日本現代詩歌文学館「日本現代詩歌研究」第13号(2018年3月30日)
学生アルバイト短歌――「連勤」「休憩時間」という〈新しい歌語〉
田中 綾
1・常態化する「ブラックバイト」
ツカッテヤッテイルノニ【この国がウエカラ星人に侵されて】
/ハタライテヤッテイルノニ【未来が倒産しかけています】
田口もえみ
労働基準法の制定は1947年である。それから、70年という歳月が流れた。
上の総ルビの短歌(【 】部分がルビ)は、視覚的にも目を引くが、社会人6年目となる女性の作品である。学生時代はコンビニエンスストアでアルバイトをし、卒業後は、得意とする接遇を活かした職でキャリアを積んでいる。近年は短歌総合誌の新人賞に応募するなど創作活動にも意欲的で、学生時代に比べて歌の材料も幅広くなったことは、さまざまな職業経験のたまものだろう。現在子育て中ということもあり、右の歌のふりがな部分、「この国」の「未来」像におのずと関心がいくようだが、カタカナ書きの、使用者/労働者の意識の分断にも鋭く言及した点を注視したい。
労働者の中でも、本稿では、「学生アルバイト」について考察する。学生(ここでは大学生に限定する)は、大学では学業を修める存在であるが、アルバイト先では、労働契約を結び、労働法のルールすべてが適用される〈労働者〉でもあるからだ。
そうした中、コンビニエンスストアや外食産業、個別学習塾などでアルバイトをする学生たちが、労働法のルールなど無視したような過重労働に苦しんでいることが社会問題となり、現在でも依然、問題視されている。
学生アルバイトという存在は、とくに1990年以降、第三次産業を支える重要な担い手となっている。業務内容がマニュアル化されており、高校生や大学生でも短い研修期間で基本的な内容をマスターでき、逆に言えば、そういったアルバイト労働力に依存しなければ、もはや第三次産業は成り立たないのである。
しかしながら、労働法のルールに無自覚な学生は過重労働を迫られ、その事態を象徴する「ブラックバイト」という語も登場した。「ブラックバイト」とは、2013年に、中京大学の大内裕和教授が提唱した新語である。もちろん、それ以前に、今野晴貴の著書『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』(文春新書、2012年)が刊行されており、「ブラック企業」という語は2013年の「ユーキャン新語・流行語大賞」にもノミネートされるほど認知度が高まった。それをもととして「ブラックバイト」という新語も登場したわけだが、アルバイトを理由に大学の授業を欠席したり、疲労のためか学業に集中できず、留年や休学につながるという事態も少なからず見られている。学業に支障をきたすほどのアルバイトの状況は、教育現場でも等閑視できない問題であり、2016年には、早稲田大学が学生部学生生活課と協力して『ブラックバイト対処マニュアル』(石田眞・竹内寿監修、早稲田大学出版部)を刊行し、他大学でも参考にしているところである。
大学生だけではなく、高校生への具体的な実践教育も盛り込んだ『ブラック企業に負けない! 学校で労働法・労働組合を学ぶ』(井沼淳一郎・川村雅則・笹山尚人・首藤広道・角谷信一・中嶌聡共著、きょういくネット、2014年)も刊行され、おそらくは、今後も教育現場での切実な課題であり続けるだろう。
当の学生自身も「ブラックバイト」から自らを守るため、2013年には東京で「首都圏学生ユニオン」が結成され、北海道でも「札幌学生ユニオン」が2014年に結成されるなど、各地でその切実な課題に向き合いはじめたところである(注(1))。ワークルールの遵守を学生自身が呼び掛け、友人たちと自主的に情報共有することは、彼ら/彼女らの今後のキャリア形成にも有益なものとなるだろう。
2・身近な歌語としての「コンビニエンスストア」
では、具体的に、学生たちはどのような業種でアルバイトをしているのだろうか。
2015年、厚生労働省が大学生約1000人を対象に実施したアルバイトの業種別アンケートによると、「コンビニエンスストア」が15.5%、「学習塾(個別指導)」が14.5%、「スーパーマーケット」が11.4%、「居酒屋」が11.3%であったという。他方、今野晴貴が共同代表をつとめる「ブラック企業対策プロジェクト」がその前年に実施した、約4700人による調査では、居酒屋やファストフード店、チェーンのコーヒー店以外の「その他のチェーンの飲食店」が29.3%と最多であり、ついで「居酒屋」、「学習塾・家庭教師」、「その他小売(パン屋・弁当屋など)」と続き、「コンビニエンスストア」は15.0%と、5番目に多い数となっていた(注(2))。
いずれにせよ、上位に「コンビニエンスストア(以下、「コンビニ」の略称を使用する)」でのアルバイトがあり、かつ、1990年代から、コンビニが日本の一風景と言えるほど浸透していることは実感するところだろう。オフィス街だけではなく、大学の周辺や駅構内、近年では病院内にもコンビニが出店し、コンビニの売上高は、すでに百貨店を超えていると聞く。
そこで、その身近な「コンビニ」という語をふりがなとするような漢字熟語を、学生たちに創作してもらうという試みを行った。筆者は、勤務先である大学の専門科目「日本文学特論Ⅱ(旧カリキュラムの科目名は「創作論」)」で、2012年から短歌創作の授業を担当している。一部(昼間部)と二部(夜間部)ともに開講しており、一部が70人程度、二部では40人程度の受講生がおり、毎年、授業の最終日に合同歌集も刊行している。数年間、「新しい歌語」というテーマで、ふりがな「コンビニ」にあてはまる漢字熟語を考えてもらい、それを取り入れた短歌の創作も課したが、ふりがなこそがむしろ〈本文〉という表記法は、江戸時代の戯作からの伝統である。進藤咲子「三遊亭円朝の語彙――『怪談牡丹灯籠』」によると、戯作の伝統を踏まえて、三遊亭円朝の落語を速記で活字化した『怪談牡丹灯籠』(1884年)には、「誘【いざ】」「お饒舌【しゃべり】」「二価【かけね】」「白眼【にら】む」ほか多数の用例があり、読者は「漢字と振りがなの合併した表現をおもしろく読んだ」という(注(3))。日本の近代小説の先駆けと言われる二葉亭四迷の『浮雲』(1887~89年)にもそういったふりがなの用例が散見され、修辞学では、「添義法」(意味を倍加させる効果のある手法)と言う。
では、学生たちによるふりがな「コンビニ」の熟語を見てみよう(熟語のあとの【 】はルビ)。これらは、後述するが、北海学園大学経済学部川村雅則ゼミナールによる『学生アルバイト白書2015』に収録されたものの一部でもある(注(4))。
あれが欲しいこれが欲しいという夢を叶えてくれる不思議な猫型機械之四次元袋【コンビニ】 S・S
色彩があふれ乱るる散立現代美術館【コンビニ】でじっと買い手を待つ彫刻たち I・K
俺は泣く 泣く 流れ着く機能的大衆業務用品店【コンビニ】へむかえいれられその温に泣く M・A
趣味悪店【コンビニ】の全てが嫌い大嫌い陳腐な歌も置いてあるものも T・Y
0時発不眠駅【コンビニ】行きの自転車は大雨のため運休中です K・H
深夜2時外を眺めて永遠輝建物【コンビニ】の光が主張暗闇の中 S・M
暗闇にぽつんと浮かぶ提灯鮟鱇【コンビニ】は僕のかわりにお金を飲み込む A・Y
近便利【コンビニ】へ夏夜に向かうそれは危険なぜならそこは夏蛾溜場【コンビニ】だから K・K
久々に寄った帰宅学生吸収装置【コンビニ】君がいて普段飲まない君の好物【コーヒー】を買う T・Y
旅行先いつもと同じ全国展開【コンビニ】ではじめて見るもの「やっと会えたね」 T・K
品揃えが多く、毎月のように新商品やオリジナル商品が陳列されるコンビニは、ドラえもんさながらの「猫型機械之四次元袋」。彩りゆたかな商品を「彫刻」に喩え、「散立現代美術館」と把握した学生の柔軟な思考にも思わず膝を打つ。とはいえ、商品はどうしても売れ筋中心になるため、「機能的大衆業務用品店」や「趣味悪店」と辛口の評価がなされることもあるのだろう。
深夜でも煌々と光を放つ店舗は、まさに「不眠駅」「永遠輝建物」「提灯鮟鱇」にあてはまり、暗い夜道を歩かなければならない女子学生にとっては、避難場所のような空間にもなっている。また、急にお手洗いに行きたくなった時の「近便利」な場所でもあるが、夏の夜は「夏蛾溜場」にもなる。ちなみに、蛾や虫の除去や清掃は、深夜アルバイトの仕事にもなり、負担増に音を上げる学生も少なくないようだ。「帰宅学生吸収装置」の「学生」は、「勤め人」に置き換えても使えそうな発想であり、普遍性がある。
最後に引用した歌の「全国展開」は、コンビニが直営店とフランチャイズ店で全国展開されているために、「ブラックバイト」を生み出す遠因にもなっている事実を言い当てていよう。
さて、そんな学生たちが、まさにコンビニでアルバイトをしている光景を引いてみよう。
同級生再会場【コンビニ】でこちらにニヤニヤあの店員お前ここでバイトしてたのか K・T
お客様良い人いれば逆もいる。上から目線が蔓延る無法地帯【コンビニ】 M・Y
日本之闇【コンビニ】でちょびっとほぼ無償奉仕【バイト】した時にゃ義務もないのにノルマ【おでん】買わされ K・S
「無愛想。」周りはみんなそう言うが「俺がいなきゃ…」と日本人生命線【コンビニ】店員 T・H
社畜製造工場【コンビニ】で働く二部の学生よ単位を投げて体に鞭打ち T・K
一首目の「同級生再会場」は、偶然にも、なつかしい同級生がアルバイトをしているコンビニに立ち寄ったというものだろう。旧友とのうれしい「再会」であればまだ良いが、長時間の立ち読み客やクレーマー、また、万引き客もいることから、二首目のように「無法地帯」という四字熟語をあてたものもあった。
三首目は、「ブラックバイト」そのものの歌である。サービス残業のほか、「ノルマ」のように商品を自腹買い取りさせられる「日本之闇」に疑問を持ち、作者は試用期間中に退職を願い出たと聞く。けれども、学費をみずからのアルバイトでまかなう学生としては、「日本之闇」にうすうす勘付きながらも、我慢して働き続ける例も少なくない。「俺がいなきゃ…」という責任感も生まれ、コンビニそのものを「日本人生命線」と、ライフラインとしてとらえる発想も生まれるが、同時に「社畜製造工場」という発想にもいたっているのだった。
3・「学生アルバイト短歌」
前章ではコンビニのイメージ、そして実際にコンビニでアルバイトをする/した学生の短歌を挙げたが、現在の学生たちは、さまざまな理由からアルバイトと学業とを並行させて生活している。その一例として、札幌市にある私立大学の学生の現状を取り上げたい。
創立132年目となる北海学園大学には、一部と二部合わせて約8200人の学生が在籍している。その約半数が回答した「2015年度学生生活実態調査報告書」(注(5))(回収率46.2%)によると、約八割の学生が、短期・長期にかかわらず、何らかのアルバイトで収入を得ていると答えていた。自宅生以外で、仕送りなしの生活をしている学生は、長時間のアルバイトに従事しながら大学生活を送っていることも少なくなく、とくに二部(夜間部)では、アルバイト収入が「9万円以上」と答えた学生が13.9%もおり、学生であるとともに、長時間労働の担い手でもあることがうかがえた。
同大経済学部の川村雅則ゼミでは、2011年度から『学生アルバイト白書』を毎年発行しており、近年では学内に限らず他大学の学生にもアンケート調査を行い、より綿密なアルバイトの実態を塑像している。筆者も、前述の「日本文学特論Ⅱ」という授業で、アルバイト体験をテーマの一つとしており、2015年度からはアルバイトの業種と、それが「現在」の体験か「過去」の体験かも具体的に記述してもらっている。川村雅則ゼミの『学生アルバイト白書2016』に、それらアルバイト短歌も掲載されており、全文インターネット公開もされているので、関心のある方はご覧いただきたい(注(6))。本稿では、ここ数年のアルバイト短歌を引用してみる(注(7))。
除夜の鐘今年も君とともに聞くコンビニのはし落書きの顔 T・S 〔コンビニ/現在〕
給油するお出かけ前のお客さん俺も一緒に乗せていってくれ‼ Y・K 〔ガソリンスタンド/現在〕
テスト前の塾生殺す気かよ塾長インフルエンザ感染者【パンデミックも辞さない姿勢】に出勤強要 K・R 〔塾講師/過去〕
友人と話していても言いそうな「そしたら一緒に考えようか?」 Y・A 〔塾講師/現在〕
マネキンはしょせんマネキンにこにことビールかけられブラが透けても O・H 〔派遣(試食マネキン)/現在〕
一番の敵は同僚正社員 理不尽クレームよりも許せぬ。 G・N 〔職種未記入/現在〕
のこされたシャリとわたしかえりたい魚といっしょに海にかえりたい I・S 〔お寿司屋店員/現在〕
その人の朝が始まる一瞬を僕が担おう良い挨拶で K・R 〔スポーツクラブ・フロント/現在〕
「汚しちゃった、ごめん」の言葉で救われるお客さん【あなた】の笑顔プライスレス S・M 〔ラーメン店/現在〕
「質問の返事は明日に教えるね」勤務時間内涙が出そう【これぞホワイト】 H・S 〔コールセンター/現在〕
一首目、年末年始のコンビニやスーパーのレジなどは、ベテランのパートが休みをとることが多く、実質、学生アルバイトで回していると聞く。二首目のガソリンスタンドは、タイヤ交換などの繁忙期にはトイレ休憩さえままならないそうで、「俺も一緒に乗せていってくれ‼」という叫びにはリアリティがある。個別指導などの塾講師は、教職を目指す学生にとっては経験値を増やせる場ではあるが、今野晴貴(2016)にも例があるように(注(8))、塾長から他の教室のヘルプを乞われ、体調がすぐれないときでも突然出勤を「強要」されて戸惑うことがあるそうだ。
短期アルバイトのため、派遣会社に登録する学生もいるが、五首目のようなスーパー等での試食サービスで、客の理不尽な扱いに遭う場合もある。けれども六首目、客ではなく「正社員」から理不尽な対応を受けることは、たとえ作者の主観が入っているとはいえ、今後の社会人生活にも影を落とすものとなるだろう。
この短歌創作の授業では、あくまで「アルバイト体験」を作品化するのであって、「ブラックバイト」ばかりが歌われているわけではない。たとえば七首目は、「かえりたい」がリフレインされた印象的な短歌だが、外食産業で食材の廃棄現場を目の当たりにし、社会構造への問題意識を抱いたという例である。八~十首目は、働き甲斐を感じた瞬間が前向きに表現されており、読む側も、おのずと励まされる。最後のコールセンターの歌は、「質問」すら許されなかった前職に比べ、先輩や同僚との良好な関係の中で自身の成長を感じたという内容で、アルバイトばかりではなく、あらゆる労働者に伝えたい内容と思う。
4・新しい歌語としての「連勤」「サビ残」
さて、1章で紹介した早稲田大学出版部の『ブラックバイト対処マニュアル』の「ブラックバイト・チェックシート」には、八項目が記されている。その二つ目の項目は、「労働時間に関するトラブル」である(注(9))。「希望していた日・時間を無視したシフトを組まれる」「労働時間が決められているにもかかわらず、定時になっても帰れない」――同書ではこの二点について、労働契約違反や「36協定」などの説明がわかりやすく解説されているが、実際にそういう「トラブル」に学生たちが巻き込まれている事実を、短歌で確認してみよう。
あらかじめ週三希望伝えても気づいたときには五連勤、だな T・F 〔ラーメン屋/現在〕
どうしてだ? 契約週六だったのに数えてみれば連勤八日目 T・S 〔アパレル/過去〕
休みの日確認したら電話が来 明日来れる? はい四連勤 S・H 〔飲食店/現在〕
春休み長期休暇遊べない休みをください 二十連勤 I・S 〔営業(書籍販売)/過去〕
年の瀬に何を思っていたのやら食パン在庫に山のよう店長年越しパン、何斤? ちなみに俺は六連勤。
M・T 〔コンビニ/過去〕
シフトは、二週間前から一カ月前に組まれることが多いようだが、他のアルバイトやパートの病欠、また繁忙期などでは、希望通りの日数が揺らぐことがあるのだ。「明日来れる?」という店長からの電話に、上下関係ゆえ、反射的に「はい」と応じる学生の心理も想像できるところである。労働契約違反は、もはや常態化しているということだろうか。五首目は極端な字余りの歌だが、店長が疲労のあまり発注しすぎたパン「何斤」と、店長及び自身の「軟禁(なんきん)」とを掛け、「六連勤」の辛さを強調したものという。
「五連勤」「連勤八日」「四連勤」「二十連勤」「六連勤」――これを「新しい歌語」と定義づけるのは本意ではないのだが、学生アルバイト、ことに「ブラックバイト」問題を考えるうえでは、「連勤」を、まさに新しい歌語として提示しなくてはならないのが現実なのである。
次の一首は、「定時になっても帰れない」例である。
一回り上の上司にエースだとゴマすり頼られ今日もサビ残 K・N 〔ゲームソフト会社/現在〕
出勤は三十分前休憩は特にない上残業はある O・Y 〔コンビニ夜勤/過去〕
サービス残業を略した語が、「サビ残」である。二首目には「サービス」の語はないが、「三十分前」出勤については、おそらくはタイムカードの記録さえもないのだろう。
「サビ残(サビザン)」という語が、「連勤(レンキン)」と同じく、軽快な印象を与える撥音(ン)を含んだ日本語であることに、背を正される。リズム感のある、語感だけは良いこれら四文字は、いずれも「ブラックバイト」を象徴する新しい歌語として立ち現れているのである。
5・新しい歌語としての「休憩時間」
「ブラックバイト・チェックシート」の三つ目の項目は、「休憩・休暇に関するトラブル」である(注(10))。「店が忙しくて休憩が取れない」「有給休暇を申請したが、『アルバイトにはない』と言われた」。
ではまず、「休憩」に関する労働基準法の条文を確認しておこう。
第三四条 使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四五分、八時間を超える場合において
は少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。
2 前項の休憩時間は、一斉に与えなければならない。ただし、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働
組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の
過半数を代表する者との書面による協定があるときは、この限りでない。
3 使用者は、第一項の休憩時間を自由に利用させなければならない。
労働基準法は、アルバイトやパートなど非正規労働者にも適用される法律である。同法第三九条にも、六カ月間継続勤務し、すべての労働日の八割以上を出勤した労働者には「有給休暇」の権利が認められており、これも学生アルバイトにも適用されるものである。
しかしながら、学生にこれらの条文を示すと、一様に彼ら/彼女らは驚くのである。「え? 休憩なんてもらっていません」「バイトでも有給休暇【ゆうきゅう】とれるんですか? 店長や先輩から教わっていません」という声もあがり、ワークルールを知らないまま、労働市場では、貴重な労働力・担い手として働き続けていることがうかがえる。
「休憩時間」という概念そのもの、また、その休憩時間は、本来「自由に利用」できるものであるということを、本稿では、二つ目の「新しい歌語」として提示しておきたい。
一時間? 数えてみたら十時間私の休憩誰が食べたの Y・S 〔派遣/現在〕
接客で笑顔ふりまき顔ケイレン休憩なしのノンストップ【八時間】 M・S 〔ラーメン屋/過去〕
休憩は書面で存在してるけど本当は全然もらっていない K・Y 〔ホテルの客室清掃員/現在〕
一時間【ギリギリ】の休憩時間は昼の時間家に帰って家族とご飯 N・A 〔スーパーマーケット(レジ)/現在〕
休憩はありがたいけど けど、でもね 早くわが家に帰りたい…… T・R 〔接客業(カラオケ)/現在〕
使用者は、「八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間」を与えなければならないはずだが、一首目ではその休憩時間がバクか何かに「食べ」られてしまったようで、「十時間」という長時間労働になってしまっている。二首目は、おそらく少人数で調理から接客までをこなすため、店の責任者自身も「ノンストップ」で働き続けているのではないだろうか。三首目は、「書面」で労働条件を明示しているものの、その契約が必ずしも守られていないことを伝えている。
四首目では、「一時間」の休憩時間はきちんと与えられており、自宅に近い店舗なのだろう、「家族」との食事の時間を持つことができている。先に引いた労働基準法第三四条「3」に書かれているように、本来、休憩時間は自由に利用できるものであり、外出してこのように自宅で食事をしてもかまわないのである。五首目も、休憩時間は与えられているが、カラオケ店は時間帯によって客足が途絶えることもあり、そういう場合には、店舗に拘束されず「わが家」でゆっくり心身を休ませたいとも感じているようだ。
「休憩時間」という概念を新しい歌語として提示したが、2章の「コンビニ」の現場では、慢性的な人手不足のため、物理的に休憩時間がとれないという悩みがあるそうだ。
前述の川村ゼミによる『学生アルバイト白書2015』の第3章は、「コンビニアルバイト調査」であり、現在と過去にコンビニでアルバイトをした73人からの回答が分析されている(注(11))。それによると、勤務期間は「半年以上」が約六割で、一カ月の勤務日数では「10~14日」が五割超。また、一カ月の平均収入は「4~5万円」が最も多く、約半数の学生がそのアルバイト収入を「生活費」にあてていることが示されている。
注目すべき点は、「仕事上のトラブル経験、悩み・不満の有無(複数回答可)」という質問項目である。最も多かった回答が「人手が不足している」であり、現在アルバイト中の学生では「52.5%」、過去に経験した学生でも「33.3%」が、「悩み・不満」として答えていたのだった。
次の一首は、自分のシフトが終わっても次の人員がいないため、休憩もとれず、物理的に超過勤務になってしまうという悲鳴である。
労働【リレー】終え次の走者【シフト】へバトンパスされどもいない、次のランナー Y・K 〔コンビニ/現在・過去〕
直接「休憩」の語は使われていないが、次のシフトの「ランナー」=バイト店員がいないために、「バトン」を手渡すことができないのだ。「労働」のふりがなとして「リレー」を用いた発想が巧みだが、次の走者にきちんと「バトンパス」ができる労働環境を整えるには、どのような方法が有効なのだろうか。
6・学生から見た「店長」「正社員」像
数年間の学生アルバイト短歌を眺めると、慢性的な人手不足のため、学生自身だけではなく、同僚や先輩、正社員、さらには店長ら使用者すら超過勤務を余儀なくされているという現実をも見せつけられる。
村田紗耶香の第155回芥川賞受賞作『コンビニ人間』(単行本もあるが、ここでは「文藝春秋」2016年9月号から引用する)は、タイトル通りコンビニでの労働現場が詳細に描かれて話題となったが、とりわけ、「店長」の立場についての言及にリアリティがあった。一人称「私」の語り手は、古倉恵子という36歳のアルバイト店員である。
夜勤が足りないせいでこのところ店長は夜勤にまわっており、昼の間は私と同世代のパートの女性の泉さんが
社員のようになって、店をまわしている。(409頁)
店長は30歳の男性で、常にきびきびとしている。口は悪いが働き者の、この店では8人目の店長だ。
2人目の店長はサボり癖があり、4人目の店長は真面目で掃除好きで、6人目の店長は癖のある人で嫌われ、
夕勤が全員一気に辞めるというトラブルになった。(426頁)
店長は寝不足なのか、顔色が悪い。
私は店のコンピューターを操作し、発注を始めた。
「夜勤はどうですか? 人、集まりそうですか?」
「いやー、駄目だねー。一人面接来たけど、落としちゃったよ(略)」(445頁)
全国展開のコンビニの店長には異動もあり、長時間営業の場であるため、夜勤などアルバイトを補充できない場合は自らが出勤しているという。そのシフトの事情や、「名ばかり」店長の存在は、アルバイトの学生たちもむしろ熟知している。
名ばかりの責任者だねいつも思うあなたの本性みんな知ってる S・T 〔喫茶店/現在〕
場所はファッションビルにある喫茶店である。店長は同ビル内の二店舗を掛け持ちしており、ほかは長時間アルバイト数人でまわすという、きつい環境でもあるらしい。「あなたの本性」が「名ばかりの責任者」であることをバイト仲間も当然知っている。当時、作者はそろそろアルバイトを辞める時期でもあったため、正社員の苦悩を「本性」と表現したようだ。
社員さん早く帰ってあなた昨日二十二時半退勤【遅番出勤】今日は七時【朝一】 T・T〔中古屋/現在〕
店長ではないが、「社員さん」=正社員が、昨日は遅番で「二十二時半退勤」だったにもかかわらず、今朝は「朝一」の「七時」出勤となると、インターバルは8時間余あるとはいえ、十分な睡眠や休息などとれていないまま勤務していることになる。厚生労働省は現在、勤務の間を「9時間以上11時間未満」または「11時間以上」確保できるような「勤務間インターバル制度(注(12))」の導入を進めてはいるが、アルバイトの学生が「社員さん」の超過勤務を案ずるような労働市場のゆがみは、今後もやはり存在し続けるのだろうか。
7・労働基準法を短歌に「翻訳」する試み
かつて、「過労死(karoshi)」もまさに「新しい歌語」であり、すでに世界の辞書にも載っている。「連勤」や「サビ残」、「名ばかり店長」、「社員さん早く帰って」が世界の辞書に載る前に、ささやかな一方法を、最後に提案してみたい。
前述の授業で、2016年度から、労働基準法の条文を短歌形式に「翻訳」するという試みを続けている。これまで、「第二条(労働条件の決定)」、「第五条(強制労働の禁止)」、「第十五条(労働条件の明示)」、「第三四条(休憩)」を学生たちに短歌に「翻訳」させ、ワークルールの説明も加えているところである。今後も続けてゆくつもりだが、学生による「第十五条」翻訳短歌を列挙しておこう。
(労働条件の明示) 第十五条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
2 前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
3 (略)
店の長【おさ】なら紙の一枚くれたっていいじゃないのいざ明示せよ K・M
いい笑顔いい言葉に高給料でも白い紙に書かれていない F・T
「サインして」するのはいいがその書類いつになったら僕にくれるのか K・S
とりあえずここにサインよろしくね ちょっと待ってまだ読んでるじゃん S・K
「聞いてません。」「書面読んだの?」「読んでません。」(そういや書面、もらってねぇや…) U・T
給与出た明細くださいえっないの? ネットで見るのね最初に言って F・S
十三時契約書には書いてたがあれは嘘だ十一時から M・T
契約の紙に書かれた好待遇これは建前? それともホント? Y・K
契約書? そんなのあったかとふと思うそうして過ぎた、はや三年 S・M
電車代自腹で通うバイト先タウンワークに交通費あり T・K
やくそくと違いますので帰りますあなたの金で帰りますので H・Y
「このバイトもうやめます」と伝えても「君がいなくちゃ…」こういうときだけ S・M
「やれるよね?」冷たい笑顔断れず会社【あなた】にとっちゃ俺は社畜【ペット】か O・S
ウソをつけ! 休みを寄こせ! 給料も! 募集要項全部噓かよ…… H・K
オイオイオイサービス残業ムリムリムリこんなところヤメテヤラァ F・T
あれあれれ? 話が違うぞオイ店長。時計の短針坂下り中 O・A
企業はねだまっています損だから確認しましょう基準法を K・A
今日の若年層は、正規雇用/非正規雇用にかかわらず、また性別にもかかわらず、何らかの労働者として生涯を送るはずである。だからこそ、自らが〈労働者になる〉という意識の醸成を、あらゆる場ですすめる必要があると思われる。短歌は、五七五七七という短い詩型ではあるが、アルバイトの具体的な現場をスケッチでき、難しい法律も自分たちの日常の話し言葉で「翻訳」「要約」することができる。それはまた、短歌形式の一つの可能性であることも、書きとめておきたい。
こころよく
我【われ】にはたらく仕事あれ
それを仕遂げて死なむと思ふ 石川啄木『一握の砂』
【注】
(1)2015年には「首都圏高校生ユニオン」も誕生している。しかしながら、大学生人口は全体の若年層の中では約六割に過ぎず(地域にもよるが)、働く若年層が個人でも加盟できる「青年ユニオン」との連携が必要であろう。
(2)今野晴貴『ブラックバイト――学生が危ない』岩波新書、2016年、2頁。
(3)講座日本語の語彙・第六巻『近代の語彙』明治書院、1982年、127~147頁。
(4)『北海学園大学学生アルバイト白書2015』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/15.12labour
(5)http://hgu.jp/pdf/h28/studentlife_report2016.pdf
(6)川村雅則ゼミナール『北海学園大学学生アルバイト白書2016』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/16.12labour
同『北海学園大学学生アルバイト白書2014』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/14.12labour
同『北海学園大学学生アルバイト白書2013』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/13.12labour
同『北海学園大学学生アルバイト白書2012』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/12.10labour04
同『北海学園大学学生アルバイト白書2011』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/11.12labour
(7)これらの短歌の一部は、『学生アルバイト白書2016』とともに、北海道文化放送の「みんなのテレビ」特集「ニッポンの働き方改革」(2017年1月25日放送)で紹介された。
(8)(2)の26~40頁「3 社会経験のはずが、進路を断念――塾講師の事例」参照。『北海学園大学 アルバイト白書 2016』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/16.12labour
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/16.12-2labour
『白書2015』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/15.12labour
『白書2014』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/14.12labour
『白書2013』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/13.12labour
『白書2012』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/12.10labour04
『白書2011』
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/11.12labour
『北海学園大学アルバイト白書〔心構え編〕』2015年10月号
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/15.10labour
(9)石田眞・竹内寿監修『ブラックバイト対処マニュアル』早稲田大学出版部、2016年、5頁。
(10)(9)に同じ。
(11)『北海学園大学学生アルバイト白書2015』33~45頁。
http://www.econ.hokkai-s-u.ac.jp/~masanori/15.12labour
(12)厚生労働省「勤務間インターバル」
http://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/interval/index.html
(たなか・あや 北海学園大学教授)
(関連記事)
(田中綾のその他の記事)
田中綾「碓田のぼる著『一九三○年代『教労運動』とその歌人たち』」