浦野真理子「非正規雇用問題から考える 、日本、そして 北星学園」

非正規雇用問題は学校職場においても「無縁」ではありません。学校法人北星学園でこの問題の改善に取り組む浦野真理子さん(北星学園大学経済学部教授)からの寄稿です。2021年5月17日のチャペルタイムでお話しになった内容です。

 

 

 

聖書箇所:「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる(マタイによる福音書 5 章 9 節)」

 

 

経済学科でアジア経済論を教えている浦野と申します。今日は、現在の日本で最も大きな社会問題の一つである非正規雇用問題について、特に私たちが学び、働いている北星学園との関係でお話したいと思います。

キリスト教を基礎とする北星学園の建学の精神は「人間性、社会性、国際性」です。創立者のサラ・クララ・スミス先生が、特に厳しい状況に置かれてきた日本の女性の立場の向上を図るために創立した女学校を基礎として本学は建学されました。

1990年代以降、日本全体で非正規雇用が拡大してきました。そして、北星学園を含め、日本中の教育機関で、人件費を圧縮するために教職員を非正規化する流れが多くみられてきました。それは教育機関が置かれている厳しい経営環境に対応するためにとられた戦略です。限られた予算のなかで学生にできる限り良い教育を提供するため、賢く経営を行うことは重要であります。しかし、教育機関の経営において生き残りが主目的となり、人間性と社会性が犠牲になれば本末転倒です。学生に対する教育方針と、教育機関における自らの雇用のあり方が矛盾しても良いのでしょうか。学生は卒業後に社会に出ていきます。そして、教育機関は自分たちの雇用において教育理念をできる限り体現する社会的責任があります。

残念ながら、北星学園も含め、多くの教育機関の雇用において、教育理念を体現するという社会的責任を果たす努力が不足していると考えます。以下、日本全体の非正規雇用の拡大状況と問題点、そして北星学園の現状を政府の法令との関係でお話します。その中で、北星の課題と改善点を考えます。

私の研究対象地域は東南アジアのインドネシアで、私自身は日本の雇用問題には全くの素人です。私が初めてインドネシアを訪れたのは1990年でした。その時日本の1人当たり所得は25443ドル、インドネシアは771ドルと両国の1人当たり所得格差は30倍以上の開きがありました。出会った人々は明るく親切でしたが、身を粉にして働いても家族を支えることができない零細な労働が多く貧困が切実な問題でした。1990年代に日本にインドネシアのような貧困はないと思っていました。それから30年の月日が経ち、インドネシアの1人当たり所得は2017年に1万ドルを超えました。インドネシアに貧困はまだまだありますが、インドネシアの2010年―15年の合計特殊出生率は2.5人と子どもは多く、社会には活気があります。

振り返って、日本ではこの30年の間で少子高齢化と非正規雇用の拡大が進んできました。厚生労働省の資料によると1989年に日本では817万人が非正規雇用で働き、それは全労働者のなかの約2割(19.1%)でした。しかし、2019年には2165万人、全労働者の約4割に増大しています。そして、非正規雇用の特徴として、その約7割を女性が占めています。非正規雇用の拡大に伴って日本で大きな所得格差が進んできました。ジニ係数は数値が大きいほど格差が大きいことを示していますが、1990年の日本の所得格差のジニ係数は0.36だったのが、2014年に0.38に拡大しています。

 

 

非正規雇用には主に3つの問題があります。第一に正規雇用と比べて賃金が低いことです。(厚生労働者の2019年の時給ベース賃金データ:一般労働者正社員・正職員の平均賃金2021円、一般労働者正社員、正職員以外1,337円、短時間労働者の場合、正社員・正職員の平均賃金1,639円、短時間労働者の正社員・正職員以外1,128円)。

第二に、非正規雇用は教育訓練を受けづらいという問題があり、キャリアを発展させていくうえで障害となっています。厚労省の「能力開発基本調査」によると、教育訓練を受けている非正規雇用労働者は正規労働者の約半分となっています。

第三に、雇用が不安定であることです。非正規雇用の雇用不安定問題はコロナ禍で深刻化し、特に非正規が多い女性労働者を直撃しています。2020年の非正規労働者数は男性が前年より26万人分減り、女性はその倍近く50万人近く減り、職を失うケースが増大しています。不安定かつ低所得である非正規労働の増加は日本の合計特殊出生率低下の原因となっており、2019年の日本の合計特殊出生率は1.36人となっています。これは、教育機関の経営難とも直結した問題です。

さて、北星学園には、2021年5月現在、事務職として、専任職員が104名に対し、直接雇用の非正規雇用職員が特任22名、臨時42名の64名、そして派遣職員が10名の計74名働いておられます。つまり、職員の4割以上が非正規雇用で、その多くが女性です。これら74名の中には様々な労働時間・賃金形態が入り混じっており大変複雑です。

非正規雇用の問題の重要性から、政府も不十分ながら改善させるための政策を始めています。主なものに無期雇用転換、同一労働同一賃金の2つが挙げられます。この2点と関連して北星学園の動きを見ていきます。

第一に、非正規雇用の安定性をはかるため、2013年労働契約法改正が行われ、有期契約労働者が通算5年を超えて働き続けると、労働者の申込みにより無期雇用転換できることになりました。北星学園では当初5年以上は契約延長せず雇止めという方針でしたが、2018年に3月に臨時職員が、そして2020年3月に特任職員について、本人が希望すれば無期雇用転換が認められることになりました。一方で、2020年3月に内規が変更され、無期雇用の前に学園による「選考」がされることになっています。

しかし、資質があるからこそ5年も雇われてきたのであり、なぜ無期雇用転換前にわざわざ選考を行うのかという問題があります。しかし、未だに雇止めする著名な教育機関も多くあることを考えると、無期雇用転換を認めた点は社会的趨勢を踏まえた対応として一定の評価ができると思います。

第二に、有期雇用労働者の待遇は、働きや貢献に見合ったものとならず、正規労働者と比較して低くなりがちです。これを改善する目的で2020年4月1日に「パートタイム・有期雇用労働法」が施行されました。ここでは、①基本給、②手当、③賞与、④福利厚生(休暇や病気休職を含む)・教育訓練の4つの面で正規労働者と非正規労働者の不合理な待遇差を禁止しています。この法令に照らし、かつ2018年に非正規雇用職員に向けて組合で実施したアンケートを合わせて考えると、北星学園における有期雇用労働者の待遇には以下の問題があります。

そもそも、本学園で働く特任・臨時職員と正規職員の仕事内容の違いが不明確です。特任と臨時の契約書によると、仕事は「補助業務」とされているのですが、実際には独立的に仕事を担っているケースが多くみられます。仕事内容の違いが不明確なのに、給与、賞与、手当、休暇の面で、特任・臨時職員と正規職員との間には大きな待遇差が存在しています。2018年のアンケートでは、専任と同じ仕事をしているのに待遇に差があることに大きな不満がみられました。臨時職員は基本的に時給払いで、5年以上働いても時給は最高で940円です(カウンセラーなど専門職を除く)。賞与や手当もなく、休暇も年休と慶弔休暇以外なく、特に年末年始や夏季休暇などで収入が落ち込むという問題があります。特任職員は月給払いで賞与、退職手当も支給されますが、正規職員とはその額や休暇に大きな差があります。

特任・臨時職員の契約書には「被雇用者は雇用期間中に故意または重大な過失により本学園に損害を与えた場合は弁償しなければならない」と書かれています。一方で、正規職員にはこのような弁償規定はありません。補助業務なのに、正規職員にはない弁償まで求められるという差別待遇がみられます。

 

 

他の事業所同様に、本学では非正規職員は、人件費圧縮のために増やされてきました。しかし、非正規職員の待遇を向上させることは経営を圧迫すると考えるのは大きな誤りです。なぜなら、非正規職員には優秀な人材が多く存在し、仕事内容に見合った収入が得られることによってやる気が出て、長期的な雇用を通じて熟練度が上がるからです。雇用の理論に「効率賃金仮説」という考え方があります。高い賃金を出した方がやる気が出て、仕事の効率が上がるという考え方です。低い賃金で雇うと短期で離職しやすくなり、新たに雇った労働者の訓練コストもかかります。2018年に本学で実施したアンケートでもこの点を現場から指摘した意見が多くみられています。

北星学園の非正規雇用待遇では独立した生計・長期的なキャリア設計は成り立ちません。その背景にあるのは、若い女性に安価な給与で補助的な業務を行わせ、適当な時に入れ替えたほうが使いやすいという男性社会の根強い偏見です。このような時代遅れのジェンダー格差を再生産する雇用慣行を背景に、日本の女性の地位は世界最低水準にあり、国際的に大きく出遅れています。そして格差の拡大や育児ができない環境のために日本の少子化はどんどん悪化し、教育機関の経営難も一層進んでいるのです。

現在猛威をふるっているコロナ禍では待遇改善が遅れてもやむを得ないのでしょうか。私はそうは思いません。なぜなら現在コロナ禍という未曽有の危機から最も厳しい影響を被っているのは非正規労働者です。学園の雇用において非正規労働の待遇改善に取り組むことは、日本社会の大きな問題の解決に資することです。「人間性、社会性、国際性」という教育目的を最も身近なところから実行することであり、日本の女性の地位向上を目指したスミス先生の創立理念を実現することでもあります。学園の皆様には、コロナ禍の今こそ学園の非正規雇用の待遇を見直してもらいたいと思います。教育職員についても本来は詳しく考える必要があるのですが力不足で十分把握できていない状態です。この点も含めてぜひ取り組みが必要です。この問題に興味のある方は、ぜひ一緒に取り組んでいきましょう。

 

祈り:天にいらっしゃる愛する神様、愛する学園の皆さまと祈りを持ち、非正規雇用問題について一緒に考える時を持てたことを感謝します。どうか学園の責任ある人々を励まし、弱い立場にある非正規雇用の人々の学園でのお働きを正しく認識し、正当な待遇を与えるように努力するよう助けてください。この貧しい祈りを愛する主のみ名をもってお祈りします。

 

 

 

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川村雅則「非正規労働問題とその解決に向けて」

川村雅則ほか「非正規雇用問題の何が問題か、取り組むべき課題は何か/非正規雇用の実態──「第1回非正規労働者の権利実現のためのオンライン学習交流会」より」

 

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