是村高市「印刷出版産業の疲弊とダンピング~国は文字活字文化を守り発展させる振興策を~」

日本印刷新聞社の発行する『印刷界』第746号(2016年1月号)に掲載された、是村高市氏(全印総連顧問)による同タイトルの論文です。お読みください。

 

はじめに

印刷出版関連産業の出荷額の低落傾向を危惧する論調が多くある。確かに、経済産業省の工業統計を見ても、「印刷・同関連業」の製造品出荷額は1991年の8兆9286億円をピークに年々下落し、2014年は5兆3898億円になっている。その要因は、少子化と若年層を中心とした「活字離れ」だと、指摘する識者や経営者も多い。

しかし、ここには、出版印刷だけではなく、チラシやカタログなどの商業印刷も多く含まれる。印刷の出荷額の低下を少子化と「活字離れ」だけで説明することはできない。印刷の原材料であるインクと印刷用紙の出荷額は、印刷の出荷額ほど下落はしていない。

出荷額下落の最大要因は、印刷単価の下落とデジタル化が原因のプロセスカットによる課金の減少にある。低単価と短納期によるコストの増加は、印刷会社の利益率を押し下げ、時には赤字受注すらある。

それを回避するために、企業努力による経費削減ではなく、固定費である人件費をギリギリまで削減する、いくつかの企業群まで蔓延(はびこ)っている。特に、裁量労働制の導入による違法な「固定残業制」と称する残業代の不払いをする企業群がある。

これら企業群は総じて「ブラック企業」の烙印を押されているが、ここは、経営方針として低単価・短納期を打ち出し、従業員の働かせ方や待遇は二の次になっている。「得意先のため、お客様のため」と言いながら、コンプライアンスやCSR(企業の社会的責任)に目をつむり、産業秩序さえ崩壊させるこれら企業群は、「経営者の高度な倫理観」(三省堂印刷元社長、月岡正雄氏言)が欠如した経営理念を持っている。

そればかりではない。低単価を売り物にしている企業の多くは、増収とは裏腹に、利益確保が非常に困難となり、益々人件費の抑制に走っている。正社員を極端に少なくし、短期雇用の非正規労働者や外国人研修者を多く雇用し、従業員研修をしっかり行っていないために、労災事故や品質事故が後を絶たない。結果、急激に売り上げを伸ばした反面、深刻な労務問題や経営問題を抱えている。

 

適正単価の確立と公契約条例の制定

印刷関連単価の下落防止と適正単価の確立は、業界の悲願である。以前、「良い談合と悪い談合」と言われた時期があった。建設業に蔓延していた公契約での談合が、社会問題になっていた。現在も、この談合は後を絶たない。これも、前述の経営者の「高度な倫理観」の欠如であり、入札制度の欠陥でもある。

官公需印刷物から撤退した印刷会社をいくつも知っている。また、随意契約から競争入札になった途端、低価格で落札し続け、倒産した印刷会社もある。こういう事態を改善するために、業界団体や私たち全印総連は、入札制度改善交渉を長年にわたって行っている。

その結果、官公需印刷物の取り扱いが物品購入から製造請負に変更になっている。頑なにそれを拒んでいた東京都も契約変更をし、特別区でも二区を除いて、すべて製造請負になった。また、最低制限価格制度が導入され、予定価格の事後公表をしている自治体もある。

公契約といえども、自治体や国の発注者責任がある。最近は、この発注者責任によるダンピング受注防止を、2014年6月に施行された改正「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(改正品確法)の観点から打ち出している自治体もある。継続した要請や交渉は、必ず実を結ぶ好事例である。また、公契約条例の制定や公契約の指針や要綱を作っている自治体もある。

2015年11月24日、東京都中央区で「公契約条例学習交流集会」が開催された。元日本大学教授で行財政総合研究所理事長の永山利和先生の講演を受けて、区内の関連労働組合などが参加し討議した。全印総連も参加し、討議に加わったが、特別区で進んでいる公契約条例制定の動きを加速させようと開催したものだが、このような運動が進むことを願っている。

 

公契約条例制定の動きを加速させようと開かれた公契約条例学習交流集会

 

文字活字文化の振興

ここ数年、毎年開催をしている文字・活字文化シンポジウムだが、2015年10月24日、第6回目のシンポジウムを開催した。新聞労連、出版労連、全印総連という文字活字に関わる産業別の労働組合が主催をし、(財)文字・活字文化推進機構、日本マスコミ文化情報労組会議、日本ジャーナリスト会議が後援をしている。

今回は、全国学校図書館協議会の磯部延之調査部長が基調報告をし、その後、「みつけよう、読む愉しみ―子どもに伝える現場から」とのパネルディスカッションを教科書編集者、出版社社長、新聞記者が行い、本を読もう、新聞を読もうと討論を行った。

また、昨年から始めた書評紹介の「ビブリオバトル」を行い、主催組合三者からお勧め本が紹介をされ、全印総連選出の組合員が童心社の絵本を紹介し、見事優勝した。

紙メディアが少子化や「活字離れ」、デジタルメディアの台頭など、様々な要因で年々疲弊している。文字活字に携わるものとして、大変残念な状況であるが、ただ、嘆いているだけでは、この状態は打開できない。

文字活字文化の振興は、まず自らが率先をして実施すべきである。しかし、スマートフォンなどのタブレットで本を「読書」し、新聞を「読む」のは、日々行なっていることとは言え、筆者の世代では多少の抵抗がある。やはり、紙メディアである。しかし、若年層の世代では、スマホが当たり前になっている。

確かに、フェイスブックなどのSNSは、紙メディアでは考えられない機能を持っている。動画も含めて、瞬時に受発信できる優れたメディアであることは、言を待たない。しかし、立ち止まってじっくり考え、思考する行為と時間を保障するのが紙メディアの特性であり、これまた言を待たない。

全印総連が公表した「産業政策提言」の基調は、こうである。「この提言の基本的視点は、メディアを『紙』か『電子』か、という二者択一ではなく、共生への模索と紙メディアの再生と発展に重きにおいている。」

そして、いずれ遠い将来、紙メディアが博物館送りになったとしても、産業としてはソフトランディングできるような施策を取るべきであるが、世紀を超えた議論は、今はすまい。今必要なのは、どうやって文字活字文化を守り発展させ、その媒体としての紙を存続させていくか、が重要である。そのために、筆者は可能な限り、紙メディアに接し、その普及の運動の隊列に加わろうと思う。

 

中小企業政策と日本経済

デフレからの脱却を掲げた政府の経済政策「アベノミクス」は、功を奏しているだろうか。国民本位の経済発展に寄与しているだろうか。グローバル経済の中で、一部基幹産業を除いては、苦戦しているのが日本経済だ。

液晶テレビ分野でリードしてきたソニーがその部門を別会社化し、亀山ブランドで評価が高かったシャープが液晶テレビ部門を手放した。世界的ブランドが、地に落ち、新興の韓国や中国のメーカーが台頭している。ここにもグローバルな低価格競争があり、低い人件費を求めて企業が世界を放浪している。体力勝負の低価格競争には、勝者はいないと言われる。にもかかわらず、この競争に巻き込まれてしまうのは、低価格が売れる、優先される経済構造、消費構造に問題がある。

ここに国民本位の経済政策が必要な理由がある。デフレからの脱却は、ただ単に物価を上げて済む話ではない。購買力の拡大がないと、モノは売れない。こんな常識は、誰にもわかる。だから、安倍首相自らが賃上げを説き、最低賃金の引き上げを示唆しているのである。

しかし、ここには「資本の論理」という厄介なテーゼがある。言い換えると、拡大再生産、最大利潤追求というゴールのないマラソンが行われている。ゴールがないから、勝者はいない。脱落し負けていくのを待つだけだが、走り続けても、新たなランナーが次々に参入する。つまり体力勝負である。

人と同様、法人も年を取る。人は、だから体調管理をし、時には投薬をして生涯を全うする。法人も同じだ。適正な経営政策を実行し、企業の存続を図る。しかし、それだけではダメで、国としての、日本経済としての政策が必要になってくる。

それが「アベノミクス」という経済政策である。しかし、この経済政策、筆者はすでに破綻している、と考えている。それは、いわゆる中小企業政策が欠落しているからである。日本経済を支えているのは、中小企業である。大企業を支えているのは、圧倒的多数の中小企業である。その中小企業が業種を問わず「アベノミクス」に翻弄され、疲弊している。

印刷出版関連産業は、景気動向の他に活字メディアの疲弊という構造的な問題を抱え、元気がない。しかし、文字活字文化への想いと期待は、今も昔も揺るぎないものがある。また、それを継承し伝達する責務が、文字活字に携わる者の使命である。

国民本位の日本経済の再生と発展は、印刷出版産業の基盤となり、振興の鍵となる。大企業優先ではなく、中小企業政策を基本に据えた経済政策と文字活字文化を守り発展させる国としての振興策が必要だ。そのための読書週間であり、文字・活字文化の日の制定であった。原点に立ち返ったこの周知徹底と啓蒙が必要であり、この点に関しては、労使の違いはない。労使共同した運動と国としての中小企業政策の策定を求め、さらなる運動を運動を推進していきたい。

 

平和産業である印刷出版関連産業と日本の民主主義・立憲主義

2015年は、集団的自衛権の行使容認と安保法制について、国を二分する大きな論争があった。筆者は憲法9条のもと、集団的自衛権の行使はできないと考えている。だからこそ、歴代政権は個別的自衛権と専守防衛に徹してきたのである。それが突然、安倍政権になって、集団的自衛権を容認する閣議決定をし、安保関連法(いわゆる「戦争法」)を国民の過半数以上が反対する中で成立させた。

この法律によって、自衛隊が海外に派遣され、現実に戦争に巻き込まれる危険が増した。しかし、安倍政権は、積極的平和主義だとして、憲法9条を持つ平和憲法の改定を目論んでいる。

70年前、第二次世界大戦の反省に立って、日本は再び国際紛争を解決するために武力を行使しないと憲法9条で誓った。それから、日本の平和と民主主義が確立した。しかし安倍首相は「戦後レジーム(体制)からの脱却」を謳い、安保体制を整えた。それは、「戦前レジームへの回帰」、つまり戦前回帰だった。

戦前、多くの政党や業団体、労働組合などは解散させられ、大政翼賛会へと吸収されていった。そして、戦時体制一色になった日本には、言論表現の自由や結社の自由は抑制され、印刷や出版は統制され、自由に企業運営をすることはできなくなった。

印刷出版関連産業は、平和産業だと言われる。民主主義や法治国家の前提である。国民主権と立憲主義が日本の寄って立つ国是、理念である。ここに立脚して、日本の印刷出版関連産業は発展してきた。

文字活字文化の基本は、平和と民主主義、立憲主義である。この原則に則ってこそ、あらゆる出版物や紙メディアは、産業として開花する。そのことを思うと、今回の安保関連法の制定は、印刷関連産業にとっても、看過できない事態であった。その成立過程を見ると日本の平和と民主主義、立憲主義が根底から崩れ落ちた感がある。

特に、立憲主義は民主主義の法治国家の骨格である。議員であれ、経営者であれ、労働者であれ、日本国民であればだれでも、その国の憲法と法律は順守するのが当たり前だが、権力の座にあると、時としてその原則が、通じない時がある。今回の安保関連法の成立過程は、まさにそういう事態であった。

繰り返して言うが、平和あっての印刷出版産業であり、文字活字文化である。2015年を漢字として「安」が選ばれたが、筆者はあえて「怒」を推したい。平和と民主主義は、壊してはならない。立憲主義は、法治国家が寄って立つ原則である。これを壊そうとする何人に対しても、筆者は怒りを持つ。

 

 

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