川村雅則「無期転換逃れ問題の整理──安心して働き続けられる社会の実現に向けて」

無期雇用転換逃れ(以下、無期転換逃れ)問題を解消し、安心して働き続けられる社会を実現するため、8月20日(土)10時~、「非正規・無期転換逃れはつらいよシンポジウム」と題したシンポジウムがオンラインで開催されました。主催は、「無期転換逃れ連絡協議会」です。

当日は、企画の趣旨説明を桃井希生さん(札幌地域労組書記次長)が行った後、「無期転換逃れ問題の整理──安心して働き続けられる社会の実現に向けて」と題した報告を私が行いました。私の報告では、私の後に続くお三方(本文中で触れます)の報告を理解するのに役立つ情報の整理に務めました。

本稿は、当日の私の報告をまとめたものです。但し、大幅に加筆修正を行っていますので、当日の報告とは「別物」とご理解いただいても構いません。『北海道労働情報NAVI(以下、NAVI)』で3,4回に分けて報告をする予定です。

安心して働き続けられる社会を実現することが私たちの目標です。各地で取り組みを始めましょう。

なお、労働法研究の知見に本稿は学んでいますが、まだ十分に咀嚼できていなかったり調べきれていないことがあります[1]。この点、どうぞご容赦ください。また、軽微の修正は行う可能性があります。大幅な修正を行った際にはその旨を明記します。

 

 

 

出所:厚生労働省「無期転換ルールについて」より。

 

 

 

■無期転換逃れその1──労働契約法第18条(特例含む)逃れ

私たちの目標は、「無期転換逃れ」を解消して、安心して働き続けられる社会を実現することにあります。そのために本日の集会では、無期転換逃れとたたかっている方々・団体の取り組みを共有し、もって、各地の運動に貢献したいと思います。

ここでいう無期転換逃れとは、第一に、労働契約法(以下、労契法)第18条にうたわれた、同一の使用者との間で締結された有期労働契約が通算で5年を超えた際に、労働者の申し出により実現する無期転換を回避するために、5年で、あるいはその前に、雇い止めにしてしまうことを指します。皆さんがよく聞かれる無期転換逃れはこれです。

なお、雇い止めにはせずに、5年を超えて有期雇用で雇い続ける(当該労働者に無期転換ルールを教えない、無期転換権の行使を妨げる)などの行為もあり、解決すべき重要な問題ですが、今回の集会では扱えていません。

 

労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)

(有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換)

第十八条 同一の使用者との間で締結された二以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が五年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。

 

 

パタゴニアユニオンの代表である藤川瑞穂さんがこの5年雇い止め問題を報告してくださいます。札幌地域労組のウェブサイトにもすでに記事が配信されていますのでご覧ください。

パタゴニアで無期転換逃れ。ゴミは捨てないけど人はポイ捨て?

パタゴニアユニオン結成予定!パタゴニア社に無期転換逃れの撤回を求める

 

第二の無期転換逃れは、この5年雇い止め問題のいわば変形タイプで、労契法第18条の特例として設けられた10年超で実現する無期転換を回避して、10年で雇い止めにすることです。

この問題は、私たち大学に身を置く者に深く関わることです。「大学等及び研究開発法人等の研究者、教員等」に対しては特例が設けられているのです。詳細は、厚生労働省「無期転換ルールについて」の「無期転換ルールの例外」をご覧ください[2]

 

科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(平成二十年法律第六十三号)

(労働契約法の特例)

第十五条の二 次の各号に掲げる者の当該各号の労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。

 

大学の教員等の任期に関する法律(平成九年法律第八十二号)

(労働契約法の特例)

第七条 第五条第一項(前条において準用する場合を含む。)の規定による任期の定めがある労働契約を締結した教員等の当該労働契約に係る労働契約法(平成十九年法律第百二十八号)第十八条第一項の規定の適用については、同項中「五年」とあるのは、「十年」とする。

 

東北大学職員組合執行委員長である片山知史さんにはこの10年雇い止め問題を報告していただきます。と同時に、片山さんには、5年雇い止め問題も報告していただくことになります。

つまり東北大学(など少なからぬ大学)では、5年雇い止め問題と10年雇い止め問題が発生しているということになります[3]

なお、東北大での5年雇い止め問題は、東北大学職員組合編で2021年に学習の友社から出版された『非正規職員は消耗品ですか?』に詳しいです。ぜひお買い求めください。また、東北大での10年雇い止め問題は、『NAVI』にご投稿いただいた、片山知史「東北大学・理化学研究所等における新たな大量雇い止め」をご覧ください。片山さんには『NAVI』に多くの記事をご投稿いただいております。

 

 

 

■無期転換逃れその2──公務分野における無期転換制度の整備逃れ

第三に、無期転換逃れで形容するにはやや無理があるかもしれませんが、公務分野において無期転換制度が存在しないという問題を指します。

図表1は、いわゆる雇用の2018年問題が間近であった2017年10月に配信した拙稿「なくそう!有期雇用 つくろう!雇用安定社会ver1.0」に盛り込んだイラストです。

 

図表1 無期転換制度における民間と公務の格差

出所:拙稿「なくそう!有期雇用、つくろう!雇用安定社会 ver1.0」より。

 

民間では「はしご」がかけられて5段(5年)超で上に上がれる(無期転換ができる)のに対して、公務員にははしごがかかっておらず、いつまでも上に上がれないのです。

もっとも、先に述べたとおり、民間では、このはしごを上がりきった時点ではしご外しが行われる──より正確に言えば、はしごは「立っている」けれども、最初から、上には上がれないようになっている状況が生じていますから、このイラストで描いたようにはなっていません。

話を戻して、非正規公務員の多くが、本来、無期で雇われるべきところを、無期転換ルールが設けられることなく有期で雇われ続けている現状を、国・政治による広義の無期転換逃れと位置づけたいと思います。

民間に比べるとあまり知られていない非正規公務員の制度問題についてもう少しお話しをさせてください。

地方自治体で働く非正規公務員には、2020年度から新たな制度が設けられています。会計年度任用職員制度と呼ばれる制度です。新制度が導入されたのだったら、先のような無期転換逃れは解消されたのか、と思われるかもしれませんが、事態は逆に進みました。

民間でいう雇用更新をイメージしていただくとよろしいかと思いますが、「再度の任用」は可能となりました。しかし、厳格な能力実証のため、国の非正規公務員にならい、少なくとも3年ごとに新規求職者とともに公募に応じさせる制度設計が総務省によって「助言」されました。

さらに言えば、「民間でいう雇用更新」うんぬんと述べましたが、実際には異なります。むしろ、民間でいう雇用更新とは異なることが強調され、新たな職に就くと解され、条件付採用期間(試用期間)が毎年必ず設けられることになっています。民間の非正規制度(無期転換ルール)と比較したのが図表です。

 

図表2 会計年度任用職員制度導入後における民間非正規と公務非正規の雇用(任用)制度設計の違い

注1:公務におけるaの墨塗箇所は、条件付採用期間(試用期間)。
注2:bの点線は勤務実績に基づく能力実証が認められた箇所。
注3:cの実線は、公募制による能力実証が必要とされる箇所。
出所:筆者作成。

 

非正規公務員の就労実態と乖離したひどい制度設計です。

非正規公務員をめぐる以上の問題を報告してくださるのが、「公務非正規女性全国ネットワーク(通称、はむねっと)」で副代表をつとめる瀬山紀子さんです。

瀬山さんにも、『北海道労働情報NAVI』は多数の記事をご投稿いただいております。また瀬山さんは、『官製ワーキングプアの女性たち──あなたを支える人たちのリアル』を共著で岩波書店から出版されています。ぜひお読みください。

 

以上の、大きく分けて二つの無期転換逃れをこの集会では問うていきたいと思います。

 

 

 

■有期雇用の濫用の解消が原点

ところで、本集会では、無期転換逃れがテーマとなっていますが、2012年労働契約法改定の趣旨、そもそもの原点を確認しましょう。

 

図表3 無期雇用と有期雇用

出所:筆者作成。

 

ここまでとくに説明せずに話を進めてきましたが、図表は、正規雇用者に多い「無期雇用」と、非正規雇用者に多い「有期雇用」を示しています。

無期雇用の場合、労働者と使用者のいずれかが契約解除を申し出ない限り、契約は継続されます。

有期雇用の場合、契約が反復更新されれば問題ないのですが、更新されなければ契約終了(雇い止め)となります。また、契約期間途中に契約解除された場合には解雇となります。

問題は、この図表にも示されるとおり、合理的な理由もないのに(仕事に期限があるわけでもないのに)、無期で雇わずに、有期雇用を反復更新して当該労働者を雇い続けること、すなわち、「有期雇用の濫用」が、日本では、2012年の労働契約法改定まで放置されていたことです。10年も20年も有期で雇い続けることが容認されていたわけです(その雇用の名称が「臨時職員」であったケースなどは、形容矛盾も甚だしいのではないでしょうか)。

期間を設けて雇われることは、「次回の契約は果たして更新されるだろうか」など労働者に雇用上の不安をもたらします。それだけでなく、「年次有給休暇など取得したら雇用更新がされないんじゃないか」など、権利の行使を困難にもするでしょう。権利の行使どころか、労働法に違反した状況が職場にあったとしても、物言うことさえも困難にするのではないでしょうか。

雇い止め法理がありましたから、一定の条件を満たせば雇い止めを撤回させることはできたとはいえ、無期で雇うことを使用者に義務づけるルールはありませんでした。

こうした状況の是正こそが求められ、無期転換ルールができたのです。そのことを厚生労働省による通達によって確認しましょう。

 

今般の改正は、有期労働契約の反復更新の下で生じる雇止めに対する不安を解消し、また、期間の定めがあることによる不合理な労働条件を是正することにより、有期労働契約で働く労働者が安心して働き続けることができる社会を実現するため、有期労働契約の適正な利用のためのルールとして改正法による改正後の労働契約法(平成19年法律第128号。以下「法」という。)第18条から第20条までの規定を追加するものである。

出所:厚生労働省「労働契約法の施行について」2012年8月10日(基発0810第2号)。

 

本日私たちは、無期転換逃れ問題を論ずるわけですが、そもそも、有期雇用の濫用を解消し、非正規雇用者の雇用の安定と権利擁護を実現すること──これが原点です。

 

 

 

■雇用安定社会の実現にとって今年(2022年)は重要な年

 

図表4 雇用安定社会あるいは無期転換逃れに関する「現在地」

出所:筆者作成。

 

安心して働き続けられる社会を実現する上で今年は非常に重要な年であります。図表4に整理してみました。

第一に、真ん中の棒をご覧ください。今年度末に特例の10年無期転換が回避され、雇い止めが行われようとしています。私たちはこの10年雇い止めを許してしまうのかどうか、本当に瀬戸際です。

第二に、下の棒をご覧ください。今年度は、先に述べた非正規公務員における3年公募制の3年目に該当します。3年よりも短い期間の公募制(毎年公募)を導入している自治体もありますが、少なからぬ自治体で3年公募が施行されます[4]。雇い止め発生のおそれがあります。

しかも、私たちの住む札幌市のように、総務省の助言する3年公募制の上に、原則として、同じ部では3年までしか働くことができない(異動を必要とする)という独自のルールを設けている自治体もあります[5]。行政サービスの質保証という点からも、対応が必要ではないでしょうか。

第三に、戻って一番上の棒をご覧ください。真ん中の棒と下の棒は、雇い止めが行われるかどうかの差し迫った切実な課題であるのに対して、一番上の棒は、すでに済んでしまった雇い止め問題──ではありません。2018年問題は終わっていません。5年雇い止めのルールが職場で設けられている以上、2018年以降も雇い止めは毎年続いているのです。

その掘り起こし作業ができるのは労働組合です。

とりわけ、無期転換逃れルールが職場で設けられている労働組合(正規雇用者で組織された労働組合)は、掘り起こしが「できる」ではなく、「しなければならない」のではないでしょうか。無期転換逃れルールの廃止に取り組もうとしないのであれば、非正規雇用者を見殺しにしていると言われても仕方がないのではないでしょうか。労働組合が再生できるかどうかが問われています[6]

労働契約法の附則事項をうけて設けられた厚生労働省による有識者検討会(「多様化する労働契約のルールに関する検討会」)から2022年3月に出された報告書では、「現時点で無期転換ルールを根幹から見直さなければならない問題が生じている状況ではない」と総括されています。そして同報告書をうけて、無期転換ルールの検討作業が労働政策審議会で始まっています(これらについては後日の報告で扱います)。

上記の検討会の総括は、この問題での労働組合の取り組みの弱さを反映しているとも言えないでしょうか。「見直さなければならない問題」が本当に生じていないのか。社会に定着しつつある5年雇い止め問題の掘り起こしと解決の取り組みが求められています。

 

 

 

■「無期転換逃れ」が当たり前の社会にするのか

「繁忙期」と題した4コマ漫画をご覧ください。この漫画は、ご自身が非正規雇用者であった「がんばれ、非正規さん」が作成されたものです。

 

出所:がんばれ、非正規さん「非正規雇用とは、、、その3」『NAVI』2022年4月18日より転載。

 

無期転換逃れが正規雇用者の仕事になっていること、その仕事に年度末に追われる正規雇用者の姿が描かれています。本当に笑えない状況です。

毎年機械的に、仕事に慣れた労働者を雇い止めにして新規で採用された労働者にあらためて仕事を教えたり(雇い止めされる労働者がその任を担うというケースも聞かれます)、すでに働いている労働者を継続で雇えばよいところを新規の求人を出してあえて試験や面接をあらためて行うことなどが「仕事」になるような社会でよいのでしょうか。このような無駄が「仕事」になるような社会をみんなで変えていきましょう。

 

連載1となる本稿を締めるにあたり、皆さんにお願いです。

本稿ならびに本稿でご紹介したお三方・団体の論文や記事などを「拡散」し、この無期転換逃れ問題を世に広めてください。安心して働き続けられる社会を実現する上で今年は重要な年であることを広めてください。

どうぞよろしくお願い致します。

 

(続く)

 

 

[1] 私が一番知りたいのは、無期転換ルールが2012年に整備されていながら、雇用更新の回数や年数に上限を設けた更新限度条項(例えば、4回・5年)を就業規則にあらかじめ設けておくことの問題(「違法ではないが脱法」と説明される問題)は、労働法研究ではどのように解釈されているのか、また、多数派を占めている解釈はいずれか、ということです。なお、無期転換ルールについては、嶋﨑量(2018)『5年たったら正社員!?無期転換のためのワークルール』旬報社がハンディで分かりやすいと思います。

[2] 例外の第一は、「研究機関高度な専門的知識等を有する有期雇用労働者及び定年後引き続き雇用される有期雇用労働者に対する特例」で、根拠法は「専門的知識等を有する有期雇用労働者等に関する特別措置法」)。例外の第二は、「大学等及び研究開発法人等の研究者、教員等に対する特例」で、根拠法は「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律」。なお、「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」は、2018年12月の法改定で、法律名が「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(科技イノベ活性化法)」に変更されています。

[3] 5年雇い止めルールが国立大学法人でどの位整備されてしまったかを調べた、拙稿「国立大学法人の就業規則等にみる労働契約の更新限度条項・無期雇用転換回避問題(暫定版)」『NAVI』2022年3月8日を参照。

[4] 上林陽治「会計年度任用職員白書 2020」『自治総研』通巻514号(2021年8月号)によれば、一部事務組合等を含む3283の地方公共団体のうち、「①毎回公募を行い再度任用する」が1254件(38.2%)、「②公募を行わない回数等の基準を設けている」が1255件(38.2%)、「③毎回公募を行わず再度任用する」が460件(14.0%)である(残り314件・9.6%は「無回答」)。これを47の「都道府県」や20の「政令市」に限ると、前者では②が89.4%、後者では②が95.0%を占める。また795の「市区」に限ると、①が26.7%、②が61.5%、③が11.8%である(926の「町村」では①が53.8%)。北海道に限った状況は、拙稿「道内の会計年度任用職員等の臨時・非常勤職員の任用実態──総務省2020年調査の集計結果に基づき」『北海道自治研究』第626号(2021年3月号)を参照。

[5] 拙稿「札幌市の会計年度任用職員制度の現状を調べてまとめました」『NPO法人官製ワーキングプア研究会Report』第37号(2022年2月号)と拙稿「札幌市会計年度任用職員制度における「同一部3年ルール」の例外について」『NAVI』2022年1月7日を参照。

[6] 企業別労組で取り組むことにこだわる必要は必ずしもないと思います。ローカルユニオンが受け皿となって支援組織を拡大するのでも、当該の非正規雇用者で組織された労働組合を正規雇用者による労働組合が支援するのでも、よいと思います。

 

 

 

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