働くもののいのちと健康を守る全国センターが発行する『季刊働くもののいのちと健康』第86号(2021年2月25日号)に掲載された、佐藤誠一氏(認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センター事務局長)による原稿「吃音のある新人看護師の自殺、取り消し裁判で逆転し労災認定」を転載いたします。「吃音があっても働きやすい社会」が求められています。
吃音のある新人看護師のHさん(男性・当時34歳)の自殺が労災不支給となったためその取り消しを求めた裁判で、2020年10月14日札幌地裁(武部知子裁判長)は札幌東労基署の処分を取り消す判決を申し渡しました。Hさんが亡くなってから7年3カ月、提訴から3年余のたたかいでした。
試用期間の再延長のあとに
Hさんは子どもの頃から吃音とともに生きてきました。Hさんは明るく社交的な性格で多くの友人を持ち、大学も卒業しました。家族や友人とはスムーズに会話できましたが、緊張を強いられる場面では「難発」という吃音の症状に悩まされることがありました。あこがれていた警察官の夢は面接が壁となって何度も跳ね返され、断念せざるを得ませんでした。しかし、新たに看護師を目指して看護学校に進み、A病院の看護部長の誘いを受け就職しました。その春、Hさんは34歳になっていました。
2013年4月、A病院の循環器病棟に配属されたHさんは、「私の取り扱い説明書」を示して吃音があることを伝え、理解を得ようと努めました。
しかし、患者からは「別の看護師にしてほしい」「何を言っているのか分からない」等の苦情を受けました。また、患者に対する検査の説明を行う前に、指導看護師らに事前の説明練習を行っていたのですが、吃音による症状のためにうまくできず、繰り返しの練習を余儀なくされました。このことはHさんに大きな負荷となりました。
そのうえ、病院では採用後3カ月間の試用期間の定めがありましたが、Hさんは一人だけ試用期間を1ケ月延長されてしまいました。更に、延長された7月の末になっても、本採用にするとの話がないまま、Hさんは「誰も恨まないでください」とスマートフォンに書き遺して自ら命を絶ってしまいました。入職してわずか4カ月後です。
再審査請求も棄却
遺族は「息子の自殺は業務以外に考えられない」として、同僚やHさんの友人などから聞き取りをはじめ、言友会(吃音当事者の自助組織)の皆さんの支援が広がりました。いの健道センターに相談・来所し、過労死家族の会にも入会しました。
2015年3月労災申請しましたが、「ノルマの達成」「上司とのトラブル」「いじめ・嫌がらせ」などの申し立ては、すべて「弱」「不明」とされ、審査請求、再審査請求も棄却されました。2017年5月のことです。
全体的な負荷の程度は発症させる強度
判決では、「患者からの苦情」について、苦情の内容が業務上重要な患者への説明内容や信頼関係に関するものであり、その数も少なくなかった上、Hさんの業務量や業務内容にも相応の変化が生じていたとして、心理的負荷の程度を「中」と認めました。「説明練習等の指導」については、事前の練習は職務上必要なものであり、新人看護師に対する業務指導の範囲内のものであったとして、心理的負荷の程度を「弱」としました。「試用期間の延長」について、Hさんにおいて、示された課題につき水準に達することができずに解雇される可能性が、ある程度現実的に認識できる状態になったと認められるとして、心理的負荷の程度を「中」としました。
その上で、本判決は、「患者からの苦情」と「試用期間の延長」による「中」の心理的負荷が生じていた状況に、「説明練習等の指導」の「弱」の心理的負荷が加わったものであり、全体的な心理的負荷の程度は、精神障害を発病させる程度に強度なものであったと認めました。これによって、Hさんの発病及び自死が、業務に起因して生じたものと認定され、労働基準監督署長の不支給処分が取り消されました。
吃音と事件の関連性を指摘
この裁判では、原告の主張「『同種の労働者』とは労働災害に遭遇した労働者本人から離れた全労働者の平均像を意味するものではなく、当該労働者と同種の障害を有する労働者と理解されるべき」は否認されました。
しかし、吃音を持ったHさんが仕事との両立に悩む中で「精神障害の発病は業務に内在又はそれに伴う危険が現実化したもの」としました。原告と弁護団が吃音に関する最新の知見を繰り返し示して、吃音であることと本事件の関連性を指摘したことが反映していると考えます。
吃音があっても働きやすい社会に
判決日には、支援してきた言友会関係者、過労死家族の会、医労連やいの健道センター関係者などで傍聴席は埋まり、廊下にあふれました。
報告集会で北海道言友会会長の南孝輔さんは「吃音で苦労して就職できなかったり、解雇されたりという事が起きている中で『自分たちにも働く権利がある』と認めてもらう根拠になる判例になってほしい。吃音を個人の責任にせず社会の側、雇用側に態度変更を求める根拠になってほしい」と語りました。
同様に家族を過労死で亡くし、裁判の傍聴支援を行ってきた家族の会からは、4人が次々と遺族の労をねぎらい勝訴を祝福しました。
集会後、遺族といの健道センターは国に対して「控訴するな」の要請活動を呼びかけ、言友会やHさんの友人など843人分の要請文とFAXを北海道労働局と札幌東労基署に届けました。
国は控訴期限の10月28日まで手続きを行わず、札幌地裁判決が確定し、労災が認定されました。Hさんの父親は「吃音があっても働きやすい社会になってほしい」と語りました。
この勝利は遺族の粘り強い努力と弁護団の頑張りとともに、言友会の皆さん、過労死家族の会、新人看護師の過労死裁判を支援する医療関係者、いの健道センターなど幅広い関係者の連携が勝ち取った勝利です。
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