川村雅則「札幌市の公契約条例の制定をめぐって(2012年)」

公契約運動を進めている今(2022年末)、過去に書いたものをあらためて読み返しています。本稿は、東京土建一般労働組合が発行する「建設労働のひろば」編集委員会編『建設労働のひろば』第84号(2012年10月号)に掲載された原稿の転載です。注釈の位置を変更し、参考文献を追加しました。どうぞお読みください。

 

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公契約条例を考える市民集会(2012年3月13日開催)。

 

はじめに

政府・自治体がワーキングプアをつくりだしている。いわゆる「官製ワーキングプア」である。

自治体の「内部」、すなわち、彼らが直接雇う非正規公務員の問題に加えて、公共事業・業務委託・指定管理者分野など、いわば「外側」でも問題は深刻化している。自治体財政のひっ迫に加え、「最小の経費で最大の効果」(地方自治法)の追求、結果として価格一辺倒に傾斜した「入札制度(の)改革」などが事態を深刻化させてきた。千葉県野田市での制定を皮切りに、現在全国で注目を集めている公契約条例は、こうした問題状況の反映であるともいえよう。ここ札幌市においても今年2月の定例市議会において市側から条例案が提案された。公契約条例の制定を公約に掲げて2003年に当選した上田市長の悲願でもあった。

しかしながら、全会派一致で決まった他の自治体とは異なり、札幌市では制定が難航している。業界団体からの「反対」「抵抗」が強く、彼らの意向をうけた会派も慎重な姿勢をとらざるを得なくなり、2月に提案された条例案は「継続審議」扱いとなった。

建設政策研究所で公契約条例について学んできた筆者は、条例の議論の本格化と同時に発足した(2月発足)、労働組合・弁護士・市民そして研究者で構成される「札幌市公契約条例の制定を求める会(代表伊藤誠一弁護士。以下、求める会)」*に参加し、同会でのさまざまな取り組みに一研究者としてかかわっている。小論では、そこでの経験を整理し、全国の公契約運動に貢献したい(ただし小論の内容は、筆者の見解によるもので、「求める会」のものではない)。

 

*構成団体は、反貧困ネットワーク北海道、連合北海道札幌地区連合会、札幌地区労働組合総連合、全建総連北海道建設労働組合連合会、全建総連札幌建設労働組合、特定非営利活動法人建設政策研究所、日本労働弁護団北海道ブロック、非正規労働者の権利実現全国会議・札幌集会実行委員会の8団体。なお会の目的は、札幌市公契約条例の制定のために、「互いに協力・協働し合う」というシンプルかつゆるやかなものである。

 

 

 

札幌市公契約条例素案

まずは事実経過を簡単にまとめておこう。

冒頭に書いたような事態を問題意識として、「札幌市公契約条例素案」を示して市民からの意見公募(パブリックコメント)を市が行なったのは、昨年の11月である。

素案は、その時点で条例を制定していた他の自治体にならったものであり、まず、条例(対象事業)の範囲は、①予定価格5億円以上(プラント工事については2億円以上)の工事請負契約、②予定価格1千万円以上の業務委託契約のうち、施設清掃・施設警備・設備運転監視、 ③公の施設の指定管理者である。

また、設定する作業報酬の下限額については、「次の事項を基準とし、さらに生活保護基準その他の事情を勘案し、学識経験者などからなる審議会の意見を聴いた上で決定すること」(「審議会方式」)が案として示されていた。すなわち、 ①工事請負契約:農林水産省及び国土交通省において公共工事の積算に用いるために毎年度決定している公共工事設計労務単価、②業務委託契約:国土交通省において建築保全業務を委託する際に積算に用いるために毎年度決定している建築保全業務労務単価、 ③指定管理者:市の現業職員の初任給である。

ちなみに、建設政策研究所北海道センター(以下、センター)では、たとえば、条例が適用される事業範囲や設定される賃金水準については拡充すべきだと考えるものの、基本的には条例に対して「賛成」の立場で意見を提出している。

 

 

業界団体の動きと市側の対応

さて、上記素案に対する業界団体の動きなどを簡単に整理する。

パブリックコメント募集時から条例制定に反対姿勢を示していた札幌建設業協会・北海道ビルメンテナンス協会・北海道警備業協会は、1月に市長と市議会各会派に対し公契約条例反対の立場で陳情活動を展開。翌日には札幌商工会議所も、入札制度改善の優先等を内容とする要望書を提出した。

それに対して市側も、新年度以降の最低制限価格の引き上げを発表し、業界団体に対して理解を求めた(引き上げ効果があったことは後日に確認された)。

しかしながら業界団体との溝は埋まらず、条例案は継続審議扱いになった。ただしその前に、なお慎重な姿勢は堅持されたものの、モデル事業を使った条例案の検証作業が札建協から提言され、現在その作業が進んでいる。また、関係者による協議機関の設置も業界側から求められ、9月末の現時点で4回目の関係者協議が行なわれている(内容は、条例先行自治体の経験を学んだりモデル対象事業の検証作業などである)。

なお議会に対して、賃上げ効果も遅まきながら市側から示された。公契約条例制定の効果額だけで3億3900万円、さらに入札制度改革、すなわち最低制限価格引き上げによる事業者側の増収額は21億5000万円にも達するという。地域運動(春闘)という観点からの公契約運動が労働組合に期待されるところである。

 

業界団体の「反対」が意味するもの

閑話休題(それはさておき)。条例制定の壁となっている事業者・業界団体の「反対」は何を意味しているのだろうか。

というのも、教科書的にいえば、公契約条例は、公契約領域で働く労働者の賃金の下限額を設定し、この間続いてきた賃金下落の防止を直接の目的としているものの、多岐にわたる波及効果、すなわち、賃金(・労働条件)さえも競争手段として低価格入札にのぞまなければならなかった事業者にとっても、一定の利益の確保や、悩みの種である技能労働者の確保・育成が可能になるなど事業者にとってもプラス効果をもつものである。さらにいえば、地域経済や自治体財政にも貢献する施策である。そう説明されているからだ。

にもかかわらず反対あるいは懸念が示されるのはなぜか。そこには事業者側がおかれたきびしい現状がある。

 

建設業界のおかれた状況

札幌市の資料によれば、およそ10年前には1500億円を超える普通建設事業費が2011年度には736億円、つまり半減している。また、一般競争入札が拡大されるなかで落札率は大きく下落している。2002年度には平均落札率が94%だったのが84・5%(2009年度)にまで下落し、2010年には持ち直したもののなお87%の状況にある。

センターでも、公契約条例の審議に資するため、札幌市に本社を置く事業者を対象にした調査をあらためて緊急的に行なったところ(有効回答は200社)、経営のきびしさもさることながら(「元請受注の減少、困難」64・0%、「低価格での受注競争の激化」78・5%)、たとえば、発注者や元請業者との契約関係の不公正も相変わらず確認されたとおりだ(「著しく低い価格で発注される」47・5%、「設計変更や追加工事にともなう費用負担が支払われなかった」29・5%など)。

その意味では「労務単価の問題は、入札契約制度、建設業の重層下請構造、積算方法、公共事業労務費調査等、様々な段階で内包している課題と密接に関連することから、総合的な施策の中で検討する必要がある」(札建協から提出された条例制定に対する「疑問点・問題点」より)というのは、うなずける。

ちなみに上記調査で回答された公契約条例に対する意向(複数回答可)としては、最多は「条例は必要だがまずは入札制度の改革を優先すべき」(49・5%)であったものの、「条例の制定も入札制度の改革も同時並行で行うべき」もまた28・5%に及んだ。実際、「求める会」で行なった業界団体との意見交換でも、条例そのものへの反対ではなく、受注量の減少や入札制度をめぐる問題で業界が「体力」を失っていること、加えて、入札制度の改善要望が(市に受け止められてこなかったことへの不満も含めて)少なからず聞かれたところである。

 

 

「求める会」の各種の取り組み

2月に会を発足してから、3月末までの間に、市長や議会各会派に対する条例制定の要請活動、街頭での宣伝活動そして約300人が参加した市民集会の開催などを矢継ぎ早に行なった。

条例が継続審議扱いになって以降も、(a)業界団体や議会各会派との意見交換、(b)各種の集い・集会の開催、そして(c)調査活動を実施した。それは、公契約領域で働く人たちの実態や公契約条例の意義が十分に知られていないのではないか、私たちの求めるものと業界団体の主張には重なる部分も少なくないのではないかという問題意識があった。

順に、(a)北海道ビルメン協会との意見交換(そのやりとりは同協会のサイトに掲載)では、公契約条例の趣旨には反対するものではないが、条例の対象になった労働者とそうでない労働者との間に賃金格差が生じてしまうこと、またその差をうめる体力はいまのビルメン業界にはないこと、あるいは「発注者としての責任が曖昧(あいまい)」であることが強調された。

同時に、業界側として市に対して繰り返し入札制度の改善を要望してきたそのなかには、たとえば「履行要件・参加要件確認の徹底と厳正な審査の実施」など、公正労働基準の確立を目指す私たちと一致する点も少なくなかった。

(b)40、50人規模のミニ集会として、指定管理者など公契約領域で働く人たちと行なった「上田市長と語る集い」、建設事業者との懇談(「公契約と契約制度を考える集会」)、「労働者集会」を行ない、さらに、「公契約条例大集会」(230名の参加)も開催した。大集会には市長のほか業界団体にもパネラーとしてご登壇いただいた。

(c)実態を明らかにするという点では、札幌市の指定管理者施設で働く労働者を対象としたアンケート調査を行なった(有効回答1450部)。

指定管理者施設では、一定の期間(札幌市では4年)ごとに事業者の選定が行なわれ、また事業者選定にあたっては価格に重きがおかれるため、そこで働く人たちの雇用は有期が中心とならざるを得ない。館長職でさえも有期雇用というケースは少なくない。当然というべきか、昇給などはみこめない。非正規労働者のおよそ半数が雇用不安を感じながら働き、6割が100万円未満で働いていた。

公契約条例がさしあたり目指す賃金の下限額の設定は、(最低賃金制度を除き)賃金下落に歯止めがない現状では極めて重要な施策であるものの、他方で、この指定管理者調査の結果が示すとおり、公契約領域においては、賃金水準だけにとどまらぬ問題が山積している。その可視化は公契約条例を確かなものにする上でも欠かせない作業だ。

 

 

まとめに代えて

札幌での経験が他の自治体に示唆するものはなにか。

一つには、運動主体の重要性だ。多様な主体が集まった「求める会」、とりわけ、全建総連・連合・全労連というナショナルセンターの枠をこえた労働組合の結集が、ユニークな点であり、なおかつ、運動を展開する上での強みだと思う。

加えて日本弁護士連合会が「公契約法・公契約条例の制定を求める意見書」を発表しているという点では、弁護士の参加も心強い。実際札幌では、札幌弁護士会が条例制定を求める会長声明を発表し、市長や各会派への要請のほか、私たちの集会への後援も寄せてくださっている。ほかに、手前味噌ながら、研究者の参加の重要性も指摘しておきたい。

いま一つには、「政労使」それぞれが独立性をもって条例制定に向けた議論を深めることが重要だと考えるが、報道でも再三繰り返されたとおり、市側の準備不足の感はやはり否めない。建設需要の低迷、低価格競争など事業者をとりまく状況はきびしく、多岐にわたる課題が存在するのは事実であり、ていねいなアプローチが必要だと考える。センターでも、入札制度改革をはじめ、地域の公共事業・建設産業政策の検討が必要だと考えている。

ただしそれは、公契約条例を多岐にわたる課題のなかに埋没させることを容認するものでは決してないし、いたずらに議論を長期化させることも許されない。なぜなら、労働者の困窮の解消が急がれる課題であるのもさることながら、賃金・労働条件の規制のゆるさが、文字通り歯止め無き低価格競争を結果として防止できずにいる理由であること、また労働者の低賃金が長引くデフレ経済から抜け出し得ない主たる要因でもあるからだ。その意味では、条例制定はむしろ優先すべき課題だともいえるだろう。

運動をどこまでひろげることができるか、正念場である。

 

 

(参考文献)

上林陽治「公契約条例ならびに公契約基本条例をめぐる論点」『自治総研』第435号(2015年1月号)

上林陽治「公契約条例の現状と要件」『北海道自治研究』第594号(2018年7月号)

公契約条例を社会に広げることをめざすワーキングチーム「入札・契約に関する道内全市アンケート調査の結果について」『北海道自治研究』第592号(2018年5月号)

斉藤徹史「自治体の入札制度の歴史と公契約条例」『北海道自治研究』第590号(2018年3月号)

「広がる公契約条例──地域の運動のポイントは?」(日本大学元教授・永山利和さんに聞く)『経済』第295号(2020年4月号)

・永山利和・中山重美著『公契約がひらく地域のしごと・くらし』自治体研究社、2019年

・永山利和「公契約条例制定と運用手法の特性」『北海道自治研究』第622号(2020年11月号)

・永山利和「公契約条例と最低賃金制度改革の論点」『北海道自治研究』第624号(2021年1月号)

濱野恵「公契約条例の現状―制定状況、規定内容の概要―(資料)」『レファレンス』第812号(2018年9月号)

ふじわら広昭「札幌市公契約条例提案から否決までの経緯」『北海道地方自治研究』第541号(2014年2月号)

 

 

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