川村雅則「東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師のストライキによせて」

川村雅則「東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師のストライキによせて」『NAVI』2023年1月24日配信

 

雇い止めの撤回を求めて、東海大学札幌キャンパスで働く非常勤講師によるストライキが2023年1月17日に行われました。ストライキに先だって行われた支援集会で激励の挨拶をしました。集会の主催団体の一つである札幌地区労連からの要請に応じたものです。

ただ実際には、激励の挨拶というより、私の拙い体験もまじえながら、この問題、すなわち、大学で働く非常勤講師に焦点をあてながら、無期雇用転換制度(以下、無期転換制度)の導入に相反して行われている無期転換逃れ・雇い止め問題の整理・解説を試みました。あわせて、雇い止め問題に限らず、非常勤講師をめぐるそもそもの問題の解決を視野に入れる必要があることも後半で述べました(もちろん、まずは雇い止めを撤回させて、安定雇用を実現させることが差し迫った課題であることは言うまでもありません)。

当日の挨拶の「柱」に大幅に加筆をしたのが本稿です。

なお、第一に、東海大学における非常勤講師の雇い止め問題については、東海大学教職員組合のウェブサイトをご参照ください。私自身は、注釈18に書いたとおり、事情を把握しきれていない点があります。

第二に、本稿で取り扱う非常勤講師とは、大学の非常勤講師のみで生計を立てている、いわゆる専業非常勤講師です。この専業非常勤講師問題が拡大してきた背景などは上林(2021)に詳しいのでご参照ください。

なお、誤字脱字や内容上の誤りなどをみつけましたらその都度訂正をしていきます。大きな訂正を行いましたら注記します。新たな事実がわかりましたら加筆します。(2023年1月24日記)

 

東海大札幌キャンパス正門前での抗議行動(2023年1月17日)。筆者撮影。

 

 

■はじめに

今回、教育現場でストライキを行うと決断されたのは苦渋の選択だったのではないでしょうか。授業を受けに来た学生を前にストに踏み切るのは容易なことではないと思います。昨年末、無期転換を求めて行われた東海大静岡キャンパスでの非常勤講師のストを報じた記事[1]にふれたときに、「自分だったら果たして」と考えました。日本ではとくに、ストに対して厳しいまなざしが向けられやすい土壌もありますから、なおのことです。

ではなぜこのようなストが東海大で行われるに至ったのか。大学業界で働く非常勤講師に起きている問題に範囲を広げて考えてみたいと思います。

 

[1] 「「大学、無期雇用に転換を」 非常勤講師が異例のスト 静岡の東海大」『朝日新聞』朝刊2022年12月6日付

 

 

■5年で雇い止め?──無期転換制度導入後の大学の非常勤講師

無期転換制度と、無期転換逃れ──これらについては、お集まりの皆さんは承知のことと思いますので、必要最低限のことを確認するにとどめます[2]

そもそも、労働契約法第18条を根拠とする無期転換制度は、有期雇用の濫用を解消し、非正規雇用者の雇用の安定と権利擁護を実現する──このことを目的に設けられた制度です。仕事は恒常的に存在するのになぜ半年刻み、1年刻みで雇われるのか、おかしいではないか、ということです。それは非常勤講師についても同じです。この後の「特例」の話でアタマがこんがらがってくるかもしれませんので、この大原則をまずはおさえる必要があります。

 

今般の改正は、有期労働契約の反復更新の下で生じる雇止めに対する不安を解消し、また、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を是正することにより、有期労働契約で働く労働者が安心して働き続けることができる社会を実現するため、有期労働契約の適正な利用のためのルールとして改正法による改正後の労働契約法(平成19年法律第128号。以下「法」という。)第18条から第20条までの規定を追加するものである。

出所:厚生労働省「労働契約法の施行について」2012年8月10日(基発0810第2号)

 

労契法第18条が制定・施行された当時のことを思い出します。

非常勤講師にも「研究室」を与えなければならないのか? という質問をされることが当時ありました。

もちろんこれは、おわかりのとおり、無期雇用化と正規雇用化を混同した質問です。無期雇用化は正規雇用化ではありませんから、無期転換制度・5年超で非常勤講師が専任教員になれるわけではありません。

そう伝え、安心(?)してもらい、無期転換制度を整備するよう助言したのですが、どうも歯切れが悪い。いや、正規雇用化ではないとしても、非常勤講師に無期転換は、、、と口を濁すのです。なぜですか、と聞けば、カリキュラムの改訂で(非常勤講師が担当している)授業が廃止になることもあるだろうから、とかなんとか言うのです。

しかし、そうしたカリキュラムの改訂にともなう授業の廃止は、語弊があるかもしれませんが、解雇・雇い止めをする合理的な理由になるのではないでしょうか[3]。まだ何も決まっていない将来のカリキュラム改訂を理由に非常勤講師を有期で雇い続けることのおかしさを指摘しました。

 

さて、本格的な無期転換(無期転換の申し入れ)が実現するはずであった2018年を迎えました。大学で働く非常勤講師はどうなったでしょうか。

労働組合の取り組みで無期転換が実現した大学も一定数みられますが[4]、少なからぬ大学では、有期(非正規)の事務職員に加えて、この非常勤講師についても、無期転換逃れが発生し、現在に至っているのではないか、と推測しています[5][6]

 

[2] 川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──安心して働き続けられる社会の実現に向けて」『NAVI』2022年8月28日を参照。

[3] もっとも実際には、カリキュラムの改訂を口実としたそれ以外での理由による雇い止めが行われている現実があること、また、カリキュラム改訂による非常勤講師へのダメージを減らす方策は存在することから、こう言い切ることは本意ではありません。原則的な考え方を示したものとしてとらえてください。

[4] 非常勤講師組合の無期転換の取り組みは、衣川(2015)、松村(2018)(2019)などを参照。なお、松村比奈子氏へのインタビューが下記で閲覧できます。「ブラック早稲田大学を刑事告発──教員の6割占める非常勤講師4千人を捏造規則で雇い止め|首都圏大学非常勤講師組合・松村比奈子委員長」『editor(国公労連の雑誌『KOKKO』編集者・井上伸のブログ)』2015年8月24日配信

[5] 大学職場の無期転換逃れ問題については、各所で書いてきました。国立大学法人に限定されますが、インターネット上でアクセスできた国立大学法人の非正規雇用者の就業規則の内容を調べて、更新限度条項が多くの大学で盛り込まれている現状についても配信しました。川村雅則「国立大学法人の就業規則等にみる労働契約の更新限度条項・無期雇用転換回避問題(暫定版)」『NAVI』2022年3月8日配信。ここで調べた就業規則が、事務職員にだけ適用されるものなのか、非常勤講師にも適用されるものなのかは定かではありませんが、非常勤講師独自の就業規則が(インターネット上で)確認されないところをみても、非常勤講師にだけ別の就業規則を設けて無期転換を実施しているとはあまり考えにくいのですが、実態はどうなのでしょうか。

[6] 例えば最近の例として、小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学を運営する3国立大学法人が統合して設置された国立大学法人北海道国立大学機構(2022年4月1日設置)の「非常勤講師等就業規則」では、「非常勤講師等の契約期間は、必要に応じて更新することができる。ただし、機構に当初雇用された日から通算して5年を超えることはできない」ことが原則とされています。「北海道国立大学機構非常勤講師等就業規則」を参照。

 

 

■5年超で無期転換の「特例」と10年雇い止め問題

5年で雇い止め? 今回の東海大の事件では、10年で雇い止めと聞いているが? と思われた方がおられるでしょう。そうです。大学や研究機関には、5年超で無期転換の「特例」が設けられ、無期転換に要する期間が10年超とされたことによります。

現在の法律名で言えば、特例は、①科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(略称、イノベ法)、②大学の教員等の任期に関する法律(同、任期法)、③専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法の3つで設けられています。東海大では、5年超で無期転換を認めない理由として①②があげられているようです。それぞれの法律の該当部分をあげます。

 

科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(平成二十年法律第六十三号)

(労働契約法の特例)

第十五条の二 次の各号に掲げる者の当該各号の労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。

 

大学の教員等の任期に関する法律(平成九年法律第八十二号)

(労働契約法の特例)

第七条 第五条第一項(前条において準用する場合を含む。)の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。

 

そうか、関連する法律の改定でこうした特例ができたのだから、非常勤講師には5年超で無期転換権は付与されないのか、、、と早合点しないでください。

ここで検証されるべきは、これらの法改定はどのような趣旨で行われたのか、また、その対象として非常勤講師は想定されているのか、ということでしょう。川田(2015)がその「仕事」をされています。

すなわち、公的資金による(長期の)期間限定型のプロジェクトに5年超無期転換はなじまないこと(無期転換を回避するために、5年超の前に雇い止めをせざるを得なくなること)や、とりわけ若手教員・研究者の流動が研究教育や人事政策上、不可欠であるといった、大学・研究の現場(現場というより使用者)からの指摘・声に押されて、関連法の改定で特例措置が設けられていった経緯の整理やそれに対する批判的な検討が川田(2015)では行われています。

研究の分野にもよるのかもしれませんが、私などは、雇用の安定こそが教育・研究者として力を発揮するためには必要だと考えているものですから、使用者側から出されたこうした法改定の趣旨自体に違和感をもつのですが、それはさておくとしても、これらの法改定は、一般的な非常勤講師をその対象として想定しているのか、ということです。

結論から言えば、否です。法改定の趣旨から考えて、非常勤講師をイノベ法や任期法の対象とすることがおかしいと思います[7]

なお、補足しますと、第一に、非常勤講師は研究者なのかどうか、という点で混乱があるようですが、非常勤講師も、研究活動に基づき教育を行っているわけですから、研究者です。また、何らの研究条件・環境を大学から与えられぬ中で素晴らしい研究をされている方もいます。

ただ、ここで問われているのは、非常勤講師が、イノベ法で言う研究者(労契法第18条の特例)に該当するのかどうか、あるいは、研究職として大学に雇われ処遇されているのかどうか、ということです。それにはあたりません。

第二に、そもそも労契法の特例に該当しないわけですが、仮に特例に該当するとしても、では大学が行うべきは、10年超での無期転換でしょう。10年も使っておきながら雇い止めというのは5年で雇い止めするよりも責任が重い、とは言えないでしょうか。

第三に、労契法第18条による無期転換制度が設けられた際、転換直前の雇い止めの誘発が懸念されました。しかし、実効性ある対策はとられませんでした。あわせて、今回のような、特例が野放図に拡大解釈されることに対しても、実効性ある対策はとられずに、こうして問題が生じています。政策立案に関わった議員や行政の責任は大きいと思います。文部科学省や厚生労働省は問題の解決に積極的に関わるべきです[8]

 

[7] この点については、非常勤講師にイノベ法を適用することの是非が争われた専修大学事件が整理された田淵(2022)を参照。また、ちょうどこの原稿を書いているときに報じられた、有期雇用教員(名称は「専任講師」)に任期法を適用した羽衣国際大学事件の高裁判決(原告勝訴)も、重要な判決になるのではないでしょうか。詳細情報を待ちたいと思います。「雇い止め訴訟:元講師側が逆転勝訴 羽衣国際大雇い止め 高裁判決 /大阪」『毎日新聞』2023年1月19日付。

[8] 非常勤講師ではなく研究職の10年雇い止めも行われようとしています。以下を参照。片山知史「東北大学・理化学研究所等における新たな大量雇い止め」『NAVI』2022年4月15日配信理研非正規問題解決ネットワーク「理研労が文科省に要請 理研の雇い止めに手を貸すな!」『NAVI』2023年1月21日配信

 

 

■大学教育における非常勤講師「依存」と、一方での、非常勤講師の労働者としての権利を軽視する大学業界

非常勤講師に対するこうした不当な扱いがなぜ生じるのかを、もう少し深く掘り下げていきたいと思います。

順序が逆になりましたが、今日の大学教育は非常勤講師の皆さんの力に大きく依存しています。

一例をあげると、私の勤める北海学園大学でも、2022年5月1日現在で、専任教員が228人に対して非常勤講師は282人です[9]

ここで紹介されている非常勤講師の人数には、本務校をもつなど安定した雇用をもつ者も含まれます。しかし、この問題に少しでも関心ある大学人なら、専業非常勤講師が大学職場で相当の人数に及んでいることは実感しているでしょう。

 

図 大学の兼務教員のうち「大学教員」及び「本務なし」の推移

注:兼務教員は延べ数で把握されている。
出所:文部科学省「学校教員統計調査」の「専門分野別 本務先別」データより。

 

上林(2021)にならって、3年に1度の頻度で行われている「学校基本統計調査」から作成した図をご参照ください。

同調査の言葉を使えば、大学教員は「本務教員」と「兼務教員」で構成されます[10]。前者は、当該学校に籍のある常勤教員で、後者は、当該学校以外に本務のある者又は本務を持たない者で当該学校から当該学校の本務以外の教員として発令のある者と定義されています。非常勤講師は後者に該当します(但し、ここには「本務があるもの」を含みます)。

さて、図に戻ります。図は、兼務教員のうちの「本務なし」と、「本務あり」のうち本務が「大学教員」の推移を示したものです。注に書いたとおり、兼務教員数は延べ数で把握されていることに注意が必要ですが、「本務なし」が急激に増加していることが理解できるでしょう。2019年の値では、兼務教員全体の半数弱を占めます[11]

 

非常勤講師の実態をもう少し紹介します。

大学では、科目を多様化し大学教育を充実させるということで非常勤講師が活用されています。

しかし、その就業実態とりわけ賃金・収入面は非常に厳しい。詳しくは参考にあげた文献や非常勤講師組合のウェブサイト[12]などをご覧いただきたいのですが、私の経験でも、1コマ(週に1度、90分の授業を担当)で月額2万円台の後半ぐらいでしょうか。長期休みの分を含めて、均して支給されます。仮に月額3万円で計算しても年間で36万円です。6コマを通年で担当してようやく200万円(216万円)に到達するという水準です。

参考文献にあげた「女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(略称、JAICOWS)」による、非常勤講師アンケート調査から関連する結果をみていきましょう。

このアンケート調査は、男性320人、女性379人、合計699人の非常勤講師(「常勤職についていない短大・大学の非常勤講師」)から集められたものです。

年収は、男性/女性の順に、「50万円未満」が20.0%/21.9%、「50万円以上100万円未満」が20.0%/15.8%、「100万円以上150万円未満」が19.1%/17.9%──ここまでで男性の59.1%、女性の55.6%に達します──「150万円以上200万円未満」が12.5%/11.9%と続いています。300万円以上は、男性で9.7%、女性で9.8%に過ぎません。

また、非常勤講師として困ったことや不満に思うこと(複数回答可)であげられている上位には、①賃金が低い82.5%/74.7%、②生活が不安定75.6%/73.9%、③研究費の不足67.2%/67.0%、④簡単に解雇される58.1%/64.9%、などが並びます。

 

私自身、労働組合[13]の仕事を通じて、非常勤講師の方々と交流する機会がありましたが、大学での様々な不当な経験を教わりました。

例えば、いとも簡単に契約が終了となったり(更新されなかったり)コマ数が減らされたり(減ゴマ)、しかもその連絡が年度末の直前までされなかったり(次年度の仕事の連絡が何もないので照会をしたところ契約不更新を告げられ、あわてて別の仕事を探したが、すでに間に合わなかった)、あるいは、契約不更新・減ゴマの理由が示されなかったり納得のできない理由であったり。新年度の授業が開始されたのはよいものの受講生が集まらないことを理由に途中で打ち切られたり(当然、予定されていた収入が得られないことになりますが、年度途中からの求職活動、とりわけ大学で職を得ることは非常に困難・不可能でしょう)、などなど。

話を聞いていて強く感じたのは、非常勤講師の仕事の「窓口」となる教員や職員が労働法や非常勤講師の実状を理解していないことから生じる権利侵害という問題です。契約不更新や減ゴマがそんないとも簡単に可能だと認識されているのは問題であり、大学業界で統一的なルールを作るべきだと感じました。

また、注3でもふれましたが、「カリキュラム改訂」を理由とした雇い止め・減ゴマにも、合理的な理由の提示や、少なくとも一定の猶予期間を設けるなど、ルールが必要かと思います。年度替わり直前の一方的な通告で済ませるというのは、問題です。

 

[9] 「北海学園大学」サイトの「教職員数」より。

[10] 文部科学省「学校教員統計調査」の概要はこちらを参照。

[11] 兼務教員206,167人のうち、「本務あり」の合計が113,234人(54.9%)で、「本務なし」が92,933人(45.1%)です。なお、「本務あり」の内訳でウェイトが大きいのは、「大学教員」46,995人(22.8%)のほか、「その他の職業」52,956人(25.7%)です。

[12] 例えば、首都圏大学非常勤講師組合関西圏大学非常勤講師組合など参照。

[13] 札幌圏大学・短期大学非常勤講師組合を参照。

 

 

■大学職場・教育機関の民主化という課題

無期転換をめぐる一つのエピソードを紹介します。

本学で無期転換制度が整備されたことを、本学で働くある非常勤講師に喜び勇んで伝えたときに、少しあいだをおいて、でもそれは減ゴマを防ぐことはできないんですよね、と申し訳なさそうに問い返されたことがあります。つまり、いくら無期転換権を行使しても、減ゴマがされてしまえば意味がない、減ゴマにも効果があるのなら別だけれども、無期転換権を行使して目立つようなことには躊躇してしまう、といった趣旨の回答でした。

無期転換権の行使で当事者に何か不利益が及ぶことはもちろんあってはなりませんし、ましてや本学でそのようなことはないとは思いますが、ただ、非常勤講師の立場では、報復措置としての減ゴマの心配までせざるを得ないことに十分に思いが至りませんでした。

もちろん一方で、無期転換制度が非常勤講師に喜ばれているのもまた事実です。そこは強調しておきたいと思いますが、やはり、非常勤講師の立場は非常に弱い。

 

以上のことを私は、大学で働く専任の教員として、「居心地の悪さ」を感じながらお話ししています。非常勤講師の現状は、同じ職場で働く専任の教職員も看過してはならぬ問題です。今回の無期転換(回避)問題を機に、非常勤講師の声が適切に反映されるような大学職場をつくっていくことが求められているのではないでしょうか[14]

整理しますと、無期転換制度がわが国で導入された現在、大学における非常勤講師の「制度」設計のパターンには、①労働契約法の趣旨にそって5年超(以内)での無期転換制度が設けられている[15]、②特例が適用できるという誤った解釈で10年超ではあるものの無期転換制度が設けられている、③5年・10年を超えて雇用更新はしないなど、更新限度条項を設けて無期転換逃れをしている[16]、④その他[17]が考えられます[18]。大学関係者の皆さんは、ぜひご自身の職場をあらためて点検してみてください。

 

有期雇用の濫用をやめて、5年超という一定期間後には無期転換することが私たちの社会の新たなルールとなりました。極めて不十分な内容ではありますが、雇用安定社会の実現に向けた第一歩を私たちの社会は踏み出したわけです。

そのことを無効にする、更新限度条項を就業規則にあらかじめ入れるような行為は果たして許されるのでしょうか。本日は、非常勤講師・大学の話をしましたが、そのようなことを行っている民間職場が少なくありません。

加えて、公務の職場では、無期転換制度がそもそもありません。非正規の公務員に対して、雇用安定社会に逆行するような制度が設計され、2020年度に導入されています[19]

民間の職場からも公務の職場からも不安定雇用を一掃し、安心して働き続けられる社会をつくりあげましょう。

 

 

[14] 例えば、労働者の過半数代表者を事業場から選出する際には、非常勤講師を含めた母体からの選出が必要であるなど、非常勤講師は同じ職場で働く構成員として労働法では位置づけられています。そのような扱いはされているでしょうか。

[15] 制度が周知されていないために、誰も無期転換権を行使していない職場も①に含めます。

[16] ただその場合でも、非常勤講師の専門性・希少性を考えると、契約を終了した後に、半年など一定の期間をあけて再度雇用している(通算契約期間をリセットする、いわゆるクーリングが悪用されている)のではないかと思うのですが、実態はどうでしょうか。

[17] その他の例として、(a)雇用関係を結んでいない職場が考えられます。例えば、以前の東大の手法について佐々木(2018)を参照。筆者も、以前は請負契約で非常勤講師を働かせていたのを雇用関係に変更したものの、今度は更新限度条項を入れて働かせている大学の事例を聞いています。また、(b)従来は通年で行われていた授業を前期か後期かに寄せて、半期を空けることで無期転換権の発生を回避するという手法を聞いています。

[18] この整理に従うと、東海大では、特例を使い、なおかつ、更新は10年を超えないという更新限度条項を就業規則に入れている(③)のではなく、10年超で無期転換を予定していた(②)ところ、急遽、「カリキュラムの改訂」により、10年目を迎える非常勤講師に雇い止めが通告されている、ということになるのでしょうか。

[19] 非正規公務員(会計年度任用職員)制度問題や当事者の声は、例えば、川村雅則「北海道及び道内市町村で働く624人の会計年度任用職員の声(2022年度 北海道・非正規公務員調査 中間報告)」『NAVI』2023年1月配信を参照。

 

 

(参考文献)

上林陽治(2021)「専業非常勤講師という問題──大学教員の非正規化の進展とその影響」『(社会政策学会誌)社会政策』第12巻第3号(2021年3月31日号)pp.73-84

川田知子(2015)「近時の有期労働契約法制に対する批判的検討―労働契約法一八条の特例に焦点をあてて―」『法学新報』第122巻第1・2号(2015年8月3日発行)pp.187-214

衣川清子(2015)「早稲田大学非常勤講師のたたかいから学ぶ」『女性労働研究』第59号(2015年)pp.43-52

佐々木彈「東大の有期雇用職員8千人の「5年雇止めルール」を撤廃させた労働組合の力」『Kokko』第33号(2018年11月号)pp.91-96

嶋﨑量(2018)『5年たったら正社員!?──無期転換のためのワークルール』旬報社

女性科学研究者の環境改善に関する懇談会(2021)『非常勤講師はいま!──コロナ禍をこえて』ヨシミ工産(株)

田渕大輔(2022)「非常勤講師への科学技術・イノベーション法の特例の適用を否定専修大学無期転換請求事件・東京地判令三・一二・一六」『労働法律旬報』第2011号(2022年7月10日号)pp.28-32

松村比奈子(2018)「なぜ非常勤講師組合は非正規教「職」員の五年上限問題に取り組むのか──民主主義の基本は法の下の平等にあり」『労働法律旬報』第1910号(2018年4月号)pp.20-25

松村比奈子(2019)「大学非常勤講師からみた二〇一八年問題──非正規と女性の公民権運動」『女性労働研究』第63号(2019年)pp.121-135

 

 

 

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