・出版労連・全印総連で「文字・活字シンポジウム」というのを6年ぐらい続けてきた経過がある。この画期的なシンポジウムは今後も継続してやっていきたいという思いがあったが、諸事情で休止になってしまった。この第一回目が国民読書年の年で「文字・活字文化の日」は、読書週間の最初の日に設定をしている。

「振興法」は、官公需印刷物などの紙メディアや教科書の普及も、これに該当する。「振興法」では、第3条 の基本理念では、「文字・活字文化の振興に関する施策の推進は、すべての国民が、その自主性を尊重されつつ、生涯にわたり、地域、学校、家庭その他の様々な場において、居住する地域、身体的な条件その他の要因にかかわらず、等しく豊かな文字・活字文化の恵沢を享受できる環境を整備することを旨として、行われなければならない。」と定めている。

その第4条では、「国は、前条の基本理念(次条において「基本理念」という。)にのっとり、文字・活字文化の振興に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を有する。」と国の責務を定めている。

また、第五条では、「地方公共団体は、基本理念にのっとり、国との連携を図りつつ、その地域の実情を踏まえ、文字・活字文化の振興に関する施策を策定し、及び実施する責務を有する。」と地方自治体の責務を定め、国と地方自治体双方の責務を規定している。

官公需印刷物である「区報」や「議会だより」、「私の便利帳」は、地域住民にとっては非常に重要な情報源であり、もちろんネット配信も重要なツールだが、私の便利帳やゴミ出しの冊子があれば非常に便利だ。紙媒体は、そのような身近な媒体なので、それを振興させることは、この法律の趣旨にかなっている。この「文字・活字文化振興法」は自治体交渉に役立ち、教科書の定価問題にも役立たせることができると思う。

官公需印刷物の入札制度では、最低制限価格制度を導入するには、製造請負でなければならないと考えてしまう傾向があるが、地方自治法の施行令でいえば、物品調達でも最低制限価格制度を導入できる。

その第167条の10 によれば、「普通地方公共団体の長は、一般競争入札により工事又は製造その他についての請負の契約を締結しようとする場合において、当該契約の内容に適合した履行を確保するため特に必要があると認めるときは、あらかじめ最低制限価格を設けて、予定価格の制限の範囲内で最低の価格をもって申込みをした者を落札者とせず、予定価格の制限の範囲内の価格で最低制限価格以上の価格をもって申込みをした者のうち最低の価格をもって申 込みをした者を落札者とすることができる。」としている。

自治法の施行令では「その他」となっているので、ここの「その他」には当然、物品調達が含まれる。条例や法律は、「等」「その他」という曖昧な文言があるが、工事や製造請負でなければ、最低制限価格制度を導入できないことはない。

なるべく今ある条例や施行令、法律も活用して、公契約条例の中身を膨らませ、公契約法も視野に奮闘したい。

印刷出版製本関連産業は、年々疲弊している。中小の関連企業の倒産や廃業は、高水準を維持している。紙メディアは、新聞や雑誌・書籍ともに出荷額が年々下落し、少子化と相まって活字離れが進んでいる。

一方、スマートホンやタブレットなど携帯端末での情報の共有や通信が一般化し、歩きスマホの禁止や道路交通法での罰則強化、SNSの普及と悪用など、社会問題化している。紙メディアの活字離れとこれは一見無関係のようだが、「スマホ依存症」は活字離れが作ったといっても過言ではないだろう。

日々の通勤通学の電車の中で、新聞や本を読んでいる人を見かけるだろうか。多くの老若男女の目は、スマートホンに釘付けである。かく言う筆者もSNSには頻繁に投稿し、交流を深めているが、紙メディアにも日常的に触れている。興味ある書籍が出版されれば、書店や書店にない場合はネット通販で購入し読んでいる。定期的に書店にも訪れる。

本を読もう、新聞を読もうとの日常的なメッセージは、それに相応しい平和と民主主義の担い手であるメディアの使命の確立と両輪だが、私たちが生活の糧とし生業としているこの印刷出版製本関連産業を守り発展させていくために、何ができるか問い続けていきたい。

 

 

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