田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その3

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のM・Aさんです。

 

 

原田マハ『本日は、お日柄もよく』徳間文庫、2013年(単行本は2010年)

 

【帯文】 勇気をもらえて、泣ける本 第1位。

言葉の力を信じて67万部突破!

https://www.tokuma.jp/book/b504727.html

 

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(詳細:原田マハ公式X) https://twitter.com/haradamaha

 

【キーワード】スピーチ、コピーライター、選挙、演説

【お仕事】製菓会社(総務部業務補佐→広報戦略室)→スピーチライター

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他

【あらすじ】

製菓会社のOL二ノ宮こと葉は、幼馴染・厚志の結婚式で「言葉のプロフェッショナル」・久遠久美による鮮烈で感動的なスピーチと出会う。大きな衝撃を受けたこと葉はすぐに久美に弟子入りし、言葉の修行を始める。同僚の披露宴でのスピーチ、会社のブランディングプロジェクトへの参加、大手広告代理店の実力派コピーライター・和田との出会いなどを経験し成長していったこと葉は、父の遺志を継いで初めて衆院選に出馬する厚志を手伝うことになったのだった。

【こんな読者層におススメ!】安定した職に就いている人、ことばに関わる仕事に興味がある人、話すことが苦手な人

【作者について】1962年、東京都生まれ。関西学院大学文学部日本文学科、早稲田大学第二文学部美術史科卒業。伊藤忠商事株式会社、森ビル森美術館設立準備室、ニューヨーク近代美術館勤務を経て、2002年フリーのキュレーター、カルチャーライターとなる。2005年『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞し、2006年作家デビュー。2012年『楽園のカンヴァス』で第25回山本周五郎賞を受賞。2017年『リーチ先生』で第36回新田次郎文学賞を受賞。

https://www.haradamaha.com/profile/(原田マハ公式ウェブサイト)

 

【出版情報】『本日は、お日柄もよく』徳間書店、2010年。⇒2013年、徳間文庫で文庫化

【時代】2008~2009年(p225、368 バラク・オバマが大統領就任)

【場所】神奈川県鎌倉市(地元)⇒東京都渋谷区(製菓会社)⇒東京都千代田区(久遠事務所)

【章立て】特になし

【語り】一人称(私=こと葉)/二人称/三人称

【初読時間】2時間半程度

【お仕事小説のパターンチェック】希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO(ライバルは現れるが仕事のモチベーションとなる)/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他」

④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による(仕事内容が特殊なため、あまり身近には感じられないかもしれない。)

 

【登場人物】主要な人物は赤字

(主人公と、その家族)

二ノ宮こと葉(にのみや・ことは):日本を代表する老舗の製菓会社「トウタカ製菓」の社員。のちに辞職して久美のもとでスピーチライターとなる。27歳で独身。明るく朗らかで、一度思い込んだことにはまっすぐ突き進む。感情に敏感である。記憶力が良い(p55)。両親、兄、祖母が健在で、特に不自由なく育った(p251)。

・キク代:こと葉の祖母。77歳。日本を代表する俳人。俳号は「二ノ宮驟雨(しゅうう)」。こと葉をいつも厳しくもあたたかく見守る。製菓会社を退職してスピーチライターになるということに反対すること葉の両親を影で説得する。(p252)

 

(職場関係)

久遠久美(くおん・くみ):「久遠事務所」の社長。30代後半で、「いかにもデキるふうなカッコいい」美人(p10)。留学経験がある。両親を亡くしている。言葉のプロフェッショナルの中では有名で、存在は知られているがあまり人前に姿を現すことはない。久美の仕事に興味をもった様子のこと葉にライターとしての素質を見出し、こと葉の師匠となる。

・東野高一(とうの・たかいち):「トウタカ製菓」の5代目社長。

・奈菜:こと葉の製菓会社での同僚。

・美和:こと葉の同僚。

・千華:こと葉の同僚。自身の結婚式の披露宴で、こと葉にスピーチを任せる。

 

(社外)

今川厚志(いまがわ・あつし):広告代理店「白鳳堂」の社員。こと葉の幼馴染で家族ぐるみの付き合い。21歳の恵里と職場結婚。父親を通して久美と知り合う。「民衆党」の幹事長であった父・篤郎の遺志を継ぎ、衆議院議員総選挙に立候補する。

和田日間足(わだ・かまたり):大手広告代理店「番通(ばんつう)」のコピーライター。数々の広告賞を受賞している。「トウタカ製菓」のブランディングプロジェクトにおいてチーフコンサルタントに就任したことで、こと葉と関わるようになった。自信家だが思いやりのある人物。

 

(政治家)

今川篤郎(いまがわ・あつろう):厚志の父親。民衆党元幹事長。がんで亡くなる。最後の「代表質問」の原稿を久美が作る。

・小山田次郎(おやまだ・じろう):衆議院議員。野党・「民衆党」党首。久美とこと葉に選挙対策コンサルタントを任せる。

・小早川順造(こばやかわ・じゅんぞう):衆議院議員。与党・「進展党」党首。内閣総理大臣。

・黒川常治(くろかわ・つねはる):与党・「進展党」所属。「民衆党」候補として立候補する厚志とライバルになる。

 

【描かれた仕事の内容】

・結婚式披露宴での祝辞、原稿作成(スピーカー、ライター両方を務めている)

・国会の代表質問の原稿作成

・告別式の弔辞作成

・創立記念式典スピーチ/オープニング式典スピーチ/社長令息披露宴スピーチ/町内会長挨拶の原稿作成

・立候補者スピーチ原稿作成

・選挙コンサルタント(スピーチライターとは直接の関係なし)

 

【仕事現場のリアルな描写】

・p66 仕事内容:「スピーチライターっていっても、原稿全部を書くわけじゃないの」

・p77 「スピーチとは? という基本から、原稿の書き方、発声方法、パフォーマンス、そして服の選び方まで教えてもらうことになってしまったんだけど。」

・p81 実際にスピーチをするときのコツ:「壇上に上がってすぐに始めずに、五秒間隔で静かになるのを待つ。」「無駄な枕詞は極力避ける。いきなりエピソードから始めてもいい。結論を先に言ってしまってもいい。」p82「トップバッターは避けよ。」p93「タイムキーパーをつけよ。」

・p103 OLとしての仕事:「簡単なパソコン入力やコピー取り、お客様へのお茶出し、新商品のサンプルの社内配布。」

・p119 人事異動:「広報戦略室へ異動になったよ。社長からのご指名で」⇒会社のブランディングプロジェクトに参加

・p141 ライバル会社との競合:「実は白鳳堂と番通がこのプロジェクトを巡って競っていた」⇒担当案件をライバル社に奪われ、会社内で立場を悪くする

・p176 「念のためレコーダーと筆記用具を準備していったのだが、久美さんは、一切記録を残さないように、と言う。政治家のチームにスピーチライターが存在すること葉なんら悪ではないが、介在していないように見せるほうが効果的だから、と。」

 

【ハラスメント】

特になし。嫌味な人間もほとんど登場しない。

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

・p134 (こと葉)「言葉っていうのは、魔物だ。人を傷つけも、励ましもする。本やネットを目で追うよりも、話せばなおのこと、生きた力をみなぎらせる。(中略)私はすでに、この魔物に取りつかれてしまったんじゃないか。そんな気がする。」

・p252 (キク代、こと葉の転職に反対する両親に向かって)「安定した仕事で幸せになるのもいい。けれど、人を感動させ、幸せにする仕事に就けるのはもっといい」

・p322(久美、選挙イベント直前のアクシデントで動揺すること葉に向かって)「困難に向かい合ったとき、もうだめだ、と思ったとき、想像してみるといい。三時間後の君、涙がとまっている。二十四時間後の君、涙は乾いている。二日後の君、顔を上げている。三日後の君、歩き出している。

・p333(久美)「ほんとうに弱っている人には、誰かがただそばにいて抱きしめるだけで、幾戦の言葉の代わりになる。そして、本当に歩き出そうとしている人には、誰かにかけてもらった言葉が何よりの励みになるんだな、って」

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩】

・p9 シロクマに襲われた瀕死のアザラシのような声を出した。

・p59 まるで、和尚さんの説教を聞く小僧みたいだ。

・p177 まるでスポンジのように、党首の話が久美さんの中に吸収されていくのがわかった。

・p182 恋に恋して星占いにハマっているギャルみたいにも思えるけど。

・p258 緊張感のないスピーチは、炭酸の抜けたソーダみたいだ。

・p363 そして――出会った。久遠久美という、私の人生を導く灯台のような人に。

 

【個人的な読後感】

・恋愛、家族愛、友情、上司と部下の信頼関係などの人間関係がいくつも盛り込まれていて、全体を通して心温まる作品である。

・主人公の悩み、葛藤に対して周りの人物がアドバイスをくれたりサポートしてくれたりする姿が印象に残る。

・中盤から政治や選挙についての話題が中心になっていて、架空の政党や人物が多く登場するものの、制度や法、社会の実情を踏まえた描写にリアリティがある。

・スピーチライターというそれほど一般的ではない職業を通して、ことばが持つ力やことばが生まれる背景などに目を向けさせる、単なるお仕事小説にとどまらない作品である。

 

 

 

 

田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その1

田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その2

 

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