福地保馬「再び考える「労働者の疲労・過労と健康」2/過労死の社会的要因」

認定NPO法人働く人びとのいのちと健康をまもる北海道センターが発行する『ニュース』第426号(2020年6月1日号)に掲載された、福地保馬氏(北海道大学名誉教授、働くもののいのちと健康を守る全国センター理事長)による連載原稿「再び考える「労働者の疲労・過労と健康」2/過労死の社会的要因」を転載いたします。

 

「過労」が生じる原理

労働の「疲労」は、前回も書いたように、労働負担に(労働をすること)によって、必然的に生じる「休息の欲求」を示す心身のサインで、休息によって回復し、また新たな労働負担に対処することができるようになります。負荷と休息のバランスが取れており、このサイクルがうまく回っていると、ひとは、このような労働を一定期間経験することによって、心身の健康、体力、知識、技術、仲間づくり、協同行動など、豊かな人生を送ることに資する力を獲得することになります。負担を伴う「労働」がプラスに働くことになります。

その逆が、「過労」状態を引き起こす疲労の状況です。労働負担の質量が過大であることと、休息の質量が貧弱であることが、「慢性疲労」とか「過労」と呼ばれる状況を発症させます。「ストレス」にならっていうと、疲労状態は、ストレス反応のひとつです。このストレス反応の大きさは、ストレッサー(ストレスの要因)の質と量、および、まわり(上司、先輩、同僚、友人、家族)の支援(サポート)のあり方で、程度が決まるといわれています。

前回のこの欄で述べたように、21世紀に入る頃から「過労死」が社会的に問題視されるようになり、過労による労災認定数が増加し、特に、脳・心疾患の増加・高止まりとともに、それ以上に、精神障害によるものが著しく増加していること、また、労働局への相談事例の中で、職場の上司などによる「いじめ・嫌がらせ」に関するものが、急増し、解雇などの他の事案を遙かに上回るようになった状況になっています。

このことを、文頭で述べたような図式に当てはめて考えると、まずは、20世紀末から21世紀にかけ、労働負担(ストレッサー)の質量が過大になり、合わせて、休息や支援度質量が貧弱化したことが働く人々に過大な疲労を引き起こすことになり、現在まで、その傾向が拡大して、「過労死や、過労による精神障害」の増大という結果になっていること、また、「職場におけるパワハラ」が問題化し、職場における支援度低下の一要因として働いていることが窺えます。

 

解消しない長時間労働

過大な労働負担として挙げられることは、働き方の悪化です。そして、最も一般的に考えられることは、「長時間労働」です。わが国においては、長時間労働は、依然として解消していません。総務省の「労働力調査」によれば、正社員の平均労働時間は、男性では年間2,400時間弱、女性では2,100時間となっています。30人以上の事業規模の職場で、過労死ラインと呼ばれている週60時間(月80時間)以上働く労働者は、男性で10.6%、女性で2.4%(2018年)にのぼっています。30代男性で週60時間以上働く労働者は21.7%にもなっています。労働時間の記録がされてなかったり、残業していても申請がされていなかったりする職場がまだまだ多数見られるという状況です。わが国の長時間労働の実際は、もっともっと厳しいと推察されます。

労働時間の長さだけが問題ではなく、働き方自体が悪くなっています。長時間労働と裏腹の問題として、休息の少なさと貧弱化が疲労を回復できない労働者を作り出していますが、これらについては、稿を改める予定です。

 

新自由主義と過労死社会

日本が「過労死社会」になった背景には「新自由主義」の国家体制づくりがあります。新自由主義とは、すべてを市場の競争に任せ、企業に対する規制をできる限り少なくし、自由に企業活動が出来るようにする政策を遂行する主義・主張です。

「小さな政府、市場の自由」、「聖域なき構造改革」などのスローガンのもとに、国鉄、専売、電電、郵政などの公営企業を次々と民営化し、金融機関などを合併させるなど、巨大企業を誕生させ、企業競争を激化させました。社会に「競争第一主義」がはびこり、資金力のない中小企業の経営を困難にさせていきました。大企業の税負担を軽くすることや、派遣など非正規労働の拡大や労働時間の規制緩和など、いかに安い労働力を使えるようにする政策が進められる一方で、社会保障、医療・福祉などの削減が進められ、「格差」が大きく拡がりました。職場内にも、競争主義が入り込み、労働者は、「成果」と「自己責任」を問われる働き方を強要されています。

新自由主義は、1980年代から、イギリス、アメリカ、日本など、世界の主要国で進められてきた政策ですが、20世紀末から今世紀にかけ、各国で矛盾が露呈してきています。日本も例外ではないどころか、いまや、最も深刻な状況を呈している国といえます。過労死のような多くの労働者がかかる健康障害には、個人的要因のほかに、ほとんどの場合、社会的な要因が認められます。私は、世界に冠たる(?)日本の「過労死」の発生についても、根本的な原因はここ、新自由主義による「労働力使い捨て社会」の形成にあるのではないかと考えています。

 

 

 

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