田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その4

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のT・Iさんです。

 

瀧羽麻子『虹にすわる』幻冬舎文庫、2022年(単行本は2019年)

 

【帯文】 海辺の町の小さな椅子工房は、仕事と恋と友情で大忙し。

    職人気質の先輩と、芸術家肌の後輩。

    性格の能力も正反対のアラサー男子が、“10年前の夢”を叶えることに――!?

https://www.gentosha.co.jp/book/detail/9784344034921/

 

【キーワード】椅子、業界、オーダーメイド、他人のせいにしない

 

【お仕事】会社員→修理屋、椅子職人

 

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他

【あらすじ】

東京での会社員を辞め地元(徳島県の田舎町)へ帰省し、じいちゃんと暮らす徳井。何に不自由することもなく、修理屋として漫然と生活していた彼だったが、工房を飛び出してきた大学時代の後輩、魚住と再会する。二人は10年前に抱いた夢を実現するべく工房を立ち上げ、一つ、また一つと椅子を作り、依頼をこなしていく。

椅子職人としての才能を振るい、仕事への情熱を覚えはじめる徳井は、ある日、建築界の巨匠、進藤勝利から職人としてのスカウトを受ける。これまで、自らが動くきっかけを他者からもらってきた徳井は、困惑し結論を導き出せずにいた。魚住や幼馴染の菜摘、そしてじいちゃん。周囲の人々の抱える感情に触れ、葛藤の末に彼のたどり着いた答えは。

 

【こんな読者層におススメ!】自分と上手く向き合えない人/向き合いたい人

【作者について】1981年、兵庫県生まれ。神戸女学院中学部・高等学部、京都大学経済学部卒業。2007年『うさぎパン』でデビュー。現在は東京都在住。会社勤めの傍らで執筆活動をしている。2006年『まゆちゃん』で「きらら」携帯メール小説大賞グランプリ06を受賞し、翌年2007年には前述の『うさぎパン』で第2回ダ・ヴィンチ文学賞大賞を受賞している。2019年『たまねぎとはちみつ』で第66回産経児童出版文化賞フジテレビ賞を受賞。

【出版情報】『虹にすわる』幻冬舎、2019年。⇒2022年、幻冬舎文庫で文庫化

【時代】2004年~(p126,160)

【場所】徳島県の田舎町。徳井の祖父(じいちゃん)の納屋を改築した工房。

【章立て】とくになし

【語り】一人称/二人称/三人称

【初読時間】3時間半程度

 

【お仕事小説のパターンチェック】

①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他」

④同僚や上司に助けられる 「YES(周囲の人々が話し合い、助け合う)/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による(キャラクターたちが自分を見つめなおす描写がしばしば見受けられるため、「働く活力」というよりは「職への情熱」といった方がいいかもしれない)

 

 

【登場人物】主要な人物は赤字

(主人公と、その家族)

徳井律(とくい・りつ):東京の大学で建築学を専攻。卒業後は中小企業に就職するも、日に日に老いていく祖父(じいちゃん)が気がかりで帰郷。会社員を辞職し、じいちゃんの修理屋としての仕事を請け負う。幼い頃に交通事故で両親をうしない、3年前に祖母(ばあちゃん)も他界してしまったため、じいちゃんとふたり暮らし。10年ぶりに再会した大学時代の後輩、魚住に流されるがまま、共に工房を切り盛りし、椅子職人として才を発揮。まじめな性分。

じいちゃん:徳井の祖父。本業は仏壇職人。息子夫婦を交通事故で亡くし(生き残ったのが徳井)妻も亡くす。徳井の仏壇職人の跡継ぎになる事には反対(仏壇の需要が減少し、将来性が見込めなくなると判断したため)。老化による手の震えから、修理の仕事もほとんど断念。なじみの顧客とのやりとり、預かり物の修理は受け持つ。病人扱いされることを嫌う、強がりな性格。ぶっきらぼうな物言いが特徴だが、怒っているわけではなく、徳井が自分のために帰郷し、犠牲になってしまうのでは、と懸念している。魚住を甘やかす。

・ばあちゃん:徳井の祖母。3年前に他界。魚住を気に入り、かわいがっていた。

・徳井の父:徳井が幼い頃に交通事故で逝去。

・徳井の母:徳井が幼い頃に交通事故で逝去。

 

(職場関係)

魚住光(うおずみ・ひかる):徳井の大学時代の後輩。椅子をこよなく愛している。10年前に徳井の地元を訪れたことがきっかけで、徳井の祖父母と親しくなる。まじめになれない性分。両親とは絶縁状態。学生時代から椅子職人になりたいと公言。家具職人として務めていた工房(神林工房)を飛び出し(追い出され)、10年前に徳井と交わした「工房をやる」という約束を胸に、ふたたび徳井のもとへ現れる。職人としての徳井の腕に惚れ込んでいる。

 

(社外)

石山菜摘(いしやま・なつみ)徳井と同い年で、古くからの付き合い。いしやま食堂の一人娘。親切で優しく美人。一歩引いて人を見守る、奥ゆかしいひととなり。徳井、魚住、胡桃と過ごす中で、一人の人間として強くなる。徳井を応援している。

神林胡桃(かんばやし・くるみ):魚住の彼女。業界屈指の神林工房の娘。7年前に実家に弟子入りしてきた魚住と出逢う。5年後から交際を始める。魚住がSNSに投稿した、菜摘とのツーショット写真を頼りに、師匠に追い出され、別れを告げるメッセージだけを残した魚住を探し、いしやま食堂へ。個展を開くほどのぬいぐるみ作家。きれいな子。

進藤勝利(しんどう・かつとし):徳井と魚住が通っていた大学の客員教授。週に一コマ建築学の講義を持っていた。家具デザイナー。建築家という方が通りがよい。その界隈では国際的な人物。魚住の大学選びの決め手。大谷とは大学時代の友人。

大谷(おおたに):進藤勝利の大学時代の友人。大阪に自身のギャラリーを構えている。工房に個展用の椅子製作を依頼。

・担当教官:大学時代に徳井と魚住の修了課題を評価した男性教授。退職間近の初老で、柔和な人柄。

親方:魚住が働いていた一流工房で世話になっていた人物。胡桃の父親。

・魚住の父:魚住の進路を否定し、強く反対。

・魚住の母:夫の言いなり。

・おばあさん:修理屋に網戸の修理を依頼。

・吉野(よしの):3年前に定年を迎え、県庁職員を退職。工房初のお客。妻に家出をされてしまい、仲直りの手立てを探す中、いしやま食堂に置かれた工房の椅子を見つける。徳井らに声をかけ、オーダーメイドの椅子を注文し、謝罪の印に贈る。その後、妻とは無事和解。

・吉野夫人:吉野邸から家出。隣県の長女の家に身を寄せている。その後、夫とは無事和解。

・穴吹サトル(あなぶき・さとる):穴吹リエの旦那。工房に、これから生まれる子どものためのファーストチェアを注文する。

・穴吹リエ(あなぶき・りえ):穴吹サトルの妻。妊娠7ヶ月目。工房に、これから生まれる子どものためのファーストチェアを注文する。

・ナントカちゃん:徳井の大学時代の彼女

 

【描かれた仕事の内容】

採寸/情報収集(お客のニーズに寄り添うため)/木取り(製材所で買ってきた大きな板材や角材などを、必要なサイズに切りわけていくこと)/クロッキー帳作製/ファーストチェア製作

 

【仕事現場のリアルな描写】

・p63 立ち込める作業場特有の空気を実感。「空っぽだった作業台に、大きさもかたちもさまざまな部材が並んでいる。床に落ちた大量の木屑が、歩くたびにふわりふわりと舞いあがり、ほの甘い気のにおいが鼻腔をくすぐった」

・p170~p171 オーダーメイドならではの情報収集。ここでは大谷に好きなように作るよう促される。→現場の雰囲気が感じられる。(魚住、大谷に対して)「大谷さんのご希望は?」(大谷、この質問に対して)「特にありません。強いていえば、おふたりの好きなように作って下さい」

・p190 世間と業界とで異なる、若さの基準値。(進藤、スカウトにおけるセリフ)「もちろん、最初からなにもかもやってくれと言うつもりはありません。おふたりはまだ若い。(中略)そういう意味でも、恵まれた環境だと思います」

 

【ハラスメント】

魚住の親方がパワハラ気味?

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

・p57 (担当教員:徳井と魚住、ふたりの学生を評価して)「きみたちは、足して二で割りたいところだな」

・p162 (胡桃:椅子製作に情熱を燃やす魚住を間近で見て)「あの顔、ずるいですよね。あんな楽しそうにされたら、帰ってこいって言えなくなっちゃう」→魚住には、東京に戻ってきてほしいという気持ちと、新しい環境で生き生きと働くことを応援したいという気持ちとがせめぎ合い、板挟み状態。

・p166 (胡桃:結局、魚住に仕事の案件を話してしまい、悔しそうに唇をかんで)「喜ぶだろうなって思ったら、がまんできなくて」

・p228 (じいちゃん:進藤のスカウトに応じるべきか否か、苦悩する徳井へ以下のように諭し、胸をたたく)「頭を使って手も動かす。両方やるから、うまいことバランスがとれる。頭と手と、あとはここだな

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩】

・p130 休火山が突然噴火するようなものだ。

・p132 それしか言葉を知らない幼児のように、彼女は繰り返した。

・p143 上等な木材を前にした職人が、さてどうやって木取りしようかと思案しているかのような、鋭いともいえる目つきだった。

・p175 駅へと続く遊歩道にクリスマスのイルミネーションがほどこされ、青い光が原色のネオンサインと張りあうかのように、せわしなく点滅している。

・p190 生徒の正答を聞いた教師のように、進藤は満足げにうなずいた。

 

【個人的な読後感】

・正反対の二人がコンビを組み、苦難と葛藤を乗り越えていく、という設定は鉄板で、人を選ばす、誰もが手に取りやすい作品である。

・家具の中でも椅子に注目し、それを作り出す職人という立場にスポットライトを当てることにより、キャラクターやストーリーの深堀に成功している。そうしたからこそ、数々の業界、業界にしがみつくことの困難性、しがみついた先の苦悩についての描写が色濃く際立っていた。

・上記のような、「仕事柄ぶつかるであろう壁」を乗り越えていく登場人物の姿も美しいが、最も特筆すべき点は、主人公が己の意思で生き方を選択した、ということだろう。それまでは、自身のとる行動の言い訳を探して生きてきた徳井であったが、最後には、自分から魚住と椅子職人を続け、工房を営む未来を選んでいる。誰に言われたからではない。徳井がそうしたいと、他人のせいにすることなく、抱えた問題に決着をつけたのだ。そして、そのきっかけをくれるのは、魚住という相棒だ。互いが互いの弱さを補完するのではなく、互いの存在があってこそ成長できる。これこそバディものの真骨頂だろう。いま一度、読者が自分自身を見つめなおす契機となることのできる、お仕事小説という枠に留まらない作品である。

 

 

 

田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その1

田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その2

田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その3

 

 

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