田中綾とゼミ生たち 「お仕事小説」ブックガイド その11

本稿は、北海学園大学人文学部田中綾ゼミ「『お仕事小説』を読む」における発表資料の一部です。

今回の担当は、3年生(2023年現在)のT・Yさんです。

 

古内一絵『風の向こうへ駆け抜けろ』小学館文庫、2017年(単行本は2014年)

 

【帯文】 「私は、勝ちたいんです!」豪華キャストでドラマ化された大人気競馬小説。読後爽快になれる、スポーツエンタメ小説決定版‼

https://www.shogakukan.co.jp/books/09406428

 

【キーワード】地方競馬/女性騎手/厩務員/話題作り

【お仕事】騎手

【主人公の雇用形態】

正職員/非正規職員/契約社員/派遣社員/アルバイト・フリーター/その他(個人事業主)

 

【あらすじ】那須塩原市にある地方競馬教養センターにおいて、二年の訓練を経て卒業した女性騎手である芦原瑞穂は、「藻屑の漂流先」と揶揄される緑川厩舎に向かうこととなる。そこは、みんなどこか問題を抱えた厩務員ばかりであり、廃業寸前である厩舎であった。そんな環境でも、騎手として懸命に努力を続ける瑞穂であるが、彼女に地方競馬と女性騎手としての問題が降りかかるのであった。

【こんな読者層におススメ!】競馬に興味がある人

【作者について】1966年生まれ。日本大学芸術学部卒業。第五回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、2011年『快晴フライング』でデビュー。そのほかの作品に『痛みの道標』、『花舞う里』、『フラダン』などがあり、『フラダン』は第63回青少年読書感想文コンクールの課題図書に選出された。

【出版情報】『風の向こうへ駆け抜けろ』小学館2014年。⇒2017年文庫化。

【時代】2012年前後(作中でJRA二歳認定競走が終了するとあるため)

【場所】栃木県那須塩原市⇒広島県鈴田市鈴田競馬場

【章立て】全21章

【語り】一人称/二人称/三人称

【初読時間】3時間程度

 

【お仕事小説のパターンチェック】

①希望の職種・部署ではなかった 「YES/NO/どちらでもない」

②当初、意地悪な人間や敵に悩まされる 「YES/NO/どちらでもない」

③「バディもの/チームもの/個人プレイもの/その他( )」

④同僚や上司に助けられる 「YES/NO/どちらでもない」

⑤最終的にやりがいや成長につながる 「YES/NO/どちらともいえない」

⑥読者を励まし、明日も働く意欲を与える 「YES/NO/どちらともいえない/読者による(瑞穂を悩ませていた内容に対して乗り越える描写があったものの、問題自体の解決には繋がっていないため)

 

【登場人物】

(主人公と、その家族)

芦原瑞穂(あしはら・みずほ):女性騎手。18歳。生まれて間もなく母を病気で亡くす。中学卒業後に全寮制の地方競馬教養センターに通い、騎手免許取得試験に合格後、緑川厩舎に所属する。父による教えが有意義なものであったと親戚を見返すためにジョッキーを志す。初戦でのコスチュームが原因で、「薔薇の騎士」というあだ名がつけられる。

・芦原一樹(あしはら・かずき):瑞穂の父。北海道の生産工場で馴致の仕事をしていた。瑞穂が馬と触れ合うきっかけを作っており、慕われていた。瑞穂が小学生の時にくも膜下出血により亡くなっている。幼い瑞穂を遺して亡くなったことで、親戚たちからは良く思われていなかった。

・瑞穂の伯父:都内の銀行に勤めており、両親を亡くした瑞穂を引き取った。瑞穂の強い要望により、渋々地方競馬教養センターに通うことを了承したが、瑞穂にはジョッキーをやめて進学することを望んでいる。

 

(緑川厩舎)

緑川光司(みどりかわ・こうじ):緑川厩舎の調教師。元々はJRAのジョッキーであり、デビュー3年目でG1を制覇したが、その後不祥事を起こしたことで引退している。競馬について無関心な態度を取っていたが、絶望的な状況でもあきらめず、努力を続ける瑞穂に感化され、瑞穂に協力的になる。

・木崎誠(きざき・まこと):失声症の厩務員であり、美少年。小学校時代に親のネグレクトを受け、傷害事件を起こし、社会福祉士の観察下にある。ホースセラピーを勧められて以降、熱心に馬の世話をするようになった。馬について、ほかの人では気づけないような細かい変化に気づくことができる。

・徳永(とくなが):「とくちゃん」と呼ばれており、関西弁で喋る。飼葉作りが上手い厩務員。愛嬌があるため、よく老齢の夫婦から旬の野菜を貰ってくる。

・蟹江(かにえ):「カニ爺」と呼ばれているベテランの厩務員、年寄扱いされると怒る。耳が悪く、女性騎手に対して偏見を持っている。

・山田源治(やまだ・げんじ)「ゲンさん」と呼ばれている酔っぱらいの厩務員。ツバキオトメに惚れ込んでいる。

 

(ジョッキー)

・池田(いけだ):鈴田のリーディングジョッキー。女性のジョッキーに対して差別的考えを持つ。

・鍋島(なべしま):年齢が50近い白髪混じりの小柄な男。鈴田最年長のベテランジョッキー。長らく鈴田のリーディングジョッキーの座を守っていた。

・御木本貴士(みきもと・たかし):競馬名門出身。ジョッキーとして非常に真面目であるが故、攻撃的な発言も少なくない。

 

(馬主)

・船井(ふない):薬局勤め。光司に頼まれ、フィッシュアイズの馬主となる。

・溝木(みぞき):溝木開発の3代目。財力で鈴田の競馬を支配する存在。コマンダーボスの馬主。

・奈保美(なほみ):ベルフォンテーヌの馬主。溝木の愛人。

 

(その他)

・大泉(おおいずみ):鈴田市競馬事業局の広報課の職員。瑞穂のダサい勝負服を用意し、ブログの運営を行っていた。

・フィッシュアイズ:魚目で顔全体に白斑が広がっている牝馬。ツバキオトメに従っている。

・ツバキオトメ:フィッシュアイズと同室の18歳の牝馬。「ゲンさん」によく懐いている。

 

【描かれた仕事の内容】

「騎手としての競馬レース(桜花賞、JRA二歳認定競走)」、「競走馬の調教(追い切りや軽い運動)」、「競走馬の世話(ボロ出し、飼葉や飲み水、寝藁の準備)」、「競走馬とのコミュニケーション」、「取材への対応」

 

【仕事現場のリアルな描写】

P58競走馬の状態のチェック「事細かく記されている馬の健康状態をチェックしながら、瑞穂は眉間にしわを寄せた。」

P64~65競争馬の調教、追い切り。

P228~231競走馬の能力試験「能力試験は競馬開催日の開門前に行われ、観客は馬主と競馬関係者だけだ。」

P242~248レースJRA二歳認定競走。

P294~296マスコミへの取材対応。

P390~402レース桜花賞。

 

【ハラスメント】

セクシャルハラスメントp71「ネエちゃん、おっぱいにお花くっつけて派手だなぁ!」

パワーハラスメントp121「わきまえろ、俺に逆らったら、鈴田では生きていけないぞ!」

 

【印象的なセリフ(下線は引用者による)】

・p293「どんなに大切にされていても、鞍上がベテランでも、予期せぬアクシデントは未然に防げない。」

・p337「体が壊れるまで走るような動物は、野生には存在しない。それでも限界まで走るように、サラブレッドは交配される。人為的に交配された血に操られ、サラブレッドたちは狂気の疾走に自らを駆り立てていく。

その姿は、競争社会に縛られた自分たちにどこか似ている。

・p338「競馬は汚い。特に地方競馬は、斜陽で、行き止まりで、どうしようもない。」

 

【文芸作品としての読みどころ;直喩、暗喩】

・p178「空中でなにかの粒子を選り分けているような、丁寧で繊細な動きだった。」

・p220「急流にのった鮎のような勢い」

・p331「畦道の上、原付バイクのエンジン音が断末魔のような悲鳴をあげる。」

・p339「身が凍るほどに寒い深夜の馬房で、涙の海に沈むほど、瑞穂は泣いて泣いて泣きつくした。」

 

【個人的な読後感】

・地方競馬というあまり開かれていない業界において、女性が活躍する難しさを改めて認識するきっかけになった。また、活躍をしている女性への強い風当たりも現状では多く存在するのであろうと予想することができる内容だった。

・ジョッキーという職業は、正職員といったような安定さは微塵もなく、すべてが自身のパフォーマンスによる収入であることがよくわかる小説であった。

・ジョッキーは、動物を調教して行う職業であり、職業自体が倫理的に正しいものなのか、そして仕事のためであればそういった倫理的問題を無視してよいのかが問われる作品である。

 

 

 

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