川村雅則「労働者が主役の時代へ──カギは「無期雇用の実現」、「団結」にあり」(上)

2023年2月18日に、エル・おおさか(大阪府立労働センター)を会場にして民主法律協会主催の「2023年権利討論集会」が開催されました。

本稿は、「労働者が主役の時代へ──カギは「無期雇用の実現」、「団結」にあり」と題する当日の基調講演に大幅に加筆修正を行い作成したものです。演題は、主催者から頂戴したものであり、当日は、これに沿って、無期雇用転換の話を中心にお話ししました。

幾つか補足します。

本稿では、第一に、インターネット上で閲覧できる参考文献──とくに私たちが運営している「北海道労働情報NAVI」(以下、NAVI)に掲載されている文献を中心に紹介しています。

関連して第二に、本稿はNAVIにも掲載をしています。NAVIでは、参考文献に直接リンクを貼っているので、文献を検索する手間が省けます。ぜひご活用ください。

なお、修正を要する箇所が本稿に見つかった場合には、NAVI上ではその作業を行うことも申し添えておきます。

第三に、本稿に収録した図表・画像・写真は「画像」という呼称で統一しました。講演で使用したパワーポイント画像を中心に掲載しています。

最後に、上記のとおり、演題は事務局からいただいたものですが、講演後のご質問にお答えしたとおり、無期雇用(安定雇用)の実現は、労働者がモノを言うことができるようになるための前提条件であると思います。逆に言えば、雇い止めや無期転換逃れが蔓延している日本社会では、労働者が主役の時代にはほど遠いと言わざるを得ません。そのことをまず確認し、無期雇用の実現を目指していきましょう。

では、どうぞお読みください。

〔PDF版のダウンロードは、こちらより(2023年6月15日追記)。〕

川村雅則「(記念講演録)労働者が主役の時代へ~カギは「無期雇用の実現」、「団結」にあり~」『民主法律』第321号(2023年5月発行)pp.3-37

 

■北海道労働情報NAVI

https://roudou-navi.org/

 

2023年権利討論集会(民主法律協会ウェブサイトより転載)

 

前置き

○簡単な自己紹介と講演の目標

北海学園大学で労働問題の調査・研究をしている川村雅則と申します。本日は、限られた時間の中で、事務局からいただいた演題に沿って駆け足で話をいたします。どうぞよろしくお願いします。

北海道は札幌で、非正規雇用の問題を調査・研究テーマの一つとしております。

非正規雇用の問題といったときに、民間と公務の分野に分けられますが、近年では公務の分野に力を入れております。公務には、非正規の公務員だけではなく、自治体が発注する仕事で働く労働者、通称、公共民間労働者が働いています。例えば、建設工事のほか、ごみ収集など委託事業、公の施設・指定管理で行われている各種の事業などがあげられます。公共民間は、公契約条例にも関わる大事な領域ですが、時間がありませんので参考文献を参照してください。

本日の目標は、私たちの経験や研究成果を皆さんに聞いていただくことを通じて、こんな課題があるのか、こんな取り組みや手法があるのか、自分たちでもこんなことをやってみよう──そういった活動上のヒントを何か得ていただけるようにすることです。もちろん、大阪には様々な進んだ取り組みがあるでしょうから、釈迦に説法な面は多いかと思います。その点はご容赦ください。

時間の制約もあり、はしょった話になってしまうかと思いますので、詳しくはNAVIに掲載した論文等をご覧ください。

また、公益社団法人北海道地方自治研究所に「非正規公務労働問題研究会」を設置していただき、主査を務めています。調査・研究論文のほか、研究会主催の学習会・講演会の記録なども充実していますので、そちらもぜひご参照ください。

 

■公益社団法人北海道地方自治研究所 非正規公務労働問題研究会

http://www.hokkaido-jichiken.jp/04/kenkyu_hiseiki.html

 

 

○講演全体を通じてお伝えしたいこと

本題に入る前に、講演全体を通して申し上げたいことを述べます。

第一に、「調べる」という取り組みの重要性です。このことは下記の拙稿にまとめました。

 

■川村雅則「公務非正規運動の前進のための労働者調査活動」『住民と自治』通巻第704号(2021年12月号)

https://roudou-navi.org/2021/12/15/20211201_kawamuramasanori/

 

私自身が調査・研究者ということにもよるのですが、何かを具体的に調べて明らかにするという取り組みは、様々な政策や運動のベースになります。

例えば、働く人をとりまく制度や労働条件がどうなっているのかというのはもちろんのこと、働く人が現状をどう思っているのか、どのような意向があるのか、など、しっかり捉えることが大事だと思います。また、調査を通じた働く人へのアプローチ・対話は、労働組合であれば組織化のきっかけにもなります。

第二に、ある程度考えたら、実際に取り組んでみましょう、と申し上げたい。

例えば、非正規公務員の制度は複雑で、手を出すのはちょっと慎重になってしまうかもしれません。あるいは、公契約条例がとても大事だというのはわかっているけれども、条例の制定には議会への働きかけが必要になると思うと、つい腰が重くなるかもしれません。

しかし、ある程度考え、問題意識をお持ちなら、まずは調べることからでも、取り組みを始めましょう。実践する人を増やし、輪を広げていく、という意味でも、取り組みを実際に始めることをおすすめします。

第三には、実態や取り組みそのものを見えるようにすること、可視化のすすめです。

例えば、ネットに載っていなければそれは存在しないものだと若者にはみなされる、と言われます。学生と日々接していると、情報との関わり方において、なるほど、生まれ育ってきた環境がずいぶんと違うものだなと感じることがよくあります。届けたい情報を彼らにうまく伝え切れていないという問題点を自覚することも多いです。情報の発信、可視化は大事です。この点については次のような一文を書きました。

 

■川村雅則「伝える努力──情報収集行動にみられる世代間の断層をこえて(?)」『首都圏青年ユニオン ニュースレター』第245号(2021年9月26日号)

https://roudou-navi.org/2021/09/26/20210926_kawamuramasanori/

 

上記の拙文でも紹介したのですが、学生が平日、スマホをどれぐらい使っているか。「3~5時間未満」が3分の1で、5時間以上(「5~7時間未満」「7時間以上」の合計)はおよそ4分の1です。

学生・若者が情報にアクセスするツール、生活様式がこうして大きく変わってきているということは、もし何か彼らに何か伝えたいものがあるのなら、意識する必要があると思っています。

と言いながら、実はまだスマホを私は使っていません。希少な非スマホユーザーです。そんな私でも情報発信に力を入れていることは強調したい。

第四に、つながることです。以上に述べた活動は、それぞれ固有の目的を持ちながらも、つながることも、副次的な効果としてみられます。

労働問題を解決する上で、働いている人たちとつながらないことには運動のつくりようもないわけです。様々なことに取り組んでいる労働組合がお互いの活動を「見える化」することで、労働組合同士がつながる。後で話しますが、民間の非正規問題と公務の非正規問題には共通項があるわけです。可視化されることでつながる契機になります。

つながりは異業種でも追求が必要です。札幌で私は、弁護士や労働組合の方々と一緒に仕事をしてきましたが、最近では、議員さんとのつながりを意識しています。問題意識が一緒でも、それぞれのアクターにおいては、できることや攻め方には独自性があって、学ぶことが多いです。つながりづくりを意識しましょう。

 

 

 

Ⅰ.無期雇用転換逃れ、雇い止め問題

さて、本題に入ります。

本日の演題ですが、「カギは『無期雇用の実現』」とあります。無期雇用転換、雇用安定をどう実現するか、という話を中心に進めていきます。

 

○雇用安定社会の「現在地」

 

画像Ⅰ-1 合理的理由なき有期雇用、有期雇用の濫用の是正──2012年労働契約法改定(第18条無期雇用転換は2013年4月施行)

出所:厚生労働省「労働契約法改正のポイント」に加筆。

 

有期雇用の濫用、不況期の相次ぐ有期・派遣切りなどを背景にして、2012年の改定労働契約法で無期雇用転換制度が第18条に新設されました。施行は13年4月です。2018年が近づくにつれて、無期転換逃れが各地で問題になってきました。私自身もそれに対応すべく、問題を提起する教材を作成したり、労働組合・弁護士の方々と集会を開催してきました。

 

■川村雅則「なくそう!有期雇用、つくろう!雇用安定社会(無期雇用転換パンフレット)ver1.0」2017年10月発行

https://roudou-navi.org/2021/05/21/201710_kawamuramasanori/

■川村雅則「なくそう!有期雇用、つくろう!雇用安定社会(無期雇用転換パンフレット)ver2.0」2018年1月発行

https://roudou-navi.org/2023/02/14/201801_kawamuramasanori/

 

いわゆる2018年問題から数年が経ちました。法の施行からは10年ほどが経ちます。では、無期雇用転換はどこまで進んでいるのでしょうか。

そもそも、入口規制がなくて、出口規制(無期転換)までに時間がかかりすぎで、しかも、無期転換前の雇い止めに実効性ある防止策がない──法案の審議過程で、このようなことが問題点として指摘されてきましたが、では、実際に制度が走り出した今、無期転換はどのくらい実現しているのか。また、運動の側はこの問題にどの位取り組めているでしょうか。

 

画像Ⅰ-2 「無期転換逃れ」が当たり前の社会にするのか──雇用安定社会あるいは無期転換逃れに関する「現在地」

出所:筆者作成。

 

無期雇用転換の現在地ということで準備した図です。3つの点で今年度末、つまり今は重要です。このことは、2022年8月20日に労働組合の皆さんと一緒に実施した、雇い止め・無期転換逃れに関するシンポジウムでの筆者報告をご参照ください。

 

■川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──安心して働き続けられる社会の実現に向けて」(シンポジウム報告・2022年8月20日開催)

https://roudou-navi.org/2022/08/28/20220820_kawamuramasanori/

 

第一に、画像中の真ん中の柱。大学や研究機関で働く研究職は、特例扱いとされ、無期転換までに5年超ではなく10年超が必要となりました。そしてまさに今、10年目が終わろうとしているわけですが、無期転換の実現ではなく、逆に、雇い止めをされようとしています。まさに今、です。理化学研究所の組合が精力的に問題に取り組み、情報を発信もしていますが、本当に深刻な問題です。

NAVIでも、理化学研究所労働組合執行委員長の金井保之さんから原稿をいただき掲載をしていますのでご参照ください。

 

■金井保之「理化学研究所における大量雇止め問題」『NAVI』2021年7月3日配信

https://roudou-navi.org/2021/07/03/20210703_kanaiyasuyuki/

 

第二に、画像中の下の柱。地方自治体で新たな非正規公務員制度として2020年度から導入された会計年度任用職員制度において、3年公募制問題が発生する直前です。

総務省により作られたこの制度では、職員は、毎年、「更新」ではなく、再度の任用という扱いで働き続けることが認められているのですが、能力実証のために、一定期間ごとに公募を行うことが助言されました。働き続けたければ、公募に応じて、新規の応募者と競って、受からなければなりません。落ちればそれで終了です。その年数が、国の非正規公務員にならって3年なのです。ですからこれも、まさに今、この年度末に起きようとしている問題です。この点は、Ⅱで詳しく論じます。

第三に、画像中の一番上の柱で、いわゆる雇用の2018年問題です。

2018年の前後には様々に報道もされましたが、この2018年問題はずっと継続しています。なぜなら、労働者の通算労働契約期間が5年を超えないよう、2018年3月に雇い止めを行った企業は、その後も、「ウチでは5年を超えて更新はしない」ということを就業規則で謳っているはずですから。いわゆる「更新限度条項」の導入です。そのような企業等では、2018年以降も、毎年のように雇い止めが発生しているはずです。

 

以上のように、2012年の労働契約法改定をもって、有期雇用の濫用社会から、雇用安定社会の実現に道が切り開かれたものの、逆に、雇い止め・無期転換逃れが社会に定着しつつある。そこにもって、今年度末(2023年3月末)には、10年特例問題と、非正規公務員の3年公募制問題が加わり、雇い止め・無期転換逃れが社会にさらに定着しようとしている──「現在地」はこのような状況にあるのではないでしょうか。

民間の世界にも公務の世界にも広がる雇い止め、無期転換逃れをどうするのか。しかも公務では、それが制度的に築かれてしまっています。無期雇用を特権化させない、そういう大きな運動が必要になると思います。

 

 

○法制度の改善には職場闘争が不可欠

そもそも、5年もかからなければ無期に転換できないのでは長すぎる。また、直前の雇い止めに対する有効な規制がなくて、入口規制もない──現行制度へのこうした問題意識を強くもつ必要があります。制度政策の改善が必要です。

しかしながらその制度政策闘争を進めるためには、職場でのさらなる取り組みが必要です。つまり、現状では5年超で無期転換をしている職場・労使が多いと思うのですが、第一に、そもそも、なぜ有期でなければならないのかを採用時に問うていく取り組みが必要です。第二に、無期転換までに要している5年超という期間をもっと短くする取り組みが必要です。

私も職場で組合の仕事をしていますので、そこでの取り組みも念頭においてお話ししますと、例えば後者については、法は5年超よりも前に無期転換することを妨げていないのですから、期間を短縮すべきです。

そもそも、当該労働者の能力を見極めて無期転換の可否を判断するには5年程度は必要だなどと説明する使用者もいますが、当該労働者の能力の見極めは、試用期間に判断すれば済むことであって、無期転換とは関係のないことです。

人手不足に悩む業種・企業を中心に、1年で無期転換をしているところもあります。5年も雇用不安にさらすこと自体が不適切である──こうした取り組みが必要ではないでしょうか。5年超で無期転換に安住しているのではなく、不合理な有期雇用の活用そのものを認めさせない取り組みが必要です。

しかし残念ながら、無期転換逃れが蔓延している社会では、法を上回る成果を得るのは容易ではありません。我が職場においても、法律どおりの運用が現状です。

繰り返しになりますが、法制度を改善するには、職場での取り組みも必要です。これは他のテーマについても言えますが、制度政策闘争と職場闘争は両輪であることを強調したいと思います。

 

 

○厚生労働省は無期転換の現状をどう評価しているか

労働契約法の第18条が施行されてから8年を経過した時点での見直しが附則条項に定められていました。そのことをうけて、厚生労働省による有識者検討会である「多様化する労働契約のルールに関する検討会」(以下、検討会)が設置され、継続した審議の後に、2022年3月に報告書が同検討会から出されました。どんな審議がされたのでしょうか。先に紹介した2022年8月のシンポジウムで報告した筆者の2本目の原稿もお読みください。

 

■川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──無期転換はどこまで進んだのか」(シンポジウム報告・2022年8月20日開催)

https://roudou-navi.org/2022/09/14/20220820_kawamuramasanori-2/

 

例えば、国はこう推計をしています。すなわち、「常用労働者5人以上の事業所において、2018年度及び2019年度に無期転換ルールにより無期転換した労働者は、約118万人と推計される等、無期転換ルールにより雇用安定が一定程度図られたと言える」、「企業独自の無期転換制度等で無期転換した人も含めれば、約158万人と推計される」と。その上で、この法律を周知させていくことが必要である、と述べています。

周知が必要だという認識は評価できるのですが、「「現時点で無期転換ルールを根幹から見直さなければならない問題が生じている状況ではない」と総括している。これは適切ではないと思います。

 

 

画像Ⅰ-3 無期転換ルールに対する企業の対応状況

出所:第11回「検討会」配布資料より。

 

 

報告書でも引用されているJILPT調査によれば、5年を超えないように制度設計している企業はそう多くはない。フルタイム非正規の場合で8.4%、パートタイム非正規で6.4%だと示されています。

労働組合の皆さんの実感と比較していかがでしょうか。皆さんの職場で無期転換が実現していても、同じ業種や同じ地域では、いかがでしょうか。5年を超えないように運用している企業は1割以下だという、上記の調査結果は実感にあっていますか。

 

 

○国立大学法人における無期転換逃れ状況

私がこのように疑問をもっているのは、大学職場における無期転換逃れの多さによります。インターネット上で公開されている国立大学法人の非正規雇用者の就業規則を調べて、整理をしていますので、ご参照ください。

 

■川村雅則「国立大学法人の就業規則等にみる労働契約の更新限度条項・無期雇用転換回避問題(暫定版)」『NAVI』2022年3月8日配信

https://roudou-navi.org/2022/03/08/20220308_kawamuramasanori/

 

例えば、私の母校の北海道大学では、以下のとおり定めています(下線は引用者)。

 

(労働契約の期間及び更新)

第6条 労働契約の期間は,原則として1年以内とする。ただし,一定期間内に完了することが予定されているプロジェクト研究等の業務に従事する場合にあっては,業務内容を勘案のうえ,5年以内の範囲で各人ごとに労働契約の期間を定めるものとする。

2 大学は,労働契約の更新を求めることがある。ただし,労働契約の期間は,大学が特に必要と認める場合を除き,当初の採用日から起算して5年を超えることはしない。

出所:国立大学法人北海道大学契約職員就業規則より。

 

非正規の「職員」と「教員(例えば非常勤講師)」の区分けはどうなっているかなど、さらに掘り下げて調べたいところですが、インターネット上で調べることができた範囲では、ほとんどの国立大学において、このような更新限度条項が設けられていました。こうした経験があったものですから、無期転換逃れは1割以下という先ほどの調査結果に疑問があるのです。

もともと無期転換制度が始まる前に、文科省に対して国立大学法人が答えていた内容からして、無期転換逃れは予想されたことでした。

『月刊全労連』第257号(2018年7月号)に書いた「無期転換運動と公共部門における規範性の回復運動で、貧困をなくし雇用安定社会の実現を」でもデータを紹介していますが、文科省からの照会に対して、「契約更新に上限は設けない」という国立大学法人からの回答はわずかでした。そして、「契約更新に原則として通算5年以内の上限を設けるが、一定の要件を満たした場合、通算5年を超える更新を認める」とか「職種によって異なる対応を行う」という回答こそ多かったものの、実際には、一律的に無期転換逃れをしている状況にあると聞いています。

先ほど紹介した、北海道大学のその後の無期転換逃れの状況は、「北大職組」のウェブサイト(https://hokudai-shokuso.sakura.ne.jp/)で配信されている情報をご参照ください。

ところで、そもそも、国立大学法人の就業規則はなぜインターネット上で調べられるのでしょうか。私自身分かっていません。ネットで調べたら出て来たものですから、北海道大学から琉球大学まで順番に調べて整理しました。独立行政法人化して労働法が全面適用される身分になった──だからこそ労働契約法第18条に基づき無期転換を求めることも可能なわけですが、こうした情報公開は元公務員のままなのでしょうか。不勉強で恐縮です。

いずれにせよ、私立大学でもこうした情報の収集、整理が必要であることを申し添えておきます。

 

 

○有期雇用で働き続ける労働者

5年を超えて有期で働いている労働者が少なくありません。

無期転換制度は職場にあるけれども有期で別に構わない、と労働者が思っているのか、それとも、制度が設けられていなかったり、制度は設けられているけれども使うことなどとてもできぬ無言の圧力が加えられているのか。詳細は分からないのですが、5年を超えて、つまり、無期転換の条件を満たしているにもかかわらず有期で働き続ける労働者が数多くいます。

総務省「労働力調査」の2021年平均の結果によれば、(1)雇用形態別にみた労働者数は、正規雇用労働者が3565万人、非正規雇用労働者2064万人で、(2)雇用契約期間の定め別にみた労働者数は、無期3746万人、有期1402万人、わからない459万人という内訳です。

両者をかけあわせた数値は、(1)まず正規雇用者については、正規×無期3149万人、正規×有期271万人、正規×わからない112万人で、(2)次に非正規雇用者については、非正規×無期597万人、非正規×有期1132万人、非正規×わからない314万人となります。

この「非正規×無期」がなぜか思うほどに増えていないと感じています。

 

画像Ⅰ-4 思うほどに増えていかぬ無期雇用──非正規雇用者の構成変化

注:表中の「わからない」は「雇用契約期間の定めがあるかわからない」。
出所:総務省「労働力調査(基本集計、第Ⅱ-7表)」

 

「労働力調査」の調査項目・回答選択肢が変更したのが2018年からであり、無期転換ルールが本格的に稼働したのも2018年度からなので、これより前に遡れないのですが、無期があまり増えていません。直前の雇い止め・無期転換逃れが発生しているとしても、長期で働く有期雇用者の規模から考えると、無期転換がもっと多くてもおかしくはありません。

 

画像Ⅰ-5 有期契約者で5年以上在職者も600万人近くみられる──在職期間別にみた有期契約者

単位:万人

注:対象(有期の契約者)には正規雇用者も含まれる。
出所:総務省「労働力調査(詳細集計、第Ⅱ-15表」より作成。

 

実際、有期雇用者で5年以上──超ではなく、以上ですが──働いているのは、600万人近くにのぼるわけです(正規雇用者を含む)。なぜ有期のままなのか。彼らに無期転換制度の情報は届いているのでしょうか。

そういう意味では、無期転換逃れで雇い止めされているケースの掘り起こしと同時に、無期転換ルールを広く周知していくことが必要ではないでしょうか。

前者では、更新限度条項を設けている企業等を発見し、その撤回を目指す取り組みが必要であり、後者では、周知はもちろんのこと、正確な情報の提供が必要です。というのも、「私は有期のままでいい」という中には、「無期になると辞められなくなる」という、無期雇用への誤解が私の経験上からもよく見聞きされるからです。

 

 

○無期転換とセットで処遇の改善運動を

関連して補足したいのは、処遇改善の取り組みの必要性です。

というのも、無期転換の取り組みを労働組合に提起しても、「当事者からの希望があまりないものですから」とかわされることがあります。無期になっても給料が変わるわけではないから、と当事者に言われるのだそうです。

組合のこうした反応に対しては二つの疑問があります。一つは、労働者が「発言」をする上で、雇用の安定はとても大事で、発言の「基盤」です。雇用が安定していなければ、モノは言えません。当事者である非正規雇用者の組織化を考えている労働組合が、その基盤整備をしなくてよいのでしょうか、ということです。

もう一つは、どうせ給料が変わらないから、とあきらめの思いを当事者に抱かせていることの問題です。労働組合は、非正規雇用者の雇用安定と処遇改善にどう取り組んでいこうとしているのか、そのビジョンを当事者に提示していくべきではないでしょうか。

たしかに労働契約法第18条に基づく無期雇用転換は、処遇改善を自動的に実現するものではありませんが、だからといって、無期転換と処遇改善の両方を求めてはいけないとはどこにも書いてはいません。非正規雇用問題にトータルでどう取り組むのかが労働組合に問われていると思います。

 

画像Ⅰ-6 就業形態、現在の会社における各種制度等の適用状況別にみた労働者割合

注:「全労働者」には、各種制度等の適用状況が不詳の労働者を含む。
出所:厚生労働省「2019年就業形態の多様化に関する総合実態調査」より作成。

 

画像をご覧ください。正規雇用者と非正規雇用者に適用されている制度の違いについて厚生労働省がまとめたものです。

例えば、退職金制度は、非正規雇用者には1割しか適用されていません。賞与支給制度は3分の1強です。またここには書かれていませんが、各種の手当制度が非正規雇用者には存在しない、というケースも少なくありません。

厚生労働省によるこの調査結果の他にも、「労働者の雇用形態による待遇の相違等に関する実態把握のための研究会」報告書(2017年9月)には、制度の適用状況の、より詳細な結果が示されていますのでご参照ください。

 

 

○運動も成果もゼロはありえない

これらの格差の是正、均等待遇に向けた取り組みは、まず、手当支給で進みました。郵政ユニオンの皆さんの頑張りが想起されます。非正規雇用者への手当の不支給がいかに不合理であるか。

北海道で例をあげれば、寒冷地手当を非正規雇用者だけに払わないことを合理的だと言える理屈はおよそ考えにくい。手当不支給の非合理性は、ある意味で分かりやすい。

我々の職場でも、無期転換とあわせてまずは手当支給を実現しました。次に、全く昇給がなかった点の是正をさせました。正規雇用者のような昇給金額ではないのですが、それでも、全くの昇給ゼロから、1年ごとの経験加算給制度を実現しました。

一方で、退職金支給がまだ実現していません。何年何十年勤めても非正規雇用者への退職金はゼロです。この点の克服が我々の職場の課題です。

話を戻すと、当事者である非正規雇用者が無期転換の話に関心をもたない、という状況がもしあるならば、繰り返しになりますが、この非正規雇用問題に労働組合はトータルでどう取り組もうとしているのか、その哲学も含めて、示していくべきではないでしょうか。

コロナウイルスが感染する前、つまり、2019年の末や20年の年明け早々に、労働組合が主催する学習会で、パートタイム・有期雇用労働法を活かした取り組みの話をする機会が私自身何度かありました。労働組合はもっと熱心だったと記憶しています。

それ以前にも、労働契約法20条を活かした「20条裁判」がもっと話題になっていたと思います。格差是正、均衡・均等待遇の実現に向けた気運がコロナで一気にしぼんではいないでしょうか。

 

画像Ⅰ-7 運動も成果もゼロはあり得ない

出所:筆者作成。

 

「ゼロはありえない」──この画像は、当時の学習会で使っていたもので、この言葉を労働界で流行らせようと思っていました。

確かに、パートタイム・有期雇用労働法は不十分な内容です。職務分析、職務評価に基づく同一(価値)労働同一賃金とは考え方が異なります。人材活用の仕組みの違いという理由で正規雇用者と非正規雇用者の待遇差がごり押しで正当化されるおそれもあります。

我々の側も、正規雇用者と非正規雇用者のそれぞれがどのような仕事に従事しているかなど職務分析、職務評価を行うほどの力もありません。

とはいえ、そのような高尚な職務分析・評価作業が仮にできずとも、正規と非正規の処遇格差の不合理性は、案外、現場では肌感覚で理解されているようにも思います。

例えば退職金制度。企業に対する貢献度、賃金の後払い的性格、引退後の生活保障など、退職金は様々な要素で構成されていると説明されるわけですが、では、なぜそれが正規雇用者にはゼロ支給、非適用なのか。たとえ短期で辞めても正規雇用者には一定の退職金が支払われるのに対して、非正規雇用者には20年勤めても30年勤めても支給はゼロ。人材活用の仕組みが違うから、という説明で納得できるでしょうか。何かおかしいという肌感覚のほうが正確ではないかと思うのですがいかがでしょうか。

パートタイム・有期雇用労働法では、使用者は、求められた場合には、処遇格差の内容や理由について説明をしなければなりません。ここでは退職金を例にあげましたが、納得ができないあらゆる処遇について、どのような理由で設計されているのかなど、使用者に尋ねるところから始めましょう。

運動がゼロも要求がゼロもあり得ない。ゼロ回答も許してはならない。一歩でも、二歩でも、前進回答を得る。そうして取り組んでいるうちに、財政が多少裕福で、なおかつ、様々な職種を抱えた自治体の労働組合が、職務分析、職務評価システムを作ってくれるはず。まずは、肌感覚でいいから、おかしいと思うことに対して、声をあげて、交渉を始めていこう──こんなことを学習会講師として当時、伝えていました。

 

 

○処遇格差一つ一つの検証を

繰り返しになりますが、パートタイム・有期雇用労働法の内容には問題があります。ですからここでもやはり、法制度の改正を意識しながら、同時に、使える部分は使っていく──制度政策闘争と職場闘争の両輪が必要ではないでしょうか。その際、職場闘争では、一つ一つの格差の検証が必要です。

私たちの職場の例で恐縮ですが、教職員への永年勤続表彰制度を取り上げます。

そんな制度がまだあるんですか、ともしかしたら思われるかもしれませんが、この制度について、本学では、数年前まで非正規雇用者は対象外でした。

ずいぶんとひどい大学だと思われたかもしれません。しかしこれは、勤続という概念を容認してこなかった当局としては「整合性」がとれているのです。

つまりこうです。大学当局は、非正規雇用者の雇用はあくまでも1年ごとであって、勤続を積み重ねているわけではない、だから昇給や退職金がないことも正当化される、と考え管理を行ってきました。ですから、永年勤続表彰制度から非正規雇用者を外してきたのは、皮肉な言い方ですが、整合性がとれていました。

非正規雇用者・当事者からこの点を指摘されて、労働組合では、当然、これはおかしいと当局に是正を求めました。

幸い、当局側も理解を示して是正が図られました。無期雇用転換について労使間で決着がついていたこと、つまり、勤続の考え方が使用者側にも容認されるようになっていたという事情もあるかもしれませんが、いずれにせよ、労働者の尊厳にも関わるこの問題がすみやかに是正されたことはよかったです。すでに働いている方には、勤続が遡ってカウントされました。

ちなみに、今年度で20年になる私は、電波時計をいただきました。愛社精神を涵養するこのような仕組みなど不要だ、などという野暮なことは申しません。雇用形態にかかわりなく誰しもが勤続を表彰されるようになったことを喜ばしく思います。

自戒を込めて言えば、こうした一つ一つの不合理な格差、問題点を、労働組合が中心となってチェックして、是正を図ること。無期転換運動と均等待遇運動を両輪で進めていくことが労働組合に求められているのではないでしょうか。

 

 

○大学・研究機関で起きている雇い止め・無期転換逃れ問題

ここで話を変えて、先の画像Ⅰ-2でみた、大学・研究機関での10年特例問題について取り上げます。大阪にも多くの大学があるでしょうから、10年特例問題が発生しているのではないでしょうか。ぜひ共同で問題解決に取り組んでいただきたいと思います。

この特例問題は大きく2つに分かれます。一つは、特例の対象になっている研究職が雇い止めされようとしている問題。もう一つは、特例の対象では本来ないにもかかわらず強引に対象にされて、しかも、雇い止めをされようとしている問題です。まず前者からお話しをします。

先ほどご紹介した理化学研究所労働組合委員長の金井保之さんの論文のほか、東北大学職員組合執行委員長の片山知史さんの論文もぜひご覧ください。

 

■片山知史「東北大学・理化学研究所等における新たな大量雇い止め」『NAVI』2022年4月15日配信

https://roudou-navi.org/2022/04/15/20220415_katayamasatoshi/

 

 

画像Ⅰ-8 特例対象者のうち2022年度末で通算契約期間10年を迎える者の今後の雇用契約の見通し別の人数/単位:人

注:A~Gは次のとおり。
A.特例による無期転換申込権発生前だが、2022年度中に無期労働契約を締結する予定(もしくはすでに行った)
B.有期労働契約は2022年度中に終了するが、2023年度以降無期労働契約を締結する予定
C.2023年度以降も有期労働契約を継続するもしくは継続の可能性がある(労働者に無期転換申込権が発生)
D.雇用期間の上限等に基づき2022年度中に雇用契約を終了し、その後雇用契約を結ぶ予定はない
E.本人の希望により2022年度中に雇用契約を終了し、その後雇用契約を結ぶ予定はない
F.未定
G.その他
出所:文部科学省「研究者・教員等の雇用状況等に関する調査(令和4年度)」より(2023年2月7日)。https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_01174.html

 

画像は、文科省による調査の結果です。今年度末で通算契約期間が10年を迎える者の雇用契約の見通しでは、5000人近くが今後の見通しが分からない、つまり、雇い止めされることがまさに今懸念されています。

 

 

○研究職に10年特例はなぜ認められたのか

大学・研究機関で働く研究職に関しては以下の3つの特例が設けられています。

 

①科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(略称、イノベ法)

②大学の教員等の任期に関する法律(同、任期法)

③専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法

 

しかし、そもそも、5年超で無期転換という原則が、なぜ研究職は10年超で無期転換なのか。法の制定時にまで遡り、立法事実、立法の趣旨がどのようであったかを探ることが必要です。川田知子さんという中央大学の研究者が書かれた論文がとても勉強になりました。インターネット上でも公開されていますので、ぜひご一読ください。

 

■川田知子「近時の有期労働契約法制に対する批判的検討―労働契約法一八条の特例に焦点をあてて―」『法学新報』第122巻第1・2号(2015年8月3日発行)pp.187-214

https://chuo-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=8124&item_no=1&page_id=13&block_id=21

 

結局、研究職は若いときには有期で鍛えられ、ステップアップして、そしていわゆる専任の教員にさせるのが望ましいとか、5年超という早い段階での無期転換は、5年を超える研究プロジェクトの期間や研究費の外部調達との関係から望ましくない、つまり、逆に雇い止めしなければならなくなるといった声が、研究職を使う側から強く出されて、特例が設けられたことを、川田(2015)では、法の制定当時まで遡ってまとめておられます。

分野にもよるのかも知れませんが、私自身は、研究職をそのように雇うこと、扱うことに対して疑問です。有期で雇うことが研究職のチカラを発揮することに繋がるのか。さらに言えば、10年特例ですから、10年を超えたら無期転換すべきところを、10年で雇い止めするのに使われていることも大いに疑問です。それに対して文科省は、「指導はしているのですが」という感じにとどまっています。

そもそも、無期転換逃れが起こることは立法過程で想定されていたわけであり、速やかな対応が求められます。

 

 

○専業非常勤講師問題と10年特例の適用問題

2つめの問題、すなわち、教育職として雇われている非常勤講師を、特例の適用に強引に加え、しかも、雇い止めしようとしている問題に話を移します。

この点については、2023年1月に東海大学札幌キャンパス校で行われたストライキによせて原稿を書きましたのでご覧ください。また、原稿を書くにあたり、非正規公務員問題の第一人者である上林陽治さんが社会政策学会の学会誌に書かれていた、専業非常勤講師問題に関する論文が非常に勉強になりましたのでご覧ください。

 

■川村雅則「東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師のストライキによせて」『NAVI』2023年1月24日配信

https://roudou-navi.org/2023/01/24/20230124_kawamuramasanori/

■上林陽治「専業非常勤講師という問題──大学教員の非正規化の進展とその影響」『(社会政策学会誌)社会政策』第12巻第3号(2021年3月31日号)pp.73-84

https://www.jstage.jst.go.jp/article/spls/12/3/12_73/_article/-char/ja/

 

画像Ⅰ-9 大学における本務教員と兼務教員の規模・割合(1986年→2019年)/単位:人、%

注1:全体とは、国立大学、公立大学、私立大学の合計値。
注2:兼務教員は延べ数である点に注意。
出所:文部科学省「学校教員統計調査」より作成。

 

 

画像Ⅰ-10 兼務教員における「本務なし」の急増

注:画像Ⅰ-9に同じ。
出所:画像Ⅰ-9に同じ。

 

大学は今、専任教員よりも非常勤講師のほうが多く働いています。この二枚の画像は、上林さんの論文にならい作成したものです。

兼務教員の場合は延べ数になるのですが、1枚目の画像から私立大学の箇所をみると、本務教員を上回る人数であることが分かります。また、2名目の画像からは、兼務教員で「本務なし」が急増していることが分かります。

私のように、北海学園大学に所属しながら北海道大学に教えに行くというケースでは、兼務教員の中でも、本務をもっている人間に分類されます。それに対して本務なし、つまり専業で非常勤講師として働いている者がものすごく増えている。

こうした急増する非常勤講師に10年特例を強引に適用したのが、例えば、東海大学のケースであるわけです。私たちの大学では非常勤講師にも5年超での無期転換制度を導入しています。

ですから、無期転換ルールができてからの、大学で働く非常勤講師の制度設計は次のように分かれると思います。

 

①5年超で無期転換制度を導入している大学

②特例を強引に適用し10年超ではあるものの、無期転換制度を導入している大学

③更新限度条項を設けて5年(ないし10年)で雇い止めしている大学

④雇用契約ではなく請負契約という形で使っている大学

 

ただ、非常勤講師は教える内容に専門性がありますから、無期転換逃れで雇い止めにしていては人手の確保ができなくなるでしょうから、雇い止めにしたとしても、クーリングの後に再度、雇っているかもしれません。

加えて、こうした就業規則上の制度設計とは別に、カリキュラム改訂だからと雇い止めが行われたりもしています。

大阪の大学で働く教職員の雇い止めや無期転換状況がどうなっているかをお調べいただき、関係者と連帯していただきたいと思います。

 

 

○大学で今何が起きているのか伝える

非常勤講師問題を題材にして、今何が起きているか伝えることの大事さをお話ししたいと思います。

非常勤講師の労働条件は、1コマ(週に1度、90分の授業を担当)で月額2万円台の後半です。仮に月額3万円で計算しても、1コマの授業をしても年間36万円にしかなりません。1週間に6コマを通年で担当してようやく200万円(216万円)に到達するという水準です。下記の組織による非常勤講師アンケート調査結果(ブックレット)が参考になります。ご紹介します。

 

画像Ⅰ-11 「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(略称、JAICOWS)」による、非常勤講師アンケート調査

 

■「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(略称、JAICOWS)」『非常勤講師はいま!―コロナ禍をこえてー』2021年3月発行

https://jaicows.org/2021-03-30/517/

 

先日、授業の中で、東海大の非常勤講師の方々が、キャンパスの門前で、雇い止め撤回を求めて抗議をしているストライキの動画を学生に見せました。

その上で学生に質問しました。雇い止めの撤回を求める署名に協力を求められたら署名しますか? と。学生からは、スルーして大学に入っていくという回答でした。けしからんと思う方もおられるかもしれませんが、私は、正直な回答でいいなと思いましたし、むしろ、期待通りの回答でした。

その上で、彼らがストライキに至った背景や、大学で行われている無期転換逃れ問題など一通りの話をした後に、先ほどの質問をあらためて、同じ学生にしてみました。

今度の回答は、最初にみた動画だけでは大学の先生が何を抗議しているのか分からなかったし、非常勤の先生方がそんなに低い労働条件で働いていることも知らなかった──給料など恵まれているはずの大学の先生が何をしているのか、と思ったらしいんですね──しかも、無期転換に関するそういう不当なことが行われているんだと知って、それはおかしいと思った、というニュアンスの回答をしてくれました。

伝えることの大切さを思います。

デモやストの動画を見せるだけでは、下手をするとドン引きされてしまうかもしれないのを、その背景や主催者・参加者が何を主張しているのかなど丁寧に伝えていく必要があります。我々の情報発信作業も試行錯誤中ですが、分かってくれないと嘆くだけではなく、チカラを入れなければならぬ活動ではないでしょうか。

 

 

○無期転換逃れが導入される際に労働組合はどう対処したのか

ここで話を変えます。

これまで話をしてきた無期転換逃れでは、就業規則の作成ないし変更が行われているかと思います。では、その就業規則の作成・変更に関して、労働組合はどう対応したのかという問題を提起します。本日の演題でもある「カギは団結にあり」に関わることです。

 

画像Ⅰ-12 労働者の過半数代表者・労働組合は、更新限度条項の導入(就業規則作成・変更)にどうかかわった?──無期転換運動で労組強化を

出所:川村雅則『なくそう!有期雇用つくろう!雇用安定社会(無期雇用転換パンフレット)ver2.0』2018年1月発行より。

 

そもそも更新限度条項を就業規則上に設け、5年を超えて更新はしない、つまり、無期転換逃れを就業規則にうたったのは、誰がどこで決めたことでしょうか。主犯は使用者でしょう。しかし、就業規則の作成時や改定時に労働組合は関わっていないのかどうか。つまり、いつ、どこで、就業規則に更新限度条項が入ったのかという点に、私たちはもっと注目しなければいけないと思うのです。

更新限度条項が入れられた職場では、労働者過半数代表者は、民主的に選出されたのかどうか、当該代表者はその際にどのようにふるまったのか──過半数組合ではなくとも、労働組合から過半数代表者が選出されているケースも少なくないと思います。であれば、職場の制度改定によって影響を受ける人たちの声はちゃんと聴取されたのかどうか。

例えば、大学は非常勤講師が多く働いています。では、その非常勤講師を含めた労働者の過半数代表者を民主的に選出し、その労働者過半数代表者に意見を求めるという手続が、「無期転換逃れ」ルールの作成時にあったのかどうか。また、あったとすれば、どう回答したのか。労働条件の引き下げに抵抗をしたのか。

もちろん、そもそも日本の労働者過半数代表者制度には大きな問題があります。私たちの大学を例に言えば、専任教員だけで230名ほど、非常勤講師は280名ほどですから、合計すると500名を超えます。100名超の事務職員を足し合わせると、教職員の合計で600名を超えます。その声を1人の労働者過半数代表者に代表させることはおよそ非現実的です。

私自身、過半数代表者に就任した際には、学内のイントラネットを使って、日常会話する機会もない非常勤講師の方々からも幅広く意見を求めたりもしましたが、やはり限界を感じました。

労働組合のない多くの職場では、民主的な選出プロセスを経ず、カタチだけ意見聴取が行われる程度でしょう。しかし労働組合があるなら、制度が導入されそうになったときに抵抗ができたはずです。

無期転換運動とは、「労働組合の再生団結の強化・拡大」の契機である、と書いているのは、単に、有期雇用労働者を無期転換して組織化する、ということだけを言っているのではなくて、そもそも、職場における労働組合の在り方や代表性──非正規雇用者を抜きに物事を決めていたのではないか、代表性を欠いていたのではないか──などを問い直す契機にすべきだと思うのです。

このことに関わって一例をご紹介します。

2018年問題を前に、自動車メーカーが5年無期転換を回避する動きをみせました。

 

■厚生労働省「「いわゆる『期間従業員』の無期転換に関する調査」の結果を公表します」2017年12月27日

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000189946.html

 

ご承知のように、自動車製造業の現場では、期間従業員・期間工と呼ばれる非正規労働者が多く働いています。厚生労働省は、メーカーの動きに対して「現時点で直ちに法に照らして問題であると判断できる事例は確認され」なかったと結論づけました。当時、メーカーは非難されましたが、就業規則の改定に合意した労働組合もまた非難されるべきでしょう。

無期転換運動は、自分たちの職場の民主主義の度合いを浮き彫りにします。そういう観点からも無期転換問題に取り組んでいただきたいと思います。

 

 

○企業別組合をこえた無期転換運動等を

その際には、組合の長年の課題でもありますが、企業別労組の取り組みをこえて、業種別・職種別に運動を展開していくことが期待されます。今日はその話をする時間がありませんが、無期転換とか、最賃1,500円とか、均等待遇などを切り口に、1つの企業、労使をこえた取り組みです。

2020年9月13日に、「非正規労働者の権利実現のためのオンライン学習交流会」を労働組合の皆さんと開催し、私は、「非正規雇用問題の何が問題か、取り組むべき課題は何か」を基調報告しました。

 

■川村雅則ほか「非正規雇用問題の何が問題か、取り組むべき課題は何か/非正規雇用の実態」(学習交流会報告・2020年9月13日開催)

https://roudou-navi.org/2021/04/01/20200913_kawamuramasanori/

 

画像Ⅰ-13 各種雇用問題への対応を切り口とした業種別・職種別非正規ユニオン

出所:筆者作成。

 

画像は、大学業界を例にしています。自分の職場だけで成果を得ても、よそで違法状態が放置されていたら、高い水準は見込めません。よその職場にあわせるためにと引き下げられるおそれさえある。そういう意味では、非正規問題への取り組みを切り口にした取り組みは、悲願である企業別労組の克服も視野に入ってくるのではないでしょうか。

運動に取り組む際の組織のあり方をどうするのかなど、つめて考えていく必要はありますが、個々の大学・企業内でも取り組みが進んでいない現状では、まずは、テーマを軸にして、横の繋がりを広げていくことをイメージで整理しました。

 

 

続く

 

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