本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。ディスカッションの都合上、若干ネタバレを含む記述もありますが、ご容赦ください。
今回の担当は、田中綾(教員)です。
森崎 緩(ゆるか)『函館グルメ開発課の草壁君 お弁当は鮭のおにぎらず』宝島社文庫、2023年
【帯文】
生真面目新卒草壁君とおちゃめな先輩中濱さん
ふたりの距離を縮めるのはお弁当とナイショのレシピ⁉
ネット小説大賞受賞作家 “お弁当男子”シリーズ 累計8万部突破!
函館グルメが彩る お弁当×恋愛×お仕事ストーリー
https://tkj.jp/book/?cd=TD044907
【キーワード】函館/一人暮らし/弁当/オーバーツーリズム/加工品開発/SNSレシピ/ほのぼの恋愛/家族
【お仕事】水産加工会社のグルメ開発課新入社員
【主人公の雇用形態】正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他
【あらすじ】函館の水産加工会社に就職した新社会人の草壁佑樹。職場近くは飲食店が少ないので、初めてのお弁当作りに挑む。親切な女性の先輩・中濱から教わったお弁当レシピのSNSを頼りに、めきめきと腕を上げる佑樹。並行してご当地グルメの開発も進み、中濱との距離がいっそう近くなっていく。
【こんな読者層におススメ!】一人暮らしの大学生(お弁当作りのアイデアが満載!)/ほっこり優しい気持ちになりたい人々。
【作者について】
北海道函館市出身。「小説家になろう」に作品を発表。2010年、『懸想する殿下の溜息』でデビュー。2018年、『総務課の播上君のお弁当 ひとくちもらえますか?』(宝島社)と『隣の席の佐藤さん』(一二三書房)で第6回ネット小説大賞を受賞。
【出版情報】書下ろし?
【章立て】1~6話
【時代】現代。2020年代の3月末から8月下旬まで。
【場所】函館市
【語り】一人称(俺=草壁)/二人称/三人称神視点)
【初読時間】2時間以内で読める。
【お仕事小説のパターンチェック】
①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」
②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」
③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」
④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」
⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」
⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による」
【登場人物】
(主人公と、その家族)
・草壁佑樹(くさかべ・ゆうき):正社員。22歳。函館生まれ、大学で2年間札幌に住んだ以外はすべて函館。北大水産学部卒(と思われる)。釣りが趣味。釣りのSNSのアカウントは「太公望ユウキ」(p78)。新卒で函館の水産加工会社「山谷(やまたに)水産」入社、開発課に配属。酒は飲まず、冗談を言うのも苦手。待ち時間に考え事をする思慮派。
・草壁の父:電話会社勤務。正社員。電気通信主任技術者の資格あり。函館出身。単身赴任もあったが、道南地方をメインに勤務。4月から突然東京勤務となり、夫婦で東京へ。32歳で電車近くの深堀町に一軒家を構えた。
・草壁の母:翻訳家(在宅で)。函館出身。真っ赤なミニバンが愛車。現実主義者。
・辻家(のお墓):佑樹の実の母の墓。交通事故死。
(職場関係)
・中濱直(なかはま・すなお):正社員。24、5歳。水産学部卒で、草壁の2年先輩。優しい顔立ちで髪を後ろで結んでいる。150センチ前後。グルメ開発課4人のうちの1人。よく笑う。実は怖がり(p136)。五稜郭町に母と二人暮らしで、母の分も弁当作り(p234)。
・加賀(かが):正社員。開発課課長。勤続20年。ショートカットが似合う女性。函館方言。夫と中学生の息子あり(p189)。
・小野寺(おのでら):正社員。開発課。勤続12年。二児の父。ツーブロックで朗らか。釣りが好きで息子(3歳)に教えようとする。下の子は離乳食真っ最中。
(レシピ開発協力)
・播上正信(はたがみ・まさのぶ):湯の川の「小料理屋はたがみ」料理人。両親が店主。作務衣姿の男性。30歳くらい。函館のドラマロケでロケ弁担当し、出演者に気に入られて「聖地」になっている(p92,93)。以前は会社勤めだった。
・播上の両親。
・播上の妻:ショートボブで若い。笑顔が朗らか。第一子がお腹の中に。
(SNS)
・イチイさん:お弁当画像とレシピをSNSで発信。フォロワー数は4桁超え。曲げわっぱの弁当箱使用。
(その他)
・林さん夫妻:草壁家のお隣。総菜などを差し入れてくれる。
・釣りの男性:地元球団の野球帽をかぶり、佑樹を気遣う。
【描かれた仕事の内容】
「新入社員の緊張」「開発課4人のチームワーク」「恒例ジンギスカンパーティー(場所取り、買い出しなど)」「商品の企画、開発の手順と具体的な工程」「祭りでの試食会」「打ち上げ☆」
【仕事現場のリアルな描写】
「山谷水産の規模、業務(60人、水産加工品の回開発、製造、販売を行う)新入社員が1人だった」(p21)。
P22 テストキッチンの説明「ぴかぴかのステンレスでできた調理器具が揃った室内」「大きなフリーザーやスチームオーブン、真空包装機」「白衣を着て消毒をしないと入れない」。
P52~54 北海道でブリが豊漁となり、加工品販売の依頼が来たこと
P88~91 ブリの甘露煮の市場調査とアレンジレシピの開発
p111~117 商品開発の会議
P120 レトルト食品や缶詰が完成するまでの工程を一通りこなせなくてはならない。製品と同じ状態にしないと、製品の味まではわからないからねえ」
P121「開発課の仕事って、要はアイディアを美味しい形にする仕事なわけ」
P124 試作品から製造開始までの段取り
P128 社割 「社員割引をやってるんだ。加工品でも冷凍品でも従業員なら安く買えるんだけど、シマエビは季節限られているから注文期間も短くてさ」(ホッカイエビ)。
P187 試食会の後の作業
【ハラスメント】
「新入社員へのハラスメント?」p79「(5月恒例ジンパでは)新入社員が場所取りに駆り出されることが決まっているらしい。新人歓迎会も兼ねているのに当の新人が場所取りというのも理不尽な気がするが(略)」
【函館のオーバーツーリズム】
P26 「観光シーズンの日中は飲食店もコンビニもお客さんで混んで混んで『わや』」→弁当持参の必要性につながる
【印象的なセリフ(下線は引用者による)】
・p8(佑樹の尊敬する人)「両親と周の軍師呂尚(りょしょう)です」
・p105(佑樹が播上に)「へえ……栴檀(せんだん)は双葉(ふたば)より芳しというやつですね」(注・大成する人は幼少のころから優れているということ。略)播上さんは謙遜していたが、好きなことを仕事にできるというのは羨ましいし、素晴らしいと思う。/もしも俺が同じように『好き』を生業にするとしたら――釣りで生計を立てられたらいいのだが、(略)世はそれを無職と呼ぶだろう。
・p145(佑樹が中濱に)「叶わない想像よりも、現実の方が貴いと思うからです」
・p178(中濱の)「いいなあ、家族って」ラストにつながる伏線
【文芸作品としての読みどころ;直喩】
P48「(潮風が)綻び始めた桜のつぼみをもぎ取ろうとでもするように全力で吹きつける」
p136「(終業後の工場内は)さながらホラー映画の導入部のようだ」
P159「頂に王冠のように展望台を載せた山は『臥牛山』(函館山)」。
P185「(中濱が)まるでフリーズしたように目を見開いたまま止まった」
P245「思えば、俺たちも回遊魚みたいなものかもしれない」
【個人的な感想】
・優しい人ばかりが登場! 誰一人、意地悪な人物も敵も出てこない。生真面目な佑樹の一人称語りなので、佑樹自身が“悪意”に鈍感なのかもしれない。
・ミステリーテイストのグルメ小説で、「家族」をキーワードに、伏線があちこちに張り巡らされ、ラストで佑樹の出自が告げられる。両親のいる故郷への愛、こだわりは、地元志向の学生に合っているかも。
・具体的な函館観光ガイドとしてわかりやすい!
・前作『総務課の播上君のお弁当 ひとくちもらえますか?』『小料理屋の播上君のお弁当 皆さま召し上がれ』と連動するシリーズ。登場人物の関係を読み味わうのも一興。続編にも期待。