本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。
今回の担当は、3年生(2024年現在)のK・Mさんです。
荻原浩『メリーゴーランド』新潮文庫、2006年
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784101230337
【帯文】 (帯なし)
【キーワード】さわやかさと苦さ/公務員/不条理
【お仕事】テーマパークの再建、新規プロジェクトの運営、企画
【主人公の雇用形態】
正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】
過労死続出の職場を辞め、9年前にUターン。駒谷市の公務員として働くことになるが、地味で平凡な毎日を送る日々。しかし、ある日赤字のテーマパーク、『アテネ村』の再建プロジェクト、『アテネ村リニューアル推進室』に携わることになる。アテネ村の運営を行うペガサスリゾート開発は、市役所を定年退職したOBばかりであり、事なかれ主義と既得権益への執着に毒された組織である。そんな彼らに振り回されながらも、啓一は丸投げされた新規プロジェクトを達成することができるのかが描かれる。
【こんな読者層におススメ!】
幅広く楽しめる。中高生でも楽しめる内容になっている。ファンタジーを楽しみたい人にもオススメ。
【作者について】
荻原浩(おぎわら・ひろし)
1956年、埼玉県生まれ。広告制作会社勤務を経て、フリーのコピーライターに。97年、『オロロ畑でつかまえて』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。2005年には『明日の記憶』で山本周五郎賞、14年に『二千七百の夏と冬』で山田風太郎賞、16年に『海の見える理髪店』で直木三十五賞を受賞。24年に『笑う森』で中央公論文芸賞受賞。
【出版情報】『メリーゴーランド』新潮社より、2004年6月に刊行⇒2006年、新潮文庫。
【時代】具体的な年代は明言されていない。作中の描写から、2000年代始めと推測される。
【場所】駒谷市という東京から車で5時間の距離にある山間部の架空の地方都市。
【章立て】章立てのタイトルは無いが、16の場面に区切られている。
【語り】一人称/二人称/三人称
【初読時間】4時間程
【お仕事小説のパターンチェック】
①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
・遠野啓一(とおの・けいいち) 本作の主人公。36歳、妻と娘、息子がいる。元々民間企業で働いていたが、9年前に退職、8年前に公務員に転職。妻に「ガツンが足りない」と言われる。国民健康保険課から『アテネ村リニューアル推進室』に出向することになった。アテネ村の新規アトラクションについて一部丸投げされる。
・路子(みちこ) 啓一の妻。啓一に「ガツンが足りない」と言う。
・哲平(てっぺい) 啓一の息子。小学一年生。
・かえで 啓一の娘。哲平の妹。
(職場関係)
・丹波(たんば) 『アテネ村リニューアル推進室』プロジェクトチームの室長。林業課課長だった。五十代半ば、細面の肉の薄い顔に載った眼鏡が重たそうだ(37頁)。啓一に新規アトラクションについて丸投げする。
・林田(はやしだ) リニューアル推進室の一人。市役所の野球部のキャッチャーで四番バッター。啓一より一つ二つほど年下。白髪まじりの短髪と顎の張ったいかつい顔は、どう見ても四十代と評される。啓一にライバル意識を燃やしている。
・徳永雪絵(とくなが・ゆきえ) リニューアル推進室の一人。啓一とかつて市民生活部で一緒だった。他人と交流することをしない人物。あだ名は幽霊。
・柳井(やない) リニューアル推進室の一人。推進室の中では一番年下。完全に耳が隠れた長い髪をブラウンに染めている。以前は南駒出張所にいたが、その出張所に新人で入るのは、使いものにならないという烙印を押されたのも同然であり、柳井の場合は能力ではなく外見だけの問題でそうなったのだろう、と啓一は推測した。後に、啓一の相棒的な立場を担う。
・商学部長 啓一の元上司。勢いと押しの強さとその場の空気で物事を決めていくタイプ。理事の承諾の問題に関して、啓一に文句を言わせるな、とアドバイス。
・増淵(ますぶち) 駒谷市の市長。アテネ村新規プロジェクトの企画運営にあたり独断が多くなった啓一をよくやった、と評価する。次の市長選挙が近いなか、再び市長の座を狙う。
(社外)
・来宮裕司(らいみや・ゆうじ) 啓一が所属していた大学時代の演劇サークルの創設者で「座長」。定職にはつかず、劇団、『ふたこぶらくだ』を続けている。カリスマ的な才能がある。新規アトラクションの手伝いをすることになる。
・沢村實(さわむら・みのる) ㈱ビッグバードという民間企業のプランナー。『駒谷アテネ村 ゴールデンウイーク・スペシャルイベント』のプランナーを務めた。
・シンジ 神社仏閣の建築専門の工務店の社長の孫。新規アトラクションのための、舞台作成を啓一から頼まれた。元暴走族。
・室田順子(むろた・じゅんこ) 名古屋にある女子大の助教授で、評論家としてもマスコミにしばしば登場している。なぜか駒谷郊外に居を構えている。専門は臨床心理学だが、環境問題から女性・マイノリティー問題まで多分野な一家言を持ち、全国的な影響力を持っている。
【仕事現場のリアルな描写】
1・運送会社や遊具メーカーの言い値が安いのか、ミスコンが高すぎたのか。昨年まで審査員たちへのお車代、数度にわたる事前打ち合わせと、コンテスト後の出場者を交えた懇親会の金額がとんでもない額であることを考えると、たぶん後者なのだろう。(164頁)
2・土日に仕事をするなんていつ以来だろう。この間の市議会議員選挙の時以来か。週末も開放されている施設の職員をのぞけば、駒谷市役所の人間が休日出勤するのは、文字通り天変地異があった時だけ。台風か大雨で役所に対策本部が置かれようかという場合や、当番制で回ってくる選挙の手伝いに駆り出される時ぐらいだ。(213頁)
3・市役所の慣例では、すべての起案には課長職クラスの押印が必要なのだが、例外がひとつある。そのセクションの課長職が病欠の場合は、代決――それに次ぐ人間が承認印を押すことが許されるのだ。(275頁)
【ハラスメント】
・男女格差
駒谷市役所では、年次の一番下の人間が、部署内の茶を淹れるのが不文律になっている。以前は年齢がいくつであれ「女の子」がお茶を入れることになっていたのだが、一昨年、インターネット上に、駒谷市役所内部の男女格差についての内部告発が掲載されていることが発覚して以来、女性市民グループからのつきあげを恐れてそういうことになった。(45頁)
・パワハラ
増淵は、刃向かえば、どうなるか教えてやる――自治体の首長とは思えないセリフを吐いた時と同じ顔になっただけだった。
「君も――」
そこで言葉を切って、意味ありげに笑い、またくるりと椅子を回してしまった。背中に言葉の続きが書いてある。「はずれるか?」だ。(390-391頁)
【印象的なセリフ(下線は引用者による)】
(来宮の言葉)「セリフっていうのは、語らない部分を想像させるためにあるのさ」(237頁)
【文芸作品としての読みどころ;直喩・隠喩・擬人化など】
1・啓一は思った。やっぱりここは不思議の国だ。何もかもあべこべの鏡の国。俺はうさぎの穴に落ちたに違いない。(中略)啓一の頭の中でドードー鳥やねずみやおうむがコーカス・レースをはじめた。ぐるぐるぐるぐるぐる。(240-241頁)
2・四車線道路の先には、まだ雪が残る駒谷連山の粉砂糖をまぶした食べかけのシフォンケーキのような姿が望める。(28頁)
3・(省略)波切りにした羊羹のような外観も、駒谷の凡庸な街並みの中では異彩を放っていた。(30頁)
【個人的な読後感】
『メリーゴーランド』という作品を新潮文庫の亀和田武夫の解説では、「さわやかだけど、苦い」と評されている。これほどこの作品を的確に表した言葉もないだろうと思う。ネタバレになるため詳しくは言えないが、啓一の心情がよく表れている。自分も地方公務員を目指している身だが、読了後は少し憂鬱になった。しかし『不思議の国のアリス』にちなんだ言い回しや、啓一自身の内心の憤りの描写はところはくすっとくるものがあり、そこまで暗い気分になることはない。亀和田は、この作品を「一種のファンタジー小説」とも評しているが、その通りだと感じられた。
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