原田賢一「公務労働の現場から その2 ~地方分権が地方にもたらしたものは~」

公務労働の現場から その2

~地方分権が地方にもたらしたものは~

北海学園大学大学院修士課程 原田賢一

 

 

1 失われた30年

 

私が社会教育主事として自治体職員の第一歩を踏み出したのが1990年、そしてバブルの崩壊が始まったとされているのが1991年です。私は2022年3月に退職していますから、「失われた30年」を公務労働の現場で過ごしてきたということになります。

さて、国は「市町村の合併の特例に関する法律」の改正を行いながら、合併算定替の期間延長(地方交付税を合併前の自治体ごとに算定した額を下回らない期間を15年間とする)や合併特例債を新設するなどして市町村の合併を促してきました。また、1995年に公布された「地方分権推進法」を皮切りに、2011年に成立した「地方の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律(第1次一括法)」が2023年11月現在第13次まで成立しています。一連の流れの中で、国と地方の関係が主従関係から対等な関係に転換され、地方自治体の機関委任事務が廃止されて自治事務と法定受託事務に改められました。

この間、基礎自治体数は3,232から1,730へと減少するとともに、国庫補助負担金改革・税源移譲・地方交付税の見直しという「三位一体の改革」が行われてきました。さらに、総務省は2005年3月に「地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針(集中改革プラン)」を作成し、地方自治体に対して、事務事業の再編整理・民間委託等の推進・定員管理の適正化・給与の適正化などを迫ったのでした。

 

2 「補完性の原理」という呪縛にとりつかれて

 

対等な関係に改めるという国と地方自治体の関係、住民生活に近いところに権限を集約して、国はそれを補完するという地域主権の考え方など、とても聞こえの良い改革です。市町村での処理が困難な場合は都道府県が、それでも困難な場合は国が「補完」する、この「補完性の原理」は基礎自治体を最大限に尊重した考え方として一連の改革の根底をなしていたと思います。そしてそれが地方自治体の内部においても、自助・共助・公助という住民や地域団体そして行政の役割分担として位置づけられ、「まちづくり参加条例」を制定し、「協働のまちづくり」を目指すという流れにつながっていったのだと思います。

当時私は、「補完性の原理」は当然のこととして受け止めていました。主権者として、自分たちでやるべきこと、自治会町内会やNPO・企業などの団体で取り組むべきことがあり、そこでできないこと、もしくはそこで取り組むことが適当ではないと思われることを、手数料・負担金という税金を支払うことによって行政に代理執行してもらう、それが理想だと思っていました。がしかし、そこには大きな落とし穴が潜んでいました。

 

3 「三位一体の改革」と基礎自治体の取組

 

地方分権を推進するために行われた三位一体の改革は、税源移譲額以上に補助金・地方交付税が削減されてしまいました。そして、「集中改革プラン」に基づき、地方公務員数も減少の一途をたどりました。併せて地方自治体への権限移譲も行われました。

そのような状況で基礎自治体はどのような方向性に舵を切ったのでしょうか。合併を選択した自治体もあれば、あくまでも自立を目指した自治体もありました。私が勤めていた自治体では、近隣自治体との協議は行ったものの、最終的には合併を選択せずに自立の道を歩むこととなりました。

町は最初に「自立計画」を策定し、情報公開を前提に住民参加を進め、住民と行政とのパートナーシップに基づいた協働のまちづくり(住民一人ひとりが地域づくりの担い手として主体的に参加すること)を推進するための具体的な方向性を以下のとおり示しました。

 

 ⑴住民協働の推進

行政需要が多様化するなか、住民と行政が良きパートナーとして連携していくことが必要であることを前提に「補完性の原則」による住民参加・協働の推進を目指すこととしています。ここで住民に期待される活動として、ゴミの減量化や健康づくり、住宅周辺の環境美化や公募委員への参加などが挙げられています。また自治会やボランティアに期待されるものとしては、道路清掃や広場の管理、自主防災の取組、子育て支援活動やボランティア活動の組織化などが挙げられています。そして、これらの取組を促進させるための方策として、「住民意見提出制度(パブリックコメント手続)」や審議会・委員会等への公募委員の登用、情報発信の充実、指定管理者制度の導入などに取り組むこととされています。

 

 ⑵行財政改革の推進

自立のまちづくりを推進するためには、「最小の経費により最大の効果を挙げる」ことが必要であるという観点から行財政改革が行われました。①「行政組織・機構の見直し」では、役場機構を係制からグループ制へ改め、組織のスリム化・効率化を図ることとしました。②「定員管理と職員給与の見直し」では、職員数の20%削減や職員給与の見直し、職員住宅使用料の引き上げなどが盛り込まれました。③「人事管理・職員研修等の充実」では、新しい人事管理制度の検討・任期付職員の活用検討、職員自助の取組としての事務室内清掃や花壇の設置管理といったことが挙げられています。④「公共施設の管理運営の見直し」では、指定管理者制度の導入、利用者による管理、施設の統廃合などが挙げられています。⑤「事務事業の見直し」では、廃止・縮小する事業、総合的に見直しを行う事業、自助・共助を働きかける事業、拡充事業をそれぞれ列挙しています。⑥「財政構造改革の推進」では、使用料・手数料や補助金の見直し、自主財源の確保などが挙げられています。そのほか⑦「議会・委員会等の定数・報酬等の見直し」、⑧「広域行政の推進」などの項目があります。

 

 ⑶まちづくり重点事業の推進

ここでは、まちづくりを補完性の原則に基づき、行政と住民がともに「責任と役割分担」を担って推進していくことを視点として各種事業を提案しています。

 

町は以上の方向性を具現化するための基盤整備として「まちづくり参加条例」を制定することにより、①情報共有の推進、②個人情報の保護、③住民意見提出(パブリックコメント手続)制度の確立、④委員の公募、⑤会議の公開、⑥まちづくり活動への支援に取り組むこととしました。特に⑥については、管理職を除く職員を地域ごとに行政と地域をつなぐ担当者として配置する「地域担当職員制度」や、住民主体の地域づくり活動を財政面から支援する「まちづくり地域活動推進事業交付金」制度が盛り込まれ、町主催で行われていた敬老会が、交付金を活用して各自治会が主催するように見直されています。

 

4 地方分権~ちぐはぐな取り組みの現状

 

個性豊かで活力に満ちた地域社会の実現を図ることを目的として取り組みが始まった地方分権、はたして「活力に満ちた地域社会」は実現されているでしょうか。合併するにしてもしないにしてもどの自治体も私が勤めていた町のように様々な努力を積み重ねてきたはずです。しかし人口は相変わらず一極集中傾向が続き、国に焚きつけられて自治体間で移住者や税金の奪い合いが繰り広げられています。また、補助金や交付金(国との主従関係を色濃く残していますが)、そして行政職員が減らされてしまい、「協働」という格好の良い言葉を利用して行政サービスを住民に押し付けている、というのが実態ではないでしょうか。

「協働」の推進には時間と手間がかかります。「来年から敬老会は自治会でやってください、経費は補助します」と言われても、地域住民が簡単にできるものではありません。地域コミュニティが確立し、主体的な活動が日常的に行われる基盤があってこその協働です。しかし、協働のパートナーである「地域住民」の自治を支える行政のマンパワーが縮小させられました。特に地域の人材育成の視点から地域づくりに取り組むことを目的として配置されている社会教育主事の減少率は、2018年に中央教育審議会が、社会教育の意義と役割を「人づくり・つながりづくり・地域づくり」であると答申(「人口減少時代の新しい地域づくりに向けた社会教育の振興方策について」)しているにもかかわらず、一般職よりも大きくなっています。

このように、地方分権というお題目と、それを具現化するための各種施策がちぐはぐであり、結果として地域の疲弊に拍車をかけてしまったのではないかと考えます。結局のところ、地方分権とは、地方自治の本旨である「住民自治」や「団体自治」を確立するためではなく、国の地方への歳出削減と、権限移譲という名の責任転嫁(自己責任)であったと認識せざるを得ません。

 

5 地方自治体が抱えている喫緊の課題

 

地方公務員数は近年若干の増加傾向にあります、また指定管理者制度を見直して行政直営に戻すという動きもあるようです。このような中、各自治体では協働のまちづくりに端を発した主体的な地域(自治会等)活動を推進する人材のみならず、日常の暮らしを支える多くの業務における人材不足が深刻化を増しています。

2023年9月には、学校や官公庁の給食を請け負っている企業が、業務を停止するという事案が本州で発生しました。また、地方のみならず札幌市においても路線バスの運転手不足により減便や路線の廃止が行われています。さらに、働き方改革による運輸サービスの担い手不足や、医療従事者の地方からの引き上げといったこともすでに問題となっているところです。

そして地方公務員に目を向けてみると、土木・建築技師や保健師、保育士、教員といった専門職の欠員が慢性化しつつあるだけではなく、一般職においても採用予定人数を充足することができない自治体が急増しています。これでは住民の暮らしを守り、持続可能な地域づくりを推進することができなくなってしまいます。

一方、これらの状況があるにもかかわらず、基礎自治体が必要とするマンパワーの数は実はこれまで以上に増えています。私が長年従事してきた教育現場においても、特別支援教育支援員・地域学校協働活動推進員・教員業務支援員といった新たなスタッフ(すべて非正規雇用ですが)の配置が制度化されましたが、人材確保には苦慮していました。

このほか、自治会などの地域に対しても多くのことが求められています。前述したとおり、「補完性の原理」によって地域で主体的に取り組むべき事項が増大しているだけではなく、学校教育現場で新たに取り組まれている、「学校運営協議会」制度への地域の参画や、教職員の働き方改革に端を発した「部活動の地域移行」に伴う受け皿としての役割も期待されています。

以上のように、地方行政のみならず、地域(自治会や企業等)においても、期待される役割が大きくなっています。にもかかわらず、絶対的なマンパワー(数としても主権者としての主体性という観点からも)が不足しているという現状と課題があります。地方自治を発展推進するためのすばらしい制度や支援方策を確立したとしても、それを担うマンパワー確保への投資をケチっては機能させることができないと思います。このままでは、近い将来、学校給食やスクールバスが停止し、現職の行政職員や教職員が疲弊し退職者が一層増え、授業や部活動、一部の行政サービスを提供することができなくなるかもしれません。そして、地域コミュニティの再生どころか、人と人とのつながりが一層希薄化し、震災などの緊急時における共助も機能しなくなるかもしれません。

と、課題が山積する中で悲観的な未来ばかりを想像してしまいましたが、決してそれを回避する方策がないわけではないと思います。地方自治制度や地方財政制度という大きな課題はありますが、内発的な地域づくりの「しくみ」を住民と行政が協働でつくり上げていき、それを生業として推進していける人材の育成を官民協働で取り組むことが、持続可能な地域づくりの一助になるのではないかと考えます。中山間地域では、業務外においても公務員の存在は大きなものがあります。本気で「協働」に取り組み、持続可能な地域づくりを目指すのであれば、公務員の確保と同時に、協働のパートナーである「地域住民の自治」確立に向けた人材育成に注力することが大事だと考えます。その点に関する具体的な方向性や施策については、これからの私の研究課題の1つとなっているところです。特異的な好事例や理想論だけではなく、各現場に寄り添った、現実的で実現を促すような研究と提案が研究の世界に求められているように感じてなりません。

 

 

 

原田賢一「公務労働の現場から ~職場環境の変遷、そこから見えてくる課題~」

原田賢一「「協働のまちづくり」を目指すために~コミュニケーションと説明責任~」

 

 

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